第二百十六話 虚空の歩み寄り
エリンジとアルスが食料調達に名乗り上げ、不安になったルドーも同じように名乗り上げた。
食料調達のためと、お風呂場作成を続けている他の面子から離れる。
十分距離を取れたと思った後、ルドーはエリンジとアルスに問い質した。
「エリンジ、アルス、まさか行く気じゃないだろうな」
「当然だ」
「離れて行動できる。絶好の機会だしねぇ」
やはりルドーが心配していた通り、エリンジもアルスもレペレル辺境伯の館に行くつもりだった。
『貴族の館だろ? そう簡単に入れるのか?』
「そうそう、防御は鉄壁だろうし……って違うだろ、聖剣!」
聖剣が館に侵入する相談を普通にし始め、ルドーはついツッコミを入れる。
ルドー以外誰一人として、レペレル辺境伯の館に不法侵入することを止めようとしていない。
「アリアの話聞いても、レペレル辺境伯の館はファブでもかなり重要な場所だろ! とっ捕まったら国際問題になっちまうって!」
「そこはクロノが同じ魔法科にいるから、ちょっと気になってって通そうかなって」
けろりと話すアルスの提案は、確かに少し考慮の余地がある。
クロノの様子がおかしいから、心配になってルーツを調べようとした。
言い訳としては通りやすい。
聖剣も同意するような意見を述べる。
『あいつの家の使用人が、あの様子のこと気にしてるなら、逆に中への取り次ぎも出来るんじゃねぇか?』
「そう簡単にいくかねぇ。エリンジはどう思う?」
言い訳としては十分だが、それでも不法侵入だ。
マフィアと繋がりがある、あくどいことをしている貴族の館に入るのとは、訳が違う。
ルドーは意見を聞こうと、話を聞いていた無表情に向き直った。
「強行突破する」
「それは最後の手段でもダメだからやめろぉ!」
ルドーが考えられる限り一番アウトな方法を、エリンジは最初に提案してきた。
こいつ、道場破りのつもりで、レペレル辺境伯の館に行くつもりではないだろうな。
最強の魔導師を目標に掲げるエリンジならばありえる。
化け物辺境伯と評されるレペレル辺境伯も、乗り越えるべき相手とエリンジが考えていても、不思議はない。
どちらにしても、エリンジもアルスも、レペレル辺境伯の館に侵入する意思は揺るぎなかった。
からかうようにパチパチ弾ける聖剣を背に、ルドーはどうしたものかと考える。
すると少し離れたところで、考え悩んでいる様子のサラセパがルドーの目に入った。
ぐるぐるその場を歩き回りながら、ブツブツ呟いている。
会話を聞かれる距離ではないが、不安になったルドーは、サラセパの方へと近寄った。
「私がいたから、クロノワールお嬢様が取り乱して……? いやいやでも……しかし私の立場を考えると可能性も……」
「……? あの、なに悩んでんすか?」
「うひゃあっ!? わわわ私は食料ではありませんが!?」
声を掛けられて飛び上がったサラセパは、メガネをずらしながらルドーたちに気付いた。
先程の独り言から、ルドーたちの会話を聞かれたわけではないようだ。
しかしそれなら、旧傭兵舎から少し離れたここで何をしているのだろう。
先程の独り言も気になったルドーは、サラセパに問いかけた。
「なんか、自分がいるからクロノが取り乱した、とか言ってたけど……」
「へにゃあ!? 聞かれてた!?」
『思いっきり声に出てたぞ』
「声に出てたぁ!?」
「なにかあるんですか?」
サラセパとルドーの会話に、アルスも横に入ってくる。
事情をまるで話さないクロノの情報を、少しでも地元民であるサラセパから、アルスはさり気なく聞き出すつもりだ。
アルスの意図が分かったエリンジも、無言で会話に近寄ってくる。
「えーと、その、私は昔から、クロノワールお嬢様に嫌われてまして……原因は不明ですが」
