第七十七話 前進と拒絶
歓迎会を開いた影響で、ライアたち三人はようやく食堂で一緒に食事をとるようになった。
どちらかというとみんなで食べたほうが楽しいと感じたのか、カイムに散々暴れてせがんだらしく、疲れ切った状態のカイムがとうとう折れたというほうが正しいらしい。
食堂に突撃してきた嬉しそうな三つ子とは対照的に、両肩落として息切れしている様な悲壮な顔でついてきたカイムがそれを如実に物語っている。
「ルドにぃ何食べてるの?」
「ん? ハムエッグサンド」
「じゃあ私もそれにする!」
「俺も!」
「僕も!」
色々と真似したい年ごろなのか、三人とも人の食べているものを見ては同じものを試しに食べようとする。
その為キシアとビタからバランスよく野菜も食べて三人の模範となるように通達が出された。
肉ばかり食べていた男子組は三人の手前良い恰好しようとサラダも食べる傾向が増えている。
フランゲルは野菜が苦手なのか、それでも男の矜持を守ろうと震えながら食べるようになっていた。
「カイム顔色酷いよ大丈夫? 昨日寝れた?」
先に朝食を食べていたクロノが心配して声を掛けた瞬間、カイムは食堂の机に倒れるように突っ伏した。
いびきが聞こえてきたのでそのまま寝落ちたらしい。
ライアと共にハムエッグサンドを平らげてその様子を見ていたルドーは、困ったように溜息を吐きながら頭をかいた。
「またか。クロノ手助けいるか?」
「いやいい、医務室連れてくから起きるまで遅れるって言っといてくれる?」
「座学の途中からになりそうだな、伝えとくわ」
「三人の面倒くらい見ると言っている」
「まぁまぁ、でも寝れるようになった分前進じゃない?」
未だに頼ってこないカイムにエリンジは不服気味だが、リリアの言う通り前進はしているのでルドーはあまり気にしていない。
慣れない環境で三つ子の世話までしていた疲れが溜まっていたのか、最近カイムは朝食にライアたちを連れてきた瞬間よく寝落ちるようになった。
カイムが授業に出ている間ライアたちが暇を持て余しているらしく、授業が終わって戻った瞬間一斉に遊びをせがまれるようで、多分普通に授業を受けているルドー達以上に体力を消耗している。
前はそれでも周囲を睨み付けて威嚇していたので、安心して眠れるようになってきた分一歩前進だろう。
「クロねぇ、カイにぃちゃ、寝ちゃった?」
「うん、静かにね。ご飯食べたら戻ろうね」
「わかった!」
クロノに背負われて医務室に連れて行かれるカイム。
まだライアたちの世話を任せきりまでは許してくれていないが、それでも食事以外でもライアたちにせがまれてカイム同伴で時々教室にやってくるようになっているので、隔絶しきっていた前よりはましな方だ。
「お姫様お姫様! おはようございます!」
「おはようございます!」
「だから私お姫様じゃありませんわよ! やめてくださいまし!」
「仰せの通りにお姫様」
「アルスさんも一緒になってのらないでくださいまし!」
食堂の入口の方で発光する目立つ兄弟がキシアを捕まえていた。
アルスも楽しそうに一緒になって、大袈裟に使用人風にお辞儀して揶揄っている。
ザックとマイルズ兄弟が保護科の臨時教師に入り、エレイーネーが新たに魔人族を保護した場合魔人族の国に伝達する係となっている。
ロドウェミナで何があったのか、二人はキシアに相当入れ込んでいるようで毎朝律義に挨拶しに来て、お姫様と呼んではその度キシアが顔を真っ赤にさせている。
「しかし王族が没したなら一番位が高いのは貴様ではないか姫君!」
「フランゲルさんが言うと洒落になりませんわやめてくださいまし!」
「お姫様ー、そのぎゅっと握った手を小さく振る動きとても可愛いですよー」
「お姫様ー、今日もその編み込んだ髪型バッチリ決まってるわよー」
「ヘルシュさんもアリアさんもやめてくださいまし!」
