第14話 開けてはいけない
通路を進むと、これまでとは様子の異なる脇道に出た。奥が広くなっている造りは同じだが、寝床はない。代わりに、砥石や革・木材を加工する道具が整然と並び、作業途中の革や木片がそのまま残されている。一角には光キノコではなく、松脂を多く含む松に似た木材が束ねて積まれていた。
細かな作業には淡い光では不足するのだろう。そばには、その木材を燃やすためらしい、煤で黒ずんだ金属製の台も据えられていた。
「これ、宝箱ですかね」
視線の先には、頑丈そうな木箱があった。広間の奥、槌やこて、小さな炉の脇に据えられている。幅は一メートル以上、奥行きと高さもほぼ同じ。蓋には、何本もの棒を組み合わせたような突起が並んでいた。
「ふむ、場所からして貴重品というより道具箱だろうな」
「開けてみればいいのよ」
ロレンツィオは淡々としているが、フィオは楽しげにしゃがみ込み、すぐに手を伸ばす。だが間もなく顔をしかめた。
「鍵穴がないのよ」
箱を見下ろす彼女の横で、シュウが前に出る。棒に触れて確かめるうち、すべてを正しい位置に押し込めば開く仕組みだと察した。しかし一本を押せば別が固定され、回せば他の動きが制限される。開けるには順序があるらしい。
こうした仕掛けを解くのが得意そうなアヤナは口を出さず、後ろから静かに見守っている。総当たりでは時間がかかりそうだと考えたとき、背後の気配が変わった。振り返るとロレンツィオの姿はなく、代わりにバルドが立っている。
「頑丈で開けられそうにないから、バルドを呼んで来たのよ」
フィオの声に続き、頭上から低い声が落ちた。
「どいていろ」
有無を言わせぬ響きに、シュウは身を引く。バルドは大斧を短く持ち替え、刃ではなく斧頭の背で蓋の突起を打ち据えた。
「うわっ」
思わず声が漏れるが、構わず打撃は続く。五撃目で突起が鈍い音とともに砕けた。力任せだ、と胸中で思う。だが時間をかける余裕もない。方法は違えど結果が出るならよしとし、シュウは意識を箱の中へ向けた。
バルドが蓋の隙間に指を掛け、そのまま力任せにこじ開ける。直後、指先に鋭い痛みが走った。
「……ちっ」
小さな傷から血が滲んでいた。蓋の裏には黒い棘が突き出している。傷は浅いと判断すると、気に留めず箱の中を覗き込んだ。
一行も続く。中には不揃いの金属製の角棒が無造作に積まれていた。長さは二十センチほど。大半は黒灰色だが、褐色や銀灰色、白みを帯びたものも混じる。各々が一本ずつ取り、重さと質感を確かめた。
「鉄と銅だな。道具の補修用か」
バルドが黒灰色と褐色の棒を掲げると、アヤナも銀灰色と白い棒を示す。
「こちらは鉛と錫でしょうか。鍋用かもしれませんね」
シュウは手元の棒を見下ろす。
「補修の材料か。まあ、誰かに持って行かれると困るだろうけど」
フィオは肩を落とし、両手を広げた。
「お宝じゃないのね。つまんな~い」
結局、洞窟の奥に他に収穫がなければ鉄や銅は持ち帰ろう、ということになり、箱はそのままにして一行は先へ進んだ。
前の脇道を越えてほどなく、また分岐に出る。三十歩も離れておらず、その間隔の狭さが際立っていた。脇道は調理場へ続き、さらに奥に食料庫がある。奥行きは二十歩ほどしかない。
食料庫には木の実や根菜、山芋に似たものが蓄えられていたが、生肉や干し肉は見当たらない。手前の調理場では、平らな石の上で食材を切っていたらしく、細かな屑だけが残り、刃物は持ち去られていた。
囲炉裏のような炉の上には岩盤の自然な割れ目が走り、天井一帯は煤で黒い。そこが煙を逃がしていたのだろう。ひと通り確かめたが、目ぼしいものはなかった。
調査を終えてさらに進むと、新たな脇道の奥に寝床が現れた。分岐の間隔は次第に狭まり、終点が近いことを思わせる。バルドに分岐の見張りを任せ、一行は奥へ入った。
そこは三つ目の寝床だったが、これまでと様子が違う。木の枝で組んだ歪な造りながら、四台のベッドが据えられ、厚い革や布が重ねられている。広さは二つ目と同程度だが、数は四つだけ。幹部用か、とシュウは考える。同時に、敵の人数は多くないというアヤナの読みも現実味を帯びてきた。