「うん? さっき会ったのが初めてじゃないのか?」
サラセパの話にルドーは一瞬疑問を持った。
そういえばサラセパは、帽子を被って顔を隠したクロノが、クロノ本人であるとすぐに気付いている。
黒髪で気付いたと言われればそうも思える。
だが深窓の令嬢と揶揄されているなら、初対面ならば疑問から入るものではないのだろうか。
面識があったから、サラセパはあの時点でクロノを断定できた。
地元民ならば面識があってもおかしくはない。
しかしクロノが地元のレペレル辺境領で、あのようにずっと引きこもっているなら、話は別だ。
サラセパは昔からと言った。
サラセパは、一体いつからクロノと面識があったのだろうか。
「サラセパは、クロノと知り合いだったってことか?」
「知り合いというほどでは……その、昔色々ありまして」
話しにくそうに指を合わせ始めたサラセパは、挙動不審に視線を彷徨わせる。
ここだけの話にしてくれと前打った後、ようやくその口を開いた。
「私は元々、傭兵団管理事務員ではなく、クロノワールお嬢様付きの侍女として雇われる予定だったのです」
「侍女ぉ!?」
「あ、そっか。クロノも貴族のお嬢様なら、侍女はいるか」
驚きの声を上げるルドーとは対照的に、アルスは納得の表情を浮かべた。
サラセパの話はさらに続く。
「はい。ただ、私が雇われることになった経緯が、少し複雑でして……」
そう言ったサラセパの話は、少しこのレペレル辺境領という土地の、複雑な事情が絡んでいた。
サラセパの両親は、かつて同じようにレペレル辺境領を守る、傭兵団の一員だったそうだ。
しかしある大型魔物暴走の規模が酷かった際に、二人とも名誉の殉職。
一人取り残されたサラセパは、孤児となって、そのままレペレル辺境伯に引き取られたというのだ。
「年齢も近く、ちょうど侍女を検討していたところなので、是非にと、辺境伯様から打診されたのです。家族と打ち解けられない、気難しいクロノワールお嬢様に、別口からの接点を期待して……」
しかし結果は、顔合わせの初回でガン無視からの、クロノ本人の拒絶。
レペレル辺境伯は、この可能性も高く考慮していた。
サラセパには気にしないでくれと、気に掛けていたという。
そうしてサラセパは、傭兵団管理事務員という立場に落ち着いた。
サラセパが傭兵団と家族のように親しかったのは、両親がその傭兵団の一員だったから。
サラセパは生まれたときから傭兵団に可愛がられ、文字通り家族として扱われていたからだった。
「クロノワールお嬢様からすれば、私は辺境伯が気に掛けるお気に入り。赤の他人と実の親子で、あまり気のいい話ではありません。それが気に障ったので、嫌われているのかと……」
「……クロノがそんなこと、気にするようには思えないけどなぁ」
サラセパの話は、確かに普通の愛された貴族の令嬢ならば、ありえる話だった。
だが、どこまでも自分勝手でマイペースなクロノを知っているルドーたちとしては、この話にどうにも引っ掛かりを覚える。
何よりクロノはサラセパだけでなく、実の家族であるレペレル辺境伯を筆頭に、他の家族も拒絶していた。
クロノに関しては、本人が話さないので分からないことが多い。
サラセパの話を聞いて、アルスも一旦は事情を整理していた。
「まぁ、本人的にはかなり複雑な心境だよね」
『あいつが家族に対して、どういう心持ちなのかさっぱりだからな』
「わからん」
「お前も貴族だろエリンジ、使用人管理それでどうするつもりだよ」
相変わらず人の機微にだけ、恐ろしく疎いエリンジ。
ツッコミながらルドーもクロノの様子の変化を考える。
クロノの様子がおかしくなったのは、明らかに地元であるレペレル辺境領に来てからだ。
カイムがそばにいても、クロノの様子が悪化した。
ならクロノが避けているのは、レペレル辺境領の人でもなさそうだ。
