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第二百十八話 理不尽と不可解

 

 あれだけ。

 あれだけ頑丈だったのに。

 古代魔道具の聖剣(レギア)の雷魔法でさえ、弾いていたクロノが。


 バキッとあっさり右腕を折られて、そのまま腕を文字通り潰されている。


 今まで見てきた化け物としての偶像が、ガラガラと崩れていった。


 地下への入り口で見張っていたはずのクロノ。

 歩く災害のボスの接近に気づいたのか、それとも歩く災害のボスが、クロノを引き摺ったのか。


 入口から少し離れた場所で、クロノは歩く災害のボスに右腕をつかまれていた。


 関節が真逆の方向に、ねじるようにして押し曲げられて倒れていた。


 皮膚が引き剥がされたような、ざらついた細い腕のどこに、それだけの腕力があるのだろうか。


 ギョロギョロと不気味に動く、歩く災害のボスの目。

 歩く災害のボスの目は、攻撃を加えているクロノにすら向けられていなかった。


 ブチッと肉が潰れて、鉄の匂いが強く広がっていく。


「やめろお!!!」


 響き続けるクロノの悲鳴で、我に返ったルドーが叫んだ。


 カイムが怒りの形相で、髪をドリルのよう巻いて発射する。


 色とりどりの魔法を付与されて、歩く災害のボスに向かっていく。

 まるで鉛筆が当たるように、髪のドリルはペシペシ当たってはじけ、その近辺でドカンと爆発していった。


 カイムの攻撃がまるで効いていない。


 普通の歩く災害でも魔力層が分厚いのに、こいつはその比ではなかった。


「……てる、キ?」


 反応があると思っていなかったが、歩く災害のボスは、ルドーの叫び声に気づいた。


 そのまま手に持っていたクロノを、もう興味をなくしたおもちゃのように、腕を振って無造作に投げ捨てる。


 ポイッと。

 それだけなのに恐ろしい勢いで。


 見えない速度で投げられたクロノは、調べていた地下の入口に生えていた、巨木の幹に当たった。

 衝撃に巨木が、大きな音と共にへし折られる。


 ルドーたちの目に見えないまま、背後から発生した衝撃波が、その速度を物語っていた。


「クロノ、クロノ!」


「カイム、クロノ頼んだ!」


 顔を真っ青にして、倒れた巨木の根元に飛びついたカイムに、ルドーは叫ぶ。


 即座に聖剣(レギア)を鞘から引き抜いて構えながらも、ルドーの足元は、未曾有の化け物に対する恐怖に少し震えていた。


「クソッ、なんなんだよこいつホントに!」


『森で見たときといい、枯れた湖で見たときといい、普通の歩く災害とは違うぞ』


 ギョロギョロと目を動かしたまま。

 歩く災害のボスは、ルドーに注視するように、顔だけ向けてくる。


 エリンジが最大級の警戒で横に並び、アルスもカイムたちを庇うように、倒れた巨木の前に移動する。


「てルき、テルき」


「テルきてるキテるきテルきテルキてるキテるキテるキてるキ」


 輝季(てるき)


