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第七十一話 新たに始まる日常

 休暇も終わり授業も後期に入った影響で、内容も大幅にガラッと変わる。


 まず基礎訓練からだ。


「そんじゃ、筋トレして全員最低限の体力ついて来たところだから、お次はスタミナアップだね!」


 ルドー達魔法科の面々が前期基礎訓練で筋トレをしていた運動場に辿り着くと、同じ場所だとは思えないほどに様変わりしていた。


 昔テレビで見たアスレチック番組のような、回転する飛び石やら明らかに握りにくい形をした雲梯やら、山あり谷あり川あり崖あり落石あり、なんでもありの障害物競走のような見た目に変化している。


 しかも周囲は池のように水がはってあってコースを外れたらもれなくびしょぬれになるのが目に見えていた。


「魔法で色々トラップ仕込んであるから怪我しない様に防御魔法や結界魔法とかも全然使っていいからね!」


「ちょ、ちょっと! 魔法使うのに体力いるのはわかるけどなによこれ!」


「明らかにSA○UKEを魔法でめちゃくちゃ強化した類……」


「き、基礎訓練用に国で対策した筋トレをしてきたというのにどういうことだ!」


「あのループ一回転してますわ、全くどうやって通れというのかしら」


『(防御以外は魔法薬使用禁止だよね……)』


「うわぁ高いなぁ楽しそうだね」


「ねー! わくわくしてきた!」


 次々と上がる感想にネルテ先生はニカニカしている。

 全員注目と掛け声を上げてピッと指を上げて説明を始めた。


「災害救助や森での魔物との戦闘、必ずしも平地で戦闘するわけじゃないからね。場合によったら市街戦で建物の上を飛び移ったりするときもある。そういう状況で毎回魔法を使って移動して肝心な時にスタミナ切れてちゃダメだろう? そういった緊急時にも魔法を使わない地力で動けるようにするための訓練さ、質問ある人?」


 確かに今までの戦闘の経験からも、平地で戦っていた方が少なかった気がしたルドーはネルテ先生の説明に納得はしたが、もうちょっと現実的な構造でもいいような気がして気が滅入る。


 ネルテ先生の説明に主にフランゲル達を中心に、キシアやビタにノースター、イエディやカゲツも不安そうにただ目の前の運動場だったものを見つめている。

 ただアルスとメロンは楽しそうに笑い、ハイハイ男はいつもの調子でハイハイ言っている。


 カイムは少し遠いところから周囲と関わりたくなさそうに睨み付けている。

 ただメロンに制服が似合っていないと言われたのを気にしていたのか、上半身裸に制服を羽織るだけになってエレイーネーに来る以前のような見た目になり多少様になっていた。着崩してよかったのか。


 ネルテ先生の最後の言葉にいつもの調子でトラストがおずおず手を上げた。


「こ、これどうすれば当日の訓練終了になるんですか?」


「いい質問だね! 今まで基礎訓練で使ってた腕輪があるだろう? 今まで通りそれを使うんだ。通る道順や終点はそれに記載されているから、その通りに達成すれば終了になる。前期同様慣れてきたらどんどん伸びてくし道順も変わるから毎日開始前に確認するんだよ!」


 ニカニカ笑うネルテ先生は説明しながら腕輪を起動するよう指示してきたので、魔法科の面々はそれぞれモニターを開いてアスレチックの道筋を確認しつつ呻くような悲鳴が続々と上がる。


