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第五十三話 いつもと少し違う日常

 

「ライアちゃーんお菓子食べるー?」


「た!」


「ライアさん、一緒に絵本を読みません事?」


「よ!」


 ライアはクロノが名前を呼んで話した影響か、ようやくルドーから離れて周囲と話すようになった。

 まだ言語障害が残っているのか年齢の割に答えは拙いが、クラスの女子をはじめ少しずつ慣れてきている。


 見た目と反応が可愛いせいか、女子は休憩時間もっぱらライアに構いっぱなしだ。


「も!」


「もらってきたって? よかったな」


「も!」


「うん、美味しそうだね、よかったね」


 ライアは地獄に一緒にいたルドーと、名前を呼んだクロノにそれぞれ懐いているのか、何かある度に報告してくる。


 クロノは相変わらず基礎訓練は見えない内に終わらせているし、座学も出来る方なのかさっさと終える方で、魔法訓練は魔法が使えないため他生徒の様子を眺めて頼まれたら組手で戦闘参加してくるくらいだ。


 戻ってからもクロノはあまり教室に残ろうとしていなかったのだが、ライアに探されて魔法科全員が協力する大騒動になり、なおもライアにあちこち突撃されるようになったせいか比較的教室に残るようになった。


 元気になってきたからわかったがライアは割と活発的な子らしい。


「クロノ、魔人族の情報は相変わらずなしか?」


「うーん、捨て置かれたしもう私に接触してこないと思う。まぁそれならそれで勝手にするけど」


「勝手にするって何をだよ」


「別に、好きにするだけ」


 ルドーは何となくイシュトワール先輩が言っていた秘密主義が分かった気がした。

 クロノは必要だと思わない限り情報を伝えてこない。

 言葉足らずのエリンジとは違う、明らかに話す言葉を取捨選択していた。

 ライアの件で話すことこそ増えたが、相変わらず何を考えているか掴みどころがない。


 オリーブ達に無事だったことをルドーが伝えに基礎科を伺った際、同じようにクロノも心配をかけていたためかちょうど鉢合わせた。

 クロノがやることがあるので事務員の打診はしばらく保留すると伝えている所にルドーが合流し、オリーブも二人が無事だったことを喜んで微笑んでいるのを目にしている。


 オリーブが相当心配していたから戻るならもっと早く戻って来いとサンザカがブチギレ二人に対して剣を抜こうと一騒動あったのはまた別の話だ。


「カイにい、く?」


「きっと来てくれるよ、会えるといいねぇ」


 メロンに分けてもらったクッキーをもぐもぐ咀嚼しながら、期待を込めた目で見上げるライアに、クロノはその頭をそっと撫でている。

 相変わらず他とはどうにも壁を感じるクロノだが、ライアに対してはやたら優しい様子だった。


「お前、夜な夜なこっそり学校から外に何しに行ってる」


 エリンジがやってきて眉間に皺を寄せつつクロノに掛けた言葉に、思わずルドーは身を起こした。


 和解してからしばらくはエリンジも気を使っていたのか少し遠慮気味だったが、魔法訓練でボコされたのち、気を使われる方が面倒だとクロノから直接言われてようやく普通に接するようになった。


