第二百十五話 積み上げられていく問題
「なぜ女子だけが入浴を許されたのだ! 水浴びして風邪をひいたらただではすまんからな!」
金槌でまた指を叩いて、ギャッと悲鳴をあげながら、フランゲルが吠えた。
レペレル辺境領見学遠征二日目。
ルドーたち魔法科は、大型魔物暴走が発生するまでの自由時間、急遽お風呂場の建設に取り掛かっている。
ネルテ先生の訴えによる、レペレル辺境伯の温情で、最初の一日目だけ、レペレル辺境伯の館にて、女子のみの入浴を許可された。
愛娘のクロノも屋敷に戻って、入浴すると考えでもしたのだろうか。
辺境伯の思惑は外れ、クロノ以外の女子たちだけの入浴となった。
だが二日目以降は、増改築が許されている旧傭兵舎に、自力で風呂場を作れと通達が出されてしまった。
フランゲルの叫びに、カイムが呆れた声をあげる。
「何が風邪だ、あほくせぇ。水浴びできれば十分だろが」
「全くだ」
「いやいやあのね!? おれたち貴族育ちだから、結構繊細だったりしてですね!?」
中央魔森林で暮らす魔人族であるカイムは、下手をしたら傭兵団より私生活が過酷でも、適応できる可能性がある。
同意に頷くエリンジに、比較対象にされては敵わない。
ヘルシュが慌ててブンブン顔の前で手を振り、否定に走っていた。
何も貴族組だけが、水浴びに耐えられなかったわけではない。
「寒さで歯がガチガチなってて、眠れませんでした……」
『同じように汚れるなら、もういっそ水浴びないのも手では( ˘•ω•˘ )』
「いやそれは流石に不潔だからやめろ、ノースター」
身震いするトラストとノースターの眼鏡組に、ルドーも気持ちはわかると頷きながらも苦言を呈した。
結局ルドーも同じように、旧傭兵舎の裏に大量に並べられていた金ダライを自室に置いた。
バケツで水をえっほえっほと運んで溜めた後、冷たさに震えながら、身体の汚れを落としたのだ。
「いや、私は慣れてるから水浴びにしたけど、お湯出るのになんでみんなお湯使わないの?」
全員が水を浴びた後、お湯が出るようになっている魔道具が水道配管にあるのにと、クロノに突っ込まれてさらに阿鼻叫喚となった。
クロノはいつも肝心な情報を話してくれない。
そんなこんなで男子たちは寒さに震えあがり、翌日以降の改善方法をサラセパに必死の思いで聞き込みに行った。
「別にお風呂に入りたいなら、旧傭兵舎に増築しても全然構いませんよ?」
きょとんとしたサラセパの返答に、女子たちと水浴びに震えた男子たちは一念発起した。
男女別れた風呂場を作って、昨日震えながら金ダライで水浴びをした男子たちも、温かいお湯で入浴できるようにしようと話はまとまる。
クロノが言っていた通り、旧傭兵舎にはお湯が出るように、配管に温水魔道具が設置されているのだ。
後はそこから配管を伸ばして、建物を新たに増設するという、かなり難易度の高い作業をしていた。
一番知識のあるトラストが必死こいて設計。
手広く商売に精通しているカゲツと一緒に、木材の材質を見ながら、長さを計算していく。
それを体力に自信のある、フランゲル、ウォポン、エリンジが指示通り切り出し。
湿気で木材が腐らないように、ノースターが防腐処理の為の魔法薬を、その木材に放射魔道具でぶっかけて散布。
重たい木材を、ルドー、カイム、ヘルシュ、アルス、メロンが運んで並べ、残りのリリア、キシア、ビタ、アリア、イエディで釘打ちして形作っていった。
部屋に籠ったままのクロノは、ここでも手伝いに出て来ない。
昨日の丸一日の修繕作業で、素人が少し背伸びした程度の大工作業を、ルドーたちは進めていく。
「そういえばさ、女子たちはお風呂入りにレペレル辺境伯の館に行ったんだろ? どんな感じだった?」
作業の合間、いつもの調子で、アルスはさり気なく女子たちに聞き出し始めていた。
