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第六十話 噛み締め続ける後悔

 

「カイにぃ遊んでよぉ!」


「カイにぃはぼくと絵本よむの!」


「カイにぃ今日こそ戦い方教えてってばぁ!」


「あぁもううるせぇチビども!!!」


 魔の森の中でも比較的瘴気の薄い場所、そこに小さな家が建ててあった。


 魔人族は森にのまれた国の人間が使っていた地下の建物を再利用したり、魔物が登りにくい木の上にツリーハウスを作ったり、カイムの家族のように瘴気の比較的薄い場所を探してそこに家を建てて生活している。


 十歳も年の離れた弟妹達は、家に一人だけいる兄のカイムに構ってもらおうと事あるごとに大声をあげて競うように気を引こうとしてくる。


 カイムは十歳まで両親と普通に家でひっそり静かに暮らしていたのだが、突然授かった三つ子に家はてんてこ舞いになった。


 三人暮らしが倍の六人に急に増えたために、食い扶持が足りない。


 カイムたちの両親はそれを賄う為に二人で家を空けて出稼ぎや狩りに行くようになり、十二歳にしてその多い魔力で魔物も平気で倒せるカイムに幼い弟妹達を一人任せるようになった。


 ついこの間まで普通に子どもとして暮らしてきたカイムは、突然の三つ子の子育てと子守り、大人として振舞うしかない状況に疲弊していた。


 両親が忙しいのはわかっている、心配をかけるべきでないことも分かっている。

 だからカイムは、一人の子育てをするだけで大変な作業を、大人でも音を上げる三つ子の世話を、一人ずっと続けていた。


 弟妹達が憎いわけではない、カイムなりにきちんと三人とも愛していた。

 ただまだ遊びたい盛りだった子どもが子育てと子守りをしながら大人として振舞う状況は、当然カイムにとって多大なストレスを与えていた。


 本来ならだれか大人を一人付けるべきだったのだが、魔物を平気で倒し、その髪で弟妹達三人の世話を器用にこなし切ってしまったせいで、カイム一人でも大丈夫だと両親に示してしまっていた。

 カイムの両親も、食い扶持を増やすために無理に増やした仕事と狩りのせいで疲弊してしまっていたため、その事実に気付くことが出来なかった。


 子どもは大きくなればなるほど活動範囲が広がって手がかかる。

 イタズラはするし、気を引こうとしんどいのに朝早くに起こしてくるし、大きな声で構ってくれと各々が主張しては喧嘩になるし、その度に三人全力の大暴れをする為仲裁するのも一苦労。


 自分を含めた四人分の家事を何とかこなしていたら、今度は土いじりでもした挙句に喧嘩したのか、三人全員泥だらけになって家に入ってきてはまた喧嘩して盛大に汚すわ、全員風呂に放り込んで洗濯していたらまた喧嘩して家を水浸しにするわ。