この場所そのものに何かあって、クロノは誰とも接触しないようにしているのだろうか。
クロノが怯えて取り乱すほどのなにか。
ルドーにはそれが、女神深教しか心当たりがない。
同じ推論に至った、まさに女神深教について情報を求めてアルスが、険しい表情を浮かべた。
「辺境伯様も、手をこまねいていたわけではないんです。クロノワールお嬢様が心を開けるようにと、お勤めの合間に心血を注いでおりました」
心配するように目を伏せて、サラセパは話を続けた。
「流行りの服を揃えたり、興味を示さないかと趣味物を、それこそ本を読むと知ってからは、あちこちから本をかき集めたり。日当たりのいい南角の大部屋を、クロノワールお嬢様の部屋にしたり……」
「南角の大部屋?」
「使われていなかった部屋を改装して……あっ!? 私ってばなんてことを!? お願いですお願いです忘れてくださいませんか!?」
はっとして口を押さえて、ダバダバと慌て始めたサラセパ。
だがタイミングとしては最悪だった。
今まさに、そのクロノの部屋を家探ししようとしていたエリンジとアルスに、ピンポイントでクロノの部屋の場所を教えてしまったのである。
サラセパを置いて、走り出してしまったエリンジとアルスの姿が、それを如実に物語っていた。
「おい、やめとこうって! やっぱよくねぇよこれ!」
『そう言って付いて行くんだよなルドー、もう諦めろよ』
植え込みの茂みに身を隠して、エリンジとアルスにようやく追いついたルドーは、声を抑えながら叫んだ。
レペレル辺境伯の館。
周辺を囲むように植え込みが並んで、広い庭の先にある。
木造でありながらそれを感じさせない、豪壮な大きな二階建ての建物だった。
「今しかタイミングはあるまい。サラセパが情報を話したことを報告すれば、警戒網は時間が経つほど厳重になる」
「行くなら今しかないって訳だ」
「アルス、警報魔法具の位置を特定する。凍結しろ」
「ラジャー」
「あぁもうお前ら……」
『嫌なら巻き込まれないようにほっときゃいいだろ』
「そういうわけにもいかないだろ」
エリンジが探知魔法で割り出した場所に、アルスが凍結魔法を発動させるのを、ルドーは諦めの境地で眺める。
エリンジとアルスを放置も出来ない。
こうなってしまっては、もう見つかって問題にならないように、ルドーは祈るしかなかった。
エリンジが透明化魔法をルドーとアルスに施す。
見つからないように、広い庭を駆け抜けていく。
「日当たりがいいって言うなら、やっぱ二階かな」
「一階の南角は、外からの構造をみても広く見えん。それが妥当だ」
『ワクワクしてきたねぇ』
「頼むから早く終わらせてくれよ……」
ルドーたちは息を殺して、開いている窓から中に侵入していく。
しかし問題はさらに加速していた。
『あ、気をつけろ』
「え?」
窓枠を超えたところで、警告を発した聖剣。
ルドーが何かと思った瞬間、耳の横の壁に、暗器がドスッと突き刺さった。
「侵入者あり。数は三、透明化魔法で姿をくらましており、外見は判別できません」
三人が声に慌てて振り向く。
部屋の入り口に陣取るように、メイドが暗器を投げた姿勢で通信していた。
透明化魔法を看破するのか。
メイドがかけている魔道具らしき眼鏡が、魔法の光で怪しく光っている。
館の空気が、一瞬で殺気立ったものに膨れ上がった。
「でえっ!? もうバレた!?」
「突破するぞ、続け!」
「透明化魔法看破するとか、流石すぎるね!」
エリンジが掛け声とともに、虹魔法の砲撃で部屋の壁をドカンとド派手に破壊した。
砲撃の爆発に乗じて、その場から退散しながら近場の階段に向かう。
「メロンが言ってた、使用人がやばいってこれのことね!」
「なぁ! もう諦めて帰ろうって、やばいってこれ!」