レペレル辺境伯の館にあるクロノの部屋に、レモコを助ける為、女神深教の情報を探りたがっているアルス。
その真意を知るルドーは、アルスのあまりにもいつも通りの、さり気ない聞き出し方に冷汗を流す。
しかし、その心配もすぐに杞憂となる。
「ふっふっふ、気になるでしょうが、企業秘密ですや。信用命の商売人、簡単に情報をしゃべると思わないでください」
もったいぶって情報を全遮断するカゲツ。
「悪いけど、流石に私も答えないわよ」
「なぜだアリア。こういう時、いの一番に話してくれるではないか!」
「私の実家はファブのバハマ男爵家なのよ!? ファブで一番影響力があるレペレル辺境伯に睨まれたら、家が取り潰されるわ!」
「あぁ、それはアリアさんも流石に喋れないですね……」
いつもの調子でペラペラ話すと思っていたアリアは、今回一番口が固い様子だった。
流石に実家があるファブ共和国でのこと。
自分がレペレル辺境伯の館の情報をしゃべって、あとに出る影響が怖い様子だった。
「他家の貴族の内情を、簡単にお話するものではありませんわね」
「まったく、これだから庶民は嫌になりますの」
ファブの出身ではないものの、貴族と元貴族のキシアとビタは、それくらい察してくれと逆に釘を刺すような口調。
話を聞いていたリリアも、その論調に流され始めた。
「そ、そう言われると話さない方が良いのかな……」
「えっとねー、使用人の人たちがすごかったよ!」
「メロン、口を閉じる。話さないって話、してた」
「痛い痛いごめんごめん許して!」
女子たちが次々話さない流れになっていく中、一人平気な顔して話そうとし始めたメロンの頬を、イエディがみよんと引っ張った。
余りの女子の黙秘っぷりに、逆に好奇心が刺激される。
「ここまで黙秘されると、逆に気になるんですけど……」
「ハイハイハイ、是非聞かせてほしいです!」
「まるでお宝でも眠っているかのような言いようだな!」
「ぼ、僕も知識欲的に気になります……特に使用人の下り……」
ヘルシュの一言に、フランゲルとウォポン、いつもは大人しいトラストさえも、気になる様子でそわそわし始める。
アルスの本心も知っていることもあり、あまりいい気がしていないルドーは、つい口を出してしまった。
「クロノと辺境伯、あの二人を同時に敵に回すことになるんじゃないか?」
「それは危険だな! やめようではないか!」
「化け物二人同時は無理無理無理! この話やめましょ!」
「ハイハイハイ作業に戻りますよ!」
ルドーの言葉に、男子たちは一斉に顔を青くして作業に戻って行った。
少し釘を刺し過ぎたかとルドーは感じながらも、アルスの方をちらりと見る。
「なぁ、やっぱあんま良くないって。やめとこうぜ」
「まぁ、一週間あるから、チャンスはあるよ」
周囲に聞こえないように、声を落としてやんわりとやめようとルドーは話したが、アルスは諦める様子がなかった。
その一方で、ルドーたち魔法科は、相変わらず傭兵団のみなさんにぶっ飛ばされる。
「もっ、もう一回お願いします!」
「おぉいいねぇ、一番弱っちいのに根性はある!」
「それもう一発!」
眼鏡を軋ませながら、トラストが軽々しく空に浮いていく。
「ああああ! 不意打ちは卑怯じゃありませんか!?」
「襲ってくる魔物に、不意打ちもくそもないぞ」
死角からの攻撃に対するヘルシュの苦情も、正論で貫き通された。
「ひゃっはあ! 痛いけど、流れを見る訓練にはちょうどいいかも!?」
「メロン、ボロボロで、言う事じゃない」
「ナイスバディなお嬢ちゃんぶっ飛ばすのは、流石に気が引けるな」
「もう一発やってほしそうにしておるぞ、行って来いよ」
地面に倒れてドロドロになりながらも、楽しそうな様子のメロンに、逆に傭兵団は狼狽えていた。