 五歳で死んだ、ルドーの前世の名前。


 初めてこいつと遭遇したときから。

 偶然じゃない。


 やはりこいつは何かしら、ルドーの前世に関連を持っている。


 ギョロギョロと動く目が激しくなり、狂ったように名前を叫ばれ続ける。

 歓喜するように、パチパチと手を叩くような動き。


 引き摺っていた重厚な本が、歩く災害のボスの足元に転がっている。


 何もかもが常軌を逸しすぎて、ルドーはゾッとして動けなかった。


「おい! 倒せないだろそれ! 逃げろ!」


『あぁ、今は逃げろ!!!』


 ぐったりしたクロノを、カイムが木の根元から抱えて叫ぶ。

 聖剣(レギア)も同調するように激しく弾けた。


 見えない速度で追われて、直撃すれば最後だ。


「テるき、てルき、ヤくそ、く、やク、ソく」


 顔の端から端まで裂けたような口が、割れるようにおぞましく、ガパッと開いてニタリと笑った気がした。


 そのまま上に向かって、獣のように大きく咆哮した、歩く災害のボスの後ろに。


 命令を受けたかのように、歩く災害が五体、ぬっと這い現れた。


「ダメだ……ダメだ!!! 聖剣(レギア)!!!」


『加減なんかするな!!! 死ぬぞ!!!』


「雷竜落ぅ!!!」


 ルドーは恐怖に駆られながら、目の前のバケモノの集団に、最大火力をぶち込んだ。


 鬱蒼とした森がさらに暗くなり、目の前の集団に、巨大な雷の竜が、飲み込むように直撃していく。


 ルドーの今の最大火力のこれでも、通常の歩く災害の、分厚い魔力層にヒビをいれるので精一杯だ。


 それが五体に、さらに格上のボス。

 この一撃でも倒せる気がまるでしなかった。


「走れぇ!!!」


 倒せなくとも、足止めだけでも。


 ルドーの叫びで、クロノを抱えたままのカイムを筆頭に、アルスとエリンジも走り始めた。


 ルドーは殿を務めながら、まだ雷に光り輝いている背後に視線を送る。


 すると見たくないものが見えてしまった。


 猫背のまま、手を上げた歩く災害のボスの指の先に、先ほどから持ち歩いていた、重厚な本があった。


 ふよふよと指を離れて浮遊する本が、雷竜落を吸収するように飲み込んでいく。


『あの本だ……ルドー、あの地下にあった古代魔道具だ!!!』


「最悪だ……」


 聖剣(レギア)に言われるまでもなく、ルドーも察してしまった。


 ついさっき地下で見つけた、ガラスの箱に入っていたはずの古代魔道具。


 空想の魔導書なるものが、歩く災害のボスの手に渡っている。


 必死に走り離れて行くルドーたちに、歩く災害を引き連れて、ボスが恐ろしい勢いで走り出した。


 得物をねらう獰猛な肉食獣の動き。


 その頭上を追従する空想の魔導書が、バラバラとめくれて、文字が大きく浮かびあがった。


 "雷竜落"


