最弱な受け付け担当
朝から大賑わいな街・アルケノス。レンガを基調とした建物が連なる此処では、王都とは異なる賑わいを昼夜問わず見せている。
露店で客引きをする大きな声、身につけた防具が鳴らす鉄の軋む音。朝からやってる酒場の中で聞こえる豪快な笑い声や、怒鳴り声に時折吹っ飛んでくる人間の悶える声。
荒々しく物々しい、言い方を変えるなら治安が他の街に比べて宜しくない此処に、それでも他から人が集まるのには理由があった。
この街は世界で唯一、街の中に地下迷宮があるのだ。皆がその迷宮に眠る鉱石や素材、一攫千金を求めてやってくる。
「それでは、冒険者カードを拝見しますねー」
「あの、まだ冒険者カードがなくて」
「新規さんですね。それではこちらに記入をお願いします」
冒険者ギルド・オルビス。
アルケノスで一番大きな建物であり、冒険者達がダンジョンに潜る為の受け付けを担当する部所。ここでは、毎日かなりの人数が夢と希望を持参してあらわれる。
受け付け担当もまたしっかりと分かれており、自分が経験──つまりは、潜った事のある場所までの担当しか出来ない。理由は明確だ。冒険者が死なずに帰ってくる為にアドバイスをしっかりとする為。
「出来ました」
「ありがとうございます。えっと、名前が……ナヒール=アルナさん、ですね。俺の名前はアルトリウス=ゼノともうします」
「ゼノさん、ですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ。で、扱える魔法が──主に火属性で、今の所は中級魔法まで使える、と。ふむふむ」
「はい、そうです」
「では、これを元にカードを作ってきますね。早速潜られますか?」
「出来れば、潜ってみたいです」
「分かりました、では少しお待ちください」
この街・アルケノスにはもう一つ、有名な話がある。
「お嬢ちゃん、此処が初めてなのか?」
「はい、だからちょっと緊張しちゃって」
「なるほどなぁ。なら、これだけ教えといてやるよ。お嬢ちゃんの担当をしていたゼノは──」
最弱の受付担当が居る。自分が踏破した階層が多ければ多いいだけ、担当する場所が多くなる。のだが、その男が担当しているのは、たった三層までしか多くの冒険者は見た事がなかった。つまり、その男は三層までしか踏破出来なかった男。
影で言われてる二つ名が永遠の小物。
そんな風に言われているのも、ゼノは知っていた。確かに、此処に務めて十七年。ゼノが担当しているのは、初めて地下迷宮に潜る御新規と、三層までの冒険者。
魔力の成長もなく、放てる魔法は下級を数発程度。鍛錬は今も欠かせないが、筋肉だけで潜れるのが三層程度。どうしても、下に下がるにつれて魔法は必須となってくる。初めは共に進むと言ってくれた仲間も居たが、足手まといと気がつくや否や、クビとなってしまった。
それでも、冒険者の夢を諦められなかったゼノは少しでも接点を持とうと、恥を惜しみながらも此処・オルビスに長年務めている。
「では、このカードを」と、ゼノはにこやかに笑顔を作り、剣士の格好をしたナヒールに手渡す。
「ありがとうございます」
さっきよりも、若干壁を感じるのは多分、他の冒険者が彼女に何か言ったのだろう。別にそれでも構わないと、ゼノは思っていた。
ナヒールもまた、数週間後には能力的にもゼノを追い越し、担当から外れるのだから。
「それと、一層には土系統の魔獣も出現しますので、パーティを組めるなら、水系統の魔法を扱える人と組むのがいいでしょう」
「わかりました」
踵を返し、立ち去ろうとするナヒールを呼び止め、ゼノは片手を前に差し出した。
「……これは?」
「一種のおまじないです」
「…………はぁ」
少し困惑する表情をつくるナヒールは、ゼノの発言を怪しみながらも手を差し出した。
ゼノはその手を優しく握ると「頑張ってくださいね!!」と、明るい声でナヒールの目を見て伝える。
彼女は表情を引き攣らせ、手を払う。
「え……っと、これただの握手ですよね」
「ええ、無事に帰って来れますようにとの、おまじないです!」
「それは、どうも。──では」
ゼノには固有スキルがあった。本来なら、喜ぶべきものであり、冒険者としては一生の自慢や誇りになるものだ。だが、ゼノが得たスキルは【貯蓄】と言ったもの。
その効力は、相手に魔力を渡し蓄えるといった正に無意味なものだ。初めは自分の運命を呪ったゼノだが、これを違う方法で使う事にしてからは、少し誇りを持てるようにもなれた。
地下迷宮では常に命懸け。いつ、アクシデントが起きてもおかしくない。魔力が枯渇してしまえば、危機は拍車をかけてやってくる。
そんな時、ゼノが渡した下級魔法一発程度の魔力が、救いになるかもしれない。
ある時は目くらましに。ある時は回復魔法に。
だから、ゼノは験担ぎの意を込めて毎日毎日、十七年間、担当する冒険者に告げる事なく【貯蓄】をし続けていた。
別に感謝が欲しい訳じゃないから。
「ふぅ……疲れた」と、ゼノがボソッと漏らしたのは、残業を終えて椅子に寄りかかってからだった。
時間も遅く、オルビス内もゼノを残し誰一人としていない。この微かな静寂がゼノは嫌いじゃなかった。
目を瞑り、今日の事を思い出しているとドアが開く音が鼓膜を叩く。嫌な予感を覚えながら、薄らと目をあけると、女性がバタバタと忙しない足音を立てながら近づいてきては、テーブルに両手をついて口をひらいた。
「ウチの娘が……うちの娘がまだ帰ってきてないんです!!」