番外編・ネルテ先生の生徒観察記録.7
ルドー達の話を聞いた後、ネルテは医務室から出て職員室に向かった。
問題は何も二人の魔力が消失した件だけではない。
「動いて大丈夫なんですか?」
「外傷があったわけじゃないよ、寝てたってしょうがないだろ?」
尚もヘーヴは心配そうにしていたが、本調子にならないにしても対策が見えた今ネルテはじっとしていられなかった。
生徒にまで被害を出した以上、教師が動かなくてどうする。
ネルテのそんな心境を察したのか、ヘーヴもそこまで深く追求してこなかった。
二人で職員室に向かう道中、倒れていた間の情報を聞く。
「ジュエリの方はどうなってるんだい?」
「リンソウは一旦落ち着きました。あなた方の襲撃も、戦闘による魔力の暴発と誤魔化してます」
「今安易に伝えたらまたパニックが発生するからね、相手も魔力が強いやつを狙って私たちを襲ってきたとなるとあの街にはもう標的はいないとみていい」
「対象の過去の犯罪歴や手配歴には該当なしです。ただ魔力を奪うとなると放置できません、危険人物として手配します。いいですね?」
「連盟国も放置できないだろうしね……」
貸し切りの温泉宿には申請していた古代魔道具を運び入れる手はずになっていた。
その為エリンジが事前に許可を取って、侵入者対策の防御魔法や転移不可魔法に防音魔法、侵入者に対する警報魔法など、エレイーネーで考えられる限り様々な対策魔法を事前に施してあった。
だからこそ窓から平然と侵入してきたあの女性に二人は警戒したわけで、それらの対策魔法を苦も無く突破してきたと思われることからかなりの手練れとみてよかった。
一方的に捲し立てるように話していた彼女だが、歌姫を探していたことだけは確かだ。
歌姫の情報はアシュ以降何もわかっていない。
その女性が歌姫を見つけてどうする気なのか、少なくとも唐突に魔力を奪うような相手、碌な目的でない事だけは確かだ。
「レフォイル山の麓の状況は?」
「麓のジュエリ王家管轄監視区はまるで爆発災害にあったかのように壊滅していたそうです。しかしわずかな生存者による目撃情報から、リンソウ上空に現れた人物と同一人物の可能性は高いかと」
「やはり意図的に攻撃されたか……」
「そちらも犯罪歴や手配歴には該当なし。なんとか事態が無事に終息したものの、実行犯が逃げている以上似たような状況を引き起こしかねません。こちらも危険人物として手配します」
「対処できない魔物が封印されているなんて状況は滅多にないが、今後起きないとも限らないし、その時に同じようにされちゃたまらないからね。被害がなかったとはいえ、人為的にそれを引き起こしたのは看過できない」
「単独で王家管轄区のレフォイル山脈麓を壊滅させた破壊力もあります。目的もなしに暴れられたら下手したら国が滅びかねません」
リンソウ上空に現れた女性はただ自然を享受しろと叫び続けた。
そこに何の意味があるのか、意図すらも不明なままだが、広範囲の破壊攻撃を可能とするなら、早急に対処しなければならない相手だ。
「ジュエリ王家の襲撃の方は?」
「先程連絡が付きました。やはり王家が安易に情報をしゃべったため情報が漏れたようですが、こちらはかなり厄介なことになりました」
「というと?」
「ジュエリ王家管轄の古代魔道具二つ、盗まれたそうです」
ジュエリ国王家で保管されていた古代魔道具は二つ、その両方を侵入した賊に盗まれた。
国庫のある王宮そのものを襲撃されたため負傷者も多数出たが、その場にいたデルメが善戦したため王族は皆無事だったそうだ。
王宮兵はジュエリ国でも精鋭という訳でもなく、傲慢な王族がその地位と見目から強制的に選んだ人物が多いが、王宮警護の為それでもかなりの訓練を受けている。