「避けろおおおおおおおお!!!」


 文字を目にした瞬間、あらん限りルドーは叫んだ。


 本のページから、ルドーがいつも放っていた、雷の竜が飛び出してくる。


 迫ってくる巨大な竜の口から、命からがら飛び退いて、全員が全力で離脱するために逃走する。


「エリンジ、転移魔法は!?」


「やめろ! クロノには転移効かねぇのに!」


「どっちにしろ大型魔物暴走(ビッグスタンピード)でノイズだらけだ! 今の攻撃も相まってうまく発動できん!!!」


 早く逃げようと叫んだアルスにカイムが噛み付いたが、エリンジが絶望的な事実を告げた。


 攻撃で姿が見えなくなった森の中、ケタケタと薄笑いが響く。


 どこから歩く災害が現れるかわからない。

 怯えに屈しないように、必死に足を動かし続ける。


「クロノ! 自己再生は終わったか、加勢しろ!」


「無茶言ってんじゃねぇ!!!」


『……ダメだ。よく見ろ、左腕が』


 歩く災害に対抗する戦力がいる。

 エリンジがカイムに抱えられたままのクロノに叫んだ。


 だが、カイムではなく聖剣(レギア)が指摘するように雷を飛ばす。


 ルドーと、指摘したエリンジ、アルスの三人とも息を呑む。


 カイムに抱えられたままで、ルドーたちは気付いていなかった。


 歩く災害のボスに潰された右腕を、ズルズルと再生させているクロノ。


 その反対側の左腕が、指先から肩まで、びっしり鎖が強く巻き付いている。

 肉を貫き血を滴らせて、クロノの左腕全体を、恐ろしい勢いで引きずっていた。


 クロノの契約魔法の相手だ。

 なんでよりによって、こんなタイミングで。


「ダメだ、頼む、今はこいつは無理だ」


 鎖を止めることが出来ないカイムが、泣きそうな声をあげる。

 クロノは引っ掻き回される左手の鎖に、ずっと小さい悲鳴を上げ続けている。


 クロノは痛みで意識も朦朧としている状態だ。

 とても加勢なんて期待できない。


「なんでだよ、くそが。どんだけなんだよ、このクズ、こいつがなにしたってんだよ」


 カイムが抱えながら、クロノの契約相手に悪態をつきまくる。


 バキバキと、魔の森の木々が倒されていく音が迫る。


 五体の歩く災害が、恐ろしい速さで追跡してきていた。


「敵意迎撃!」


 走りながらルドーは聖剣(レギア)を構え、周囲に雷を展開する。


 思ったよりすぐそこまで迫っていたのか。

 ルドーたちの後方から、バリバリと雷魔法が発動した音が聞こえた。


 薄暗い森の中を、雷魔法の光がすぐそこまで照らし出している。


 ルドーはせめて、負傷したクロノだけでも離脱させたかった。

 だがこの数の歩く災害相手では、別れて追われてしまう。

 クロノを庇いながらでは、カイム一人で歩く災害は一体でも対処出来ない。


 まだルドーとエリンジで、なんとか対処出来るよう、集団で逃げるしか策がなかった。


 敵意迎撃でバリバリと反応する音に、雄叫びが混ざる。


『後ろから来るぞ!』


「散開しろ!」


「うわぁ!」


 聖剣(レギア)の警告とルドーの叫びで、間一髪歩く災害の突進を全員がかわした。


 バキバキドスドスンと、大きな音が森に響く。


 歩く災害が突進で通り過ぎた場所の、薙ぎ倒された森の木々が、次々と倒れていた。


 未だに早すぎて、歩く災害の動きは見えない。


 ただ敵意迎撃の雷と、直線的に突進してくるのが幸いだった。

 聖剣(レギア)の警告がギリギリ間に合って、ルドーたちはなんとか、歩く災害の突進を避けることが出来ていた。


 歩く災害のボスの、ケタケタ響く声が、不気味に森に混じる。


 ルドーたちを狩ることを、楽しんでいるのでだろうか。


 走っているエリンジが、焦りながらルドーに訴える。


「逃げ切れんぞ! ルドー、あれで魔力層にヒビを入れろ!」


「今の状況じゃ避けられちまう! それにまたあのボスに防がれたら、こっちが攻撃避けれねぇ!」


