第二百十四話 レペレル辺境領式の歓迎
トンカンギコギコと、自分たちが泊まる建物の修繕作業の音が、開けた周囲に響く。
ここにいる魔法科の生徒たちは、土木作業など当然したこともない。
建物の建築などという大それたことではないが、それでも慣れない作業に、全員が四苦八苦していた。
基礎訓練で体力を付けても、戦う時とはまた違った筋肉を使ったりして、各々がひいひい悲鳴をあげている。
だが自室の修繕を自分でやらなければならないのだ。
ここで手を抜いて、あとで後悔するのは自分自身。
だからこそ、全員悲鳴をあげながら、慣れない大工作業を必死に進めていた。
「そもそもなんで、すぐ痛む木造建築なのよ! 税金は充分あるはずでしょ、石造りの建物に建て替えなさいよ!」
「確かに、一理ありますや」
作業に苦戦しているアリアと、体格が小さい故に、のこぎりに苦労しているカゲツが声をあげる。
そもそも石造りならば、修繕作業はいらないのではという意見だ。
「不意の大型魔物暴走が発生しても、木造の瓦礫は石の瓦礫より脱出しやすいんですよ」
その話を聞いたサラセパは、毎度の質問なのかスラスラと返答する。
「また大型魔物暴走が溢れると、建物は尽く破壊されます。そこで立て直しやすい木造建築というわけです」
サラセパの話に、周囲で悲鳴をあげながら作業していた面々も渋々納得した。
大型魔物暴走が頻発するレペレル辺境領。
魔物を抑えきれずに領地に溢れたら、建物なんてあっという間に破壊されてしまう。
寝静まっていたり、何らかの理由で動けない時。
建物を破壊されても、石造りより木造のほうが、まだ腕っぷしのある傭兵たちならば脱出しやすい。
レペレル辺境領での大型魔物暴走の頻度は数日間隔。
化け物辺境伯が中央魔森林からの侵食を抑えていたとしても、その頻度では溢れてしまうこともある。
その度に破壊されてしまっていては、石造りの建物では費用対効果が悪い。
それならば最初から破壊される前提で、木造建築を建てておいたほうが、まだ費用を抑えやすいということなのだろう。
中央魔森林の侵食を防ぐために、領地との境は木材を伐採する必要もある。
伐採する木材のお陰で、建材や修繕の木材には困らないのだ。
質問したカゲツは、石造りと木造の両方の経費を、どこから取り出したのか、そろばんで計算しながらふむふむと頷く。
「なるほどなるほど。確かに経費的に考えても、理にかなった考え方ですや」
商いに慣れたカゲツがそう言うのならば、正しい方法なのだろう。
後ろで文句を言っていたアリアが、フランゲルとヘルシュに八つ当たりし始める。
建造物が木造の理由は分かった。
だがそれなら、修繕魔法でさっさと直してもいいような気もする。
ルドーと同じ疑問を抱いたのだろう。
エリンジが、自前の攻撃型魔道具だったはずのハンマーアックスで、薪割りのように木材をたたっ斬りながら、サラセパに問いかけた。
「なぜ魔法が禁止なのか」
眉間にシワが寄っているあたり、魔法を使えなくてヤキモキしている様子だ。
いつものエリンジなら、一瞬の修繕魔法で作業が終わるからだろう。
「ここレペレル辺境領では、常に大型魔物暴走を警戒しています」
対してサラセパは、こちらも慣れた質問のようでスラスラと返答する。
「無駄に魔力を使って、肝心な時に使えないのでは意味がありません。そのため傭兵団の皆さんは、平時は訓練時以外、自主的に魔力を使用しません」
たった一瞬、されど一瞬。
戦闘では、その最後の一振りが、命運を分けることもある。
余計な修繕魔法で魔力が尽きて、肝心なところで魔物にトドメをさせなければ、このレペレル辺境領では意味がない。
何度も修羅場をくぐってきたであろう、レペレル辺境領の傭兵団が、そう備えるようになるのは当たり前の話だ。
サラセパの説明に、エリンジも納得の無表情に変わった。
「傭兵団は自主的だけど、その体験を生徒達にはさせるってことだね」
「はい! 辺境伯様の方針です!」
ネルテ先生の言葉に、自分たちまでしなくていいのではと、ぼやいていた声が小さくなる。
現場がどういうものか体験する現場見学だ。
レペレル辺境伯の意向もあるというのならば、ルドーも含めて全員従うより他なかった。
うだうだ言ってても仕方ない。