 ただやはり性格の相性は悪いままなのか、エリンジが一触即発状態になるのでルドーはなるべく様子を見るようにしている。


「さーて何の話だか」


「しらばっくれるな。夜中に外に出ていくところを見ている」


 確信をもって告げたエリンジの言葉に、クロノは顔を背けて無視する。

 答える気はなさそうだ。


 その反応にエリンジの眉間の皺がさらに深くなる。良くない兆候だ。


「この間の魔人族の襲撃関連施設の不祥事、あれもお前だろ」


「証拠はあるわけ?」


「証拠はないが、お前以外にやるやつがいない」


 認知されてまだ新しい魔人族に、人間の不正の温床を暴く理由がない。

 そこに魔人族売買の記録がないなら尚更だ。


 なぜか暴かれた情報の中に魔人族売買の情報はなかった。

 売買されていた事実が残ってしまったら後々一番不利益を被るのは他でもない魔人族だ。

 そこを考慮して情報を取捨選択して動いているやつがいるなら、状況証拠しかないがクロノしかいない。


 エリンジはそう断言したが、クロノは相変わらず飄々として他人事のように真に受けない。


「全く何の話やら」


「喋る気はないか」


「最近はその不祥事の出回りも一気に減ったでしょ」


「確かに最近は出てないが……」


 グルアテリアからの一件から、不正の情報はあまり表に出てこなくなった。

 魔人族の襲撃も一時期から減少している。

 人狩りに遭った魔人族が戻りつつあるのだろうか。


 だがクロノがエレイーネーに戻った時期とも重なるといえば重なる。

 エリンジもそこに気付いて指摘したがクロノはまた顔を逸らした。


 あの剣の男の影がルドーの頭にちらつく。

 人狩りをそそのかし、戦争をさせようと魔人族を誘導しようとした。

 あれが後ろにいるなら、きっとまだ終わらないだろう。


 未然に防ぐために情報が欲しいのに、クロノは何もしゃべらない。


「何か話せ。俺たちも協力する」


「知らないしいらない。君たち弱いし」


『言われちまったぜ』


「もうまた喧嘩してるの? だめだよ、ねーライアちゃん」


「めー」


 リリアがライアを抱きかかえると、ルドーとエリンジの顔に小さな掌がチョップしてきた。


「なぜこっちなんだ」


「それはライアちゃん基準」


「俺らがダメなの?」


「きょ、や!」


「えーっと、だめだわかんねぇ」


「強制するなってさ」


 机に肘をつきながらクロノが肩をすくめる。

 聞き出そうとし過ぎたのがライアにはよく映らなかったようだ。

 エリンジと二人、気まずくなって顔を逸らした。


「む、や」


「無茶はしないよ、私は自分が一番大事な我儘臆病人間だから。大丈夫」


 抱きかかえられたリリアから降り、ライアがクロノの足元にボフッと抱き付いて心配そうに呟けば、流石のクロノも肩を落としている。


 我儘はわかるがあの身体能力で臆病人間ってなんだ。


「火の輪くぐりを見たい子はいないか!」


「光魔法のお手玉もあるわよ!」


「風魔法のナイフ投げはどうだい!」


「ハイハイハイナイフ投げられ役は僕だよ!」


「お前らなんか曲芸者になってきてないか」


「操作技術は上がるから問題ないだろう」


「何ならその手の曲芸集団紹介しましょうかや?」


『案外そっちのが適役かもな』


「その道に行く気はない! いらんぞそんな気遣い!」


 ちょっと落ち込んだ様子のライアを見て、フランゲルたちが元気づけようとわらわら集まってくる。

 思わずルドーが突っ込んだが、エリンジは満足げだ。

 カゲツはその様子を見て瞬時に計算帳を叩いている。


「全く、どこの誰ともわからない子を教室に入れるなんて、どういう神経をしているのかしら」


 トゲトゲした声がして楽しそうにしていた全員が顔を向ける。

 ヘルシュがさり気なくライアの耳を両手で塞いだ。


 扇子広げてハイドランジア嬢が不快そうに眉を吊り上げ、眉間に皺を寄せて言い放っていた。


「ハイドランジア嬢、ここは貴族の学園ではありませんのよ、保護された子に優しくするのも魔導士の務めですわ」


「あら知りませんでしたわ、それならここは貴族がいらっしゃらない野蛮人のクラスという事かしら」


「野蛮人はどっちだか」


 クロノの低い声が聞こえてハイドランジア嬢がそちらに向く。


「知ってるよ、あんたのとこの実家、この間の不正騒動に載ってたって。さぞ肩身が狭いだろうね、実家の悪事が露呈するきっかけと一緒は」


「我がハイドランジア家を馬鹿にするおつもりですの!?」


「隙を見せたのはそっち。一応貴族の端くれだから言うけど、不正に加担するならそれ相応のリスクを背負いなよ。甘い汁だけ吸って責任は負えませんじゃ貴族は務まらない。そんなん貴族やめちまえ、みっともない」