「何かしら情報を得るまでは戻らん!」
『後ろから三人追加だぜ』
ルドーたちが走りながら叫び合っていると、後ろから次々と暗器がすぐ横を掠めていく。
廊下や窓から合流した使用人たちは、どんどんその数を増やしていた。
ここで捕まったらもうおしまいだ。
必死で階段を駆け上る。
クロノの部屋だと思われる、南角部屋の扉に辿り着いたところで、ルドーたちは使用人たちに取り囲まれた。
使用人それぞれが殺気立ったまま武器を手に持ち、じりじりと包囲網を狭めていく。
部屋に辿り着きはしたが、もう調べることなどできない。
このまま突き出されて退学コースだ、だからやめろと言ったんだ。
「なにしてんの?」
エリンジがこれ以上暴走しないように、ルドーが注意を払っていると、聞き慣れた声が使用人たちの背後から聞こえた。
そこにいたのは、旧傭兵舎の自室で引き篭もっていたはずのクロノだった。
リリアが見ているといっていたはずなのに、なぜここにクロノがいる。
エリンジとアルスも驚く中、使用人たちはクロノの登場に一斉にざわつき始めた。
「おっ、お嬢様!?」
「き、危険です! 館に押し入った侵入者が……」
「下がってください! 我々で対処しますので……」
「私が呼んだんだけど?」
クロノの言葉に、ルドーたちは耳を疑った。
ルドーたちは、クロノが隠している情報を探ろうと、クロノの部屋を調べようとしていたわけで。
当然クロノに招かれてここに来たわけではない。
ルドーたちはクロノの意図が分からず困惑する。
同じように、館の使用人たちは、クロノの言葉に明らかに狼狽え始めていた。
「おっ、お嬢様!?」
「辺境伯に許可も得ず、館に人を招き入れるなど……」
「私が自分の部屋に誰を誘おうが、私の勝手でしょ」
「し、しかし、それならば我々にも報告許可を……」
「というか私の部屋の周辺には近寄るなって、使用人にはそう命じていたはずだけど」
それなのに、なんでここにいるのと、クロノがそう締めくくる。
すると使用人たちは顔を青くして、蜘蛛の子を散らすように頭を下げ、一斉に廊下から離れていった。
勝手に部屋に押し入ろうとしていたのに、クロノに庇われて、助けられた。
静かになった廊下で、ルドーたちの耳が痛くなるような、気まずい沈黙が流れる。
なんとか弁明をしなければと、ルドーは乾き切った口を必死に開いた。
「えっと、ク、クロノ……」
「入れば?」
「えっ?」
「調べたくて来たんでしょ。入れば?」
透明化魔法を解除して、罰が悪そうに顔を見合わせてルドー、エリンジ、アルスに、クロノはそう言い切った。
困惑して視線を彷徨わせるルドーたちの前で、クロノはがちゃりと扉を開ける。
そのままどうぞ中へと手を差し伸べられた。
どうやら、ルドーたちがクロノの部屋を調べようとしていたことは、クロノには筒抜けだったようだ。
クロノはレペレル辺境領に戻ってから、旧傭兵寮の自室に籠っていた。
部屋を細工する暇はなかったはず。
ルドーは、エリンジとアルスと顔を見合わせながら、招かれるままに部屋に入っていく。
クロノはルドーたちが部屋に入ってくるや否や、好きにしろと言わんばかりに、ベッドにうつ伏せに横になったまま動かなくなる。
クロノの部屋は、最初に設置されたような家具しか置かれていない、貴族にしては殺風景すぎる部屋。
余りにも何もなさ過ぎた。
エリンジはなにもないクロノの部屋で、呆然と立ち尽くしている。
アルスはそれでも何か情報はないかと、空っぽのタンスや机の引き出しを引っ張り開け始めた。
異質なクロノの部屋の空気。
それにのまれながら、ルドーはふと引き寄せられるように、収納らしきの部屋のドアを開けた。
「うわ……」
『なんだこりゃ』
扉を開けた先は、ウォークインクローゼットのようだった。
