第四十八話 潜んでいた悪意
「なんのつもりだよてめぇ!」
「爆弾が仕掛けられてるって言ってんのよ! ただでさえ弱ってるのに耐えられるわけないでしょ!? あぁもういい加減落ち着けってぇ!」
空間を裂くような大きな破裂音にルドーは目を覚ました。
草むらの中起き上がると、周囲は何もない草原にまばらに木が生えている殺風景な場所だった。
木枯らしが吹くような風が吹いて雲が早く流れ、先程までの青空が嘘のように陰り曇ってきている。
周辺を見渡せば少し離れた所に倒れていたエリンジとリリアもちょうど起き上がってくるところだった。
「……いっつ……くっそ、てんめぇ……いや、まて……爆弾? 確かか?」
「やぁーっと話聞いたぁ……これに触ったら爆発するよう仕掛けてあるよ、ここ、見えんでしょ」
立ち上がったルドーが振り返ると、顔の左片方を赤くしたカイムとクロノが話している所だった。
クロノに言われるままにルドーも視線を動かすと、転移魔法の際に剥がれたのか、布の下には例のカプセルが収まっていた。
クロノの指し示す場所にはカプセルとは別に武骨な箱に大きな布がテープのようなものでグルグルと縛られた状態で取り付けられて、そこから伸びる血管のような不気味な管がカプセル中に張り巡らされており、わずかに魔力も見える。
誰かしら魔力を持った人が触った瞬間爆発するよう仕掛けられているようだ。
「ふ、ふざけんなよ……こんな目の前まで来て……」
「カイム、アーゲストとボンブを待とう、あの二人ならきっと外せる。まだ生きてる、助けようよ」
「くっそ……がぁ!!!」
大声を上げて近場の木に八つ当たりするようにカイムの髪が伸びて叩き切って大きな衝撃を立てて倒れる。
その様子を両肩下げて大きく息を吐きつつ眺めていたクロノたち二人を見ながら、ルドーはエリンジとリリアの方に静かに近寄っていった。
「悪い、あいつに驚いて手元が狂った」
「急に飛び込んで来たからな、しゃーねーわ」
「でもクロノさんのおかげでこっちでも接触しなかったみたい。中の子もまだ生きてるみたいだし、良かった……」
「――――いんやよくないんだなぁーこれが」
まるでその場にいる全員に呼び掛けるかのような聞き慣れない大声に、全員が顔を上げた。
空中に男が一人漂っている。
こざっぱりと刈り上げた黒髪に、どこまでも深い青い目、筋肉質で痩せている裸の上半身には、背中から左肩にかけて大きな鷲の刺青が入っている。
民族衣装のような脚衣を着た足を空中で組み、右手で頬杖をついてニヤニヤしながらこちらを見下ろしている男は、まるで最初からそこにいたかのように自然と佇んでいた。
咄嗟に構えたルドーの手の中で聖剣がかつてないほど周囲に雷を大きく弾け始めた。
「助けようとしたら触れた途端ドカン! 砕け散ってバラバラの肉体を見た時の絶望といったら、半端ないだろう?」
「……んだとてめぇ?」
『っ……嘘だろ……なんでまだ生きて……』
「聖剣?」
ガタガタとまるで震えるように振動し、耳元で弾ける音が五月蠅いほどに激しく、点滅するように雷光が周囲を照らし、髪を逆撫でる静電気すら激しくルドーはまるで制御できなかった。
「あーあ、そうでなくても街中で爆発したら、あの平和のためにあちこち奔走していた議員さんもあっという間に弾けたのに。頑張ってた議員の周囲の人たちや、戦争が始まる町の人の絶望した顔も見たかったんだが」
空中を漂う男の言葉は明らかにテロを計画した側の発言だった。
楽しそうに上を向いて手を叩いて、まるで世間話でもするような気楽さで話し続けている。
ルドーの傍でエリンジが身構え、リリアも硬い表情でルドーのすぐ横に移動する。
だが聖剣が怯えたように震え続けてルドーはまともに構えることが出来ない。
「せっかくチマチマした事は部下君たちが頑張ってくれたのに、台無しじゃないか君たち。どうしてくれんのさ」
男はルドー達が構えているのもまるで気にしないとでもいうように、忘れ物でもしたかのような気軽さで困っているぞと両掌を上に向けて首を振っていた。