「……まぁ同意見だな」


 ルドーにも想定外すぎるクロノの発言と、珍しく全肯定するエリンジの反応。

 周囲も非難するような視線が多く、味方がいないと分かったハイドランジア嬢は顔を真っ赤にして出ていった。


「……あなたが貴族の矜持を持ち出すことがあるなんて思いませんでしたわ」


「あくまで端くれだよ、私は向いてないから家出るつもりだし」


「えっおうち出ちゃうのー?」


「なんだと、聞いてねぇぞクロノ!」


 イシュトワール先輩がハイドランジア嬢と入れ替わるように乱入し、それを見た瞬間クロノが物凄い勢いで窓から飛び降りていった。

 一応五階だぞここ。


 追いかけていくイシュトワール先輩。

 先輩が可哀想だが、もはやこの光景にも慣れつつある魔法科の面々は、クロノに何を言っても全く変わらないため最近は放置気味だ。


「ハイドランジア嬢だっけ、実家そんなことになってたんだ。知らなかった」


「確かに最近ちょっと機嫌悪かったな、なんか思い詰めてるみたいな」


「お、おうち、結構不味いんでしょうか」


 心配そうに呟くトラストに、キシアは首を振ってどうにもならないことを告げる。


「彼女の家の暴露された不正はかなり根深くて許されない物ばかりですわ。違法薬物や民間人の人身売買、裁かれて当然の悪事ばかりでしたから、厳しいでしょうね」


 キシアの言葉で想像以上に深刻な事態になっていると分かった魔法科の面々は、今度こそ心配そうに顔を見合わせている。


「……学校辞めちゃったりする?」


「どうなんだろ」


 メロンとイエディが不安そうに顔を見合わせていたが、そこにトラストが安心させるように告げる。


「それは大丈夫。入学後に実家が潰れたり資金難になった場合は、補助金が出るようになってるから、学校に残る気なら、多分……」


「勇者や聖女と同じ感じか。ならあいつだけいなくなるわけでもないか」


「でも貴族が貴族がーっていつも言ってるから、耐えられるかな」


 ルドーの言葉に不安そうにリリアが返す。


 平民出身のルドーはあまり話したことがないし、常に貴族の話をしているハイドランジアはどちらかと言うと教室で孤立していた。


 実家が大変な時にライアに構って和気藹々としている所を見て機嫌が悪くなったのかもしれない。

 そのライアが実家が大変になったきっかけならああいった反応も良くはないが理解は出来る。


「うー!」


「あぁごめん! もういいよ大丈夫」


 ヘルシュが慌ててライアの耳から手を離す。

 その様子を見ていたルドーは目の前に別の男子が来ている事に気が付かなかった。


「うわっ! えーっと……ノースターだっけ?」


 明るい黄色の髪をした、グルグルメガネの男がそこに立っていた。

 ルドーは彼が他人と話している所を見たことがなかったので名前が曖昧だ。


『(^^)』


 反応に困っていると空中に突然ニッコリマークが浮かんでルドーは混乱する。

 目の前のグルグルメガネ君が掌を上に向けて魔法でやっている事だ。


『(はい。改めて、ノースターっていいます)』


「お、おう。ルドーだ。と言うか口で喋んねぇの?」


『(声に自信がありません)』


「そ、そうか、それで何か用か?」


『(はい! この間、魔法薬で致命傷を治したと聞きましたが本当ですか!?)』


 ノースターはハイドランジア嬢と同じくクラスで単独行動している孤立組だ。


 基礎体力が少なく訓練ギリギリ組でもあり、授業で大体最後まで残っている方に入る。

 訓練が終わると寮の自室でなにやら怪しい実験をしているらしく、定期的に爆発しているので話した事はないが男子寮ではそれなりに顔が知れている。


「治したって言うか治してもらったが正しいけど」


『(どんな魔法薬を使ったか教えてもらいたいんですけど!)』


「いや気絶してた時に使われたから俺わかんねぇよ」


 ルドーがそういうとあからさまにがっかりした反応をされる。


 しかし気絶している間に魔法薬を使われたので分からないし、仮に起きていたとしてもルドーは魔法薬についてはさっぱりなのでどのみちわからないままだろう。

 一応聖剣(レギア)にも聞いてみたが、見てはいたが専門外過ぎる上にもう覚えてないらしい。


 素直にそう伝えると、ノースターはしょんぼりしてトボトボと立ち去っていった。


「ルドー、リリアもちょっといいかい?」


 授業の時間にはまだ早いが、ネルテ先生が入ってきて教室内が少し緊張したが、どうやら授業とは関係ないと分かると周囲は喧騒が戻る。


「どうかしたんですか?」


「非常に申し訳ないんだけどさ、今度の休暇、エレイーネーに残ってもらえないかなって」


 頭の後ろに手を当てながら、眉を下げて謝るように言ってくるネルテ先生。

 ルドーとリリアは顔を見合わせた後次の言葉を待つ。


「ライアちゃんだよ。まだ不安定だろう? 懐いているルドーと短期間とはいえ離すのは少し不安があってね。一応クロノは領地に戻る気ないからって即答で残ってくれてるけど」


「うーん、リリどうする? リリだけでも戻ってもいいぞ」


「お兄ちゃん戻らないなら私も残るよ」


「お、おぅ」


 数日後に迫っていた前期終了後の一週間休暇、ルドーとリリアは生まれ故郷のゲッシ村に戻るつもりでいたが、保護されているライアはエレイーネーに一人残される。

 クロノも残るとはいえ夜な夜なこっそり外に出ているなら、ライアが不安な時に傍にいてやれない可能性もある。


「しゃーない、残るか」


『他の奴は帰っちまうし、つまんねぇな』


「それは村に帰っても同じだと思うよ?」


 ネルテ先生に是の返事をしたルドー達は、村の人たちに一応連絡を入れる準備をする。

 戻りの歓迎会でもしようとしていたら後が大変だろうし、ひょっとしたらもう準備し始めているかもしれないからだ。

 村の人たちに申し訳ない思いをしながらも、休暇中エレイーネーで何をしようかと考えを巡らせた。

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