お風呂場建設の傍ら、手が空いているとみなされた生徒から、交代で傭兵団に鍛錬という名でぶっ飛ばされる。
今のところルドーを含めて、誰も反撃どころか、その攻撃を避けられていない。
武器も魔法も使われていない、純粋な筋肉だけの鍛錬。
しかも傭兵団たちをよくよく見れば、いつ大型魔物暴走が来てもいいようにしていた。
動きやすい革がメインでこそあるが、肩当てや膝当てなど、装備は外していなかった。
それどころか、いつぞやのクロノがリリアに渡していた、鍛錬用の重し袋を身体に付けている相手もいる始末。
明らかに手加減もされている動きに、ルドーたちは未だなすすべもなく、気が付いたら上空にぶっ飛ばされ続ける。
魔法を使わない修繕や建設に、同じように筋肉だけの鍛錬。
文字通り力だけがものをいうレペレル辺境領での生活体験は、確実に力をつけることに繋がっている。
そんな場所で一人部屋に籠り続けるクロノを、エリンジが不服そうな無表情でその部屋を見上げていた。
「味が多いと言われても、毎回これじゃ口の中がぱさぱさよ!」
作業を一旦中断しての昼食で、アリアが不満の声をあげる。
レペレル辺境領での食事は、まさかの全食レーションだった。
大型魔物暴走発生時は、長い時で数日を跨ぎ、ゆっくり食事をとっている暇もない。
戦いながら食事をとる方法として、このレーションが採用されている。
三百近い様々な味が用意された種類が豊富すぎるレーション。
即座に食べきること、満腹感を優先された栄養の豊富さ。
保存性も重要視されているため、食感こそあれど、どれもこれも乾燥していた。
水と一緒に流し込まなければ、口の中の水分が全て持って行かれる。
いくら種類が多くても、この欠点だけはいただけない。
アリアを筆頭に、他にも不満の声が上がっていた。
「ふむ、合理性の詰まった食事だと思うが、サラセパ、何か考えはないかい?」
「食事でしたら、自分たちで食料を調達して調理する分には問題ありませんよ」
見兼ねたネルテ先生の問いかけに、サラセパあっさりと返答した。
レペレル辺境領で用意できる食事がレーションなだけで、別に自分たちで調達する分には問題ないらしい。
食に一番こだわるメロンが、即座に声をあげた。
「現地調達オッケーなら、早速食料探しに行かない!?」
「いやでも、まだお風呂場が完成しておりませんが……」
メロンの声に賛同を示すフランゲル一行と、建設作業をどうしようと不安がるトラスト。
他にも声が様々に上がる中、唐突にガシャンとガラスが激しく割れる音に、全員が振り向く。
クロノが部屋のガラスを突き破って吹っ飛ばされていた。
そのまま地面をゴロゴロ転がっていき、ドスっと雑木林の一本にぶち当たった。
一体何事かと全員が混乱する中、割れたガラスの窓にエリンジが足を掛けていた。
「どうした、いつもみたいに受け身すら取らない」
地面に倒れたままのクロノを、エリンジが睨み付ける。
クロノに対する攻撃を見て、サラセパと傭兵団すら悲鳴をあげ始めた。
エリンジは窓から飛び降りると、クロノの方に足取り荒く歩み寄る。
「以前と違い、お前は自分の意思で魔法科にいる。ならなぜ部屋に引き篭もって鍛錬を拒む。表に出て来い」
「あばばばばば……確かにその人のおっしゃる通り、と、特別扱いは良くない……」
「だがどうする、辺境伯に殺されちまう」
エリンジの主張に、サラセパと傭兵団は立場から右往左往し始めた。
無理矢理魔法科に入れられた以前と違い、クロノは今は自分の意思で魔法科に戻ってきている。
それなのに鍛錬を全て拒絶している様子が、エリンジには不服だったようだ。
だがいつもならそんな滅茶苦茶な主張をするエリンジに、クロノは即座に反撃して黙らせていた。
それがどうした。
今のクロノはエリンジの攻撃にも防ぐ様子がなく、地面に倒れたまま動こうともしない。