かなり広いスペースに、プレゼントボックスが、メッセージカードも差し込まれたまま、山積みになっている。
送られたドレスも袋を被ったまま、無造作にかけられて、どれも手を付けられていなかった。
渡されたものをそのまま押し込んで、放置しているような風貌。
それはクロノが家族にどれだけ愛されて、その全てを無造作に拒絶しているかを、物語っているかのようだった。
「クロノ、これ……」
「ここにはなにもないよ、気は済んだ?」
ルドーがついクローゼットの中身を質問しようとしたところで、クロノがベッドから身を起こして言い切った。
クロノの部屋に情報など最初からなかった。
それが分かっていたから、クロノはルドーたちの動きを把握して、好きに泳がせていたのだった。
「全くもう! 乙女の部屋に侵入しようとするなど、何を考えていらっしゃいますの!?」
「ほとほと男子というものは、理解できない生き物ですわ」
「お兄ちゃん、エリンジくん、アルスくんも、ちょっと反省しよっか?」
旧傭兵舎に戻ったルドー、エリンジ、アルスは、話を聞いたキシアとビタとリリアに、旧傭兵舎の裏で正座させられていた。
ニッコリ恐ろしい笑顔になったリリア。
ルドーは正座したまま、冷汗が滝のように流れ落ちるのが止められなかった。
ルドーたちが戻る際、クロノに招かれていたのだと、勘違いしたままの使用人たちが声を掛けてきていた。
お詫びの品だといって、使用人用の畜産の肉をルドーたちは分け与えられ、申し訳なさそうにしながら。
そのためルドーたちは、食料調達の仕事はこなしたと言える。
だが綺麗に処理された肉を持ち帰れば、どこから持ってきたのか、聞かれるのは当然なわけで。
言い訳が思い浮かばず、説明にしどろもどろになったルドーたち。
クロノが、急に閉じこもっていた部屋から出ていって、どこかに姿をくらましたのも決定打。
お肉に気を取られ、喜んで抱えたまま走り去って行った、メロンを筆頭とした、他の食料調達班の面子を置いて。
恐ろしい笑顔で迫ってきたリリアに、ルドーは屈してすべて説明してしまったのだった。
「アホだろ。マジでやるとか思ってなかったわ」
「カイムくん! 知ってたなら教えてよ!」
キシア、ビタ、リリアに、懇々と説教されるルドーたちに向かって、カイムが呆れた声を出していた。
カイムがルドーたちの事情を知っていて、誰にも報告していなかったとリリアが気付き、抗議の声をあげる。
しかしカイムは言い訳するでもなく、事実だけをつらつらと話した。
「そもそも、あいつの部屋に情報あるわけねぇだろ。仲良しこよししたがってる家族がうろついてんのに、そう易々と情報置くかっつの。ちったぁ考えりゃわかんだろが」
『まぁそうだよなぁ』
「聖剣!? わかってて煽ってたんだなお前!?」
カイムの主張に同意を示した聖剣に、ルドー、エリンジ、アルスは衝撃を受けた表情で固まった。
「分かってたならそれ先に言えよ、カイム! それならエリンジもアルスも止められたのに!」
「そこまで考えねぇで行くと思ってなかったんだっつの」
呆れた声で唸るカイムに、ルドーも反省した。
確かにクロノはエレイーネーでも、実の兄であるイシュトワール先輩が、仲良くしたさそうに周辺をうろついていた。
実家であるレペレル辺境伯の館では、その比ではないだろう。
父親である辺境伯と、次期当主の姉も館には居るのだ。
仲良くなるきっかけを探す家族がうろつく危険地帯に、クロノが情報を置いている訳がなかった。
カイムに言われればその通りでしかない。
エリンジとアルスを止める方法を、ルドーはもう少し考えるべきであった。
ルドーはがっくりと肩を落とし、地面に正座したまま深く反省する。
同じように浅はかだった自分に気付いて、エリンジもアルスも反省し始めていた。