ルドーも大きく伸びをして覚悟を決めた。
「そういうことなら、とりあえず作業するかぁ」
『お前大工作業出来るのかぁ?』
大工作業で出番のない聖剣が、高みの見物でもするようにバチバチからかってくる。
ムッとしてルドーは答えた。
「庶民を舐めるなって。雨漏りしてた屋根とか、抜けた床の修繕とか、親なしで誰がやってたと思ってんだ」
「両方とも、お兄ちゃんが遊びであけた穴だったけどね」
部屋の様子を確認して、戻ってきたリリアの冷ややかな声に、ルドーは逃げるように自室の確認に向かった。
流石に貴族組や女子は、手作業の大工仕事の修繕など分からない。
フランゲルが金槌で指を叩いて悲鳴をあげる。
ヘルシュは板の表と裏を間違えて、引き剥がしに苦戦していた。
ウォポンがハイハイ木材を一気に運ぼうとして、雪崩れて埋もれる。
メロンが力を込めすぎて、木材が割れた。
イエディは釘の長さを間違えて、反対の壁に貫通させている。
キシアとビタに至っては、何をすればいいかも分からず右往左往。
「あの! いったん落ち着いて、役割分担しましょう!」
見かねたトラストが、膨大な知識を元に現場監督し始めるまで、修繕という名の破壊活動は続いた。
「あれ。カイム、クロノどうした?」
トラストの的確な指示で、作業がようやく半分進んだところでルドーは気が付いた。
カイムが髪で巻き取って角材を運んでいるが、いつも一緒にいるクロノの姿が見当たらない。
魔人族として、建物の修繕に慣れていたカイムとボンブは、自分たちの修繕と補強を終えると、進んで手助けに回ってくれた。
てっきりクロノは二人と一緒になって手伝いか、それでなくても近くにいると、ルドーは思っていたのだが。
「部屋が直るなり引っ込んじまったよ。ほっとけ」
顔を顰めたカイムの返答に、ルドーは首を捻る。
クロノは一人作業を終えると、一言も発さずにさっさと部屋に籠ってしまったらしい。
いつもだったら、クロノは手伝いはしないにしても、カイムの横で茶化しながら、あまり役に立たないアドバイスを一言二言投げているのに。
なんだろう。
ルドーにはクロノが、いつもよりだいぶ素っ気ない気がした。
サラセパに対するガン無視といい、そんなに領地に帰ってきたことがクロノには不服なのだろうか。
ただカイムもクロノのことを気に掛けてはいるものの、現状そこまで問題視しているようでもない。
カイムがクロノを放置することを選択しているなら、ルドーも声をかける必要性は感じなかった。
「ルドー、釘が足らん」
「分かったエリンジ、今持ってくー」
窓から呼びかけられたルドーは、釘の箱を持って、中にいる無表情の元へ走った。
空が赤く染まりきったころ。
ルドーたちはへとへとになって、なんとか修繕を完了させた。
全員がぐったりと地面に座り込み、もう釘も見たくない心境だった。
「おう! 毎年恒例のひよっこたちか!」
ガヤガヤと粗雑な話し声が聞こえ始め、ルドーたちはそちらに座り込んだまま振り返る。
明らかに荒くれ者の風貌をした、大柄な男たちが三十人ほどの集団で歩いてきていた。
筋肉がこれでもかと盛り上がっていて、見える範囲だけでもかなりの傷跡があちこち散見される。
大型魔物暴走が収まったことで、レペレル辺境領の傭兵団が、ようやく戻ってきていた。
気付いたサラセパが、振り返りざまに足を滑らせながら、傭兵団のほうへと駆け寄っていく。
「みなさん、おかえりなさい! お怪我はありませんか?」
「あの程度で怪我してたら、辺境伯に叩き直されるわ」
「そっちこそヘタこいてないか?」
「いつものドジ晒してドン引きさせたりよ」
「やめてくださいってばぁー!!!」
サラセパは自分より背の高い傭兵団に囲まれて、いいようにからかわれていた。
思ったより親しそうな様子に、まるで家族のような親睦が伺える。
レペレル辺境領は、その命懸けの性質から、家族愛が強い。
どうやらそれは辺境伯家だけでなく、レペレル辺境領そのものの性質のようだ。
からかわれ続けるサラセパの様子が面白可笑しいのか、聖剣がクツクツ笑い始める。
『ごろつきあがりっぽい風貌ばっかだな、楽しそうだぜ』
「お、喋る剣!」
「お前が辺境伯が言っていた、古代魔道具を使う双子勇者だな!」
