第12話 ループホール
シュウは長杖の先に松明を結びつけ、慎重に前方へ突き出した。槍が飛び出してきた辺りに近づけると、明かりに照らされた壁から、案の定、槍が突き出される。だがそれはすぐに引っ込み、杖先を左右に揺らすと、位置を変えて同じ仕掛けが反応した。
罠の位置を把握すると、シュウは最も手前の槍穴――ループホールの周囲を松明で丹念に照らし、すぐ横にしゃがみ込む。そして手にしていた革袋の口を穴の脇へ寄せ、膨らんだ底を強く押し込んだ。
びゅっと音を立てて液体が噴き出す。跳ね返って床にこぼれた分もあったが、大半はそのまま穴の中へと流れ込んだ。
「グラッ・ナクァ?」
壁の内側から、くぐもった声が聞こえた。だがシュウは意に介さず、後ろで見守っていたアヤナから松明を受け取ると、すぐに穴へ近づける。
ぼっと炎が立ち上がり、穴の周囲に垂れた油へ火が走り、そのまま内部へと燃え広がった。
ロレンツィオがバルドに背負わせていた遺跡調査道具――そこに入っていたランプ油が、ここで役に立った。
「ブラクッ!」「ブラクッ! ブラクッ!」「ナクァ・ブラ!?」
意味は分からない。だが、明らかに狼狽していることだけは伝わってくる。やがて、壁に穿たれた幾つもの穴から、ちらちらと光が漏れ始めた。
フィオは軽やかに跳ねて穴の位置を避け、ときには潜るようにして進んでいく。バルドやロレンツィオもそれに続き、低い穴は跨ぎ、高い位置のものには斧や剣の柄を突っ込んで反応を確かめながら通り過ぎていった。
「よく、こんな方法を思いつきましたね」
感心した様子でアヤナが言う。彼女も膝より下の穴は跨ぎ、それより上は杖で塞いで通り抜ける。シュウは壁穴から視線を切らさぬまま、それでも少し得意げに答えた。
「僕の学生時代は、テーブルトークゲームが流行っていてね。罠の攻略法は、色々考えたものさ」
だがその直後、最後の穴を越えたアヤナにあっさりと、「ああ、ゲーム好きでしたね」と言われてしまう。シュウは足元の壁穴を越えながら、肩を落とした。
壁穴の通路を抜けてすぐ、バルドは脇道との分岐に出た。正面の通路に三体、右手の脇道に二体のコボルトが並んでいる。通路は狭く、人間が三人並ぶ余裕はないが、子供ほどの体格のコボルトには十分だった。
五本の槍が一斉に向けられる。左右に振れなくとも、突きには不自由しない幅がある。バルドは奥の一体へ松明を投げつけた。転がる炎に足並みが乱れる。そこへ踏み込み、大斧を振るおうとしたが、壁が邪魔でできない。
切り下ろしに切り替えようと前へ出た瞬間、脇道から槍が飛び出す。下がって向き直り、今度は横を狙うが、正面のコボルトが突きかかってきた。バルドは舌打ちし、再び一歩退いた。
そこに追い付いたフィオとロレンツィオ。状況を見た学者気質は無遠慮に巨人殺しに指示を出す。
「君は、前の三匹をやれ。右は私が引き受けよう」
しかしフィオが先に動いた。顔をしかめるバルドの横を通り抜け、脇道のコボルトを斬り付けた。
「気持ち悪いジイさん妖精、嫌いよ」
腕にできた傷に怯むコボルト。それを見たバルドは、眉間に皴をよせながら大斧を横に構え、柄の中ほどを両手で握った。それで正面の三本の槍を、下から掬い上げる。体勢を崩した真ん中の一体を蹴り飛ばし、続いて左右を斧の柄で順に殴りつけた。
一方、フィオは隣のコボルトに槍で突かれそうになる。だが、素早く踏み出したロレンツィオが、長剣を槍のように突き出して、その胸を正確に貫いた。フィオも、手を切られて狼狽する相手に追撃を加えようとする。そのとき、脇道の奥からさらに二体のコボルトが現れた。
「いっぱい出た。嫌になるわ」
フィオはバックステップで距離を取る。新たに現れた二体は、どちらも武器を持っていなかった。
