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第八十話 依頼報酬と新たな依頼

 三つ子の鬼ごっこ基礎訓練をやり始めてから、カイムの疲れは見るからにマシになった。

 やはり一人であの元気の有り余る三人の相手をし続けていたらしい。

 ルドー達も相手をして理解する、あれは疲れていて当然だった。

 ルドーとリリアが二人でカイムたちの様子を見ながら朝食を選んでいると、後ろから声を掛けられる。


「ルドっちゃん、リリっちゃん、ちょっとお話よろしゅうて?」


 全科目共有の食堂で朝食を取っているルドーとリリアのところに、珍しくオリーブがサンザカを連れて現れた。

 全科目共有とはいっても王侯貴族もいる基礎科もあるので、何となくそれぞれの科目で固まって食べていることが多い。

 見かけることはあっても大きく区画分けされた仕切りのある部分で食べているのであまり接触することはなかった。

 そもそも科目ごとに授業時間も違うので、あまり合流すること事態がなかったのだ。

 お話と言われてルドーはつい反射的に頭を下げる。


「えーっと、その節はご心配おかけしました」


「いややねぇルドっちゃんたらもう、その件はもう謝罪もろたやないの。まぁその延長というか、渡すものがあるけんね」


 そのまま朝食を一緒にしてもいいかと続けたオリーブとサンザカに、既に朝食の生ハムトーストとポテトサラダが乗ったトレーを持っていたルドーと、ハニートーストにヨーグルトがけバナナを持っていたリリアは、とりあえず近場で空いている食堂の机に一緒に座った。

 サンザカは護衛があるからと食事を遠慮しようとしたが、それならばとオリーブがレーションを懐から取り出して袋から開けたと思ったら、サンザカの口に突っ込んでもごもごさせていた。

 フルーツ盛りのパンケーキのトレーを置いたオリーブと、そのまま各々食事をとりながら話を始める。


「それでお話ってなんですか?」


「ほら、魔法科のみんなで旅行行くって話耳にしてん、そういえば二人にはごたごたしてて渡せてなかったなって思うて。おそなってごめんな、はい、グルアテリアの依頼報酬」


 そういって未だ慌ててレーションを飲み込もうともごもごしているサンザカに目配せして、護衛の威厳が台無しになったサンザカから封筒を二つ渡してもらい、オリーブはルドーとリリアに一つずつ差し出してきた。

 結構な額が入ってそうな厚さの封筒に、ルドーはリリアと二人で慌てふためく。


「いやいやいや依頼っても途中で投げ出した様なもんじゃんあれ!」


「そんな仕事してないのにこんなに受け取れないです!」


 そう言ってわたわたしている二人に思った通りの反応とでもいうようにオリーブは手を口に当ててくすくす笑い始めた。


「依頼内容覚えとらんの? うちが依頼したのは不明な武器の出どころをはっきりさせて商会に戦争の火の粉被らんようにさせること。ちゃーんと武器の出どころも見つけて、戦争も阻止したから依頼した内容は二人とも達成しとるんよ? あと、依頼で怪我させてしもたから治療費も多少入っとるけんね」


「武器の出どころの男はもうどこにいるやらはっきりしてねぇし、怪我だって勝手に突っ走って受けたようなもんなのに……」


「それでも今回の依頼分には十分な働きやってん。ありがたいと思うてくれるならお礼は倍返しで、これからもよろしゅうお願いね?」


 そう言ってニコニコと笑うオリーブ。

 ようやっとレーションを飲み込んだサンザカがいつまでも受け取らない二人に業を煮やして、オリーブから封筒をもぎ取り黙って受け取れと言わんばかりにこちらを睨み付けながら無言でぐいぐい押し付けてくるので、とうとう根負けしてリリアと二人恐る恐る分厚い封筒を受け取った。


「あ、あとついでといったらなんやけど、旅行に例の魔人族のちっこい子どもさんたち連れてくらしいんね?」


「ライアたちの事か? 確かにそうだけど」


「いっぱいお菓子とかおもちゃとか、奢ったげてな? 出来ればうちの商会から」


 ニコニコ笑うオリーブから言われて、ルドーがなぜ三つ子に奢る形を頼まれているのかよくわからず首を傾げるが、隣でリリアが納得したように頷き始める。


「魔人族さん達と商売しようと思って、ですか?」


「うちもカイムくんは何度か見かけたけど、やっぱ経緯が経緯やけん凄く警戒心強いやろ? 商会にもいい思いしとらんやろうし、正面から行って信用してくれなんて言ってもねぇ。仲良しらしいクロノっちゃんも流石にやめとけ言うとったからね」