キシアの反応にザックとマイルズはすごく喜んでいるので多分これを見に来ている節があり、アルスを筆頭に周囲も悪ノリするためキシアはプルプル震えながら全身真っ赤になっていた。
「あ、ザックとマイルズ見て思い出した。そいうや昨日また保護したんだっけか」
「またか。報告もなしに」
『それで徹夜したから寝落ちたのか、色々大変だな』
「クロノさんは平気なのかな、ついでにどこかで寝てるのかな」
時々魔人族が捕まっている情報を知らぬ間にクロノが仕入れては、カイムと二人でこっそり夜に出ていって救出して連れ戻り、その度に先に報告しろとネルテ先生から二人説教が入っている。
だが二人とも聞く様子はまるでない上に、クロノが相手方の不正証拠まで持って帰ってくるので事後対応になるが非が無くなるのでネルテ先生も手に負えない。
既に何人か保護して森の国に返しており、ザックとマイルズから連絡を受けたアーゲストやボンブが保護された魔人族を搬送するためやってくるようになって、カイムの様子を見に時々やってきては顔を合わせたルドー達魔法科も普通に話をするようになった。
「救出活動だ、資格もあって動ける。なぜこちらに言わない」
「いやまだ信用されきれてねぇだけだろ」
「不服だ」
「そんな調子だからでしょデリカシーなし」
『今デリカシー関係あるとこあったか?』
朝食を終えたルドー達は ライアたちがザックとマイルズに引率されて、食堂入口まで迎えに来ていたクランベリー先生と一緒に保護科の教室まで向かって行くのを見届ける。
ルドー達も基礎訓練に向かおうと立ち上がり始めた所でネルテ先生がやってきた。
「ルドー、ちょっと悪いんだけど午後の魔法訓練の時間、別件で出てくれないかい?」
「別件? なんかありましたっけ?」
「あー、ほら、トルポの魔の森で魔力暴走したって話あったろ? 詳しく見てくれる人が見つかったんだけど、所用でエレイーネーに来れなくてね」
珍しくネルテ先生が言いにくそうに説明し、なんとなく横にいたリリアとエリンジも少し緊張気味に空気が硬くなったような気がした。
ルドー自身は暴走していたと言われても覚えていないが、確かにあの時剣の男や化け物とは別に周辺が攻撃されたように破壊されていたし、リリアに危険が及ぶといけないので行くことにする。
ルドーの返事にネルテ先生は頷いた後、今度はエリンジの方に向いた。
「エリンジ、クロノも連れて行ってくれ。話さないけど魔力があるのに魔法が使えない理由、少し気になるからね」
「了承した」
「……行くかな、クロノさん」
「引き摺って行く」
『あいつに通じるのかそれ』
「ヘルシュとウォポンも同行するから覚えといてね」
「えっあいつらも?」
「ヘルシュはともかく、ウォポンは何故か魔力が常時消費されてるんだ。いい機会だから一緒に調べてもらおうと思ってね」
フランゲル達と一緒にいつもハイハイ言っているハイハイ男のウォポン。
剣を使って戦う彼は、クロノと同じ実力タイプなのか言われてみれば魔法を使っている所を見たことがない。
ヘルシュはパートナーの為の同行だとして、魔法を使っていないのに常時魔力が消費されているというのは確かに何か変だ。
ルドーは全く気付いていなかったのでエリンジとリリアの方を見てみるが、二人も気付いていなかったのか目を見合わせるとエリンジは首を振り、リリアは不安そうな表情を返してきた。
「ネルテ先生の話じゃ、見てくれるのはマーって国の聖女か。学習本に載ってっかな、えーっとマー国マー国」
基礎訓練を終えたのち、座学前の休み時間に読みやすくなった学習本をパラパラとめくってみる。
該当する世界史らしき世界地図から始まるページをめくっていけば、ソラウ王国の左、南南東に位置する、グルアテリアやランタルテリアと同じほどの規模の国だと分かる。
北のほぼ全てが魔の森と接し、この間騒動があったトルポが左隣に来ている。
