番外編・ネルテ先生の生徒観察記録.5
大型魔物暴走がネイバー校長とデルメのおかげでようやっと静まり、疲れ切った生徒達に回復魔法を施してそれぞれ帰した後。
クランベリーはトルポに留まって怪我人の確認と必要なら回復、マルスはトルポ本国に状況説明、スペキュラーは生徒達の保護者に状況報告に行っている。
ネルテはヘーヴと共にエレイーネーで魔人族達と向き合っていた。
ルドー達が保護した魔人族達は、エレイーネー入学の際に生徒達が集まっていた校門前に転移し、そのまま放置されてどうすればいいかわからず右往左往していた。
「……つまりあなた方の居住区は中央魔森林の中にあるわけですね」
「それで瘴気に慣れて見た目が変わったせいで、人狩りに遭っていたと……」
そのまま門の前で話すのも何なので、校舎の中に入ったメインホールに集まり、怯えるように身をすくめている魔人族の集団と話していく。
「エレイーネーにたすけてもらった! 感謝感謝!」
「でもまだ見つかってない同胞たくさん! たすけてたすけて!」
青白く光り輝いている魔人族の二人組を見れば、その珍し過ぎる見た目から人狩りに遭うのに納得しかなかった。
厳しい顔でネルテがヘーヴと目配せする中、唐突にホールの中央がピコンと鳴って大きな花が大量拡散した。
「たっだいまー! ちょっとお話いいですか! いいですよね!?」
「お疲れ様です校長、今度はなんですか」
紫のローブを靡かせて、くるくる回りながらこちらに歩いてきた校長に、ヘーヴが溜息をつきながら返す。
しかし全員がそちらに視線を向けると、校長の後ろに狐目長身の白髪男と褐色肌に髪が恐ろしく長い少年がいることに気が付いた。
「てってれーん! 魔人族さんでーす! 森の方で飛んでたのでお話したいと連れてきました!」
「あっはい、どうも……アーゲストいいます」
紹介された狐目長身白髪男アーゲストは、校長のテンションに終始面食らいながらも、ネルテ達の横にいる魔人族に視線を向けた後頭を下げて挨拶してきた。
保護した魔人族達はアーゲストたちが来たことにようやく安堵するように息を吐き、光り輝く兄弟はお祭り騒ぎを始めた。
「この度、同胞を保護していただきありがとうございました。それでこの……人? が言うには、他の攫われた同胞を助けるためにも国として認定受けてもらったほうがいいと……」
「あぁ、そういう……」
両手を頭の上にあてたままその場でくるくる回り続ける校長にヘーヴとアーゲストが一瞬怪訝な視線を向けた後、改めてお互い向き直る。
ヘーヴが軽く息を吐き、アーゲストの後ろで周囲を睨み付けている少年をちらりと見やった後話を続けた。
「そちらはその方向で大丈夫ですか? そういう意向ならこちらも協力は惜しみませんが」
「……あっさり信じてくれるんですなぁ」
「これでもここ平和活動の拠点なもんで」
ヘーヴが左掌を上げて首を振りながら、エレイーネーの役割を簡単に二人に説明する。
魔の森や魔物、瘴気の対策、戦争の防止、各国が自衛出来るよう戦闘水準や知識水準を上げるための教育、などなど。
ヘーヴが説明している中、ネルテはアーゲストの後ろの少年を観察した。
前に一度だけ見かけたことがある。遺跡で古代魔道具が暴走した時にクロノと一緒にいた少年だ。
見た目は小さいがかなりの実力があり、今も見ただけでも相当な魔力を有している。
「……色々わかりましたけど、国として認めてもらえるんですかね、今まで結構破壊活動してきたと思いますけど」
「自国民を救出するためでしょう? 攫って売って、買い取ったほうが悪いんです」
「大丈夫だよ、攫ってた組織を今回叩いたんだ。証拠も十分出てきた、連盟に認めてもらうには十分だよ」
尚も懐疑的なアーゲストに返すヘーヴ、ネルテも安心させるように言葉を続ける。
すると隣でくるくる回っていた校長が突然ピタリと止まった。
「そこの少年、レッツパーリィ!」
「はぁ!?」
「レッツパーリィ!!!」