「いや待って! あっちの大きい方五体には、ヒビが入ってる!」


 周囲をバリバリと、敵意迎撃の光が近づく中、アルスが気づいた。


 どうやら歩く災害のボスは、自分の身のみ守ったようだ。

 周囲にいる歩く災害は、ルドーの雷竜落で、それぞれ頭にヒビが入っていた。


 まるで血が滴るように、ぼたぼたと黒い液体が、五体それぞれの頭から滴り落ちる。


 アルスの指摘に、エリンジはハンマーアックスをガキッと持ち直して、カイムに呼びかけた。


「ならばあとは足止めだけだ!」


「流石に五体は、俺でも止めきれねぇぞ!」


「あの威力じゃ氷もすぐ突破される……いや、足止めなら、みんなこっちだ!」


 そう叫んでアルスが進路を変えた。

 闇雲に走って、歩く災害から逃げていたルドーたちを先導する。


 一体どこに向かっているのかと思った瞬間。

 ルドーの耳に、ドロドロと雪崩のような音が近づいて気づいた。


 大型魔物暴走(ビッグスタンピード)だ。


 アルスが考えていることが分からず、ルドーが叫んだ。


「おい! あっちはネルテ先生やみんなもいるんだぞ!?」


「全員に知らせて退避させるんだ! あの化け物を大型魔物暴走(ビッグスタンピード)にぶつける!」


「はぁ!? めちゃくちゃすぎんだろが!」


『災害には災害か! おもしれぇ、つぶし合わせようぜ!』


 アルスの提案にカイムは混乱して叫んだが、聖剣(レギア)は名案とばかりにバチンと弾ける。


 もうすでにドロドロと雪崩のような音は近い。


『後ろからまただ!』


 聖剣(レギア)の警告で、ルドーたちはまた歩く災害の突進を躱す。


 どんどん距離を詰められてきた。

 もう進路を変える余裕はない。


「あぁもう! エリンジ通信連絡!」


「もうすでにしている!」


『相変わらずはええな!』


「見えた! あそこに連れ込めば!」


 アルスが叫んだ瞬間、また聖剣(レギア)が警告した。

 咄嗟にルドーたちが避けた瞬間。

 歩く災害が、離れた位置で発生していた、大型魔物暴走(ビッグスタンピード)に二体つっこんだ。


 歩く災害が魔物を叩き潰し、魔物は歩く災害を殺そうと、噛みつき、きり裂き、押し寄せ始める。


『!? ボスが動いた! ルドー!!!』


 咆哮が真上から響いて、ルドーたちは走りながら見上げた。


 鬱蒼とした森の木々が覆った上空。

 ルドーたち目掛けて、歩く災害のボスが飛び掛かってきているのが、木々の隙間から迫って見えた。


 真上の上空では、雷竜落が外れたら、全員に直撃する。


 迫り落ちる歩く災害のボスに、ルドーは恐怖した。


 歩く災害のボスは、なぜか前世の繋がりで、ルドーに執着している。


 倒せたと思って油断して、あれらのテリトリーである中央魔森林に、ノコノコ入っていったのはルドーだ。


 それでもみんなを守ろうと、走りながらも聖剣(レギア)を構える。


 対抗する手段はない。

 潰されて終わる、そう思っていた。


「私の娘になにをする!!!」


 一撃で、周辺の木々が、大量に切り倒された。

 森が切り開かれて、鬱蒼としていた視界が一気に開く。


 歩く災害のボスが、大きく吹き飛ばされていた。


 遠く吹き飛んでいく切り倒された木々を眺め、ルドーたちはゆっくり振り返る。


 凄まじい怒気を纏った、レペレル辺境伯が、刀を携えて立っていた。

 濃紺のケープスリープスーツが、怒気に靡くようにはためく。


 一個師団相当の実力を持つという、化け物辺境伯。


 ボスが吹き飛ばされたからか、他の歩く災害が咆哮をあげる。


 おぞましい衝撃に、ルドーたちは吹き飛びそうになった。


 同時に目に見えない速さで突進してきた、残りの歩く災害三体を、ルドーたちの前に回り込んだレペレル辺境伯が、一人で一気に抑えていた。