さらに詳しい説明を読めば、国の六割が砂漠地帯となっているかなり厳しい土地であることが記載されていた。
「あやや? ルドーさん急にマーについて調べましてどうかなさいましたや?」
学習本を読んでふむふむとルドーが情報を追っていると、傍でノースターと話していたカゲツがルドーのつぶやきに反応したのか振り返って学習本の中身を見て声を掛けてきた。
「カゲツか、いやちょっとネルテ先生からここの聖女さんに会うように言われてよ」
「あややや、ウェンユーさんにですか。なるほどなるほど」
「なんだ知ってんのか?」
「あややや、私の出身マーですやよ。知りませんでしたかや?」
自分を指差すように胸を指でトントンと叩いたカゲツに、ルドーは学習本から顔を上げて改めてカゲツを見据え、少し離れた所で話を聞いていたエリンジとリリアも近寄って話に入って来た。
「えっとね、今日の魔法訓練休んで、お兄ちゃんと、クロノさんと、あとウォポンくんも会いに行くようにって言われてるの」
「あややや、魔力関連ですかね。あの人エレイーネー在学中も国に戻ってあちこち回っては色んな人を診て回ったっていう名の通り聖女なんですや。そのお陰か魔力関連を診る事には特化してるんですや」
「在学中も国に戻ってたのか。そういや所用でエレイーネーに来れないってネルテ先生が言ってたような」
「元々良くはなかったですが今マーはとんでもなく治安悪いですや、多分それでウェンユーさん国から離れられないんですや。砂漠でただでさえ厳しい上、この間のトルポの余波を多大に受けましたや。エレイーネーの転移門からならそこまで酷いところには行かないでしょうが、念の為気を付けたほうがいいですや」
私は慣れてますけどと続けたカゲツの言葉に、ルドーはついエリンジと顔を見合わせる。
トルポの王族が加担していた鉄線の犯罪の余波は世界各国に渡っている。
すぐ隣で砂漠地帯の為隠れやすいマーは一番余波を受けやすい地形という事だろうか。
カゲツの助言に用心したほうがいいだろうとルドーは気を引き締める。
「リリは残って訓練しててもいいぞ」
「やだよ、行くもん」
「パートナーだろ、諦めろ」
「なんでこういう時だけ肯定すんだよエリンジ」
非難するようにルドーが顔を顰めてもエリンジは無表情に返してくるだけで賛同してくれない。
間もなくしてネルテ先生が教室に入ってきたため座学が開始され、ルドーは渋々学習本に視線を落とした。
「放してって! いらないって! 私は自分で分かってるから!」
「なら説明しろ、なぜ魔法が使えん」
「個人的都合だって!」
「それじゃわかんねぇだろが」
座学の途中で合流してきたクロノを、終わり次第とっ捕まえたエリンジと、同じく座学の途中で合流したカイムの二人掛かりで引き摺って行く。
三人の会話からどうやらクロノは自身の体質はわかっていて、相変わらず話していないだけのようだ。
カイムもその件については聞いていないらしく気になったのか、クロノがエリンジから説明を聞いて逃げようとした瞬間髪で拘束して協力してくれていた。
どうやらクロノは腕力で強くてもカイムの拘束には弱いらしい。
力任せに千切っても千切っても次々髪で拘束されるので逃げられなくなっていた。
「ハイハイハイ僕は魔法使ったことありませんよ!」
「そんな自信満々に言う事じゃないって」
暴れるクロノの腕をエリンジが掴み、カイムの髪に巻き取られながら二人に引き摺られていくのをルドーはリリアと一緒に引き気味に見ながら、ルドー達の横で一緒に歩いているヘルシュとウォポンの方を見やる。
「でも魔力が常時消費されてんじゃなかったか?」
「ハイハイハイ覚えがありません!」
『言われてみりゃ確かになんか微妙に消費されてんな、何に使われてんだか』
「ぱっと見分からないけどどうなってるんだろうその魔力……」
