第五十九話 エレイーネー鉄線殲滅班
ネルテがエルムルス商会について調べていると、どうにも後ろ暗いものが多い情報が出てくるわ出てくるわ。
エルムルス商会はここ数年ほど前から急に勢いを伸ばしてきた新規商会だ。
利益と効率重視で、効率特化した魔道具を大量生産してその売り上げを伸ばし、世界有数のサンフラウ商会と近年では肩を並べるほど大きく成長してきた。
しかしその成長時期を少し調べてみると、どうにも運が良すぎる事ばかりが絡んでいる様子が見て取れる。
タイミング良く大量生産向きの大規模な土地を買えていたり、魔道具製造に欠かせない希少な原材料を手に入れることが出来ていたり、これから開発するものに必要な、才能ある研究者をちょうど引き抜いたり。
どれもこれも些細な事だし、商売はタイミングと言われる部分もある。
しかしこれだけタイミングよくずっと続いていると逆に不自然になってくる。
そこを不審に思ったネルテが調べた結果、本当に運がいいだけであったことは分かったのだが、調べる過程で別方面から厄介ごとが大量に出てきた。
明らかにマフィア組織と思しきものからの奴隷購入の記録。
その奴隷を使っての魔力強制吸収、そしてその魔力を使って魔道具大量生産。
利益と効率、確かに理念にはかなっているだろうが、突き詰め過ぎた結果それがこんな状態になっているとは流石に誰も思わなかっただろう。
魔人族が奴隷として売買され、その人間よりも多い膨大な魔力を使って、必要経費を抑え込んでいた。
どうりで数年で、数十年単位でゆっくり育っていったサンフラウ商会と並ぶわけだ。
魔人族を売買している組織は別にある。
エルムルス商会はそこから魔人族をカプセルの状態で買い取っているだけに過ぎない。
一体これがいつから行われていたのか、カプセル状態でない魔人族の売買記録を辿るだけでも三年以上は前に遡っている。
この裏に潜んでいる組織が大元だ。
ここを叩かないと魔人族の騒動は止まらないだろう。
少なくともネルテがエルムルス商会を秘密裏に調べて手に入れた奴隷購入記録と、魔人族が襲撃した魔道具施設の位置が合致してしまった。
エルムルス商会だけでなく、他の魔道具製造施設も同じような事をしていた場所があったという事だ。
ここ少し前まで大量にばら撒かれていた不正情報の大元とも一致した。
そんなあちこちの場所に商売を持ち掛け、裏で非道な事をやって利益を追い求めている連中、それが犯罪組織鉄線だ。
人身売買だけでなく、武器の密造や麻薬の販売、高利貸に恐喝、挙句非合法の魔道具を作って売りさばいている。
あのカプセルの製造元がどこかようやく判明した。
今は魔人族がまだ人間より魔力が多いから狙われている。
だがそんな非道な事を平気で商売する連中、人間相手にもやらないとは限らない。
魔力が多く効率がいいからそうなっているだけであって、効率より重視される何かがあった場合、その限りではなくなる。
そうなると危険になってくるのは当然魔人族だけではなくなる。
「同じように助けてやりたいってのもあるんだけどね、世知辛い」
組織を叩くために動くには大義名分が必要だ。
魔人族はつい最近まで認知されていなかった上、襲撃の影響でその大義名分には届かない。
一方で人間にも被害が出る可能性と、既に出ている状態の民間人の人身売買の部分、こちらを目的とすれば、同盟国連盟も流石に動く。
ここまで大きい組織だと思っていなかったのだろう、かつてない規模の殲滅戦に、彼らはとても慌てていた。
「一体どこまで食い込んでんのやらね」
「少なくとも高位貴族の名前があった時点で、下手したら国にも入っているかもしれませんね」
ここまでの規模の組織となっていると、国が認知していない方がおかしい。
鉄線が魔人族のカプセルを使って魔力を供給できるのなら、その魔力を売りさばいて魔道具を使い魔物を屠ることが出来るなら。
人間の勇者や聖女を使うよりずっと効率がいい。
そう考える国が出てきてしまったら、魔人族との和解はもうできない。
「その前に叩く、下手したらこれだって、国家間どころか世界戦争になるレベルの問題だから、ねぇ!!」
魔力で巨大な拳を作り上げ、それで目の前に迫りくる鉄線の戦闘員どもをも包み込み、そのまま大きく持ち上げて地面に叩き付ける。
