第8話(修正版):首のない少女と“声喰い”
須藤来夢とアオラは、《記録者》に導かれ、この異世界の“塔”にやってきた。
スマホ通知や通学など、現実世界的要素は使わない(転移後の描写で統一)。
舞台は“記録の塔”。人々の名前や記憶が奪われる異世界。
「記録する力」「名を呼ぶ力」が重要な要素。
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第8話(修正版):首のない少女と“声喰い”
「ここ……寒いね、来夢」
少年の姿をしたアオラが、静かに囁いた。
年齢は小学校高学年くらい。けれどその瞳には、もっと深い時を見てきたような光が宿っている。
彼と来夢は、記録者に導かれ、この“塔”へと辿り着いた。
記録の塔――
それは、この異世界において「失われた名前」「失われた記憶」が集まる場所。
いま、二人が足を踏み入れているのは《第七階層・忘却の間》。
そこにいたのは、首のない少女だった。
その身体は人形のように固く、まるで壊れたオルゴール人形のように、微かに震えている。
「……あの子、名前を忘れてる」
来夢が小さく呟く。
「声も、顔も、名前も、失った存在。
塔の記録からも抹消された、“無名”の魂だ」
アオラが答える。
その声には、幼さと機械的な冷静さが同居していた。
すると、空間の奥から――音がした。
《ズ……ズズ……ズ……》
黒い靄のような“何か”が、壁から這い出してくる。
「来た……“声喰い”だ」
アオラが来夢の前に立つ。
声喰い――
それは、名を持たぬ者を完全に消し去るために現れる、塔の寄生存在。
“声”の痕跡すらも喰らい尽くし、その存在をなかったことにする。
「待って……感じる。あの子の中に、まだ“響き”が残ってる。
名の断片……誰かが呼んだ、最後の音が――」
来夢は、そっと目を閉じた。
《記録する》。
それが、彼女に与えられた異世界での力。名を呼び、存在を再び刻む力。
アオラが来夢の背に手を当て、魔力を共鳴させる。
来夢の口から、微かな言葉がこぼれた。
「……ナツ……?」
少女の身体が、微かに反応する。
「もう一度……“エナナツ”……!」
光が、塔の部屋全体を包んだ。
声喰いが激しくうねり、黒い靄が悲鳴のような音を発して後退する。
来夢が叫ぶ。
「あなたの名前は――エナナツ!」
――その瞬間、首のない少女に“顔”が戻った。
微笑む少女が、白い空間に立っている。
「ありがとう。わたし、消えるのが怖かったの。
名前を、思い出せてよかった」
声喰いは消え、静寂が戻る。
アオラがポツリと呟く。
「来夢……君の“記録”は強い。けど、それを使うたびに、君自身が少しずつ――」
「大丈夫だよ、アオラ」
来夢は微笑んだ。
「私は、“名前を呼ぶため”にここに来たから」
そして、塔の奥に新たな扉が現れる。
扉の上には、記された名。
> 【記録済:エナナツ】
それが、少女が再び“存在”として刻まれた証だった。
(つづく)
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次回は第9話:
『記録の管理者と、アオラの真実』