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第二百十一話 すくいあげてきていたもの

 

 長い間この世界に存在を知られていなかった魔人族の里。

 魔物を生み出す瘴気が常に漂う、中央魔森林の中に存在するそこには、流石のエレイーネーでも転移門が設置できていなかった。


 カイムの家が近いという魔人族の里は、そんな大陸の半分を覆う、中央魔森林の内側に位置していた。


 転移門も使えず、エリンジの転移でも、行ったこともない場所では、不安の方が大きい。

 どうやってそこまで向かうのかと、カイムに誘われたルドーとリリアは、エリンジと共に疑問に思っていた。


 久しぶりの帰郷に、わくわくした三つ子を連れたカイムが、クロノと共に中央ホールで待っていた。

 同じく魔人族のボンブとキャビン、それと連絡係のザックとマイルズが、それぞれ里に戻る様子のカイムと話し込んでいる。


 一番付き合いがあるだろう狼男のボンブは、腕を組んだまま鼻を鳴らしていた。


「帰るの久しぶりだろ、何なら泊まってきてもいいんじゃないか?」


「親父もお袋もまだ本調子じゃねぇよ、チビども連れて帰ったら心労がたたらぁ」


「いっちょ前な顔しちゃってぇ。はい、これお土産に持って行きなさいな」


 ジャージー牛の頭をしたキャビンに、カイムはどすどすと、食堂の厨房から持ってきたであろう食材を押し付けられていた。

 両手いっぱいに塞がる食材に、カイムが髪を一斉に尖らせて抗議し始める。


「うるせぇ! そんなにたくさん食材持って帰っても、起き上がれねぇのに、処理できるか!」


「台所借りれるなら、作り置きいくつか作っとこうか?」


「……お袋次第だ、出来そうなら頼むわ」


 カイムの横で三つ子の確認をしていたクロノが話に声をあげれば、カイムは途端に大人しくなった。

 ギュルリと髪を伸ばしたと思ったら、キャビンから受け取った食材を、まるで風呂敷のように髪に包み込んで荷物にしていく。


 カイムの返答を聞いたクロノは、小さく肩をすくめた後、また三つ子の様子を確認し始めた。

 かつてリンソウで身に着けたお出かけ服に身を包んだ三つ子は、ハンカチやらティッシュやらいろいろと持たされて、帰郷なのにまるで遠足気分だ。


「同胞同胞! みんなに俺達元気だって伝えといて!」


「ゴースト兄弟いつでも最高! 最近連絡出来てないから心配してるかも!」


「てめぇらの里、俺のと違うだろが。まぁアーゲストに伝えとくわ」


 青白くビカビカ発光するザックとマイルズに、カイムはぶっきらぼうに答える。

 ビカビカ光りながらガッツポーズで答えたザックとマイルズに軽く一瞥したカイムが、様子を見ていたルドー達に気付き、そのまま先を歩き始める。


「おうちー!」


「ねぇねぇちょっと遊んでいい?」


「とうちゃんかあちゃんと一緒に遊んでいい?」


「遊ぶんはダメだ、おしゃべりまでだぞ」


 興奮冷めやらぬ形でカイムの周囲をうろつく三つ子を眺めながら、ルドーもリリアとエリンジを引き連れて合流した。


 中央ホールを両開きの玄関に向かって歩くカイム。


 扉を開いて三つ子を外に出していくカイムに、ルドーは不安から改めて声をあげた。


「あー、カイム、ほんとに行っていいのか?」


「何度も聞くんじゃねぇ、俺が連れてくって言ってんだよ」


 振り向きもせずに答えたカイムに、ルドーは訳が分からず困惑し続ける。


 意図が分かるかと、ルドーはリリアとエリンジに振り向いたが、二人も分からないとばかりに首を振られる。


 今度はクロノの方にルドーは視線を向けたが、呆れた様子で首をすくめるだけで、意図はわかっているようだが話そうとしなかった。

 聖剣(レギア)が面白そうにパチパチとルドーの背中の鞘で弾ける。


『一体どういう風の吹き回しかねぇ』


「でも、転移門もないのに、この人数でどうやって行くの?」


「連絡はしてらぁ。そろそろ来るはずだ」


 疑問をあげたリリアに、カイムは短く応える。


 外に出た後、しばらく歩いて、とうとうエレイーネーの外に繋がる、入学式の際にルドー達が潜った室内外門に辿り着いた。

