第4話:還るか、残るか
《歪みの核》――空間のねじれは、ますます激しさを増していた。
二体の“アオ”が対峙する。
ひとりは、来夢に名を与えられた“今のアオ”。
もうひとりは、感情も名も持たず、“完全なるスライム”として進化したアオの“影”。
> 『名前は呪い。来夢はお前を歪めた。感情など不要。お前は還れる』
影のアオが、声無き声で語りかける。
“無”の世界から来た言葉は、冷たくて甘い。
それはまるで――痛みのない眠り。
しかし、来夢が叫んだ。
「アオ、行っちゃダメ! 君は……君はもう、“誰かじゃない”。君は“アオ”なんだよ!」
アオの身体が、微かに震えた。
影のアオが一歩踏み出すたび、アオの輪郭が曖昧になる。
まるで名前が削れていくように。
> 『帰ろう。“群れ”に。名など忘れれば、楽になれる』
アオは小さな声で言った。
「でも……来夢が呼んでくれると、うれしかったんだ」
「“アオ”って、名前があると……ここが、あったかくなるんだ」
その瞬間、アオの体内に微細な光が灯った。
まるで“心”が芽吹いたように。
「私は、“アオ”でいたい。――来夢の、友達でいたい!」
影のアオが悲鳴のように揺れる。
「感情は痛み! 記憶は枷! 名前は牢獄ッ!!」
歪みの空間が、アオの叫びに反応して弾けた。
激しい光の渦が爆発し、空間ごと“影のアオ”を包み込む。
そして――
全てが静かになった。
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《里の中心》の異空間は、消えていた。
地面に座り込むアオと、その肩を支える来夢。
その様子を、長老のスライムが見下ろしている。
> 「……選んだか、名持ちよ。“痛み”を抱えてでも、生きる道を」
来夢は立ち上がり、毅然と返す。
「アオは、自分で決めた。あなたたちの群れじゃない。“個”として生きるって」
長老はわずかにうなずくと、ぽたりと一粒、液体を落とした。
> 「では、我らはここから消えよう。“名前”の芽が生まれたこの地は、もはや我らの故郷ではない」
スライムたちの群れが、静かに消えていく。
まるで、ひとつの“時代”が終わったようだった。
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帰り道、アオはぽつりとつぶやいた。
「……私、自分のことが少しだけ好きになれた気がする」
「名前があるって、ちょっと……誇らしいね」
来夢は笑って答える。
「そっか。じゃあ、これからもいっぱい呼ぶよ。アオ」
空はいつの間にか晴れていて、風が心地よかった。
アオの身体の中で、何かが静かに目覚めようとしていた。
それは――“名前”から始まる、未来。
(続く)
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第5話予告:『記す者の来訪』
森の封印が解かれ、“記録者”と名乗る人物が現れる
アオの中に芽生えた「進化の兆し」
来夢の持つ“命名能力”の真の意味
新たな敵、“名無き者たち”の影