「えーとそれが何で旅行で奢る話に?」


「貰ったお金でお菓子なりおもちゃなり買うんは自由やしあげるのも自由やろ? そのおもちゃから興味持ったり覚えててくれたらええなって思うて」


「あー、何かしらのきっかけになったらいいってことか……」


『要は売り込みの先行投資ってことか、やっぱ後継は考えがちげぇな』


 オリーブ達の説明にルドーはようやく納得する。

 人狩りをしていた組織は鉄線だが、繋がりがあったのはエルムルス商会だ。

 人間の情報に疎いカイムたちに、新たに発覚した国だから商会として商売をしたいと正面切って言おうと思っても、その経緯から警戒して断られる確率の方が高い。

 それならば商品を人から渡してもらって手に取ってもらい、良いものだからまた買ってみようかと思った方から繋がっていくのがいいという考えだ。


「まぁあくまでお願いやね。そのお金はルドっちゃんとリリっちゃんのやから、うちからのお願いをするのもしないのも自由やけ」


「まぁ、考えときます」


 是とも否とも今は言えないルドーは、とりあえずなんとかオリーブにそう返した。

 あくまでお願いの形を取っていたオリーブは、微笑みながらその様子に頷いている。


「……ところであれ、なんですか」


 サンザカが警戒するように腰に差した剣に手を掛けながら言うので、ルドー達がその方向を見てみる。

 仕切りの物陰に隠れるようにしていたイシュトワール先輩が、物凄くブツブツ言いながら隠しきれない重い空気を滲みだしていた。


「なんでだ……家族だろ……兄ちゃんなんだぞ……なんで家族より他人のそいつらとそんな仲良さそうに……」


 あっと思ったルドーがイシュトワール先輩の視線を辿ると、クロノがカイム、三つ子と一緒に机に座って朝食を食べながら話していた。

 いつも通り何かしら噛み付いているカイムをクロノは慣れた様子であしらい、三つ子たちが笑ったと思ったらクロノがライアの頭を撫でている。見ているだけでとても仲が良さそうだ。

 休暇明けから疲れていたためふらっと立ち寄ってはクロノに逃げられていたイシュトワール先輩が、とうとうクロノと一緒にいるカイム達と遭遇してしまった。

 カイムに向かって行かないあたりまだクロノの手前イシュトワール先輩はなんとか自制している様子だが、いつまで耐えられるかどうか。

 どうなることかとハラハラしながらルドーはリリアに顔を向けたが、首を振ってお手上げ状態だと返ってくる。

 それを滑稽な様子だとでもいうように聖剣(レギア)がゲラゲラ笑い始めた。どうしようこれ。


「あーえっと、一応あれクロノの兄貴なんだけど、なぜか知らないけどクロノからは物凄く避けられてて……」


「ってことはレペレル領三年のドラゴンライダー? この間の大型魔物暴走(ビッグスタンピード)で領主、次期領主に次いで大活躍したっていう?」


「クロノっちゃんが家族と不仲っていう話は小耳に挟んだけど、まぁあれ見たら確かに気の毒やねぇ……」


 仲良くしたがっている実の家族が全然知らない他人と自分たち以上に仲良くしている様子にショックを受けているイシュトワール先輩、ルドーが説明したその様子にオリーブは当惑し、サンザカも話に聞く英雄譚からの落差に困惑を隠しきれていない。

 クロノの方を改めて見てみると、明らかにこちらの方向を見ようとしていない動きがある。

 どうやら先輩に気付いて無視している様子で、食事を終えるといつもと違うクロノの様子に困惑するカイムの背中を押してそそくさと食堂から三つ子も連れて出ていってしまった。