その場の全員が男から守るようにカプセルの前に並んで警戒していると、突然男がその目を大きく見開いて歪んだ口で笑いながら叫ぶ。
「――そんなにそのカプセルが気になるなら、俺が代わりに触って開けてやろうか!!!」
『グラジオス……ダメだルドー逃げろぉ!!!!』
大きく雷光を発しながら聖剣が叫ぶ。
空中に漂う男が突然腕を振るうと、腕が巨大化して大きく伸びた。
違う、腕が数えきれないくらいの剣に変化してこちらに迫ってきていた。
質量を無視してその腕から放たれた大量の剣は、一直線にカプセルに向かう。
「ふっざけんなぁ!!!」
「カイム!」
大量に押し寄せる剣を防ごうとカイムがカプセルの前に立ち、髪を伸ばして剣を叩き割ろうとするが、髪の刃より恐ろしい勢いで迫ってくる巨木のような剣の束の方が圧倒的に威力が強かった。
髪の刃がバラバラに弾け飛んでカイムは目を見開いている。
伸びた剣がカプセルに届く直前にルドーは聖剣を振り上げた。
「やめろぉ!!!」
雷閃が剣の塊に当たってなんとかカプセルから進路を変えるのと、クロノが剣の塊を前に動けなかったカイムを抱えて横に跳んだのはほぼ同時で、巨大な動く蛇のような大量の剣が間一髪でカイムを掠ったのか、顔を切り付けた血が飛んでいるのがルドー達に見えた。
『やめろルドーそいつに手ぇ出すな! お前じゃ勝てねぇ! 逃げろ!』
「さっきからなんなんだよ一体どうした!?」
雷閃はなんとか発動したものの、ルドーの手の中で大きく振動し続ける聖剣は明らかにいつもの調子ではなかった。
明らかに異様なその様子をエリンジが横目に見ながら、男から放たれ続けているとぐろを巻く剣の束に目を向けて構えている。
「今の武器見覚えがあるぞ、教会にあったやつだ!」
「えっじゃあさっき言ってたのも本当ってこと?」
「そうだ、このままこいつは放置できん!」
一方で何とか攻撃を避けて、額を切られたのか左目を覆うように血が伝い、頬から滴る血を多く流しながらもなんとか起き上がるカイムと、抱え避けて倒れたクロノも起き上がってきた。
先程のカプセルに爆弾を仕込んだ発言に加えて直接攻撃を加えようとしたことに怒りで震えているカイムの肩を、クロノが抑えるように手をかけている。
心なしかその手がわずかに震えているようにルドーには見えた。
「てめぇ、ふざ、けんな、まさか、全部仕組んで……」
「カイム、抑えて。こいつはダメだ手出ししないで」
「んー、人狩りたちがいい仕事してくれたからね、ついでにここに連れてきてもらったんだ!」
その発言を聞いてカイムからとうとうブチンと切れる様な音がした。
止めようとするクロノの叫びも無視して振りほどき、怒りに任せて放たれた髪の刃は次々と繰り出されて男に向かっていき、その全身にドスドスと突き刺さっていく。
しかし男は血を流しながら突き刺さっていくそれにニヤリと笑ったまま反応がなく、肩に、腹に、挙句には左目を貫通する勢いで突き刺さっても平然とそこに佇んだままだった。
その不気味に笑う明らかに異様な男の様子に、ルドーとエリンジも息を飲んで目を見開き、リリアの口から小さな悲鳴が漏れた。
カイムが目を見開いてその様子に固まる中、男は刺さってきた髪を掴んでそのまま恐ろしい強さで引っ張り、虚を突かれたのかカイムは大きく上空に振り回されて地面が抉れるほどに叩き付けられて血を吐いていた。
クロノが倒れたカイムに駆け寄っていく中、男は身体に刺さった髪の刃をザクザクと棘を抜くかのように血を吹き出しながら平然と抜き取っていく。
痛みなど全く感じないとでもいうように。
その間も伸ばしていた右腕から変化して吐き出され続ける剣はうねるように動き、ガチャガチャと音を立ててまたカプセルに迫ってきていた。
『ルドーやめろ! 手ぇ出すんじゃねぇ!』
「そんなこと言ってられねぇだろ!」
抗議してくる聖剣を無視して、倒れたカイムの代わりにカプセルの前に向かって走り出したルドーは、今度は本体を狙って雷閃を浴びせる。
『やるだけ無駄だ! くそ!!!』
「おっおい!?」
