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第1話 始まりの風が吹く町①

 いきなりだが、ぼくら配達人は人間ではない。


 いやいや、驚くかもしれないが、本当のことなのだ。


 正確には、こうして人の形を保っている以上、人間から少し“外れた”存在、というのが正しいだろうか。ともかく、普通の人間ではないことは、まず間違いない。


 その理由を話す前に、ひとつ、知っておくことがある。




 強い想いが、ひとつの場所に長く留まると──それはやがて形を成し、結晶化する。


 ぼくら配達人はそれを“夢片”と呼んでいるけれど、この夢片というものの扱いは、少々、厄介だ。


 何せ、消えることなく世界に留まり続け、時が経つにつれて成長する。一度夢片となってしまえば、自然消滅はせず、ただただ周囲の想いを溜め込むのだ。


 見た目はなんというか、淡く光る水晶のようなもの、と言えば伝わるだろうか。


 


 ああ、でも──安心してほしい。


 夢片は、普通の人間には見えないし、触ることもできない。だから、知らずに通り過ぎてしまう人の方が、きっと多いのだと思う。


 


 ただ、その夢片の奥に宿る“想い”の力だけは、誰にでも影響を与える。


 たとえば、夢片の近くに住んでいる人が、ある日突然、理由もなく感情的になったり、記憶の奥に沈んでいた出来事を思い出してしまったりする。


 そういうとき、原因はたいてい、夢片なのだ。


 


 中には、ひとつの夢片が町全体に影響を及ぼして、大変なことになった事例もある。


 だからこそ、ぼくら配達人は、そうなる前に夢片を探し、回収し、適切に還元する必要がある。ぼくたちの仕事は、そういうものだ。


 話を戻そう。


 


 配達人とは、普通の人間には扱うことのできない、特殊な力を持っている者たちの総称だ。その力は多岐に渡るが、所謂“魔法”と言い換えてもいいかもしれない。


 その力を制御するには、多少の修行が必要ではあるけれど、最終的に完全にコントロールできるようになったとき、人間から“配達人”へと至る。


 要するに、人の身には余る力を、己のものとして抱え込めた時点で──ぼくらはもう、人間ではなくなるのだ。


 お伽噺や伝承で“魔法使い”や“仙人”と呼ばれる者たちがいるが、彼あるいは彼女らは、この特殊な力を独自に磨き上げた末に、配達人とはまた違う領域に至ったのだろうと言われているらしい。そんなはみ出し物にひとり、心当たりがあるので、また会えたら話を聞いてみたいとは思う。

 

 


 さて、そんな人外に変じた配達人ではあるが、そうは言っても元は人間なので、三大欲求のようなものは、薄くなっても、まだ残っている。


 食べなくても問題ないし、眠らなくても起きていられる。だけど、たいていの配達人は、人間だった頃の習慣のままに、食事をし、眠る。


 無論ぼくも、そうしている。......他の配達人に比べて、睡眠時間が多いかもしれないが、それはまあ、いいじゃあないか。




 要するに、だ。




 こうして少しばかり人間でなくなって、やや特殊な仕事をしているとはいえ。


 根っこの部分は、昔の──人間のままなのだ。


 


「──ということなんだけど、分かったかい?」


 


 ぼくが問いかけると、目の前の幼い少女は不思議そうな顔をしたまま、「へー」と間の抜けた声を漏らした。


 ──ああ、これは完全に理解していない顔だな。


 まあ、無理もないか。


 配達人のことなんて、たとえ言葉で説明できたとしても、それを“分かる”というのは、少し違う話だ。




※※※




 「じゃあねー」と走っていった少女を、手を振り返して見送った後、ぼくはひとつ伸びをして、空を仰いだ。


 


 雲は薄く引き伸ばされていて、空はどこまでも高く、そして青かった。ここが小高い丘の上に築かれた町だからだろうか、空気がよく通り、目に映るすべてが澄んでいるような気がした。


 春の陽光はあたたかく、遠くでカンカンと鐘の音が聞こえる。


 


 ──これが“始まりの風が吹く町”。


 旅の地図にも載っていない、小さな町だけれど、こういう雰囲気は嫌いじゃない。長閑で、そしてぼくのような余所者にも、普通に接してくれる。いずれどこかに定住するとしたら、このような町に住みたいものだと思う。


 


 さて、今日はちょうど春分の日。町の最大の祭り“風祭り“が開かれていて、通りには花と羽根の飾りがあふれていた。誰もが嬉しそうな、楽しそうな表情を浮かべながら、一年に一度の祭りを満喫している。


 さて、そんな人々に混じりながら、ぼくが何をするかというと、のんびりと散策である。


 屋台が立ち並び、果実を煮詰めた菓子や、香ばしく焼かれたパンの匂いが漂ってくる。風に乗って、子どもたちの笑い声が広がる。大人たちはそれを見守りながら、誰もが祭りの空気に酔いしれている。


 そんな様子を眺めながら、ぼくは幾分か心を躍らせて、通りを進んだ。




 夢片の気配はすでに感じている。


 町の中心にある、石造りの塔──そのてっぺんに、風見鶏とともに眠っているようだった。


 けれど、急ぐ必要はなかった。


 風は穏やかで、夢片が危険なものでないことを、ぼくに告げていた。


 それなら、少し寄り道していこうと。そう思ったのだ。


 


 通りの露店で果実パンをひとつ買う。受け取ったときの温もりが手に残っていて、齧ると、生地はしっとりとして甘く、どこか懐かしい味がした。


 ──うん。美味しい。


 帰りにまた立ち寄って、幾つか購入することにしよう。


 

 

 果実パン以外にも、こってりとしたタレの香る串焼きや、口の中いっぱいに果汁が広がる果物も購入した。こういう祭りではついつい財布の紐が緩くなってしまう。


 途中、果実酒に目を引かれたけども、そこは我慢したから大目に見て欲しい。さすがのぼくも、祭りとはいえ仕事中に酒を飲んだりはしない。.....父ならするかもしれないが。




 何かが視界を横切ったのに気付き、立ち止まった。目で追ったその先に見えたそれ。空に向かって放たれたのは、“願いの羽”だ。


 人々が紙で作った羽根に、想いを書き込み、風に乗せて空へ還す──この町ならではの文化である。




 風は、羽根を空へと押し上げる。色とりどりの羽が空に舞い、空を七色に染め上げる。


 その願いは、どこかの誰かへ届くかもしれない。


 ……そんなふうに、思いたくなる日だった。


 


 ふと、先ほどの少女の姿が目に入った。今度は友達らしい子たちと一緒で、笑いながら羽根を手にしていた。


 空へ放たれた羽根は、陽の光を受けて一瞬だけキラリと光り、すぐに青空へと溶けていった。


 それを見送ってから、ぼくは意識を切り替えた。


 


 ──風が、変わった。


 向きがひとつ、はっきりと切り替わる。


 夢片が、ぼくを呼んでいる。


 


「さて、と……」


 そろそろ仕事だ。


 


 果実パンの最後のひとかけを口に放り込み、ローブのフードをゆるく被る。


 町の中心にそびえる石造りの塔。その最上階へ登るには、少しばかり足を使う必要がある。


 


 ──でも、ぼくの足は、旅慣れている。


 そして、風の行き先にも。






*****


“始まりの風が吹く町”に住む少女



 あの配達人さん? 風祭りについて教えてほしいって言うから、教えてあげたの! お小遣いもくれたし、とってもいい人だったよ!


 配達人ってどうやったらなれるの? って訊いたら教えてくれたけど、あんまり分からなかったかなあ。


 また会ったら、もっとお話してみたいかも!


」 

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