新章『スライムの里 ― 青を還す森 ―』第1話:森が呼ぶ声
森の手前。風が止み、空気が変わった。
昼間なのに、葉の影がまるで夜の帳のように濃くなり、音が消える。
来夢はふと足を止めた。
その隣で、アオが震えるようにぷるぷると揺れていた。
「……ここ、知ってる。けど……おぼえてない……」
アオの声は細く、どこか怯えと懐かしさが混ざっていた。
まるで、心の奥に沈んでいた記憶の水面が、ふと波打ったような――そんな感覚。
森の空気が震える。
草の葉がざわめき、音もなく風が吹いた。
他のスライムたちも、次々に異変を感じ始める。
「なんだ、この感じ……体が勝手に……!」
ポッカがぐにゃりと揺れて、ぴたりと動きを止めた。
「……呼ばれてる。植物が、ささやいてる……“還れ”って……」
モミィの目が虚ろになり、木々の方をじっと見つめる。
チュルルだけが、その場にぴょんと跳ねたまま、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「え、なに? なんか急に静かになっちゃったよ!? 怖いんだけどぉ……!」
来夢は一歩前に出る。森の空気は重く、身体の芯にまで染み込むような感覚だった。
足元の草が、ささやくように揺れている。
> ……“名づけの者”よ。
聞こえた。声ではない“音”が、頭の中に響いた。
まるで、何かが来夢の中を覗いている。
それは森。いや、“森に宿る意志”――スライムたちの原初の残滓。
アオが、ふらりと一歩、森の中へ足を踏み入れた。
その姿はまるで引かれるように、導かれるように。
「待て、アオ!」
来夢が声を上げた瞬間、森の入口が、歪んだ。
まるで空間そのものがぐにゃりとひしゃげ、色も、匂いも、音も消える。
来夢たちが踏み入れたその先は――
**“異なる時間が流れる、記憶の森”**だった。
---
(続く)
---
次回予告:《第2話:記憶を喰らう森の幻影》
森の内部で、来夢たちは「試練」と出会う。
それは過去の記憶を映し出す“幻影”。
来夢は命名スキルにより「幻影に名を与える」ことで、突破口を見出す。