 あまりのことに、ルドーたちはその場で言葉を失った。


 呆然としてしまったルドーたちに、辺境伯は叫ぶ。


「何をしている! さっさと動かんか!」


「動きが止まった!」


『ルドー!』


「エリンジ、合わせろ!」


 レペレル辺境伯が歩く災害を抑えている間に、ルドーとエリンジははっとして動いた。


 ルドーは聖剣(レギア)を構え、火力を叩き込もうとイメージする。

 エリンジが構えたハンマーアックスに、一気に虹色に輝く魔力を注ぎ込む。


「くらえええええええええええ!!!」


 ルドーの掛け声で、エリンジと二人同時に振り下ろした。


 空中から大量に雷魔法の砲撃、雷閃が飛び出す。

 ガキンと大きな音がして、ハンマーアックスが離脱する。

 最大火力の虹魔法を纏った、エリンジのハンマーアックスの頭が、回転しながら飛んでいく。


 二人の魔力が合わさるように、お互いに攻撃の魔力を纏い、増幅していく。


 ヒビをさらに広げるように、歩く災害の頭に、エリンジのハンマーアックスが、次々と斬り掛かった。


 虹色に纏ったハンマーアックスの頭が、ザクザクとヒビの周囲の、頭の肉を切り裂く。

 ブシャッと黒い体液が、頭から噴き出していた。


 広がった傷口に振り注ぐように、大量の雷閃が直撃した。


 攻撃があった歩く災害三体の、悲鳴のような咆哮が耳を貫く。

 ボロボロと、真っ黒な巨体が、煤けて崩壊していく。


 一気に三体。


 レペレル辺境伯が抑えてくれたお陰で、なんとかルドーたちは歩く災害を複数、倒し切ることができた。


 ブーメランのように、回転して戻って来たハンマーアックスの頭を、エリンジがガチャコンと柄に装着する。


 ルドーがホッとしたのも束の間、響き渡る怒号のような咆哮が轟く。


 戻ってきた歩く災害のボス。


 手下を倒されたからか。

 先程までの、狩りの楽しそうな態度が一転して、憎しみ怒るような態度で吠え上げていた。


 ボスの攻撃は、ルドーたちには全く見えなかった。


 気が付いたら、レペレル辺境伯が、ルドーたちの前で、歩く災害のボスを抑え込んでいた。

 辺境伯の足元の埋まり具合から、かなり後ろに押されてしまったようだ。


 歩く災害のボスの顔が、憎悪に激しく歪んで、ギョロギョロ動く目がさらに激しく血走っている。


 ルドーたちは恐怖した。

 レペレル辺境伯が、押されている。


 一撃を弾いたあと、目にも見えない連撃が、歩く災害のボスから放たれる。

 それをなんとか刀で弾き返している辺境伯。


 衝撃だけで、切り倒された周囲の森の切り株が吹き飛び、地形がどんどん変わっていった。


「やべぇ! エリンジ、加勢だ!」


 ルドーが叫んで、即座に攻撃を加えようと聖剣(レギア)を振りかぶった。


 しかし、ハンマーアックスを振りかぶったエリンジ諸共、ルドーは歩く災害のボスの腕の一振りで吹っ飛ばされる。


 ルドーは焦っていた。


 歩く災害のボスの狙いはルドーだ。

 ルドーが居たせいで、歩く災害のボスが寄ってきて、クロノに危害を加えた。


 このまま防衛の要である、レペレル辺境伯にまでその手が及んでしまったら。


 大型魔物暴走(ビッグスタンピード)最多の地が、あっという間に魔物に蹂躙されてしまう。


 ルドー自身に責任はないと分かっていても、抱えた罪悪感が消えない。


 吹き飛ばされて地面に叩き付けられた衝撃で、ルドーは一瞬息が止まって、意識が飛びかけた。


『のびてる暇ねぇぞ!』


「っ!?」


 聖剣(レギア)の警告の叫びに、ルドーは驚愕に声のない悲鳴が漏れた。

 ルドーとエリンジが吹き飛ばされ、倒れた先で大量の魔物が、雪崩のようにどわっと襲い掛かる。


 大型魔物暴走(ビッグスタンピード)と、そこで暴れる歩く災害が二体。


 お互いを害そうと暴れていた双方。

 近場に飛んできたルドーとエリンジに、同時に襲い掛かってきた。