 ルドーの道筋は高低差や飛び地、雲梯など全体的にバランスがいい、とどのつまり全身筋肉痛コースだ。


「はいはーい呻いてたって終わんないよ! 時間は有限、さぁ始め!」


 ネルテ先生が笑顔で手を叩く。

 いつもの笑顔の圧力に、カイム以外の全員が逃げられないと覚悟を決めて取り組み始めた。


「クロノちゃーん!!! が、崖ってどうやって上がればいい!?」


「腕力と重心移動」


「このほとんど水しかない回っている小さな足場はどうすればいいのだ!?」


「考えずに走る」


「だからこの一周してるループどうすればいいのです!?」


「速度と勢い」


 ほとんど掴むところがない、滑る雲梯を何とかルドーが進んでいる中、クロノは流石いの一番にアスレチックを終わらせて一人涼しく水を飲みながら休憩している。

 他の面々がひいひい言いながら、なんとか体力お化けのクロノに助言を求めて続々と声を掛け続けているのが必死に先を進もうと手を伸ばすルドーの耳にも入ってくる。

 だが一縷の望みを託して聞いたみんなに返ってくるアドバイスは端的且つあまり実用的ではない。


 真面目に受け取るメロン、そのまま水に沈むフランゲル、意味が分からず混乱するビタ、反応は様々だ。


 一方カイムもやりたくなさそうにしばらく見ているだけだったが、ネルテ先生が傍に寄ってきてしばらく笑顔で圧力をかけまくったせいか、冷汗を流しながら渋々走り始めた。

 アシュで髪の魔法を使わなくてもルドーが追いつけない程早かった事実もある。

 実際カイムは体力がかなりあるようで次々とこなしていき、それを見ていた面々からもちらほら称賛の眼差しが送られているが、変わらず周囲を睨み付けているカイム本人は気付いていない様子だ。


 エリンジも魔法一辺倒だったせいか今回は流石に苦戦するかと思いきや、それなりの動きで順調に走っている。かなり身のこなしが軽やかだ。

 ルドーは忘れていたがこいつも基礎訓練はいつも卒なくこなしている方だったと思い出した。


 リリアは流石に苦戦している。

 ただ頑固な面が出てきていると様子を見ていたルドーは感じた。

 意地でも絶対食らい付いてやると必死に回転する捕まり棒を横に移動していた。

 そんなに水に落ちたくないのか。


 体力ギリギリ組のトラスト、ノースター、アリアが次々と設置された水にバシャンバシャンと落ちていく。

 水に落ちるとびしょぬれになる上最初からだ。

 ぼたぼたと水を滴らせて震えながら上がってきて、アリアに至っては屈辱に震えている様子だった。

 ネルテ先生がとても楽しそうにニカニカ笑い続け、ルドーが背負っている聖剣(レギア)も腹がよじれるかのように終始ずっとゲラゲラ笑い続けている。こいつに腹なんてないけど。


 結局初日と同じように、エリンジとクロノ、カイムを除いた全員が、基礎訓練が終わるころには地面に這いつくばっていた。

 いや、真面目に授業に取り組むようになったフランゲル、ヘルシュ、アリアの三人も全力で取り組んだので初日よりも光景は悲惨だ。

 しかし結局体力勝負なので慣れていくしかない。


 座学ではルドーが恐れていたことが起こった。

 半年経ってある程度学習平均が整ってきたと判断され、授業毎にテスト形式が追加されて結果順位が学習本の中表紙に映し出されるようになってしまったのだ。

 ルドーは全体的に壊滅的で、初回テストのため転入生で人間社会に疎いというハンデがあるカイムより下の最下位を叩き出し、フランゲル筆頭にアリア、ヘルシュに盛大に指差して爆笑され、キシア、トラスト、アルス、イエディにここまでかと呆れと憐みの視線を向けられながら言われ、ビタが文句を色々つけてきて、カゲツにサンフラウ商会特別合宿を勧められ、馬鹿に付ける薬はないとノースターに匙を投げられ、ルドーに次いで下から二番目だったメロンに同類認定された。


 ルドーが一通り言われた後面々が食堂に向かって行く中、教室にリリアの怒りの平手打ちが響く。

 これは不味い、エリンジとリリア二人の徹夜どころか血を吐くガチ目の猛特訓コースになりそうでルドーは震えはじめた。


「学習本の設定合ってないんじゃないの?」


 座学の授業に聖剣(レギア)が相変わらず爆睡する中、リリアとエリンジが己をどうするべきか協議しているのをジンジン痛む頬を押さえつつ縮こまって震えながらルドーが聞いていると、机に座ったままのクロノが肘をつきながらルドーの方にぽつりと溢した。