 ルドーはリリア、エリンジと顔を見合わせながら、扉を開いてそこを潜るカイムの後に続いていく。


「あぁ、ボンブから聞いてたけど、やっぱり戻ってたの。クロノちゃん、戻ったなら戻ったって、俺にも連絡くださいよ」


「アーゲスト?」


 外側とつなぐ簡易転移門となっている室内外門をくぐると、そこには白髪長身狐目の、魔人族のアーゲストが待っていた。

 驚いた様子で声をあげたクロノに、アーゲストはやれやれと胡散臭い狐目を向ける。


「一緒にいたのは短い期間だったけど、俺だってねぇ、カイムの前から消えたって聞いて、心配してたんだからね」


「……ごめん」


 腰に手を当てたままやれやれと首を振ったアーゲストに、クロノは少し罰が悪そうに、帽子の鍔を握って下を向いた。


 かつてカイムと一緒に魔人族と行動していたクロノは、ボンブとアーゲストとも、キャビンとも面識がある。


 数ヶ月の期間を共に生活していたらしいので、それなりの情はあるという事だろう。


「ま、元気そうならいいんだけどさ。にしても、いきなり里に帰るから配送用意しろとか、人使いが荒くない? カイム」


「うるせぇ! いつでも連絡寄越せっつったの、てめぇだろアーゲスト!」


「鳥のおじちゃん!」


「またお空飛ぶの?」


「やったぁ! あれ大好き!」


「おじちゃんはやめてね、俺三十代だけど傷付いちゃう」


 アーゲストに対してルドーは、エレイーネーで保護した魔人族の配送の際に顔を合わせるだけで、どういう力を持っているかまでは詳しくはない。


 アーゲストは以前、アシュで歌姫像の塔の崩落から血塗れのカイムを助け、魔法で作った巨大な鳥に乗って飛び去っていた。


 その魔法でこの場の全員を飛行して里まで運ぶという事なのだろう。


 ルドーと同じ予想をエリンジもしたらしい。

 以前アーゲストに運ばれたことのあるリリアも、納得の表情に変わった。


「この場の全員運べるのか」


「同胞を三十人、一度に搬送してたこともある。余裕よ余裕」


 エリンジの疑問に答える様に、アーゲストは振り向きざま、薄く黄色に光る巨大な魔法の鳥をその場に出現させた。


 きゃいきゃいはしゃいで飛びつき始めたライア、レイル、ロイズを、カイムとクロノが手伝ってその背中に乗せ始める。


 そのまま魔法の鳥に乗ったカイムとクロノに、エリンジが続く。


 ルドーがリリアと一緒に困惑していると、カイムの赤褐色の髪が伸び、二人まとめて掴まれて、あっという間に乗せられてしまった。


「え、えっと、よろしくお願いします?」


「ほいよ、そんじゃ行きますかね」


 リリアがおずおずと声を掛ければ、最後に飛び乗ったアーゲストの軽い掛け声と共に、魔法の鳥はぶわりと一気に飛び上がった。


 自分たちが通って来た外門が、あっという間に小さくなって見えなくなっていく。


「……あれ、エレイーネーの城ってどこだ?」


「エレイーネー本校はもっと上空だ。お前知らずにいたのか?」


「えぇ?」


 振り返った景色に、見慣れた校舎が見当たらずに首を捻ったルドーに、エリンジが無表情を向けた。


 今までルドーは全然気づいていなかったが、エレイーネー魔法学校の本校舎である城は、遥か上空に浮遊しているらしい。


 防衛の観点から、様々な防衛魔法を施されて浮いているため、周囲からは発見できず、簡易転移門からしか行き来出来ない。


 ルドーはてっきり最初の外門から地続きだと思っていた。


 エレイーネー本校の城が、はるか上空を浮遊しているなんて全然気づかなかった。


 だが今思えば、入学式で突然現れた城の様子から辻褄が合う。


 エリンジの説明に、アーゲストは一人納得した様子で顎に指をあてた。


「なーるほど。通りで城なんて、あのあたりで見つからないはずだ」


『なんだ、気付いてなかったのかお前』


「学習本にも書いてるよ、お兄ちゃん……」


「でぇっ!? 俺だけ気付いてなかったのか!?」


 ルドーはエリンジとリリアからジト目を向けられ、誤魔化すように外を向いた。


 アーゲストが作り出した魔法の鳥の背中から見下ろす景色は、いつの間にか森の上空を羽ばたいている。