 六歳になりどんどん活発になっていく三人に手を焼いて、カイムはノイローゼになっていた。


 睡眠不足も相まって、疲弊して正常な判断が出来なくなってきていたカイムは、ただただ静かに少しだけ眠りたいと、ここ数年ずっとそれだけ願っていた。


「カイにぃどっかいくの? つれてって!」


「ぼくも!」


「おれも!」


「うるせぇチビどもついてくんじゃねぇ家で遊んでろ!」


 限界だった。

 ほんの少しだけ、カイムは何もかも忘れて眠りたかった。


 魔物が来ればその殺気で分かる。

 家に魔物が来てもその殺気で分かる距離まで離れて、木陰で一休みして泥のように眠った。



 このたった少しの我儘を後悔しなかった日はない。



 どれほど眠っていただろうか、物凄く静かになってカイムは目を覚ました。


 いつもだったらこの距離でも響いてくる三人のキンキン響く五月蠅い喧嘩の声が響いてこない。

 何となく嫌な予感がして、カイムはまだ微睡みぼやける視界を頭を振って無理矢理起こし、重い身体を引きずるように家に戻ろうとした。


 魔物の殺気は相変わらずない。

 なら家で暴れ疲れて三人揃って昼寝でもしているのだろうか。


 そう思いながら視線を向けた家の前に、見たこともない服装の人間たちが数人立っていた。

 何事かと顔を顰めてよく見たその目に、弟妹達がぐったりした様子で彼らに抱えられているのが入って血の気が引いた。


 焦燥しながら髪を伸ばして攻撃しようとしたが、それよりも早く人間たちのいた空間が歪んで消える。

 何が起こったかわからずしばらく呆けた後、いるはずもない弟妹達を探して大声をあげながら家をぐるぐると周り、転移魔法でいなくなってしまったと気付いて絶叫した。



 確かにほんの少しだけ忘れたいと思った、でもこんなことを望んだわけじゃない。



 責めてくれと、目を離してしまった自分が悪いのだと訴えたが、両親はカイムを責めなかった。

 むしろカイム一人に押し付けてしまって悪かったと、嗚咽しながらそう言われてカイムは感情がただ雪崩のように渦巻くだけだった。


「うーん、君まだ若いけどやるの? 危険だと思うけど?」


「連れてかねぇならいい、一人でもやる」


「それはちょっと困るわ。わかったついといで」


 あの後がむしゃらに情報を追って、森の外の人間が魔人族を攫っている事、同胞を取り返すために戦い慣れている人員を探していると聞いて、カイムは殴り込む勢いでアーゲストたちの元を訪ねた。


 無理なら一人でもやる。それは嘘でも脅しでもなく本気だった。


 追放された経緯から人里を恐れて同胞たちが思ったより集まっていなかったのもあり、カイムが本気だと分かったアーゲストは渋々ながらも受け入れてくれた。


 十歳の頃から魔物を平気で倒せるだけの実力を持っていたカイムは、アーゲストたちの中でも戦闘力がかなり高かった。

 作戦を立てて、施設の裏から確実に同胞たちを救出していく中、その中に弟妹達はいないかと毎回期待を寄せては、いなかった絶望に叩き落される、その繰り返し。


「助けが来たよ君たち! さっさとあいつに続いて脱出して!」


 何度目かの救出作業、調べていた場所に同胞たちがいないため慌てて付近を探していたら、帽子を目の下まで被った明らかに怪しい風貌の人間が同胞たちを引き連れていて思わず戦闘態勢に入った。

 しかしその人間から叫ばれた言葉に意味が分からず混乱して、気が付いたらその人間を簀巻きにして連れ出していた。


 同胞を意味もなく開放する人間なんているはずがない。

 ずっと施設襲撃で人間の卑しい部分ばかり見てきたカイムの結論だった。


「てめぇ疑われてんのになんで弁明の一つもしねぇんだよ」


「弁明したって信じないんじゃ意味ないじゃん。違う?」


「普通は信じてもらおうとなんか言う所だろが」


「そんな薄っぺらい言葉信じられる? いいよ好きに疑ったままで」


 アーゲストに命じられて監視役を押し付けられ、絶対何か企んでいるだろうと色々と問い質したが、飄々と疑ったままでいいと断言されて困惑した。


 好きなように監視しろと、別に気にしないからと。


 急所の首に髪を強く巻き付けても全く抵抗してこないその飄々ぶりに、カイムはひたすら混乱していた。


 ボンブが悪い匂いがしないと語ったせいで人間に怯えていたはずの他の同胞たちも平気で話すし、地下施設での暮らしは外に慣れた人間には住みにくいはずなのにどう見ても快適そうに暮らしている。


「書類整理頼んだぁ!? こっちから情報流してどうすんだよ!」


「ちゃんと検閲して問題ない分だけ渡してるって。お前らみんな脳筋で俺一人でやってんだから猫の手も借りたいんだっての、実際凄いテキパキこなしてくれてるから助かるんだよ。ボンブなんか字が汚いからって報告書の清書たまに頼んでるし」


「はぁ!?」


 守るべき一線こそ死守しているものの、人間側の情報も平気で提供してくるお陰でどんどん同胞が懐柔されていくその様子にカイムは焦りを覚えた。


 人狩りしてくる人間が理由もなく同胞を助けるはずがない。


 自分だけでも疑わなければ。

 好きなように疑っていいと本人が語っていたので言われた通り好きに疑ってやる。


「……てめぇなんで戻ってきてんだよ、あいつら知り合いだろ? そのまま行けばいいじゃん……」


「だから名前だけ知ってる他人だっての。いいじゃん別にここにいるのは私の都合もあるんだから」


「なんだよ都合って」


「別に。臆病で弱虫で自己矛盾なだけだよ」


 遺跡に逃げ込んだ同胞を救出した後、人間の知り合いがいたからそのままそっちに行くとアーゲストたちも流石に思っていたのに、普通にこっちについて戻ってきて全員で困惑しながら掛けた言葉に、さらに混乱する。