「うーん、回復の類でもないしなんだろうね」
元気よくルドーの言葉をハイハイ全否定してきたウォポンを見ながらヘルシュが心配そうに呟く。
回復特化のリリアが見ても、回復系統に該当しないらしい。
そもそもウォポンは怪我らしい怪我もしていないので回復魔法が消費されるようなこともない。
なら一体何にその消費されている魔力が使われているのだろうか。
話しながら転移門の前に辿り着くと、ネルテ先生が既に準備して待ってくれていた。
髪に拘束されて引き摺られているクロノを見て少し目を見開いていたが、そのまま一緒に連れて行ってくれと逆にカイムに頼み込んでいた。
「マーは今ちょっとバタついてるから気を付けてね。まぁ一応転移門から聖女さんのいる建物に直結する形を取ってるから、大丈夫だとは思うけど念の為にね」
「やめてよほんとうに……」
ネルテ先生が転移門の前で振り返りながら説明していると、引き摺られていたクロノがいつもの飄々とした態度からは考えられないような、今にも泣きそうな声色で訴え始めた。
まさかそこまでの反応をすると思っていなかったルドー達は驚いて固まるように黙り込む。
カイムも動揺したようで拘束が弱まり、エリンジも一瞬躊躇するようにクロノの腕を拘束して転移門に引き摺ろうとしていた手が止まる。
「クロノ、私もエレイーネーも味方なんだよ。何を隠してるかわからないけど、君の力になりたいんだ」
「いやだよ、ほっといてよもう……」
ネルテ先生がクロノの傍にしゃがみこんで優しく諭すように声を掛けたが、それでもクロノは拒否し続ける。
拘束された身を震わせて、帽子を被ったままクロノはとうとう泣き出してしまった。
そんなに話したくないのか。
泣き続けるクロノに気まずくなってルドーは心配そうにしているリリアと顔を見合わせ、ハイハイ言っているウォポンも珍しく黙り込んで、ヘルシュは身の置き場がないように顔をあちこち逸らしている。
ネルテ先生も困ったように身を起こして片手で頭を抱えていたが、唐突に髪の拘束がブワッと広がって解かれた。
逃げない様に腕を抑えたまま呆然としていたエリンジの手を、リリアが駆け寄って強引に外して引き離し、カイムはそのまま髪を切り落して後ろに下がっていく。
「……こんなに嫌がってんの強制すんのはちげぇだろ」
「……うん、そうだね。悪かったよクロノ、もう戻っていい」
カイムの言葉に、ネルテ先生も反省するかのように小さく息を吐いて首を振った後、優しく帽子の上から頭を撫でて肩を叩く。
しばらく自分を落ち着かせるようにクロノは震えながら深呼吸した後、ゆっくりと起き上がってルドーが前に見たような幽霊染みたフラフラとした足取りでその場から離れるように歩き始め、心配したのかカイムがその後をペタペタと裸足で追って行った。
「……なんなんだあいつ」
『あの身体能力で泣くほどなのかよ』
「大丈夫かな……」
「うーん、まぁ自分で分かってるって言うなら話すのを待つしかないか。悪いことさせたねエリンジ、この後どうする? 授業も始まったし戻って訓練しててもいいけど」
ネルテ先生が転移門を魔法の緑の拳で起動しながらエリンジに聞く。
「……ルドーの様子も気になる。行きます」
「えぇ、俺そんなに心配かけてる?」
エリンジは動揺するようにしばらくクロノが立ち去ったほうを見ていたが、結局ルドーの方を向いて付いて来るようで思わずルドーは困惑した声を上げたが、返ってくる無表情には明らかに肯定の色が見えて訳が分からずルドーは首を捻る。
「エリンジ、お前泣かせたんだからあとで謝っとけよ」
「……そうする」
エリンジもクロノがまさか泣くと思っていなかったようで、改めて気まずそうに顔を伏せている。
そんなエリンジの肩を慰めるようにルドーは数回叩いて、大きく深呼吸してから正面を向いて転移門をくぐっていった。