 眼下を通り過ぎていく森の木の量が多くなっていき、漏れ出る瘴気の煙が木々の間に薄ら立ち昇り、まるで海のようにどこまでも森が続いている。

 見渡す限りの黒い森を眺めても、そこに人が住んでいる形跡は見られなかった。


「本当に里あったんだな。上から見ても、全然見えなかった……」


「あたりめぇだ。人間に森に追い立てられてんのに、バレたら意味ねぇだろが」


 里を見渡したルドーにカイムが答える。


 何もない森の中に、アーゲストの魔法の鳥が降り立ち、ルドー達が降りてしばらく歩いていた。

 鬱蒼とした森の中に、蔦に覆い茂った古い小さな家が離れて建っている。

 似たような小さな家が、薄暗い森の中にぽつりぽつりと現れ、小さな村のようなところ。


 カイムの家がある里に辿り着いた途端、三つ子がはしゃいで走り始めた。


「おうちまで競争!」


「僕が一番!」


「先に走ってずるい!」


「足元、気を付けろよ!」


 競争を始めた三つ子に、カイムが後ろから怒鳴り声をあげる。


 人間が現れたことで、警戒の姿勢を取って家に隠れ始めていた魔人族達は、アーゲストとカイム、そして競争する三つ子を見て、味方だと気付いて警戒を緩めた。


「おい、見ろよ、ルドー」


「なにが」


 カイムがなにかに気付いて顎で示した先に、ルドーは視線を向ける。

 見覚えのある魔人族の女性が、そこに立っているのが目に入った。


 あれは確か、トルポでの鉄線殲滅戦でのとき。

 ルドー達が中央魔森林の中の鉄線の施設で見つけた、カプセルに捕らえられて、助け出した魔人族だった。


「てめぇがあの時助けなきゃ、あいつはあそこにいねぇ。そんで足元にいるあいつの子どもも、母親と二度と再会できなかった」


「……なにを」


「失ったもんばっかに目を向けんな。これから失うものばっかに捕らわれんな。確かに助けた相手にも目を向けろ。未来を勝ち取ったことをきちんと自覚しろ」


 カイムがじっと見つめて続けた言葉に、ルドーは絶句した。


 ルドーが絶句したまま、もう一度カイムから視線を戻す。


 あの時助け出した魔人族の女性は、ルドーたちのことをきちんと覚えていた。


 ライアたちより大きそうな子どもを足元に抱える女性。

 瞳いっぱいに涙を浮かべたくしゃくしゃの顔で、とても深く深く、ルドーたちに向かって頭を下げた。


 ルドーの後ろで、リリアとエリンジも驚いたまま立ち尽くしている。


「あの人は君たちが助け出した同胞だ。君たちは魔人族にとっても、同胞をたくさん救った恩人なんだ。それは忘れないでほしい」


 カイムの横に並んだアーゲストが、狐目のままルドーたちに向かって告げる。


 言われた言葉を受け止めきれないまま、ルドーも呆然と立ち尽くしていた。


「カイにぃー! 早く早くー!!」


「おぅ、今行く」


 ずっと先を走っていたライアが、遠くの森のあたりを走り戻りながら手を振っていた。


 カイムが先頭に立って歩き始めたのを、ルドーは困惑を隠せないまま慌ててついていく。


 ほかの家が立ち並ぶ里から少し離れたところに、カイムの小さな家はあった。


 慣れた様子のライアが、玄関ドアからぴょこぴょこ顔を出している。

 ルドーたちが追いついたのを見て、ライアは嬉しそうに飛び跳ね始めた。


「カイにぃ! かあちゃんととうちゃんがルドにぃたちとお話したいって!」


「え?」


「かあさんとうさん、な。ん、今連れてく」


 ライアの言葉にルドーはさらに困惑するが、カイムは全く気にする素振りもなく返答を返した。

 さっさとついてこいとばかりに、カイムはルドーを一瞥し、クロノを連れたまま家に入っていく。


 魔人族にとって人間は、家族や大事な人を攫った恐怖の対象なのでは。

 ルドーには、カイムの意図がよくわからない。


 後ろに続くリリアとエリンジとルドーは顔を見合わせたが、二人とも分からないと首を振った。


「ほれほれ、取って食いやしないんだから。そんなビビってないで入る入る」


 後ろにいたアーゲストに押されるように促され、ルドーたちも恐る恐る敷居をまたいだ。


「それでね、その時ルドにぃがね……あ、来た! みてみてかあちゃん、これがルドにぃ!」


 そこまで広くないカイムの家の奥。

