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第五十八話 魔の森の中の脅威

 転移門までの道中はまるで地獄さながらだった。


 クロノは鉄線の連中を相当きつくボコしていったのか、壁や床があちこち抉れて水道管を破壊したのか水が漏れており、血まみれで歯が欠けてボコボコ顔で気絶した男たちが大量放置されている。

 男たちが着ていた服でかなりきつく縛って動けない様に拘束までしている徹底ぶりだ。


 いつも通りの他人事でお気楽な様子だとルドーは思っていたが、あれで相当怒っているのだろうか、それともこれで素なのだろうか。

 どうにも判断しきれない。


 一緒に歩いている魔人族の人たちは、その凄惨な様子に小さく悲鳴をあげてびくびくしながらルドー達に続いている。


『転移門があった部屋のとこから先まで行ってやってやがるな、この場所根絶やしにする気か』


「……やっぱ加勢したほうがいいか?」


「するなら保護した民間人を安全な場所に連れて行ってからだ」


 安全な場所とはどこだろうか、最初に校長に飛ばされたロドウェミナの村にはまだ鉄線の連中がいる可能性がある。


 エリンジにそういったが彼もあまり考えてないのか無表情のまま答えない。


 無事に転移門のある部屋までたどり着いた一行は、そのまま転移門をくぐってから、森の中にあった例の建物の中に戻る。


 相変わらず戦闘中なのか、空気が振動するような衝撃が定期的に走っている。


『……おい、なにかいるぞ』


 聖剣(レギア)がピリつく。


 外に放置していた気絶した見張りのいたはずの場所から、何度も何度も叩き付けるような音と、水音のようなびちゃびちゃと滴る音が聞こえてきた。

 生き物のような荒い息遣いも聞こえる。


 建物のすぐ外に何かいる。


 ルドー達は全員警戒態勢に入った。


 怯える魔人族の人たちをなるべく音から遠い場所に静かに移動させ、リリアが安全なようにとそっと結界魔法を張る。


「魔物か?」


『……いや、ちげぇぞ、なんだこの魔力は。魔人族でも人でもねぇ』


 聖剣(レギア)の返答にルドーはエリンジと顔を見合わせる。

 魔物でもなければ魔人族でも人間でもない。


 じゃあ何が外にいるんだ。


「リリ、見てくるからそこから出るな」


「お兄ちゃん……」


「ライアもいる、その人たちも。頼む」


 ルドーが強く言い聞かせるようにリリアに告げる。


 ライアの事もある、リリアは唇を噛み締めて黙り込んだ。

 不服だが、納得はしたようだった。


 ルドーがエリンジの方に顔を向けると、無言で頷いた後に続ける。


「気配からかなり大きいが相手が分からん。戦闘していいかも得体が知れん以上、一旦様子見だけだ」


「分かったエリンジ。トラストたちもここから動かないでくれ」


「僕の観測者だと相手に知られるし、その方がいいよね……」


 先程戦うと決意を固めたばかりのトラストが、悔しそうに唇をゆがめる。

 だが戦っていい相手かわからないのだ。

 今はその時ではないとルドーが言えば、トラストは強張った顔で何とか笑った。


 ビタとノースターもリリアの結界の前に立って、魔人族の人たちを守るように警戒している。


 ルドーよりも知識が多く、先制もしやすいエリンジが扉の前に立つ。


 聞き耳を立てるかのように扉に耳を当てた後、ルドーの方に視線を向けて開けると合図してきたので、頷いてそれに応える。


 エリンジがゆっくりと扉を開き、滑りだすように外に出る。

 ルドーも後を追うように続いた。


 建物の影から音のある方に、息を殺して忍び足で近付く。


 森の木々の僅かに見える隙間は夕焼けに暗い赤に染まっており、その光がぽつぽつと周囲を不気味に照らしている。


 建物の角までたどり着くと、エリンジと二人、身を隠しながらそっと様子を伺った。


「……なんだあれ」


