第12話:記録の監視者と、禁じられた記憶
扉が、ゆっくりと開き始めた。
「まさか……通った、の……?」
アオラがぽつりとつぶやく。
来夢の手のひらには、最後に触れた無名の墓標の名――「ナユタ」の文字が、淡く光っていた。
しかし、その光の向こうから現れたのは――
「進むな」
漆黒のローブを翻し、記録の監視者が歩み寄ってくる。
その足元には、空間の亀裂が走っていた。
「記録とは、因果であり、秩序だ。
“記憶の再構築”など許される行為ではない」
来夢は身構える。
「だったら、なぜ記憶は消えるの? なぜこの世界は“忘れること”を許してるの?」
「忘却こそが、世界の保全だ。
失った記憶が暴走すれば、世界の因果が歪む。
――お前たちの存在こそが、歪みの火種となる」
「火種……?」
キオクが前に出て、強く睨み返す。
「じゃあ聞くけど、ボクらはどうして“ここ”に導かれた?
来夢も、アオラも、そしてボクも……誰かが“選んだ”からここにいるんだよな?」
監視者は沈黙したが、口元だけが僅かに動いた。
「……記録者の意志は、すでに綻び始めている。
“想い”が、記録を上書きしはじめたのだ。お前たちは、その証左だ」
来夢はそっとアオラを見下ろした。
その姿――今は少年のような人型をしているが、かつて名もなきスライムだった。
来夢が「アオ」と名付け、共に歩み、そして“アオラ”として進化した。
「……私は、“あの日の出逢い”を忘れないよ。
たとえ、誰かが禁じた記憶だったとしても」
その瞬間、アオラの身体が一瞬だけ青白く輝いた。
監視者の目が細まる。
「……お前。まさか、“鍵”の器か」
「器? それって、どういう――」
来夢の言葉を遮るように、床が割れる音が響いた。
扉の奥から現れたのは、全てが光でできたような部屋。
浮かぶ多数の“記録の結晶”たち。
その一つに、来夢の名前が書かれていた。
《須藤来夢:鍵保持者(起源未確定)》
「私の……記録?」
アオラがぽつりとつぶやく。
「違う……それ、“記録”じゃない。“起源”だよ。
――君が、この世界に来る“最初の引き金”だったってことだ」
そして、宙に浮かぶもう一つの記録が光りだす。
《アオ(アオラ):記録改変体・初期因子》
来夢が息をのむ。
「アオラ……君が、記録の改変そのもの……?」
アオラは小さく頷いた。
「……うん。だから、ボクはずっと“形がなかった”んだ。
でも君がボクに“名前”をくれたとき、世界が変わった。
君がいたから、ボクはここに“生きて”る」
そして、記録の部屋の奥、最も奥深くの場所に、ひとつだけ異質な扉があった。
記録ではなく、黒く、重く、何も記されていない扉。
それは、“記録されなかった未来”――
監視者が警告する。
「開けば、後戻りはできんぞ。
この世界の因果が、大きく塗り替えられることになる」
来夢は、静かに答えた。
「私は知りたい。なぜここに来たのか、そして――
なぜ、アオラと出会ったのかを」
アオラの手が、来夢の手に重なった。
「ボクも、知りたいよ。
“君がくれた名前”の意味を」
そして、二人は、名もなき扉の前へと進んだ。
(つづく)
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次回予告(第13話)
『記憶の起源と、君の名の理由』
扉の奥で待っていたのは、かつて来夢が失った“本当の記憶”。
アオラという存在の正体、そしてこの異世界と来夢の運命が、ゆっくりと解き明かされていく。