「あー……エレイーネーにこの少年を入れたらどうかというんですか?」
「はぁ!!? 意味わかんねぇ!」
ビシッと指差したまま同じことを言い続けるネイバー校長、なんとか翻訳したヘーヴの言葉に少年は訳が分からず叫んだ。
その会話を聞いたアーゲストは閃いたようにポンと手を叩いて少年と校長を交互に見やる。
「国として認めてもらうために、平和活動してるこの学校に入って俺らは安全ですって周知活動しようって話かい?」
「ざっつらいと! らいとおーばー!」
「なんなんだよこいつなにいってんだよ!?」
クラッカーのような音がして背後から紙吹雪が舞う、おおよそ肯定と思われるネイバー校長の反応に、少年は混乱して叫んでいる。
破壊活動が多かった魔人族の国は連盟に認定はされたとしても、被害者側として主張しても自国の責任にしたくない国が情報提供を渋る可能性はある。そんな事実はありませんでしたと。
だからこそ、平和活動維持機関のエレイーネーに生徒として所属させることで、後ろ盾になろうという話だ。
エレイーネーが平和活動なので調べたいと訴えれば、国も事実がないから調べないでくれとは言えなくなる。
魔法科の生徒になる、それはつまりネルテの生徒になるという事。
魔力も多く、育てがいのありそうな少年に、ネルテはついウキウキし始めてしまった。
「うーん、カイムはついさっき親族を保護したばっかだから、出来ればゆっくりさせたいんだけどなぁ……」
「なんでわざわざこっちから弱味話してんだよ!」
「にしてもそちらも人間をそう簡単に信じられないでしょうに、よくこちらの話を聞く気になりましたね」
アーゲストと、カイムと呼ばれた少年が言い合う中、ヘーヴが疑問に思って口を開く。
ネイバー校長が強引に連れてきただろうことはおおよそ予想が付くが、保護した同国者がいるにしても思いのほか譲歩的なアーゲストの態度に首を傾げている様子だ。
「うーん、そりゃ俺らも人間相手が初めてなら警戒しましたがね。このカイムの親族を助けてくれた子、クロノちゃんがいるでしょ? だから多少は信用してもいいかなぁと」
単独で三人見つけてくるんだから参ったよねぇとアーゲストがカイムに顔を向けながら告げると、カイムはビタリと固まってこちらから見えない方向に顔をそむけた。
思いがけない話にネルテは腰に手を当てながら片手で頭を抱えた。
「えぇ? 確かに返したって言ってたけどそんなことしてたのかい? てっきり森で偶然会ったから返したと思ったら全く、そうならそうと言えばいいのに……」
「話さなかったんですかい?」
「あの子はちょっと色々訳ありでね、まぁ元々あんまり情報喋る方じゃないけど……でも多分君たちの事も考慮して話してなかったんだと思うよ」
「そんでどうします? 別に強制はしませんけど」
「カイム、どうする?」
「チビどもの面倒がある、やらねぇ」
「はい! その子たちもトゥギャザー!!!」
「えぇ……多分対象年齢じゃないですよ、保護科にでも入れるんです?」
「レッツエンジョイパーリィナイ!」
「だからこいつさっきから何言ってんだよ!!?」
混乱して叫ぶカイムを置いて、アーゲストとヘーヴが話し始める。
「まだ攫われた人がいるなら、エレイーネーは協力します。保護して連絡していこうと思うのですが」
「流石に人間の情報もなく三人だと手が回りきらないのは経験則でわかりきってるしなぁ。カイムが抜けるとなるとかなり厳しくなるからありがたい申し出ではある。しかし人間だけで保護されるのも同胞たちの不安が大きい、それならやっぱりカイムがそちらにいてくれた方がこっちとしては助かるか」
「ちょっ!? アーゲスト! 俺達を売る気か!?」
「売らない売らない。それにカイム、両親も疲労で倒れて前より三つ子ちゃんの面倒見るの大変な状況でしょ、クロノちゃんもいるし見てもらう人多いほうがいいよ。俺もちゃんと様子見に来るし、それくらいいでしょう?」
「経緯考えれば当然の権利です、構いませんよ」