大柄な男どもの情けない声が響いた。
トルポ近郊の魔の森の中、調べた結果そこに点在的に鉄線が利用している滅びた旧国家の建物があった。
六人の幹部と頭、彼らが主に根城にしている場所を突き止めたネルテ達は、その情報を元に掃討作戦を提案。
逃げられない様に魔の森の中に包囲の為の結界魔法を張り、それぞれが幹部を捕まえられるよう、且つ逃げられないように戦線を同時展開していたのだが。
現在その幹部がいると思しき場所を各々攻撃しようと展開しようとしたら、大量の戦闘員たちが押し寄せてきていた所だった。
学年ごとに集団を作り、それぞれが戦闘を開始する中、鉄線の幹部が隠れているはずの場所を何か所か襲撃したのだが、既にもぬけの殻になっている場所ばかりだったのだ。
一週間も時間はない程こちらは迅速に動いていたはず、情報が漏れていたとしても逃げるにしては早すぎる。
まるで足止めでもするかのように大量に施設から武器を持って湧いてきた戦闘員どもに、一年担当教師たちも戦闘を開始する。
「空間停止」
ヘーヴがそう声をあげて指を差せば、空間が指定されるように魔力の波が地面に発生し、その中にいた鉄線の戦闘員たちがビタッと止まる。
「空間移動」
更にヘーヴが指を上に指してそう告げれば、止まっていた戦闘員たちは空中に放り投げられ、地面に大量に地面に叩きつけられて動かなくなった。
「解析完了」
バシュンと何かが蒸発するような音がして、戦闘員たちの内側から魔力が弾け飛ぶ。
体内の魔力を過剰解析することで暴走を誘発し、弾き飛ばして戦闘不能にしたのだ。
「いやはや私が前線に来るのはいつ以来でしょうか最近はいささか平和的になってきていたのでゆったり花でも眺めながらお茶でも啜ろうかと思っていましたがお茶と言えばこの季節ですと紅茶の方がいいのか緑茶のほうがいいのかここであえてほうじ茶をチョイスするのもいいと思いまして最近イベリスが可愛らしくつぼみを付けてきたのでそれに合うとすればやはり紅茶でしょうか紅茶とするなら茶菓子があったほうがいいと思うのですがイベリスの匂いを楽しみながら食べるとすればこの季節はどんな茶菓子が」
「黙ってやれスペキュラー」
集団を屠った途端饒舌に話し始めたスペキュラーに、黒地に左側に赤い彼岸花が装飾された仮面の筋骨隆々な男、護衛科副担任レッドスパイダーが剣を振りながら噛み付く。
剣の一振りの風圧で、大量の戦闘員たちが吹き飛ばされている。
それでもなお振り続け、周囲の殲滅に貢献しようと更に足を進めていた。
「人間相手の戦闘は久しぶりだなぁ」
同じく護衛科担任のニンが、レッドスパイダーと息を合わせるように背後に立ちながら剣を振るって応戦している。
剛のレッドスパイダーと柔のニンとでも言えるかのような、レッドスパイダーとは違うしなやかな剣さばきで次々と同じ数を屠っていく。
長い年月を共に戦い抜いた息のピッタリ合ったコンビネーションに、彼らの周囲の戦闘員たちはただ舞い散る花吹雪のように蹂躙されていくのみだ。
「さっきの建物にも調べていたはずの幹部が見当たらない。不味いぞ、逃げられたか?」
「情報が漏れていた……にしては施設内の荷物まで消えていて動きが早すぎます。我々が攻撃する前に逃げる算段をしていた?」
戦闘員どもを屠り散らしながら、ネルテとヘーヴが話す。
「うーん、捕まえないといけない幹部たちが見当たらないのは厄介ねぇ」
事前に調べていた情報を元に、その周囲を覆うように通信遮断魔法を展開した。
巨大な膜を張りながら戦うため膨大な魔力を必要とするが、そのための魔力貯蔵特化役職、ロングスリーパーだ。
寝ている間に大量に魔力を貯蔵していた基礎科副担任マルスは、紺色の髪を振りながらその星がきらめく黄色い瞳で探索魔法を展開し、本来いるはずだった場所にいない鉄線の幹部たちの姿を探していた。
「エレイーネーに攻撃されたから逃げるならわかるわ、でもその前に逃げるって何から?」
誰かが負傷した場合に備えて一人後ろにいる、しなやかな長いブロンドに、灰青目の童顔の女性、保護科担任のクランベリーも、魔物に妨害されない様に通信妨害魔法と同じ範囲に結界魔法を張っているものの、確保のための結界魔法追加もいなければ意味がないと首を振る。