ようやく反省の姿勢を見せ始めたアルスを見て、キシアが大きく溜息を吐いた。
「せめて相談して欲しいものでしたわ、アルスさん。どうしてこんならしくもないことを」
「レモコを助けるために、どうしても情報が欲しかったんだ」
「……やはりそうですのね。でも、強くなければ助けられないと、クロノさんは再三おっしゃっていますわ」
「わかってる、わかってるんだけど……」
「少し……いえ、しっかりと反省してくださいませ」
「キシアさん!」
「お待ちになって!」
キシアは小さくそう溢した後、踵を返して旧傭兵舎の方へと歩いて行く。
傷付いたような表情に、見ていられなくなったリリアとビタも、その後を追っていった。
キシアの傷付いた反応に、アルスも罰が悪そうに俯き続けている。
アルスとしては、レモコに関する案件は個人的なこと。
ウガラシを壊滅させた相手だ、キシアをあまり巻き込みたくはないのだろう。
しかしキシアとしては、パートナーとしてアルスに頼られなかった不甲斐なさを感じていそうだ。
レモコの一件は、アルスとキシアの二人にも、暗い影を落としている。
一方、部屋を漁られた当事者のはずのクロノは、他人事のようにカイムの横に並んでいた。
クロノは走り去っていくキシアの様子を眺め、ルドーたちに静かに向き直って、ようやく声を上げる。
「そんなに情報が欲しかったわけ?」
「アルスはそれもあるだろうけど、俺とエリンジは心配もあったんだって、クロノ」
「……ふーん」
ルドーはそう伝えたが、帽子を深く被ったままのクロノの感情は、ルドーにはわからない。
ただ心配しているというルドーの言葉だけは、クロノにも伝わったようだ。
しばらく考えるように顔を背けていたクロノは、確認するように、左手の契約魔法の紋章を眺め、小さく声をあげた。
「例のあれにはおおよそ関係ない。けど情報、ないわけじゃないけど」
「あぁ?」
クロノの言葉に、振り返って困惑を返すカイムの声。
ポツリと小さく呟くように言ったクロノに、全員が驚いて顔を上げた。
「クロノ、情報があるって?」
「あれには多分、全然関係ないと思うけど。ずっと昔にこの近場で見つけて、胸糞悪くて途中で調べるのを投げた場所がある」
ルドーの問いかけに、クロノはそう答える。
例のあれ、女神深教に繋がる情報であるかは、かなり望みが薄いとクロノは語る。
なんでも大型魔物暴走が頻発する中央魔森林の中、レペレル辺境伯も知らない場所があるという。
「父さんは、大型魔物暴走で戦線維持に努める。父さんより弱い傭兵団は、その先に進めない。だからレペレル辺境領付近の中央魔森林は、調査が薄い」
「確かにこの辺りは危険地帯すぎて、魔人族ですら近寄らねぇが……」
「そこに情報のある建物があったって?」
「うん。凄い胸糞悪かったけど」
情報通のクロノが、途中で調べる事を辞めるほど、あまり精神的に良くない情報がある場所。
ルドーたちが心配していたと言ったからこそ、クロノはこの情報を話してくれたようだった。
『大型魔物暴走頻発地帯の近場か、きな臭いな』
「……確かに。エリンジ、どうする?」
聖剣も不審がってバチバチ弾け、ルドーも思考するようにエリンジに声を掛ける。
もしクロノが見つけたその場所が、大型魔物暴走頻発の原因を作っているとしたら。
女神深教との関連は現時点ではわからない。
だがそのようなことをしでかす悪辣さが、あいつらにはある。
直接的でない関連性が、今なら見つかるかもしれない。
「……調べるべきだろう。やるとすれば、次の大型魔物暴走に乗じて」
中央魔森林の奥に進むには、レペレル辺境伯や傭兵団の目を掻い潜る必要がある。
その絶好のチャンスとして、エリンジは大型魔物暴走を隠れ蓑として提案した。