そんな王宮の中枢である国庫を襲撃されてまんまと古代魔道具を盗まれたとなれば、賊も相当な手練れになる。
その場にいたデルメも、王族を優先しろと叫ばれたせいで奪取阻止の邪魔をされたそうだ。
「……そんな大失態、あの王家がよく正確に情報を吐いたね」
「臣下の方々からの進言です。このままではトルポの二の舞になるとどうやらとうとう見限られたようで、そこにリンソウでの勇者の躍進、良い感じに世代交代を狙い始めています」
「歴史が古いジュエリじゃ保守派が多くてトルポみたいに貴族共和制への変化に難色を示してるから、平民に蹴落とした元王族勇者を返り咲かせるって訳ね、いい方向に転がればいいけど。それで古代魔道具を盗んだ方は?」
「こちらはどうやら他二つと違い複数犯のようです。かなりの人数で動きも早かった、どうやら計画的に奪取されたようです」
国家機密のためどんな古代魔道具が盗まれたかまでは情報が入ってきていないが、王家の国庫に侵入してまで盗み出すようなもの、かなりの効果を持つ物だと推測される。
計画的に奪取したというのなら、ひょっとしたら国家機密になっている古代魔道具そのものの情報も既に手に入れている可能性も高い。
倫理観の外れた使い方をし続けると古代魔道具は暴走する。
正当な手順を踏まずに盗み出すような連中が倫理観を持って古代魔道具を使うはずがない。
こちらも早急に探し出さないといけない。
「封印を解いたやつと魔力を奪ったやつ、それと古代魔道具窃盗組織か。この三つが別々にしても同一犯にしても放置できない。歯痒いな、こんな状況で魔法が使えないなんて」
「魔法が使えたにしてもその魔力を奪った相手の対策をしなければ被害者が増える一方でしかありません。接触が条件だとなるとかなり軽い、転移魔法が使える相手で防御魔法を貫通するなら防ぎようがありませんから」
立ち止まって拳を見つめたネルテに、後ろからついてきていたヘーヴが事実だけを述べる。
考えても仕方ないことより今やるべきことをするべきだと諭されて、ネルテは頭を振った後また歩き始めた。
「対策を考えるにしても魔法が使えるようにならないと。魔力伝達ねぇ、ヘーヴやってみるかい?」
「いやですよ貴方に同行して制御しなきゃいけなくなるじゃないですか」
冗談でネルテは言ったのにヘーヴには至極真面目に嫌がられた。
物凄く嫌そうな顔をしているので本気で嫌がっている、なんだよ失礼な。
「はぁ、魔力伝達するにしても魔力が無いんじゃかなり相性良くないとなぁ。魔力が無い状態でそれを探すとなると骨が折れそう」
「エリンジ君はちょうどリリア君ルドー君たちと魔力伝達の練習を始めた所でしたからね、一緒に行動していたことも多くタイミングも良かった、気付けたのも運がいいです」
「本当にね、しかしエレイーネー内じゃ魔力の相性いい相手と担任副担任してるしなぁ……」
「スペキュラーとでしょう、一回試すだけ試してみてくださいよ」
「それ例え出来たとしても、毎回魔力を補充するのに喋り倒されて何時間かかると思ってるのさ」
話ながらネルテとヘーヴは職員室に二人辿り着いて扉をガラリと開けて中に入った。
中には既にスペキュラー、マルス、クランベリー、ニン、レットスパイダーが職員会議後にそのまま調べ事をしていた様子で集まっていた。
スペキュラーが既に探知魔法を使用しているのか、早口に大量に捲し立てながら両手を広げて前方に魔法円を展開しているが、進展がないのか周囲は険しい表情をしている。
「探知は相変わらず?」
「えぇ、どれも引っかかりません」
職員室に入ったヘーヴの問いに、スペキュラーが喋り出すよりも先にレッドスパイダーがその口をバシンと手で塞いで報告した。