そのとき、フィオの弾んだ声が響く。
「ここに何かあるよ。棚かな?」
フィオは一つのベッド脇に立ち、岩壁を見つめていた。皆が覗き込むと、壁に金属製の戸が埋め込まれている。彼女は松明を足元に置き、手を擦り合わせてから鞄を探り始めた。
彼女は鏡を手にすると、壁を背にして鏡を戸に向ける。正面に立つのを避け、鏡と松明の位置を調整し、角度を変えながら内部を確かめているらしい。
やがてシュウとアヤナに左右から照らさせ、細い金属棒を穴へ差し入れる。小刻みに動かす音が続き、しばらくして止まった。
「開いた」
おおっ。シュウはワクワクしてフィオが開こうとしている戸を見つめる。だが、戸を半ばまで開けた、その瞬間だった。フィオが咄嗟に身を引き、仰向けに倒れた。ほぼ同時に、戸の内側から透明な液体が弾けるように噴き出した。それはフィオの上を越え、背後にいたアヤナへ飛ぶ。
ジュウ、と鈍い音が響き、鼻を突く刺激臭が広がる。「きゃっ」と短い悲鳴を上げるアヤナ。彼女の左腕の袖が溶け始め、白い煙を上げていた。
「ゴメン」
フィオは跳ね起きると、腰のくの字の短剣を抜いて、アヤナの袖を切り裂いた。切り離された布が床に落る。袖に空いた穴は煙を上げて広がっていき、やがて袖自体がぼろぼろに崩れ落ちた。
「ええと、アヤナ。怪我はなかったかい?」
心配して声を掛けると、アヤナは眉根を寄せながら答える。
「大丈夫です。フィオの対応が早かったせいか、幸い皮膚までは溶けなかったようです。まあ、そもそも私の方に飛ばさないで欲しいのですが」
そう言ってから、フィオに対する文句をぽつぽつと並べ始める。シュウは一通り聞き終え、「そうだね」とだけ応じてから話題を変えた。
「それにしても、酸を浴びせるなんて、ずいぶん悪質な仕掛けだね。不幸中の幸いは、致死の罠じゃなかったことだけど」
するとアヤナは、少し考えるようにして反論する。
「そうでしょうか。フィオは避けましたが、タイミング的には、戸を覗き込んだ相手の顔に浴びせるものだったはずです。目に入れば失明するでしょうし、何より戸を開けたという証拠が残ります」
「証拠?」
「あれは、侵入者用というよりも同族用だったのかもしれません。上位者の物に手を出したら、例えその場で死ななくても」
「ああ、バレたら袋叩きにあうわけか」
シュウは背後のアヤナとそんなことを話しながら、フィオとロレンツィオの様子を窺っていた。二人とも、アヤナのことなど眼中になく、開けられた戸の中身に集中している。アヤナの準備が整ったところで、彼らは二人の元へ戻った。
「それで、何があったのですか?」
アヤナの問いに、フィオはつまみ上げた物を示して答える。
「これよ」
それは木と動物の骨で造られた、首飾りのような品だった。精巧とは言い難いが、幾何学的とも呪術的とも取れる装飾が、明らかに意図をもって彫り込まれている。
「それからアレ」
今度はロレンツィオを指さす。彼は羊皮紙の束を手にしていた。
「何が書いてあるんですか?」
シュウが尋ねると、ロレンツィオは首を振る。
「いや、読めん。コボルト達の言葉かもしれないな。……思ったより文明レベルが高いのか?」
羊皮紙は念のためロレンツィオが持っていくことになったが、首飾りの方は誰も欲しがらず、そのまま放置された。
そして探索を続ける一行は、新たな分岐に差し掛かった。奥へと続く通路の先からは、多くの気配が感じ取れた。一方で、脇道の先は不自然なほど静まり返っており、何の気配もない。奥へ続く通路を進めば、コボルト達が待ち受けているだろう。しかし、脇道の先に何かが潜んでいれば、挟み撃ちに遭う可能性もある。
一行はバルドを残し、残りで脇道を確認することにした。そこはこれまでの支道とは異なり、ほとんど使用された形跡がなかった。その最奥には、洞窟を塞ぐように頑丈そうな木の扉が据え付けられ、こちら側から太い閂が掛けられている。
その場にいた全員が、扉の向こうに言いようのない不吉さを感じるのだった。