振り下ろした際聖剣が混乱しているのか、思ったよりも強力で普通の人間ならば致死量の雷が放出されてルドーは驚いて声を上げた。
しかし男はその致死量の雷魔法を見ても避ける様子もなくそのまま真正面から雷閃を受けた。
雷光が当たり一辺を照らすほど激しく舞って突風のような衝撃が走るが、身体がどんどん焦げていく様子があるのに男は微塵も痛がる様子はなく、皮膚が爛れて下の筋まで焼けていく様をありありとその場の全員が見せつけられる。
生肉が焼ける嫌な臭いが充満するほどしているはずなのに、しかし焼けただれて目玉と鼻が抉れた状態でルドーの方にグルッと顔を向けてきた。
「あー、古代魔道具だなそれ。国の回収漏れたやつ、それに電撃……五百年前のあれか」
グルグル回る目があいた穴から生えてきた。
ズルズルと焦げた皮膚が覆われていき目の前で再生していく。
回復魔法の類ではない、なんの魔力反応もないのだ。
そもそも回復魔法があったとしても先程の雷魔法はルドーに加減できる量ではなく、間違いなく致死量だったのだ。
ルドーの焦りは誤って殺してしまったことから、目の前の怪物への恐怖へと塗り替えられる。
『殺しても死なねぇんだよこいつは! 倒せねぇんだ! 逃げるしかねぇ!』
「いや古代魔道具の持ち主逃がす訳ねぇだろ――――
――――――――女神深教、戦祈願」
男の雰囲気が一瞬で変わる。
それは男にとって死刑宣告だった。
余りのドス黒い、場を支配する殺気に、その場の全員時が止まったかのように恐怖で動けなくなる。
その一瞬の隙をついて男は恐ろしい速さでルドー目掛けて腕を振るった。
全身が熱くて痛い。なぜだろうか、どこか懐かしい感覚がする。
「おにいちゃぁん!!!!!」
リリアの痛烈な悲鳴で気が付いたルドーは、自分の身体のほぼすべてが剣によって貫かれている事に気付いた。
全身が心臓にでもなったかのように耳に響くような大きな音でドクドクと徐々にゆっくり脈打っている。
剣によって塞がれている傷口からもとめどなく血がぽたぽたと、パシャパシャと滴り落ち、血が伝っている剣の冷たく固いたくさん刺さっている感覚。
ショックで硬直した身体が全く上手く動かない。
青い制服がどんどん血の赤に染められて、足元の草まで濡らしていった。
あの時の記憶が蘇る。
前世で死ぬ直前の、あの苦しくてどんどん感覚がなくなるような。
聖剣が聞いたこともないような音を唸らせて魔力を大量に注ぎ込んでいる感覚と音がどんどん遠ざかっていく。
『言う事きけ、逃げろって、クソ、マジで死んじまう……』
「ルドー! くそっ!!」
エリンジの声もルドーにはずっと遠く、虹魔法を使っているような音がするが、霧がかかったかのような視界では状況が分からない。
不意に身体が軽くなると同時に痛みが激しくなって、息を吸おうとしたルドーの口から血の塊が大量に漏れた。
「回復魔法を遠距離から……でも不安定だな、慣れてない感じの転移魔法も組み合わせて……なにかな、こいつを苦しめるの手伝ってくれてる感じ?」
せせら笑うような声を聞いていると、大きな衝撃が身体を貫いていた大量の剣越しに伝わる。
バキバキと大量に何かが折れる様な感覚と音。
掠れる目で正面を向くと、うっすらと帽子の姿がぼやけて見える。
「うわぁ、魔力反応ない……ん? いやあるか。変な漏れ出し方してるな、封印されてる?」
「っ……」
「当たりか、大変そうな体質だな。でも今一番厄介なのはやっぱり回復だよね、治されるのはちょっと」
恐怖で息を飲む音が聞こえた。誰がしたかは見なくても分かる。
ふざけるな、それだけはダメだ。
『おいこの状態で馬鹿やめろルドー!』
「あれ、動けるはずは……」
「――――――――妹に触んな」
怒りで目の前が真っ白になっていたのか、それとも雷光で真白になっていたのか、目の霞んでいたルドーに判別は出来なかった。
ただ目の前の男がリリアに手を出す前に、何が何でも止める。
無意識の執念が働いたのはこれが二度目。
ルドーが何も見えないくらい目の前の光景が真白になった後、酷い耳鳴りがしたような気がした。