「えっ?」
「よーし、そんじゃ一発!」
なぜか辺境伯に名指し指示されていたルドーは、気が付いたらぶっ飛ばされていた。
リリアの悲鳴が上下逆さまに聞こえる。
一拍おいてルドーは情けない悲鳴をあげたあと、受け身も取れずにドシャッと地面に叩き付けられた。
「足腰はいいな、喧嘩してる方か?」
「だが隙だらけだな」
「おっし、次は俺だ」
「待て待て待て待て!!! 俺一体何されてんだ!?」
別の傭兵が構え始めて、ルドーは倒れたまま身を引き摺りつつ大声をあげた。
周囲にいる魔法科が呆気に取られる中、ネルテ先生のケラケラ笑う声だけが響き渡る。
ルドーが混乱していると、目の前のぶっ飛ばして来た傭兵が大きく笑って答えた。
「何ってお前、鍛えてんだよ」
「鍛える!?」
「辺境伯様からのお達しでな。今年のひよっこたちは見る目があるから可愛がれと」
「特に古代魔道具使う双子勇者は、徹底的にしごけとのお達しだ」
「ええええ!?」
ルドーが驚愕の声をあげると同時に、周囲からも同じような悲鳴が上がり始める。
どうやら他の連中も、ルドーと同じようにぶっ飛ばされ始めたようだ。
「えっ、ちょ、そんなのどうやって!?」
「ルールは簡単だ、武器も魔法も使わない」
「己の身のみ!」
「そんで相手を自分みたいに吹っ飛ばせれば上等だ!」
『武器も魔法も禁止だとよ、頑張れ』
「でぇっ!?」
心底面白がってる聖剣の声を聞きながら、ルドーはまたぶっ飛ばされた。
そのままなし崩し的に、ルドーたち魔法科は傭兵団に揉まれ始める。
エリンジやカイムも含む全員が、一度綺麗にぶっ飛ばされたところで、傭兵の一人が声をあげた。
「一人足りないぞ」
「あの部屋明かりついてるな、サボってる奴がいるのか?」
「どーれ、引っ張り出して特にキツいやつ入れてやるか?」
「クロノワールお嬢様ですよあれ」
やる気満々だったはずの傭兵団が、サラセパの一言でビシッと固まった。
「やめとこ」
「そうだな、辺境伯の愛娘はな」
「下手したら俺たちが辺境伯に殺されちまうわ」
先程までの威勢はどこへやら。
傭兵団は揃って、クロノのいる窓から視線を逸らした。
どうやらクロノ本人が怖いと言うより、その背後にいる辺境伯が怖いようだ。
ルドー達は辺境伯を、レペレル辺境領に来てからまだ見ていない。
だが傭兵団が恐れるほど、クロノのことを溺愛しているのだろうか。
以前ウガラシで見かけた際は、気には掛けてはいたが、そのまでにはルドーには見えなかったが。
ルドーが地べたに倒れたまま考えていると、傭兵団の無慈悲な声が響いた。
「さーて、気を取り直して行くぞー!」
「なんで俺五人掛かりでやられてんだよ!?」
「そういう命令だからな!」
『おーおー、倒れてるといい的だぜ』
背中の鞘に収まった聖剣が心底楽しそうにバチバチ弾ける。
慌てて起き上がったルドーは、すぐに別の傭兵にぶっ飛ばされた。
全員が五回以上ぶっ飛ばされた辺りで、夜も遅くなっていたこともあり、ようやく傭兵団は解散となった。
笑いながら立ち去っていく傭兵団を見ながら、それぞれがのろのろと起き上がる。
慣れない大工仕事で丸一日消費した後でこれだ。
魔法が禁止され、回復魔法が使えない。
全員もはやシャワーでも浴びて、眠る事しか考えていなかった。
重い足取りでのろのろとルドーが歩いていると、サラセパが一つだけ明かりのついている部屋を見上げていた。
クロノが引き篭もっている部屋だ。
「……クロノワールお嬢様、私、何か気に障るような事をしたのでしょうか……」
ふうと溜息を吐きながら、つい出てしまったような独り言。
ルドーがじっとそれを見つめていると、言葉が漏れて聞かれていたことに気づいたサラセパは慌てだした。
「あっ、いやそのですね!? 辺境伯の末娘様ですし、仲良くはしたいのですが。普段は屋敷に籠って出てきませんし……」
「え? 引き篭もって出て来ないのか?」
初めて聞く情報に、ルドーはつい聞き返してしまった。
ルドーのクロノに対する印象に、引き籠りのようなものはない。
どちらかというと我が道を行く、マイペースであまり周囲を考慮しないような、勝手な行動ばかりするのがクロノの印象だ。
辺境伯の愛娘が事実にしても、サラセパのあの反応と言い、傭兵団の反応と言い、どうにもルドーは何かが引っかかる。