 即座に敵意迎撃が発動して、バリッと魔物が焼き切れる。


 ルドーはエリンジと二人、近場の魔物に、立ち上がりながらそれぞれ獲物を振り上げた。

 咄嗟に魔物を切り落としながら、振り下ろされる歩く災害の拳から、慌てて距離をとった。


 おぞましい威力の振り下ろしに、地面が一瞬でえぐり取られる。

 ルドーとエリンジ、どちらか一人でも、動きが遅ければ潰されていた。


 歩く災害のボスは、あれで他の歩く災害と、適切に連携を取ってくるのか。

 厄介極まりない。


 大型魔物暴走(ビッグスタンピード)の魔物が挟撃してこないように、カイムが咄嗟に髪を広げる。

 アルスがそれを見て即座に凍結させて、バリケードのようなものを築き始めた。


 ルドーとエリンジが大型魔物暴走(ビッグスタンピード)から距離を取れば、もみくちゃになった魔物も歩く災害も、またお互いを激しく潰し合い始める。


 今は押されているレペレル辺境伯の方を、歩く災害のボスをどうにかしなければ。


「エリンジ、合わせろ! 雷閃!」


 辺境伯と激しい鍔迫り合いを続け、動きが止まっている歩く災害のボスに向かって、ルドーはエリンジと息を合わせて攻撃を放つ。


 雷魔法の砲撃、雷閃と、虹魔法の砲撃。


 しかし空中を浮遊していた空想の魔導書が、攻撃を防ぐ盾のように飛来し、ばさりと開いて次々と吸収していってしまう。


 と思ったら、“雷閃”、“制圧砲撃”と、ページに文字が同時に浮かび上がり、たった今吸収した攻撃が撃ち返される。


 あの空想の魔導書がある限り、歩く災害のボスに、遠距離攻撃が効かない。


 どうすればいい。


「常識に捕らわれるな! 常識を覆すのが古代魔道具だ!」


 指をくわえて見ているだけ。

 押されていくのを焦って見ていたルドーとエリンジに向かって、レペレル辺境伯は叫んだ。


 歩く災害のボスが大きく吠え、受け止めた辺境伯の腕から、衝撃が重く吹き飛ぶ。



 常識に捕らわれるな。



 レペレル辺境伯の助言を聞いて、ルドーは必死に考える。


 砲撃の遠距離攻撃が無理なら、近距離攻撃なら。

 だが歩く災害のボス相手には、聖剣(レギア)の刀身に雷魔法を付与したくらいでは、足りない。


 頭の中を、今までの攻撃方法が駆け巡っていた。


 ルドーはもう一度エリンジの方を見る。



 エリンジに出来るのならば、聖剣(レギア)の持ち主のルドーに、出来ない通りなどない。



 いや、出来るかどうかではない。

 いつだってやるしかないのだ。


 ルドーは覚悟を決めて叫んだ。


聖剣(レギア)! すっげぇ無茶苦茶すんぞ、付き合え!」


『へっ、そう来なくっちゃな、当然だ!』


 大きく振りかぶって、雷竜落の姿勢を取れば、目の前の攻防の傍で、空想の魔導書が警戒するようにまたパラパラと勝手にページが捲れる。


 攻撃目標はお前じゃない。


 黒い刀身を素早く振り下ろして、ルドーは雷竜落を自分自身に直撃させた。

 大きな雷の竜が、ルドーを食い尽くすように飲み込む。


 周囲の人間から、驚愕の大声が響き渡る。


 身体強化魔法など、ルドーは使ったことはない。

 いつだってぶっつけ本番だった。


 周囲一帯を真っ白に照らし出しながら。

 全身からバリバリと、雷竜落の強烈な雷魔法を放出させて。



 ルドーは雷竜落を全身に纏った。




「くらええええええええええええええええ!!!」


 聖剣(レギア)を振りかぶり、歩く災害に向かって振り下ろす。


 身体が恐ろしく軽い。

 雷竜落を身に纏ったことで、ルドーは雷魔法と同調し、雷の速度で移動できていた。


 この近接攻撃は吸収できないのか、空想の魔導書は、攻撃に弾かれて遠く吹っ飛ばされていく。


 レペレル辺境伯と合わせて、ルドーは歩く災害のボスに攻撃を繰り出し始めた。


 大型魔物暴走(ビッグスタンピード)の轟音も霞むほど、激しい落雷のような衝撃音が周囲を覆う。


