第2話:記憶を喰らう森の幻影
踏み込んだ瞬間、来夢の視界は色を失った。
光があるのに、景色が灰色に滲む。空間はねじれ、方向の感覚さえ奪われる。
まるで夢の中に落ちたようだった。
「っ……ここは……?」
声が自分のものかもわからない。足元は確かに土の感触があるのに、踏みしめるたび、少しずつ沈んでいく。
「アオ!? どこだ、アオッ!」
来夢が叫ぶと、それに応えるように、かすかな光が奥で瞬いた。
**ぷるん……**と、青い光。
けれど――そこにいたのは、アオではなかった。
青いスライムに似た“何か”が、ひとつ、ふたつ、ふよふよと漂っていた。
表情はない。名もない。感情のない“魂の影”。
> 『かえれ……なまえをすてろ……』
森が語りかけてくる。来夢の頭に、直接。
同時に、周囲の空気が変わった。
地面が蠢く。
幻影――いや、これは記憶の具現だ。
来夢の記憶が、具現化していた。
かつて、命を奪った“魔物”。
命名に失敗し、砕け散った“未成熟の存在”。
誰にも見せたことのない、後悔。
それらが、形を持って来夢の前に現れる。
「……これは……私の、せい……」
身体が動かない。罪悪感が足に絡みつく。
幻影のひとつが、ゆっくりと近づく。
それは、小さなスライムだった。名を与えたはずの、けれど届かなかった個体――
そのとき。
> 「――ちがう。」
声が響いた。今度は、本物のアオの声だ。
灰色の世界の奥から、アオが姿を現す。
けれど、その姿は微かに変化していた。
体表に、うっすらと光る**紋様**が浮かび上がっている。
「名前は……毒なんかじゃない……」
アオが言った。揺らがず、まっすぐに。
「名前があったから……ボクは、ここまで来られた。来夢に出会えた」
来夢の目が見開かれる。幻影たちが、一斉にアオの方へ振り向いた。
その瞬間、アオの身体が光を放つ。
淡い、青の光。
そして来夢も、胸の中から“何か”が溢れ出すのを感じた。
――“命名”。
手を伸ばす。幻影のひとつに、そっと触れる。
「お前にも、名前がある。……“レイ”だ」
ふわり、と。
影のスライムが淡く光り、やがて霧のように消えていった。
他の幻影も、次々に名前を与えられ、静かに森の空気に還っていく。
アオがそっと寄り添ってきた。
「……ありがと。ボク、“ここ”に、戻ってこれた気がする」
来夢は微笑んだ。
「おかえり、アオ。――さあ、先に進もう」
異空間の霧が晴れていく。
そこに待つのは、スライムの里の中核。
そして、アオの“真実”と、試練の続きを告げる“長老”の声が――
> 「……外の名づけ人よ。我らの“罪”を、知るがよい」
---
(続く)
---
第3話予告:『名前という異物』
スライムの長老との対話
“マザースライム”の記憶が断片的に明かされる
アオが「感情を持った理由」と「追放の真実」を知る
長老が言い放つ「名前は毒」の真意