危険人物二人と古代魔道具を奪取した組織、この三つはスペキュラーが観測できていないのでそもそも探知に引っかかる様子がないようだ。
ひょっとしたらネルテやエリンジの魔力に反応して探知が効くかもしれない可能性に賭けて調べてはいるが、こちらも進捗はない。
「三年のラナムパも千里眼魔法を使って例の三件の周辺区域を探索してくれてる。単独犯二件は転移魔法でも使ったのかまるで何も掴めないようだけど、ジュエリの王宮周辺は動きが読みやすいからこっちのほうが情報早いかもしれない」
そのまま喋りたそうに暴れはじめたスペキュラーを抑えにかかったレッドスパイダーの前に躍り出てきたニンが報告する。
ニンの報告を聞いてヘーヴが頷いた後、周囲を見渡して決定事項を告げた。
「それぞれの授業があるからと言っていられませんね、他学年教師との連携も強化します。全員心しなさい」
「各地に回った既卒者との連絡も必須ねぇ。ていうかネルテ先生大丈夫なの?」
おっとりとクランベリーがネルテの方に心配そうに声を掛ける。
倒れて搬送された後、魔力が無いことに最初に気付いたのは聖女の彼女だった。
ベテラン聖女である彼女が何をしても魔力がどうにもならなかったからこそ事態は深刻で即座に緊急会議が開かれたのだ。
おっとりとしているものの、助けられない歯痒さのあるような物憂げな表情を向けられて、ネルテはケラケラ笑いながら両手を振った。
「魔力はないままだけど、さっきエリンジが魔力伝達で魔力の補充が出来たんだ。同じなら私も可能さ」
「あらあら、魔力の補充ねぇ。私ほとんど外に出てて魔力伝達は久しくやってないのよねぇ、マルスいける?」
「確かに私が出来れば一番効率いいんだけど。そもそも魔力伝達が誰とも相性あんまりいい方じゃないのよねぇ」
「マルスの基本性質は魔力を貯蔵するから、私とは出来なくはないけどラグが酷いんだよなぁ」
マルスは魔力貯蔵特化型だが、その性質から魔力伝達をする際相手の魔力も貯蔵しようと一旦溜めに動いてしまう傾向がある。
時間のある時ならまだいいが、緊急時に臨時で魔力伝達をしなければならなくなったらそのラグは致命的になりえる可能性がある。
「俺は性質から爆発するから論外だし、レッドスパイダーはそもそも剣がメインで魔力は多くないしなぁ、ターチスは?」
「慣れてないと魔力伝達が失敗した瞬間転移が暴発します」
「ねぇなんで一年担当はこうも魔力伝達が不得意な連中ばかりなんだい?」
「魔力伝達の本格的な応用学習が二年からだからでしょうが。だから逆に一年は不得意でも大丈夫な面子で固めてるんです、わかってんでしょう」
両肩を落として溜息を吐きながら愚痴るネルテに、ヘーヴが腕組みしながら答える。
ネルテを慰めるようにその肩をポンポン叩きながら、クランベリーは未だ心配そうに聞く。
「エリンジ君はその点大丈夫そう?」
「魔力伝達で魔力を補充したのが聖女のリリアだからね。魔力の全体量が多かった前よりは劣るだろうけど」
エリンジはその圧倒的な魔力量でのゴリ押しで今まで戦ってきた。
最近は肉弾戦も対応できるようにと身体強化魔法にも力を入れていたが、それを支えていたのはその圧倒的な魔力量だ。
リリアの聖女としての多い魔力量を魔力伝達で補充出来たとしてもエリンジの方が魔力量は多かった、以前のような全力は出せない。
襲われた後なのもあり、その点も注意して見ていかないといけない。
「それより目下の問題はまた行方不明になったクロノさんです」
「えぇ? その子確か前期魔人族さんたちと一緒にいた子よね? また行方不明になったの?」
「逃走を目撃したルドーが言うには、どうにも襲撃犯に以前襲われた可能性があって、情報を知っていたみたいなんだ、だからこそ逃げたみたいなんだけど。スペキュラーどうだい、探知で探せるかい?」