「グザル・ナク=トゥ!」
そのうちの一体が叫ぶと、前にいた仲間から槍をひったくり、ロレンツィオへ突きかかる。ロレンツィオは長剣を回してそれを弾き返した。胸を刺されていたコボルトは血を吐いて倒れ、最後に残った一体がその槍を拾い上げる。
「グズルァ! トゥ=ハ!」
最初にフィオに斬りつけられ、さらに仲間に武器を奪われたコボルトは、叫びながら這いつくばり、仲間の背後へと逃げ込んだ。
バルドの一撃を受けた正面の二体は、肩を砕かれ、あるいは腕を折られながらも倒れなかった。明かりが足りず、狙いが甘くなっていたのだ。転がったまま、槍を闇雲に振り回している。
奥へ蹴り飛ばされた一体が、呻きながら身を起こす。バルドは斧を短く持ち直し、狙いを定めて右の一体を叩き割った。鈍い音とともに頭が砕ける。そこへアヤナとシュウが追いつき、バルドは奥へ踏み込む。ロレンツィオとフィオが脇道を抑えた。
正面にはバルドの、脇道手前にはフィオの松明が転がり、ロレンツィオは松明を掲げたまま剣を振るう。正面奥の暗さに気づいたアヤナは、バルドとロレンツィオの間から松明を放った。火が届き、蹴られたコボルトの姿が浮かび上がる。
「任せたぞ」
そう言い残し、バルドは奥へと踏み込んでいく。一瞬、何を任されたか分からなかったアヤナ。
「ええっ?」
それが左で槍を振るコボルトのことだと気づき、驚きの声を上げる。それでも慌てて長柄の杖を突き出した。
「ギャズッ!」
腹を突かれたコボルトが叫ぶ。杖で押さえ込まれ、もがくが起き上がれない。アヤナはちらりとロレンツィオを見てタイミングを合わせ、彼の背後をすり抜ける。バルドに頭を割られたコボルトの脇へ回り込んだ、その瞬間だった。
「きゃっ」
暴れるコボルトの槍が彼女の脚を掠め、体勢がわずかに崩れる。だがアヤナは踏みとどまり、間合いを保った。前が開けたことで動けるようになったシュウが、もがくコボルトへとピックフォークを突き刺す。
「グルァァ……!」
腹を刺されたコボルトは血を吐き、暴れる。その隙にアヤナは距離を取り、体勢を立て直した。シュウはコボルトの凄惨な様子に一瞬たじろぎ、思わずピックフォークを引き抜いた。武器を失ったコボルトは、槍を手放し、這って逃げようとする。
「……これで終わりね」
アヤナは冷えた声で言い、長柄の杖の先でその背を押さえつけた。しばらく激しく身をよじらせていたコボルトだったが、やがて力が抜け、動きは止まった。その頃には、バルドの追った奥のコボルトも、ロレンツィオとフィオが相手取った新手も、すでに倒されていた。
「ふん、妙だと思っていたが、コイツら明かりを持っていないな」
「はっ、そういえば」
コボルト達の死体を見下ろしながら、ロレンツィオが低く呟いた。その言葉が耳に入ったシュウも、思わず驚きの声を上げる。
脇道との分岐に転がるコボルトは、全部で七体あった。彼らの服装はひどく質素で、貧しい鉱夫を思わせた。槍や簡素なナイフ、根菜や干し肉の切れ端が入った小袋があるだけで、金貨や財宝と呼べる物は見当たらない。
「コイツ等、カネを持っていない。金持ちじゃねぇな。本当に金なんて持っているのか?」
バルドが顔をしかめると、フィオが気軽な調子で言う。
「コボルトはお店に行かないだろうし、きっと持ち歩かないで奥に隠してるのよ」
その間に脇道を覗き込んでいたロレンツィオが、考えながら言った。
「脇道に入ってすぐに、壁に穴が空いている。中で油が燃えているから、ここから槍を突き出していたようだな。クルルボー、この狭い穴はお前向きだ。何かないか調べて来い」
「はいは~い。何かないかな~」
気軽な返事を残し、フィオは槍穴の裏に続く狭い穴へと身を滑り込ませていった。