本人を無視して決められていく内容に、カイムはぎゃあぎゃあ暴れて抗議し始めた。
その様子を見てネルテはとてもワクワクしている。とても育てがいがありそうで。
ニカニカ笑い続けているネルテを見てカイムが一瞬身震いした。
結局カイムはエレイーネーに入ることが決定し、アーゲストと共に一旦保護した魔人族達を連れて帰り、改めて親族を連れて来ることで話が決まった。
ネルテがニカニカ笑いながらカイムの肩に手をかけると、恐ろしい睨みを利かせて返ってくる。
とてもワクワクが止まらない。
「恨むぞアーゲスト……」
「私はネルテ、君の担任になる、よろしくね。一応クロノもこっち戻ってるけど帰る前に声掛けるかい?」
「……今はいい」
「俺たち連絡係したい! お姫様にまた会いたい!」
「助けてくれたからお助けしたい!」
「あーどうしよ、大丈夫です?」
「そちらがいいならいいですよ」
魔人族側の他の連絡係として、あの発光している二人組も残ることとなった。
カイムと保護された親族たちをまた連れてくるといい残し、アーゲストとカイムは魔人族達を連れてその場を後にしていく。
「……後残ってる早急な問題は、ルドー君ですかね」
「あの魔力暴走ね、見たことない化け物に触られた瞬間発生したように見えたけど」
ルドー達が話していた剣の男、ネルテとヘーヴが遭遇して対峙し、確かに聖剣の言う通り規格外だと認識した。
ネルテの攻撃もまるで意に介さなかったその規格外の男をあっさりと殴り飛ばした別の怪物。
それが何かを発してルドーに触った瞬間魔力が暴走した。
魔力が暴走状態になることはたまにある。
魔力を多く持つ者が、思ったように魔法を使えず精神的に思い詰められて無理に使い続けて暴走するのだ。
ルドー達の報告に聞いたライアの状態がまさしくそれに該当する。
だが今回暴走したルドーの状況は明らかに違った。
魔法を使用しようとした結果での暴走では明らかになかったからだ。
さらにルドーが魔力暴走した前後の記憶を全く覚えていないのもおかしい、誤魔化しているようにも見えなかった。
通常の魔力暴走で意識が混濁することがあっても、あそこまで完全に覚えていない状態にはならない。
まるで無理矢理記憶が消去でもされているような。
そもそもルドーは勇者でありながら古代魔道具の聖剣を持ったためか魔力が農村民の時から全く増えていないとされていた。実際測定値もその基準を示している。
だがあの暴走した魔力は農村民の比ではない、明らかに勇者として授けられた魔力量だ。
クランベリーがいくら調べても魔力が消え失せていたという。
戻った後も一応魔道具で調べてみたが数値は変わらず。
今まで一体どこに隠れていて、どうやって消えてしまったのか。
「あの化け物がルドー君に魔力でも送った?」
「いや見てただろう、ルドー自身から間違いなく溢れてた魔力だよ」
「魔力は鍛えて増えることはあっても、消滅するなんて滅多にない。これは原因究明しませんと」
「ルドー自身の問題なら調べるしかないからまだいい、これが外的要因なら余計放置できないからね」
ネルテはヘーヴと顔を見合わせた。
たまに聞く噂話がある。
優秀な魔導士が、ある日突然魔力が全くなくなって魔法が使えなくなるという。
その症状を発症した魔導士は終始怯え続け、耐え切れなくなって自殺するせいで原因が判然としないと。
「ただの噂ならいいんだけどね、実際症例は見たことがない」
「記憶が消えている部分が気になります。しかしこうも魔力が消えていると調べようもない」
「しばらくは様子見するしかないか。あの剣の男と化け物の情報も集めないと」
古代魔道具の聖剣が逃げろとしか言わない不死身の剣の男。
見たこともない不気味な姿をした仰々しい魔力を溢れさせていた化け物。
中央魔森林の奥で蠢いていた何かを引っ張り出してしまったのかもしれない。
対策案を練りながら、ネルテとヘーヴは戻ってくる他の担任達と今後の対応協議をする為に徹夜に突入した。