「ちょっとまて、ターチスはどこ行きました?」
「あらあら? さっきまでいたのに。また発動しちゃいましたかね」
「しっかり押さえといてくださいよもう……」
保護科副担任ターチスの姿が見えず、ヘーヴはクランベリーに問いかける。
彼は役職放浪者の影響のせいか、重度の方向音痴で、転移魔法が急に発動して消えていなくなり、突然別の場所に現れる。
他の人間が一緒に確保しておけば移動しないので問題なかったのだが、どうやらクランベリーはおっとりと手を離してしまったようだ。
「とりあえずこの先にいるはずの頭だけでも確保しないと。そっちはいるんだよね、スペキュラー」
「いかにもたこにも探知魔法に該当する人物が引っかかりましたので間違いなくそこにいるのは確かなのですがいやしかし不自然不自然、どうにも動かなさすぎるというか初対面のはずなのに私の解析魔法が効かないのでこれはひょっとするとひょっとするかもしれませんので急いだほうがいいと急ぐと言えば校庭の庭に植えられた梅が咲きそうでいい具合につぼみを付け始めましたので」
初対面なのに相手の阻害を突破するスペキュラーの解析魔法が使えているのに効かない。
長い会話の中でこれだけを抽出した他の面々は、戦いながら足早にそこへと向かう。
解析魔法は使えるからそこにいる、しかし効かないのは。
それはつまり、生きていないかもしれない。
幹部たちが消え、下端の戦闘員達だけがまるで時間稼ぎでもするかのように、森の中で戦う様子。
エレイーネーが来る前に逃げる算段をしていた理由。
「……酷いですねこれは」
向かった旧国家施設の建物の中、かつての玉座に思われる、埃をかぶって灰色じみた赤い絨毯の上が、鮮血で染まっていた。
大の字になり倒れているのは、今回の目標の一つだった鉄線の頭、ウチク。
七十代で杖を突くこの初老の男は、左目の大きな切り傷を更に抉るように新しい傷が刻まれ、その両目をカッと見開いている。
皺くちゃの剥げた頭からも血が流れ、その着ている着物が原形をとどめないほどに上半身に大量の剣が撃ち込まれていた。
「……血が黒くなってないわ、死んでからまだそれほど経ってない」
「この武器、グルアテリアの教会に出現した物と、特徴がほぼ合致します」
初老の死体を調べていたクランベリーがゆっくりと告げ、突き刺さった大量の剣を見ていたニンが険しい顔で分析する。
それを聞いて一同は厳しい顔でその死体を改めて見つめ直す。
「……ルドー達が遭遇したっていう、例の殺せないっていう剣男か?」
「あちこちの国で暴れていたデカい組織が大慌てで逃げるとしたら、私たちエレイーネーか、もしくは」
絶対に勝てない、逆らうべきではない相手。
「人攫いもそそのかしたって言っていたとエリンジとリリアが証言している。そそのかされた相手がまさか鉄線だった?」
「どうでしょうね、そもそもそそのかした相手にここまでする意味がない」
「どちらかというとエルムルス商会の方じゃ? この間の情報ばら撒き事件があったわけだから、そこ経由で組織がばれて狙われたとか。私たちみたいに辿り着いたとか」
「それにしたって人攫いをそそのかしておいてその主な組織の頭を殺す意味が分からないわ」
ネルテ、ヘーヴ、マルス、クランベリーが話している中、ニンとレッドスパイダーは更にウチクの死体を探る。
なにかに気付いてニンが眉間に皺を寄せた。
「……この頭の傷、文字に見えるような、ふざけてるのか?」
「なんだと? 私にはいびつ過ぎて読めん。ニン、読めるのか? なんて書いてある」
「ちょっとまて……“ザミオクルカスへ、戦祈願”」
意味が分からず更に混乱する一同。
顔を見合わせて誰か何か知っていないかと視線で問うが、誰も答えを持ち合わせていない。
「……一旦報告に戻りましょう、他の場所に行っている二年、三年担任の方は幹部を捕まえているかもしれません」
「いやな予感がするよ、一人でも逃げ遅れたやつが捕まってたらいいんだけど」
死体をそのままに、一旦建物の外に出る。
その死体は玉座の後ろの崩れた壁から漏れる光に包まれ、まるで神々しく天に召すように貫かれた刃が輝いていた。




