第17話:記録の神殿と、アオの本質
図書館の“原典の間”を抜けた先は、白い霧に包まれた異空間だった。
その霧の向こうには、静かに佇む巨大な建物――神殿が姿を現す。
柱の一本一本に文字が刻まれ、まるでその存在自体が「物語」でできているようだった。
神殿の扉には、見覚えのある紋章が浮かんでいる。
「これ……私の、名前……?」
来夢が手を触れると、扉が静かに開いた。
中に広がっていたのは、幻想的な光に包まれた広間。中央に浮かぶ、二つの“記録球”。
一つは来夢のもの。
そして、もう一つは――アオラの記録だった。
「ようこそ、“記録の神殿”へ」
現れたのは、またしても“記録者”。
だがその姿は前とは違う。金の仮面をつけ、まるで神話の登場人物のような威圧感を纏っていた。
「須藤来夢。君は“記す者”として選ばれた。そして今、共にある存在――“アオラ”にもまた、試練が必要だ」
来夢は隣に立つ小さな男の子の姿をしたアオラを見つめる。
その視線には、迷いはなかった。
「アオラは……私が名前をつけた、大切な“家族”だよ。
最初はスライムだった。私が“アオ”って呼んで……一緒に過ごして……
それから変化して、今の姿になった」
アオラはうつむいていた。
けれど、来夢の言葉を聞いて、ふっと顔を上げる。
「……ボク、覚えてるよ。来夢が、初めて笑ってくれたときのこと。
“かわいいね”って言ってくれた。名前をくれて、存在をくれて……
あれが、ボクの“記録の始まり”だったんだ」
記録球が光を放ち始める。
空間にアオラの記憶――スライムだった頃の、来夢と過ごした日々が映し出される。
木の実を一緒に探したこと。
森で迷って震えていたアオを、来夢が抱きしめてくれたこと。
「大丈夫、一緒にいようね」――その一言が、彼に“形”と“心”を与えた。
記録者は静かに語る。
「この子は、“存在として記された”存在ではない。
だが、君が名づけ、想いを注ぎ、“記録”に変えた。
それは、“無”から“何か”を生み出す――“創造”そのものだ」
そして、アオラの記録球が砕けた。
まばゆい光とともに、アオラの姿が変わっていく。
子どもの姿は消え、少し年齢が上がった――
透き通った髪に、異世界の文様が浮かぶ。
姿は少年のままだが、どこか精霊的で、美しく静かなオーラをまとうようになっていた。
「ボクの名は、アオラ。
来夢がつけてくれた“アオ”の名を、ずっと大事にしていた。
だからこの姿は、君の記録が育ててくれた“答え”だよ」
来夢の目に、涙がにじむ。
「アオラ……」
記録者が一歩進み出る。
「二人の記録は、今や一つの物語となった。
しかし、この先には――世界の根幹に触れる“真実”が待ち構えている」
「“記録喰い”と呼ばれる存在――君たちの記憶と、この世界の記録を、無へと還そうとする異形。
その中心には、“偽りの記録者”がいる」
「君たちには、その記録の歪みを正す力がある。進みなさい。
“真なる記録”が眠る、“忘却の空域”へ」
アオラが手を差し出す。
来夢がそれを握る。
二人の記録が、次の章へと進もうとしていた。
(つづく)
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次回予告(第18話)
『忘却の空域と、偽りの記録者』
記録が奪われ、消えゆく世界。
その中心には、かつて記録者だった男の哀しい影が……。
そして来夢とアオラが知る、驚愕の“原初の記録”。