 真っ黒な、筋骨隆々だが動物的で、その天辺に乗っている大きな頭は顔がよくわからない。


 身体だけでも少なく見積もって人の三倍ほどの大きさをしている。


 頭だけがやたら横に伸びて、口も鼻も大きく削がれているように一緒に横に伸び、口の中の歯がぼろぼろでいびつに生えていた。


 魚のように頭の横についた二つの目だけが異様に大きく、ギョロギョロと周囲を見渡しているが視点が定まっていない。


 魔物ではないことは確かだ。

 こんなもの見たことも聞いたこともない。


 何故なら恐ろしい量の魔力がその生き物に渦巻いていた。


 魔物は魔法を使わない、だから魔力は纏わない。


 聖剣(レギア)が手の中で震える。

 攻撃が通るか、強化されたルドーでさえ不安視するような魔力の塊。


 それを視認した瞬間、ルドーもエリンジも得体のしれない恐怖に身体が支配されて壁に貼り付いたまま動けなくなった。


 その大きな手から血のような、赤い液体が滴っている。


 自然とその下の方を見れば、ぐちゃぐちゃに潰れた肉塊が、人だったような形も分からない程に、抉れた地面とごちゃ混ぜにされながらすり鉢のように潰されていた。


 気絶していた見張りの人間が潰されている。

 後ろにも同じような窪みに赤い色が見える。二人とも同じ運命を辿ったようだ。


 ルドーは彼らをそのまま放置した事を酷く後悔した。


 得体のしれない化け物の後ろから、人の声のような、それでいてそうでないような、まるで動物の鳴き声のような低い小さな音が響く。


 灰色の痛み切った髪をした、貧相でボロボロの少年のような何かが、化け物と同じように目だけが異様に大きくぎょろぎょろとさせて立っている。


 まるで全身の皮膚を引き剥がしたように傷だらけで、猫背よりひどい前かがみの状態にボコボコと骨が角ばっている様な、その上に乗った首だけが曲がるように上を向いていた。


 化け物は、その鳴き声のような何かを発した少年の方にゆっくりと歩み寄る。

 同じようなギョロギョロした目でまるで会話するように見合わせた後、少年の後に続くようについていく。


 ズルズルと引きずる音に目を向けると、少年は大きな本の端を掴んで引き摺っていて、そのまま鬱蒼とした魔の森の奥に化け物と共に消えていった。


 息をするのも忘れていたルドーは、化け物が消えていった木々の奥を呆然と眺め続け、ようやく声を絞り出した。


「……なんだよあれ」


『わからねぇ、どっちも人でも魔人族でも魔物でもねぇ』


「あの小さい方もか?」


『あぁ、よく似てるがちげぇ』


 ルドーとエリンジは、化け物が潰していたものを壁の角から改めて見る。


 赤と、肉のような桃色が混ざって骨も砕けてぐちゃぐちゃだった。

 気が落ち着けば血の強烈な鉄の匂いが漂ってきている事にも気付けた。


「さっきから魔物が居ねぇのはあれのせいか?」


『それもわからねぇが、あれが立ち去ったのかわからねぇからあまり長居するべきじゃねぇ』


「転移魔法はいけるはずだよな。エリンジ、とりあえず魔人族の人たちをエレイーネーまで運ぼう」


「校内は直接転移できない。入口周辺だがここよりは安全だろう」


 得体の知れないあれが戻って来ない内に、急いで建物の中に戻る。


 ルドー達が戻ってきた事に、リリア達はほっとしたように顔をほころばせた。


 しかし得体のしれない化け物がうろついている事だけははっきりしたので、魔人族の人たちに安全な場所まで転移魔法で運びたいと告げる。


 化け物の特徴を話していると、魔人族達は顔を見合わせ、誰かが歩く災害とボソッと口にした。


「ん? なんか知ってるのか?」


 その言葉にルドーが疑問に思って魔人族達に声を掛けると、彼らは顔を見合わせた後、怯えるような表情で話し始める。


 中央魔森林の中に昔から、遭遇したが最後、化け物を複数引き連れて歩いている何かが存在する。