「あんま引き篭もりってイメージないんだけどな。クロノ、ここではどういう扱いされてたんですか?」
引っかかりを覚えたルドーは、思わずサラセパに訊ねる。
「クロノワールお嬢様は、辺境伯を含むレペレル家で、溺愛されていた末娘なのです」
サラセパは少し迷って、目線を泳がせながら答えた。
「ただなぜか誰とも話さず、辺境伯の館に引き篭もって出て来ないので、てっきり人見知りな深窓のご令嬢なのかと……」
「えぇ?」
『深窓の令嬢とか、それこそ真逆だろ』
「お兄ちゃん、何話してるの?」
全員が一旦休みたいと旧傭兵寮へと足を運ぶ中、サラセパと話していたルドーの横に、リリアが並んだ。
聖剣と一緒になって、驚愕の声をあげるルドーを、リリアは不思議がっている。
「いやさ、今クロノの事について、サラセパと話してたんだけど……」
「クロノさんのこと?」
サラセパの話をかいつまんでルドーも説明するが、リリアもルドーと同様、とてもクロノに深窓の令嬢のイメージを抱けず首を傾げていた。
そこのフランゲル一行が通りかかる。
「そういえば、ここはあやつの生まれ育った領なのだろう。それにしては他人行儀が過ぎるな!」
「普通自領なら、もっと説明とか中継とか、率先してやりそうなもんだよね」
「ハイハイハイ、でもあの人ならこれでも驚きませんよ!」
話を聞いていたのか、フランゲル、ヘルシュ、ウォポンも意見を述べた。
さらにアリアが首を突っ込んでくる。
「噂は否定はしないわね。実際実物見るまで、私も半信半疑だったわ」
「噂? 噂ってなんだ、アリア」
「ファブの社交界で流れてる噂よ」
クロノと同じ、ファブ出身のアリアは、領地がレペレル領と真逆の海沿いにあるバハマ男爵領。
そのため同国出身でも、エレイーネーに来るまでお互い面識はなかったそうだ。
ただ同じ国の、それこそ国の防衛の要の家であるレペレル辺境について、アリアも全く知らない訳ではなかった。
「レペレル家の末女、まぁあいつのことだけど。辺境伯家で一番自由な立場なのに、社交界に全く出て来ないんですもの」
アリアはかつて、勇者聖女症候群。
所謂中二病とかいうもののの転生者状態だった。
それで男爵令嬢でありながら、あちこちの社交界に無理を通して出ていたらしい。
傭兵派遣国家のファブでも、貴族間の社交界は一応存在するようだ。
「自由な立場のはずの末娘が、社交界に出て来ない。一体どんな病弱な美人な娘を、辺境伯は家に閉じ込めてるんだって、尾鰭の付いた噂が流れてたのよ」
だから初めて名前聞いたとき、本当に本人なのかと三度見したんだけどと、アリアは締めくくった。
「病弱な美人だと? 人を壁にめり込ます破壊力の、どこが病弱なのだ!?」
「辺境伯が家に閉じ込めるぅ?」
「ハイハイハイ、閉じ込めたら壁突き破って出ていくと思います!」
アリアの話に、フランゲル達もそれぞれ驚愕の声をあげた。
ルドーもリリアも、おおよそ同意見だった。
「あの、さっきから聞いていると、クロノワールお嬢様が、辺境伯みたいな化け物に聞こえるんですけれど……」
ルドー達の意見を聞いて、逆にサラセパは混乱している。
クロノの化け物っぷりは、肝心の出身地レペレル辺境領では認識されていないようだ。
この領地での印象と、実際のクロノ本人のイメージの剥離は一体なんだ。
部屋の修繕が終わってから、クロノは部屋に籠って出て来ない。
なにかレペレル領に、ルドー達の知らないことでもあるのだろうか。
「同じ轍は踏まない。領地ではいつも通りに接する」
エレイーネーで一人、クロノがふらつきながら契約魔法の相手と話していた言葉が、ルドーの脳裏によぎる。
まさかクロノは、意図的にレペレル領では引き篭もっているのだろうか。
「大変大変緊急事態発生!」
ルドー達が話していたら、メロンが両手をブンブン振り回しながら建物から飛び出してきた。
緊急事態ときいて、ルドーはリリアと一緒に身構える。
同じように後ろの方にいたエリンジも、険しい無表情に変わって駆け寄って来た。
「どうした、問題発生か」
「問題! 大問題発生!」
「落ち着けってメロン、なにがあった?」
「お風呂が! お風呂がないのここ! シャワーも!!!」