 あの遺跡で見たこともないような大型の魔物を平気な顔で一撃して倒していたのに、臆病で弱虫と語るその真意がわからない。


 どこか遠く見つめているように顔を森に向けているそいつの肩が、一瞬怯えるように震えて見えて、その帽子の下に何が見えているのかまるで分らなかった。


「キャビン! キャビーン! 怪我人一人!」


「いらねぇ……」


「ボンブに大口叩いといて無茶してんのどっちだって。そんな怪我状態三つ子ちゃんに見せらんないっしょ」


「……てめぇ……誰に聞いた」


「アーゲストだって。怒らないでよあれでもカイムの事心配して教えてくれたんだから」


「頼んでねぇ……」


「はいはい、じゃあ勝手に話聞いた私が悪いってことで」


 こちらの正当な主張を示すべきだと予告状を出すようになって、同胞の救助が目的だと気付いた施設の人間に待ち伏せされ、なんとか救助したがその際庇ったせいで攻撃を浴びる。

 拠点で同胞の怪我を治している回復担当のキャビンの元に肩を貸されながら連れて行かれた。


 何の理由もなく同胞を助ける人間なんていない、はずだ。

 じゃあなんでこいつは自分を悪者にしてでも寄り添ってくるんだ。


「……要するに狙われるのお前じゃん。なんで何の得にもならないのにそんなことすんだよ、ほんとお前なんなんだよ」


「べっつにー、私の都合。ただ生きたまま魔力源にするなんてド外道な方法思いついたやつら、個人的に看過できないだけだよ」


 臆病で弱虫だと語ったその口で、情報をばら撒くことで自分が狙われる可能性も知っていながら提案してくる真意がまるで分らない。


 ただ、初めて見たその帽子の下にある赤い瞳に、沸々と湧き上がるような怒りを目にして、カイムはようやく疑う事をやめた。


 カプセルの中で悲鳴を上げるライアの姿を何度も何度も悪夢に見る中で、まるで挑発するかのように与えられた情報に目の前が真っ赤になっていた。


 カプセルの取引があるから奪えるものなら奪ってみろと。


「罠だぞカイム、冷静さを欠くんじゃない」


 アーゲストにそう告げられた言葉はカイムには聞こえていなかった。


 告げられた荷馬車に向かった二人を近場の町に潜伏して待機している間、抑えきれない焦燥が沸き上がって今にも弾けそうだった。


『荷馬車は囮だよ、本物は町の船の中。君に奪えるかい?』


 挑発するような通信魔法が聞こえて、気が付いたら飛び出していた。


 大きな光の柱の中にいたのに、ライアはカプセルごと消え失せていた。

 二度も助けられなかった。その事実にただただ打ちのめされる。


 何が何だかもうわからなかった。

 ただただ荒れ狂う感情にのまれて暴れていた。


 だから心配して掛けられた声に無意識に反応したことにさえ気付けなかった。

 そんなつもりじゃない、殺したいほど憎んでいるのはお前じゃない。


「放っておけるかこんなの!」


「お前がやったんじゃないか!」


 必死に回復魔法をかけ続けている人間にそう言われて愕然とする。

 やったのは自分だ。それは紛れもない事実だ。


「……なんであんな状態で置いて来ちまったんだよ……」


「どうしようもない。あの大きな魔力に反応して人間がたくさん集まってきているのが上から見えた。俺たちが捕まったら、まだ捕まったままの同胞が助からない」


「だからって……」


「今はあの人間たちがあの子を助けてくれることを願うしかない。それにお前が攻撃したんだろ、カイム。あの怪我の状態で連れてきたとして回復が通じないなら俺たちには何もできないし、また同じことをしたら今度こそ助からない」


「あいつのおかげで助かった同胞は多い。恩を仇で返したくねぇが、もうしちまった以上どうしようもねぇんだカイム」


 アーゲストとボンブに諭されるようにそう告げられて何も言えなくなる。


 ライアも助けられず、レイルとロイズも見つからない。


 弟妹から目を離してしまった過去、寄り添おうとしてくれた味方に無意識に向けた攻撃。

 行い続けた自身の行動の後悔に苛まれながら、カイムはただただ頭を抱えて嗚咽を堪え続けた。


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