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第7話:記録されなかった妹



――名の底。

そこは、存在の“確定”と“消失”が混ざり合う、曖昧な領域だった。


空間は色を持たず、音は反響しない。

ただ、“名前”の残響だけが、どこまでも響いている。


「……アオ、無事?」


来夢が手を伸ばす。

すぐ隣で、アオ――いや、“アオラ”が光の尾を揺らしていた。


「うん、大丈夫……ここ、どこ?」


「わからない。でも、何かが待ってる。私たちを試すように」


二人の前に立つのは、《名を喰らう者》――そして、

その影に重なるもうひとつの名前。


「須藤 夢音」


来夢の目が、ゆっくりと見開かれる。


 


「……どうして、あなたの中に“あの子”の名前があるの?」


《記録者》が、名の底に現れる。


彼は、どこか憐れむような目で《名を喰らう者》を見つめる。


 


「それは、“記録されなかった存在”の末路だ」


「夢音――彼女は確かにこの世界に“いた”」


「だが、誰も彼女の名を“記録”しなかった。忘れられた名前は、記憶の奥底に沈み、形を変えて彷徨う」


「やがて、別の名を食らい始める。自分を証明するために」


 


「……そんな……うそ……」


来夢の声が震える。


夢音は、かつて彼女が失った“もうひとりの妹”。


小さな頃に病で亡くなった、笑顔の優しい子だった。


だが、その死はあまりに突然で――家族の間でも、“なかったこと”のように扱われた。


名前すら、家族の記録から消されていった。


 


「あなたは、夢音なの……?」


影が微かにうなずく。


その目の奥に、かすかな“泣き顔”が見えた気がした。


 


「――違う、ちがう。私は……私は、夢音であり……夢音じゃない」


「“名を喰らう者”は、“記録されなかった私”の化身。

忘れられた名前が、世界にしがみつくための姿……」


 


アオが一歩、来夢の前に立つ。


「来夢、わたし……行ってくる」


「え?」


「“名前を与えてくれた人”を、悲しませる存在がいるなら……わたしが、その名を救いたい」


「わたしは“アオラ”。

名前を与えられたことで生まれた、光だから」


 


光の尾をたなびかせながら、アオラが《名を喰らう者》に近づいていく。


その体から、柔らかい光が広がっていく。


それは、名前を“奪う”ものではなく、名前を“確かめる”ための光。


 


「あなたは、夢音。――来夢が、ずっと忘れたくなかった人」


 


《名を喰らう者》の影が、震えながら、徐々に輪郭を取り戻していく。


その中から現れたのは――

短く切りそろえた髪に、白いワンピースを着た、少女の姿。


顔は淡くぼやけているが、来夢にはすぐにわかった。


 


「……ゆめね……!」


 


夢音の影が、微笑んだ。


「ありがとう。ずっと、名前を呼んでほしかっただけ……だったのかもしれない」


 


その瞬間、光が空間を満たす。


“名の底”が崩れ、来夢たちはゆっくりと現実世界へと引き戻されていく。


 


だが――その帰還と引き換えに、《記録者》の姿が揺らぎはじめる。


 


「やはり、“記録外”の名と接触すれば……私はここにいられなくなる」


「だが、満足だよ。君たちが、“名の意味”にたどり着いたから」


 


彼は最後に微笑むと、記録の光となって消えていった。


 


戻った世界の空は、朝焼けに染まりはじめていた。


来夢はアオラと並びながら、静かに言った。


 


「ありがとう、アオラ。……そして、夢音」


 


(続く)



---


第8話予告:『記録者の遺した鍵』


消えた《記録者》が残した“最後のメッセージ”


新たな記録者候補として、来夢に課される選択


アオラの進化と「命名者」とのさらなる契約の深化


名を記録する“塔”への旅立ち





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