 それはこちらと意思疎通がまるでできず、意思を持っているかも定かではない。

 遭遇した集団や村が全て化け物たちによって肉塊となるまで叩き潰されるそうだ。


 魔法で抵抗出来ない程強く、且つ逃げようとすると恐ろしく早くて逃げられない。

 残されるのは元が誰だったか分からない程ぐちゃぐちゃにされた複数の肉塊と、蹂躙されて粉々にされた村の建物の残骸だけ。


 魔人族達の話と今の化け物の様子が完全に一致していた。


「……結局なにかはわからねぇが、そんな危険なのがいるのか」


「あの魔力濃度、俺の攻撃も効かんだろう。気付かれなかったのが幸いした。これから向かう先は森の外だ。安心しろ」


 エリンジがそう魔人族達に告げると、彼らはようやく安心するかのように顔を緩めた。


「ライアもこの人たちに一旦預けてエレイーネーに戻そう。こっちのが危険だし、魔人族の人たちとならライアも大丈夫だろ」


「そうだね、ここは魔の森の中だし、まだ鉄線っていうマフィアの人たちもいるかもしれないし」


 ルドーがリリアに提案すると、同じことを考えていたように、変装で着ていた服を脱ぐ。

 その下に隠れていたライアを見て魔人族の人たちは驚くものの、ライアを気遣うルドー達の様子に顔を見合わせていた。


「この子をお願いできますか? 魔力が暴走して気絶してから目が覚めないんです。ここは危ないから」


 そう言ってライアを渡そうとリリアが掲げる。

 魔人族の人たちは顔を見合わせた後、口を結んで頷くとそっと受け取ろうとした。


 しかしその瞬間、ずっと気絶していたライアがカッと目を覚ました。


「レイル! そこ! そこにいるの!!?」


 ライアがまともにしゃべった。


 驚いたルドー達の目の前で、何かを叫び続けるライアは暴れてリリアを振りほどく。


 リリアが驚いた声でライアに呼び掛けたが、リリアから振りほどいて飛び降りたライアはこちらに見向きもせず走り出し、ルドー達が見ている前で止める間もなく転移門に向かって走り潜っていってしまった。


「おいライア! そっちはまだあぶねぇって!」


 クロノが蹂躙した後とは言え、まだ動ける人間が残っていてもおかしくはなかった。

 今あの施設にライアを一人で行かせるのは危険すぎる。


 しかしほぼ同時に聖剣(レギア)がバチッと叫ぶ。


『まて! なんか来るぞ!』


 ルドーが転移門をくぐったライアを追おうとまた転移門に近付いた瞬間、建物が爆発した。


 ガラガラと落ちてくる古いレンガ石が、ルドー達の目の前で転移門を破壊していく。

 更に追撃が入ったのか、背後から魔法攻撃が飛んできたと思ったら転移門に直撃し、粉々に破壊されてしまった。


 先程繋がっていた施設の場所が分からない。

 ライアを取り残してしまった。


「一体急に何だ!?」


「エリンジさん、転移魔法を! この人たちの避難を先に!」


「わかった」


 崩れる建物の中、ビタが何か危険を察知したのかエリンジに檄を飛ばし、エリンジはすかさず転移魔法を展開して、驚く魔人族の人たちを了承もなしに瞬時に飛ばした。


「気を付けて! こっちにも転移魔法を仕掛けてきてる!」


 トラストが観測者を使ったのか叫んだ。


「やってくれたな、商品を逃がしやがった。なにしてやがるナゲシの野郎は」


 施設を破壊して戻ってきたルドー達は、先程の怪物が通り過ぎたせいで、鉄線に対する警戒が抜け落ちてしまっていた。


 エレイーネーの先生たちが見つけていない施設と繋がった転移門があった場所だ、森の中で戦っていた鉄線の連中がいつ戻ってきてもおかしくなかったのだ。


 声の主を確認するよりも先に、向こうの転移魔法が展開するほうが早かった。

 ルドー達はなす術もなく鉄線の人間が仕掛けた転移魔法に飲まれていった。


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