ネルテの説明にクランベリーは口に手を当て、マルスは考え込むように額に人指し指を添えて、ニンとレッドスパイダーは顔を動かさずに視線を見合わせるようにしている。
魔力を奪うというエレイーネーの教師でさえ眉唾な相手の情報を、一生徒が持っているのが信じられない様子だ。
顔を見合わせながらも渋々レッドスパイダーがスペキュラーからその手を離せば、スペキュラーは即座に新しく光る魔法円を追加して探知魔法で探し始めたが、首を振って饒舌に話し始める。
「彼女の魔力反応を探知したのは今のところ二回と記憶しておりますが後期に入ってからは一度も反応がなく旅行中もその後も特にこれといった反応は一度もありませんでした只今試しておりますがうんともすんともいいませんねまぁ彼女が行方不明になっていた前期もいくら探知で探しても一度も全く反応がありませんでしたがそれがそもそも可笑しいと言いますか潜在魔力が多いのにこうも探知に引っかからないのは魔道具を使っているにしても大分異常でして異常といえばこの時期故郷で大量に咲いているはずの主産のアブナラ油の生産に使うはずのナノハナが今年に限ってあまり生えてきていないらしく」
「トルポでもそんなこと言ってたわね、ノイズがあったのに魔力反応があったって」
「そういえば魔力はあるんですよね、クロノさんは」
「それで基礎科から本人の許可なく魔法科に引き抜いたって話だったからね」
「彼女の魔力測定値は?」
「それが測ってないんだよね。測定の必要のない基礎科の情報のまま魔法科に登録されてて、事情が分かっての戻ってからも測定嫌がってて、こっちも事情の手前強制出来なかったからさ。身体能力でなんとかなってたから、気が向いたらと思って待ってけど……こんなことならもっとちゃんと説得しておいた方が良かったかもしれない」
「……測定を嫌がっていたと。そうなるとやはりなにかありますね」
スペキュラーがなおも喋り続けているのを全員で無視しつつ、話しながら新たに浮かんだ可能性にその場の全員が険しい顔に変わっていく。
ルドーが語った話から、以前に襲われた可能性が高いのなら。
魔力があるのに魔法が任意で使えない、そんな状態にされているのでは。
だからこそその何かが探知魔法を阻害するせいで見つからないし、転移魔法も効かず、防御魔法も張れないのでは。
スペキュラーの語る魔力反応があったその条件がなにか、今のところ誰も目撃していなければ本人が語らなかったので分からないままだが、少なくとも魔力反応は場所も分からない程一瞬であるならおおよそ魔法攻撃ではないためその可能性が浮上する。
「あなたたち二人を襲った相手は、魔力を奪う以外にもなんらかの攻撃手段があると仮定したほうがよろしいでしょうか」
「魔力を奪い取るようなことがそもそも眉唾なのにねぇ、かなり厄介な相手のようね」
「はぁ、そんな相手に守らないといけない生徒の前で襲われて倒れてたんじゃ、ルドーの推測通り一度襲われてたら怯えて逃げられても仕方ない。ここに来てクロノと信頼関係を築けてなかったことがこんなに大きく出るとは」
「情報を知っていて、一度襲われたことがあるなら一人は危険です。早急に連れ戻さなければなりません」
「探知引っかからないんじゃ目撃情報を元に地道に探すしかないか。ラナムパに俺から連絡入れるよ、同じ護衛科だし。生徒の捜索なら協力してくれる」
魔力を奪うだけでなく、魔力があっても魔法を使えない状態に変えてしまう可能性。
エリンジとネルテ襲撃犯の危険度は一気に上がった。
何も情報が掴めないまま、ネルテはその後の動きをする為に誰か魔力伝達が出来る相手を探すために、他学年の担任達にも声を掛ける準備を始める。