「……先輩、どんまいっす」


「気付いてたよな今の、気付いてたよな……」


 また魂が抜けるように白くなっている先輩を気の毒に思ってルドーは思わず声を掛ける。


「男だぞアイツ。恋人とかじゃないよな、違うよな」


「いや知らねぇっすよ」


『まぁ仲は良さそうだよな』


「つ、追撃してあげないであげて……」


 聖剣(レギア)の発言に頭を抱えて唸り悶え始めるイシュトワール先輩。

 その様子を話しながら朝食を食べていたオリーブとサンザカがかなり引いた目で見ている。

 このままでは先輩の威厳が台無しになりかねないとルドーは話を変えた。


「というか先輩、何しに来たんすか、三年の授業時間違うから食事も時間違うっすよね」


「あー、そうだった。これだよ、お前に渡せって廊下でそっちの先公に頼まれたんだ」


「ネルテ先生から?」


 そう言ってイシュトワール先輩は思い出したかのように小さな白い封筒をルドーに渡してくる。

 不思議そうにそれを見ているリリアを横に、依頼状と書かれたそれを見て、ルドーは一体何だろうととりあえず封を開いて中を読み、途端に机に突っ伏した。

 ルドーの様子を見てリリアもオリーブもサンザカも、イシュトワールさえもきょとんとする。


「おーいどうしたー? もう例の式典から期間たってるし先公からだから変な依頼じゃないはずだろ」


「あらら? なにか厄介ごとでも舞い込んだんやろか?」


「お兄ちゃん? なに? どうしたの?」


「あのくそじじい……」


「え?」


「……ほい、リリも読め」


「えーっと、あ、村長さんから……作物の作付けするから戻ってこい?」


 ルドーが机に突っ伏したまま腕だけ上げて依頼状を渡せば、書いてある内容を読んだ後、リリアも項垂れて溜息を吐いた後机に突っ伏した。

 わざわざ依頼状としてエレイーネーを通して、ネルテ先生も介して渡された。

 つまり容認しているので行って来いという事だろう。

 オリーブとサンザカが不思議そうに顔を見合わせる中、愚痴るようにルドーはリリアと溢し始めた。


「わざわざ依頼状で書いて来るとか、これ断らせる気ねぇじゃん」


「てっきりエレイーネーにいるからやらなくてもいいと思ってたのに……」


「多分休暇に戻らなかったの恨んでやがるぞ」


『嫌なら行かなきゃいいだろ』


「それ後でもっと厄介な仕事押し付けられる奴だって……」


「あややや? ルドーさんだけでなくリリアさんまで二人揃って落ち込んでるなんて珍しいですね」


「なにがあった」


 オリーブが傍で食事をしているからか、カゲツがやってきて、遅れて食事に来たエリンジも加わる。

 ルドーは机に突っ伏したまま顔だけ上げて面倒くさそうに答える。


「いや、村の村長から作付けするから手を貸せってわざわざ依頼状で来てよ」


「面倒なのよねあれ……今年準備してなかったし全部一からよね……」


「あややや、前に言ってた村の作物ですか! 興味深いですね、お手伝いしましょうかや?」


「ぜひとも頼んだ!」


 逃がすかと言わんばかりに食い気味にガシっとカゲツの手を掴めば、いつもより強引なルドーに引き気味に顔を引きつらせる。

 ルドーはもういっそエリンジも巻き込んでしまえとそちらの方を向いた。

 貴族として領地経営しているエリンジも、他国の農業に興味があるのかそこまで拒絶感はない。


「人数書かれてないな、エリンジも来い」


「そこは頼むところじゃないのか」


「来てくださいお願いします」


『うっわ』


「即答か……」


 ルドーが土下座する勢いでエリンジに言えば、頼むように言っておいて困惑する無表情が返される。

 よし、この調子で次々巻き込んでやろうとルドーはターゲットを変えた。


「イシュトワール先輩も……いねぇ!」


『ついさっきこっそり走ってったぞ』


「逃げ足はええ!」


 同じように巻き込んでしまおうと思っていたイシュトワール先輩の逃げ足の速さにルドーはつい心の中で愚痴った。

 心配して声掛けたのに、先輩の薄情者。

 落ち込んでいた理由が農作業の手伝いで呼び戻されることと分かったオリーブは、そういえばというように二人に質問してくる。


「ルドっちゃんとリリっちゃんって確かチュニ出身やったっけ。あそこ確か幻の食材作る限界集落あるっちゅう話なんやけどなんか知らん?」


「え、なんだそれ聞いたことねぇぞ」


「そんな話あったら片田舎の村の私たちも流石に耳にしてるよね、わかんない」


 ルドーとリリアはオリーブの話に二人揃って思い出すように、ルドーは腕を組んで、リリアは顎に指をあてて何かそれらしい話はなかったかと考えるものの、該当するものに覚えがない。

 二人揃って顔を見合わせた後首を振り、覚えがないと伝えるとオリーブもおかしいなあというように首をこてんと傾ける。


「一応キャラバンが向かえるギリギリの範囲にあるらしいんやけどね、ただでさえ分けてもらえる量少ない上に、なんでも道が複雑で時間がかかって食材が持たんらしいんよ。だから一般流通もしてのーて、そのキャラバンの担当者達だけが食べれるもんやから勿体ないっていつも溢しとるらしいんやけど」


「うーん、そんなに美味しい食材作るなら何かしら噂で聞いてそうだけどなぁ、俺らの村も大概田舎ではあるけど」


「転移魔法使える魔導士うちの国にいないもんね、それなら確かに食材腐っちゃうかも」


「……ルドーさんたちの村って、確か教会もないくらいの場所じゃありませんでしたや?」


 話を聞いていたカゲツが、何かに思い当たったかのような怪訝な表情で聞いて来る。

 それを聞いたオリーブとサンザカも何かピンと来たような表情に変わった。


「前に言ったっけな、教会どころか施設もなにもねぇぞ。家と畑しかない」


「魔の森がすぐ傍だったけど規模小さかったし、私たちがエレイーネーに来る前に浄化したもんね」


「村から外に出たことありますや?」


「じじいどもが嫌がって押し付けてくるからなくはねぇけど」


「道が面倒だからみんな嫌がって村から外出ないもんね」


 実際山道で崖があちこち切り立ってて面倒だしなとルドーが溢すと、エリンジまで怪訝な視線でこちらに訴えてくる。

 なんだよ言いたいことがあるなら言え。


「……カゲっちゃん、お手伝い、ようやるようにお願いね?」


「わかりましたですや!」


 なんだかわからないが納得したような表情のオリーブがカゲツに声を掛け、それにビシッと敬礼の姿勢で答えるカゲツ。

 何がどうしたかルドーにはわからないが、取りあえずやる気になってくれているならいいかと放置した。


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