 激しい雷を纏ったルドーの一振り一振りに、生身の歩く災害のボスは、膨大な魔力層を纏った腕で、攻撃を防ぎ始めた。


 雷竜落を纏った一撃一撃。


 歩く災害ならば、強固な魔力層にヒビを入れることの出来る一撃。

 ルドーもレペレル辺境伯も、一人ではまだ歩く災害のボスに劣勢だった。


 二人揃ったからこそ、なんとか倒せずとも、少しずつ押し返し始める。


 歩く災害のボスが、目をギョロギョロさせながら、焦るように口元を歪ませ始めた。


 咆哮が聞こえる。

 大型魔物暴走(ビッグスタンピード)にのまれていた歩く災害二体が、押され始めたボスに叫んでいる。


「こいつを抑えろ!」


 エリンジが叫ぶ。


 カイムの髪と、アルスの凍結で築いたバリケードの先。

 大型魔物暴走ビッグスタンピードの魔物にひたすら攻撃されていた歩く災害が、ボスを助けようとしているのか、こちらに戻ろうとしていた。


 ルドーとレペレル辺境伯、二人掛かりでなんとか優勢になれた、歩く災害のボス。

 挟撃されては、攻撃の優位性が簡単に崩れてしまう。


 エリンジがそこまで瞬時に理解したのか。

 戦闘を続けるルドーの背後で、庇い守るようにハンマーアックスを構えた。


 ルドーとレペレル辺境伯が、歩く災害のボスに猛攻する衝撃音が轟き続ける。


 歩く災害が大暴れしていたお陰で、すぐそこにある大型魔物暴走(ビッグスタンピード)の魔物は、ルドーたちに全く届いていない。


 しかし歩く災害がこちらに向かえば、歩く災害と大型魔物暴走(ビッグスタンピード)、両方が牙を剥く。


 狙いを定めるエリンジがまた叫んだ。


「ルドーと辺境伯に、歩く災害を近寄らせるな!」


「抑えてんだろが! これ以上無理だよ!」


「ダメだ、抑えきれない……!」


 クロノを抱えたままのカイムが、咄嗟に歩く災害が動かないよう、髪を大量に巻きつける。


 カイムがなんとか歩く災害一体の動きを止めようとしているが、戦闘で切り開かれて支えがない場所。

 しかも歩く災害にまとわりつく魔物が、髪を齧り、切り落としてしまっている。


 もう一体をアルスが止めようとしたが、氷結魔法の氷が、バキバキとあっさりと足元から砕かれていく。


 虹魔法を付与した、エリンジのハンマーアックスの頭が歩く災害を狙う。

 しかし、襲う魔物を大量にまとわりつかせた、歩く災害の動きは、それでもまだ早い。


 エリンジの攻撃速度より、歩く災害の移動速度の方が、圧倒的に速かった。


「伏せて!」


 叫び声と共に、真白な浄化魔法が周囲を覆う。

 抑えていた魔物が一斉に霧散して、歩く災害が勢い余って、明後日の方向に吹っ飛んでいった。


「お兄ちゃんもエリンジくんも、何してるの!」


「一人で抱え込まないでと、そうお伝えしたばかりですのよ!」


 歩く災害の風圧に、その場に倒れたアルスの傍に、キシアとリリアが駆け付けていた。


「このノイズの多い中で、探知でここまで」


「お兄ちゃんの攻撃が何度も見えたもん。それより今はあっちでしょ!」


 吹っ飛んでいった、二体の歩く災害を警戒したままのエリンジの驚愕の声にも、リリアは臆することなく走り寄りながら言い切る。

 倒れたアルスを引き起こしながら、キシアは険しくも凛とした顔で告げた。


「この期に及んで私の助力がいらないとは、おっしゃいませんわよね?」


「……はは、そうだね。出し惜しみしてる場合じゃないや」


「カイムくん下がって!」


 リリアの掛け声で、クロノを抱えたままのカイムが、一気に安全圏まで後退した。


 エリンジがリリアと、アルスがキシアと、それぞれ魔力伝達して、お互いの魔力を循環させて増幅させていく。


「最大火力だ、動きを止める! キシア!」


 魔物がまとわりつかなくなった歩く災害は、頭から黒い液体をぼたぼた滴らせながら、またルドーたちの方を向いた。