 パッチワークキルトのように縫い合わされたベッドに、少し疲労感のある褐色の女性が起き上がっていた。

 ライアの言葉に促されてルドーを捕らえた顔に、ライアと同じ黄色い瞳。


「え、えっと……」


 観察するようにじっと見つめられ、気まずくなったルドーはつい周囲を見渡した。


 先に家に入っていたカイムは、さらに奥でカイムが持ってきた食材を、平然と洗って刻み始めたクロノに噛み付いている。


「おい、お袋の許可なく台所使ってんじゃねぇ」 


「はいはい、使わせてもらってまーす」


「事後承諾してんじゃねぇよ!」


「あらまぁ。わるいわねぇ」


 噛みつくカイムも無視して、手際よく料理し始めたクロノ。

 人の家だというのに、遠慮する気は全くない様子だ。


 ベッドの女性は、申し訳なさそうに小さくはにかんで、その様子を眺めている。


 女性、おおよそカイムとライアたち三つ子の母親と思われる人。

 その人はベッドで起き上がりは出来ても、立ち上がる事がまだ難しい様子だった。


「レイルとロイズは?」


「奥の寝室で親父呼びに行ってる、すぐ出てくらぁ」


「起こして大丈夫なのかい?」


「お袋ほどじゃねぇんだ。多少は歩かねぇとリハビリにならねぇだろ」


 アーゲストの問いかけに答えながら、カイムは部屋の壁に置かれている大きなソファに、歩いていってどっかり座り込んだ。

 ルドーの後ろで、同じく気まずそうにしているリリアとエリンジと三人、身の置き場がなく立ったままもぞもぞと身じろぐ。


 クロノが台所で料理する音だけが、やたら大きく響き渡っていた。


「とうちゃんこっちこっちー」


「お客さんいっぱいでぎゅうぎゅう!」


 奥の扉が一つ開いて、レイルとロイズが先導して男性が部屋に入ってきた。


 レイルやロイズとよく似た、短い茶髪に、カイムと同じ深緑の瞳。

 なんとか歩けてはいるものの、引きずるような疲れた動きの、皺が多い少し歳のいった男性。


 本来ここまで客人を招くのに対応してないカイムの家が、人数にかなり狭く感じる。


「ライア、レイル、ロイズ、ちょっと手伝ってくれる?」


「「「はーい!!!」」」


 三つ子がウロウロしていると、奥からクロノが呼びかけた。

 途端に群がった三つ子は、水場の前で三人足場に乗せられている。

 ジャガイモの水洗いを頼まれ、やる気満々でクロノの手伝いをし始めていた。


 その間に部屋に入ってきた男性が、机を挟んで座ったと思ったら、突然机に突っ伏して頭を下げ始めた。


「えっ!? ちょ、急に何を……」


「ライア、レイル、ロイズを、連れ戻してくれて、本当にありがとうございます!!!」


 目の前で頭を下げた男性は、涙声でルドーたちに向かってそう叫んだ。

 突然の事に、ルドー達は固まって動けなくなる。


「恥ずかしいことに、晩婚で授かった三人を取り戻すには、私では体力が全く足りなかった。家族を、三人を取り戻してくれて、本当にありがとうございます!!!」


「……本当にありがとうございます」


 ベッドの方で身を起こしていた女性も、同じように頭を丁寧に下げてくる。


 頭を下げたままの二人に、ルドーはどう声をかけていいかわからない。


 思わずカイムの方を見れば、ソファにどっかり座っていたカイムは、顰め面のままルドーに視線を向けた。


「失ったもんを後悔するなとは言わねえ。だがな、てめぇらが確かに守ったもんもあるんだ」


 ソファに預けていた身を起こして、ルドー達に向き直った後、カイムは続ける。


「失くしたもん後悔ばっかして、助けたもんまで見落としてんじゃねぇ。それは助かった奴らに失礼なんだよ。どっちとも向き合え」


 唸るように言ったカイムに、ルドーは衝撃を受けた。

 どれだけその場に立ち尽くしていたか分からない。


 やがてルドーは、ゆっくりと視線を、台所でジャガイモを洗っている三つ子に向けた。


「……ライアを助けたのは俺じゃない」


「連れ戻してくれたのはお前だ」


「レイルも、ロイズも、俺が助けたわけじゃない」


「てめぇが最初に動かなきゃ、どっちも助かってねぇんだよ。話は聞いてる」 


 カイムの返してくる返答に、ルドーは衝撃を受け続ける。


