第3話:名前という異物
森の奥――
静寂を破ることなく、来夢とアオは“里の中心”へとたどり着いた。
そこは、空間が泡のように歪んでいた。重力すら曖昧に感じる、世界の始まりのような場所。
その中央に、古びたスライムの長老が浮かんでいた。
巨大なスライムでありながら、その姿は半透明で、ほとんど“霊”に近かった。
> 「……名を持つ者よ。須藤来夢。貴様こそ、この森に歪みをもたらした“外のマザー”だ」
その声は、直接脳に響く。
来夢――ブレザーのスカートが揺れ、ポニーテールが風にそよぐ。
高校二年生。人間の少女。けれど、異世界では“名を与える者”として特別な存在。
「外のマザー……勝手に呼ばないで。私は、ただアオの名前を――友達の名前を呼んだだけ」
その言葉に、空気がピリリと緊張した。
アオが来夢の隣に寄り添い、じっと長老を見上げる。
> 「……友。絆。名。貴様ら人の感情は、我らにとって“異物”だ」
> 「我らスライムは、本来“群れ”として存在する。思考は共有され、意志は薄く、ただ溶け合う」
長老の身体が淡く脈打つ。
> 「だが、“マザー”が最後に産んだ核……それが“アオ”。奴は“言葉”を欲し、“個”を求めた。……それゆえ追放した」
アオがわずかに震えた。まるで、心臓を直接握られたように。
> 「名前とは、境界だ。個とは、分断だ。形無き我らが、形を持つ時――それは滅びの始まり」
来夢は、まっすぐに視線を返す。
「滅びじゃないよ。“始まり”なんだ」
「名前があるから、アオは私の友達になれた。だから、私もここに来られた」
長老は微かに沈黙した。
それは怒りではない――戸惑いだった。
「……君たちは、感情を恐れてる。だから“群れ”に還れって言う。でもアオは、そうじゃなかった」
「アオは……名前を持って、苦しんで、それでも生きてきた」
「――私は、それを誇りに思ってる!」
アオが、来夢の方を見上げる。涙のような粒が、ぷるりとこぼれた。
「……来夢……」
長老が静かに言った。
> 「ならば、見せてやろう。“名前”を持たなかった、お前の影を……」
光が弾けた。
異空間に、もう一体のアオが現れる。
それは――感情を捨て、純粋なスライムとして進化した“別の可能性”のアオ。
> 『名前とは、苦痛。感情とは、呪い。……こちらに還れ。アオ』
2体のアオが、向き合う。
己の“存在意義”をかけた対峙。
そして来夢は、再び名を叫ぶ。
「アオ……君は君だよ! 私が名前をつけた“アオ”なんだ!」
その声が、空間を震わせる。
光と闇の中で、選ばれるのは――心か、無か。
(続く)
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第4話予告:『還るか、残るか』
“感情を捨てたアオ”との対話・衝突
アオの決断:「私は、私でいたい」
長老の最後の試練:来夢への“命名封印”
アオが見せる新たな力、“心を継ぐ進化”とは