エリンジよりクロノの方が今でもまだ強い。
それでも反撃してこない様子に、他の魔法科からも心配の声が上がり始めた。
何が様子がおかしい。
ルドーが慌ててエリンジを止めに回れば、リリアも同じように慌てて横についてきた。
「ストップ、エリンジ! ここはクロノの生まれ故郷だ、色々事情があるんだろって!」
「その事情がなにか聞いている、一体どれだけ秘密を作れば気が済む」
「エリンジくん! 人間関係はそんな単純じゃないのよ、この朴念仁!」
バチンとリリアにひったたかれて、エリンジは不服そうにしながらも、一旦矛を収めた。
ちらりとルドーがクロノを見やる。
クロノはのろのろと起き上がった後、一言も発さず部屋に戻ろうと歩いて行く。
前にカイム達に見捨てられたと、クロノが勘違いしていた時に見たような、幽霊のような動き方だ。
「ほっとけっつったろが」
「カイムくん……」
クロノが一人戻って行く様子を眺めていると、カイムが見兼ねたように近寄ってきていた。
不服そうな顔をしたままのエリンジに、言い聞かせるようにカイムは続ける。
「今あいつちょっとおかしいんだよ。ほっとけっつーのは、そっとしといてくれっつー意味だ」
『ん? ちょっとおかしい?』
「そっとしとく?」
カイムの言いように、聖剣とリリアが不審な声をあげる。
エリンジも話を聞くように、カイムの方に向き直った。
「どうにも不安定だ。部屋の隅でガタガタ震えたと思ったら、突然悲鳴上げたり、あんまりよくねぇ」
「えっ、それ、ほっといたらダメなんじゃない……?」
一気に不安そうな声をあげたリリアに、カイムは静かに首を振った。
「俺ですら傍に居ると逆に悪化したんだっつの。今は一人にさせといたほうがいい」
だから頼むから今はクロノを一人にしておいてくれと、カイムはそうエリンジに頼んだ。
エリンジがあんな強引な手段に出たのは、少しずつ信頼を示し始めたクロノに、悩みがあるなら直接話して欲しいという、エリンジなりの主張だ。
かなり強引ではあるが、いつものクロノならこれでも多少は反論しただろう。
だが今のクロノは、普段一緒に過ごしているカイムから見てもかなり異常なようだ。
原因はわからない。
ただクロノの出身地であるレペレル辺境領が、クロノにとって何か地雷であることはどうやら確かなようだ。
カイムの説明に、エリンジはようやくやり過ぎたような、反省する無表情を浮かべた。
周囲の魔法科も、心配と困惑が入り混じったような顔に変わる。
ネルテ先生も流石に心配そうな表情をしているが、家庭の事情もあるせいで、深くは踏み込めない様子だった。
「……わたしちょっと心配だから、様子見ておく」
「リリ」
「部屋には入らない」
声を掛けたルドーに、リリアは話を続けた。
「廊下とか別の部屋とか、近くで様子見てる。一人で注意してるより、その方が良いでしょ、カイムくん」
「……悪ぃ」
リリアの提案に、カイムは小さく礼を言った。
クロノの反応はカイムにとっても初めてのことで、どうしたらいいかわからなかったようだ。
ルドー達が見送る中、リリアがパタパタと建物の中に走っていく。
気まずい沈黙が場を支配する。
傭兵団ですら頭をぼりぼりとかいて対応に困っている中、唐突にネルテ先生が、パンと手を叩いて空気を変えた。
「ホラ! 食料の話をしてただろ! 風呂を作ってる方もある、二手に分かれて食料も調達しよう!」
ネルテ先生の提案に、魔法科の面々は顔を見合わせた後話し始めた。
大型魔物暴走がない間、見学遠征の行動は基本自由。
ルドーはネルテ先生の提案で、またしても嫌な予感がして横を見る。
レペレル辺境伯の館の、クロノの部屋を調べようとしているアルスとエリンジが、食料調達の班に手をあげていた。