 正面から突っ込んでくる、恐ろしい速さの歩く災害二体。


 アルスの氷結魔法とキシアの拡散魔法が混ざり合って、山のように巨大な氷結が出現する。


 歩く災害二体は、正面から衝突した。


 山のような氷結が割れて、バキバキと轟音が響き渡る。


「エリンジくん!」


 リリアの掛け声と共に、エリンジがハンマーアックスを振り下ろした。

 空中から、増幅された虹魔法が大量に歩く災害二体に向かって降り注ぐ。


 虹色の砲撃魔法に包まれた歩く災害が、二体それぞれ悲鳴のような咆哮をあげた。


 目まぐるしい砲撃が収まる頃、頭からグズグズと崩れていく、歩く災害の姿を全員が確認した。


「こいつはまだ倒せん! 少年、合わせろ!」


「はい!」


 背後でエリンジたちが歩く災害を倒し切った頃、レペレル辺境伯が叫んだ。


 雷竜落を纏ったルドーと、化け物辺境伯であるレペレル辺境伯二人掛かりでも、歩く災害のボスの、分厚い魔力層が破壊できずにいた。


 このままでは攻撃は通らず、大型魔物暴走(ビッグスタンピード)がまだ収まっていない状況で、疲弊が続けば飲み込まれる。


 そう判断した辺境伯が、倒すのではなく、退けることに戦闘方法をシフトしたのだ。


 残りの歩く災害を倒され、怒りの咆哮をあげた歩く災害のボス。

 それに向かって、ルドーとレペレル辺境伯の息を合わせた、聖剣(レギア)と刀が、交差して一撃を加える。


「うソつキイイいいイいいイいいイいいイイい!!!」


 歩く災害のボスが、攻撃の衝撃に遠く吹き飛んでいく。

 見えなくなるほど、ぐんぐんと遠のいていくそれが叫んだ言葉が、上空に響き続けていた。


 うそつき。

 何故そう叫ばれたのか、その場の誰も理解できなかった。


「なんなんだよ一体……」


『おい、まだ魔物いるぞ』


「あっ、そうだ大型魔物暴走(ビッグスタンピード)!」


 歩く災害のボスを退けて、ルドーは一瞬安堵しかけたが、聖剣(レギア)の指摘に慌てて立ち上がった。


「安心しろ、問題はない」


 全員が全力で戦った後で余力がないと焦っていたが、そこにレペレル辺境伯が呼び掛けた。


 途端に荒々しい男達の怒声が響く。


 いつの間にか合流してきていた、レペレル辺境領の傭兵団だ。


 歩く災害に蹂躙され、かなり数を減らした大型魔物暴走(ビッグスタンピード)の魔物に追いつき、蹴散らし始める。


 大型魔物暴走(ビッグスタンピード)は、終息を始めていた。


 なんとかしのぎ切った。

 その様子を見たルドーたちは、全力を出し切ったこともあって、次々とその場に崩れ落ちていく。


「クロノワール、怪我は」


 不意にレペレル辺境伯の声が聞こえて、ルドーは座り込んだまま顔を上げた。

 レペレル辺境伯は、娘の無事を確認しようと、ずっと抱え続けていたカイムに近寄っていた。


 契約魔法の鎖に蹂躙されていたクロノは、いつの間にか鎖が消えて、意識も取り戻している。

 ルドーの目には、心配する父親が手を差し伸べる、心温まる光景にしか見えなかった。


 だからそのあと、あんなことになるなんて、誰も想像できなかった。


「あ、あ……ああああああああああああああああ!!!」


 レペレル辺境伯に手を差し伸べられたクロノは、カイムに抱えられたまま、頭を抱えて絶叫する。


 ずっと抱え込んだ何かが、その場で決壊したかのように。


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 頭を抱えて、ぼたぼたと涙を垂れ流して。

 帽子から覗く赤い瞳が、絶望に染め上がって。

 クロノはカイムの腕の中で、頭を抱えて謝罪の言葉を繰り返す。


 レペレル辺境伯(ちちおや)に手を差し伸べられたクロノは、その場で発狂した。


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