まるで殺人鬼にでも遭遇したような必死さで、メロンは叫んだ。
何だそんなことかと、ルドーはがっくりと肩透かしを食らう。
一方ルドーの横にいたフランゲル一行は大騒ぎし始めた。
「なんだと!? 大工仕事で木くずだらけなのだぞ!?」
「何度も吹っ飛ばされて地面に寝そべって、土まみれなんですけど……」
「身体を洗えないなんて、聞いてないわよ!?」
「ハイハイハイ、汗は流したいです!」
「なんだそんなことか、くだらん」
「くだらなくないって! 死活問題じゃん!」
まるで地獄にでも遭遇したような反応のフランゲル一行。
それとは対照的に警戒を緩めたエリンジに、メロンがボスボス叩き始める。
ルドーは呆れた様子で見ていたが、ふと横にいるリリアを見ると、フランゲルたちと同じように絶望顔に染まっていた。
「そんな、そんなのってないよ……」
絶望したリリアはなんとかしなければならない。
ルドーは咄嗟に思考を切り替えて、問題解決の方向に舵を切った。
「えーっとサラセパ、そもそもなんで風呂がないんだ?」
「はい、レペレル領ではいつ大型魔物暴走が遭遇するかわからないので、傭兵団は基本、身体を濡らした布で拭いたり、沸かしたお湯で軽く流すのが一般的です」
その為入浴施設は存在しておりません、とサラセパにニッコリと締めくくられた。
確かに大型魔物暴走が発生している中、呑気にお風呂なんて入っていられない。
だが身だしなみに気を使う女子や貴族組は、そうは問屋が卸さなかった。
阿鼻叫喚となったフランゲル一行。
多分建物の中に入った女子、キシアやビタなども同じように困惑している。
確かにフランゲル達が言った通り、修繕作業にその後の傭兵団との鍛錬で、ルドーも全身ドロドロである。
風呂に入れるものなら出来れば入りたい。
こんな辺境でも、風呂があるとすればどこか。
そう考えてあることを思いつき、ルドーは声をあげた。
「そうだ。クロノに頼んで、辺境伯の館で風呂を借りられないか?」
辺境伯の館は一応貴族の館。
何らかの訪問もあるので、傭兵と同じようにはいかず、身だしなみは整えないといけない。
そう思ってのルドーの意見に、リリアも納得した。
「確かに! 辺境伯の館なら流石にお風呂あるよね」
「どうなのだサラセパ!?」
「いやありますけど、辺境伯の館は私には権限ありませんって……」
必死な様子のフランゲルに指差されて、サラセパは困惑しつつも答えた。
サラセパに権限ははない。
辺境伯家の人間ではないので当然だ。
ならば辺境伯家のクロノに直接頼み込むしかない。
話は決まったと、ルドーたちはぽかんと呆けるサラセパを置いて、バタバタと走り出した。
両手をブンブン振り回すメロンを筆頭に、クロノの部屋までたどり着く。
しかし女子と貴族組の絶望は続いた。
「お風呂? 私はもう部屋で水浴びしたから、いらない」
激しい勢いでノックした部屋の入り口で、クロノは面倒くさそうに答えた。
どこから引っ張り出してきたのか、水浴びに使ったような金ダライが、部屋の壁に立てかけて干されている。
一人部屋に引きこもってる間に、クロノはさっさと水浴びを済ませてしまったようだ。
クロノ本人が入浴の必要性を感じて、辺境伯家に訴えるなら、話は通りやすかっただろう。
だがクロノは傭兵団の生活に寛容だった。
流石に自領で慣れていたのか、クロノも一応貴族のはずなのに、金ダライで水浴びすることに全く抵抗がなかった。
望みを絶たれてしまい、女子と貴族組がパニックに陥る。
「そ、そんなぁ!? じゃあどうすればいいの!?」
「いや、金ダライなら裏にいくらでもあるから。使いなよ」
「そういう問題じゃないわよ! それに冷水だと風邪引いちゃうじゃない!」
「乙女の死活問題なんだよ、クロノちゃん! なんでそんなに無頓着なの!」
リリア、アリア、メロンの必死の訴えにも、クロノには全く響いていない。
メロンとアリアにガクガク揺すられているのに、クロノはまるで何が問題なのか、理解できていない様子だった。
そして廊下でのその騒ぎは、同じように入浴場所を探して彷徨っていた、他の魔法科にも波及していく。
結局ネルテ先生が辺境伯に頼み込んで、女子だけ辺境伯の館で入浴出来るようになるまで、騒動は続いた。