 ライアをカプセルから助け出したのはゲリックだが、地獄から一緒にエレイーネーに連れ戻したのはルドーだ。

 レイルとロイズを助けたのはルドーではないが、二人ともそもそも、トルポにルドーたちが向かわなければ、助かることはなかった。


 直接助けたわけではないが、三人ともルドーが動いたから、結果的に鉄線から助け出されている。


「ルドにぃ! ライアもね、いっぱいいっぱいありがとうだからね!」


 ジャガイモ洗いから抜け出したライアが、とてとて走ってきて、ルドーの足にスポンと抱きついてきた。

 見上げてくる黄色い瞳が、嬉しさに輝いているのが見える。


「っ、俺は、なにも……」


「何もしてねぇなんて言わせねぇぞ。お前がいたから助かったやつはたくさんいるんだ」


 カイムの言葉に、いろんな感情が一気に押し寄せてくる。

 思わず顔を押さえたルドーに、ライアがキョトンと首をかしげていた。


「感謝されるようなことなんて……」


「してるんだよ。てめぇが当たり前にしてるせいで、気付けてないだけだ」


「お兄ちゃん……」 


 リリアが促すように、ルドーの袖を握って揺すった。


 感謝を伝えて頭を下げたままの、カイムの両親にリリアが視線で促す。


「こちらこそ、ありがとう、ございます……」


 同じように頭を下げたルドーには、それしか言葉を絞り出せなかった。




 溢れてくる感情に、その場に居続けることが出来なくなったルドーは、カイムの家から外に出た。

 片手で目元を強く抑えたまま、抑えていても漏れる嗚咽に、リリアがそっと寄り添っている。


 少し離れた背後のカイムの家から、三つ子の楽しそうな声が、瘴気が薄ら漂う森の中に響いていた。


「久しぶりの帰郷はどうだったよ、カイム」


「ケッ、まぁ、悪くはねぇ」


 ルドー達と一緒に外に出てきたアーゲストに、カイムが唸るように小さく応えている。

 少しして、調理を終えたクロノが、様子を伺うように外に出てきた。


「とりあえず適当にシチュー作っといて、残りの野菜も使いやすいように、切り揃えて冷凍魔道具に突っ込んでるよ」


「随分遠慮なく、人んちの台所使いやがったなてめぇ」


「勝手ついでに家のゴミもまとめといたから」


「あははは、相変わらずよく見てるなクロノちゃんは」


「それよりカイム、他にも言う事があるんじゃないの?」


 雑談していた様子が、クロノの言葉で大きく溜息を吐いたカイムが、ルドーの方に近寄って来た。

 ルドーの目の前に歩いてきた足音を聞いて、嗚咽をなんとか抑えながら、ルドーは目元を押さえていた手をゆっくりと下ろす。


 すると目の前に、ルドーに向かって深く頭を下げるカイムがいた。


「ルドー、お前のお陰で、ライアも、レイルも、ロイズも助かった。一度しか言わねぇ……ありがとう」



 今度こそルドーは嗚咽が押さえられなくなった。



 その場にゆっくりとしゃがみ込んで、リリアにも、エリンジにも見守られながら、ただ涙を流し続ける。



 守れなかったものも多い。

 だが守れたものも、たしかにあった。


 カイムの感謝の言葉で、今度こそはっきりとルドーはそれを認識できた。



 随分と長い事、みんなに見守られながら、その場に蹲っていた気がする。

 蹲ったまま、ルドーはまた絞り出すように声をあげた。


「……ありがとう。カイム」


「感謝してんのこっちなんだっつの」


「……エリンジ」


「なんだ」


「明日、組手して、喝、入れてくれ」


「当然だ」


 不敵に笑う無表情が、見てもいないのにルドーの背後に感じられた。

 エリンジの余りにもらしい返答に、ルドーはしゃがんだまま、つい笑いが溢れ出てきてしまった。


「お兄ちゃん」


『やれやれ、ようやく戻って来たか』


 ほっとしたようなリリアと聖剣(レギア)の声が聞きながら、ルドーは小さく笑い続ける。


 全員がルドーに集まり始めた後ろで、様子を見ていたクロノが一人、契約魔法が浮かんだ左手に視線を向けていたことに、誰も気づかなかった。


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