 ただひたすら本を開いて文字を追っていたルドーは、学習本について初めて聞く単語に慌てるように聞き返した。


「せ、設定? なんだそりゃ?」


「表表紙の裏に書いてあるじゃん、読んでないの?」


「こいつ、最初期文字すら読めてないぞ」


「あぁそっか、クロノさん最初の時座学全く出てなかったもんね」


「今は読めるって! つかバラすなよ!」


「文字すら読めねぇとか森よりひでぇ環境じゃねぇか」


 流石に学習過程が違い過ぎたのか下から三番目の順位だったカイムからも、距離を取っていたのに思わず驚愕するように声が上がってルドーは頭を抱えて机に突っ伏した。


「あ、大丈夫だよ。お兄ちゃんは勉強サボってただけだから」


「多分ライアたちがその内勉強教えてって言ってくるけど、そんな調子で毎回逃げる気?」


「誰が逃げるかよくそが」


「カ、カイムに言ってないよ……」


「ライアちゃんならたしかにそうだよね、お兄ちゃん?」


「うっ、それはちょっと頼れる男の面子的にも……頑張ります……」


 ルドーは逃げ道を塞がれた思いで机に突っ伏したまま呻くように諦めながら答える。


 学習本の設定、表表紙の裏に何が書かれていたのだろうか。

 文字が読めなかったルドーはとりあえず書取から始めたのでそこに文字が書かれていることに全く気付けていなかった。


「えーとなになに……文字だけでわかりにくい場合は本を閉じて表紙を三回叩くと設定が変わります。なんだよもっと早く知りたかったぞこれ……」


「えー? そんなのあったのー? 私も文字ばっかりでわかんなかった!」


 ルドー同様、カイムに順位を抜かされてイエディに静かに説教されていたため同じく教室に残っていたメロンが割り込んでくる。


「メロン、文字は、読めたよね、なんで?」


「んーと、こういうのって勢いでやればいけるかなって!」


「さり気なくディスるのやめてくれ……」


「サボって逃げたお前が悪い」


 何か言うたびにあがるリリアとエリンジからの非難の声を躱しながら、物は試しと学習本を閉じて表紙を三回叩いてみる。

 すると学習本の本文が書かれている地の部分が小さく光った。

 何か変わったかとルドーが中を開いてみると、今度は物凄く分かりやすく挿絵が大量に入れられ、わかりにくい単語に注釈が入れられていたり使い方の例文が書かれていたりした。

 文字だけの本に目が滑っていたのが一気に物凄く分かりやすくなってルドーは驚愕して思わず叫んだ。


「最初に説明してくれこれ! 俺の前期半年なんだったんだよ!」


「文字が読めんのが悪い」


「元をたどればお兄ちゃんが文字の練習サボったのが悪いよ」


「あぁ畜生! 確かにそうだけども!!!」


「わぁ! 凄いやこれこんな分かりやすくなるんだ!」


「メロン、ルドーくんより、ひどい、絵本並み」


「文字だけで事足りて盲点だった」


「下地がないやつに下地があるやつが教えても進まないよ、前提知識違うんだから」


「遠回しに俺の事馬鹿にしてんのか?」


「いや違うから! なんでそうなったの環境違うから仕方ないでしょカイムは!」


「環境が違うならなんでてめぇこっち来てたんだよ! やっぱ馬鹿にしてんのか!?」


「だから違うってば!」


 驚愕しつつ叫んで落ち着いてきたルドーは、設定について教えてくれたクロノに礼を伝えようと思ったが、その横でまたカイムと言い合いし始めた。


 どうにもこの二人、クロノが失踪していた時に比べてなんとなくぎこちなくなっている様な気がする。


 ルドー達が首を傾げてどんどんエスカレートしている二人の言い合いをどうしたものかと見ている横で、メロンが微笑ましそうにしながら腕を組んだ。


「うんうん、揺れる乙女心だねぇ」


「メロン、早とちり良くない、前にも伝えた」


「痛い痛いごめんごめん許して!」


「何の話だ」


 イエディがメロンの頬をみよんとつねりながら後ろに引っ張って、メロンが両手をブンブン振りつつ涙目になる中、リリアが物凄い勢いでエリンジの頭を叩いてルドーとエリンジ二人目が点になった。


「なんだ、何で叩いた」


「デリカシーなし」


「だからなんのことだ」


「わからないなら口閉じるの!」


 リリアとエリンジも言い合いを始める。


 こいつらいつの間に仲良くなっていたのだろうかと思ったが、ルドーの学習が遅れていたせいで色々と団結していたから自分のせいかと思いなおす。


 エリンジにデリカシーが色々とないのはルドーもリリアに同意するが、別に叩かなくても。

 あれ結構痛いし、多分エリンジは言っても分かんないぞ。


 言い合い続ける二組を前にルドーはどうしようかとメロンとイエディに向いたが、メロンはこのままでいいと言うし、イエディは呆れたように静かに首を振るだけで、ルドーは結局どうすればいいかわからずじまいだった。


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