第二百九話 残らなかった砂の上
「うーん、なにか良くないことが起こってる感じだねぇ……」
遠く砂漠の丘の上、砂リャクダに乗った、ぽっちゃり体型の行商男性。
ウーターは、遠く砂埃が大きく舞い上がっているのを眺めていた。
「もう住民ほとんどいないだろうけど……念の為行ったほうがいいかなぁ」
手綱を引いて、一人ゆっくりとワスラプタの方向を目指し始めた。
エリンジが恐ろしい勢いで、虹色に輝く砲撃魔法を放ち続けていた。
その背後で足場を作り上げ、地上に向かって集団で走り登っていく。
トラストがビタと魔力伝達で、エリンジが掘り上げた穴を変化させていた。
足場の土台を作りつつ走り、観測者で探知魔法を使い、周囲を見渡し続けている。
「たしかに指摘通り、あれだけあった妨害魔法の類が、きれいさっぱり消えてますね」
観測者のトラストが見る限り、通信や転移を妨害していた魔法が消え去ってしまったようだ。
ヘーヴ先生の他先生との状況確認の通信を聞きつつ、足場を作って走っているアルスも疑問を抱いていた。
「にしても、なんで急に妨害魔法が外れたんだろ」
「ルドーさんがいた地下の最深部に、妨害魔法を管理していた場所でもあったのでしょうか?」
「いの一番に破壊されたから、妨害魔法の類が外れたってことですかや?」
アルスに続くように、魔力伝達していたキシアと、蔦を伸ばしていたカゲツも続く。
地下の空間が破壊されたから、妨害魔法が止まったと考えているようだ。
回復魔法で呻いているルドーの手元で、聖剣がパチッと弾ける。
『いいや、あの古代魔道具が妨害魔法張ってたんだ。あれが暴走したから外れたんだろうな』
「……あの願いの兵士か?」
『多分、水源を封印するのと同時か、王族の生き残りが来たら、自動発動するようになってたんだろうな』
呻きつつ聞き返したルドーに、聖剣は分析でもしていたのか、考え込むように答えた。
妨害魔法がいつから張られていたかはわからないが、少なくとも原因は、あの願いの兵士。
あれが水源を阻むように、周辺への侵入や、連絡も阻んでいたようだ。
願いの兵士が暴走したために、貼られていた妨害魔法も解消されたという事らしい。
「ルドーくん、回復中のところすみませんが、水源の報告だけでもよろしいですか?」
ルドーと聖剣の会話を聞いたヘーヴ先生が、走りながら他の先生と通信しつつ視線だけ向ける。
話に出てきた古代魔道具の名前から、ルドー達が古代魔道具に遭遇、つまり水源があったと察したようだ。
だが、水源はあっても、肝心の水はなかった。
受け入れがたい事実だが、それでも伝えなければならない。
「……古代魔道具も水源も見つけたんすけど、水、三十年前に枯れてたみたいです」
「えぇ!? 水源はあっても水はなかったでことですかや!?」
『ちょっと、変な蔓の出し方にしないで。固定しにくい( ˘•ω•˘ )』
「うるさいですやよ!」
回復魔法の痛みに呻きながらルドーが答えれば、現地民のカゲツが、驚愕の大声をあげる。
カゲツが動揺で生やしていた蔦が激しい絡まり方をして、放射魔道具の魔法薬で硬化しているノースターが苦言を呈していた。
ルドーとずっと同行していたヒルガも、同意して激しく頷く。
「マジマジマジっす! 俺も見たんで間違いないっす! どうすればいいんですか、水不足解消されないどころか悪化しました助けてください!」
「それどころか、この事実が表に出たら、今までの暴動どころじゃすまないですやよ。普通にかなりまずいですや!」
ヒルガの言葉を聞いて、カゲツは戦慄していた。
マー国の治安の悪さは、水不足が起因している。
今までは、水源を封印した王族の失踪という原因から、暴動は起こっても、水源の封印さえどうにかなればという希望が、少なからず住民に作用していた。
それが無くなれば当然、住民の怒りの矛先は、水が無かった国に向く。
下手したら暴動どころではない、内乱になって今まで以上の国内不和を招く。
そうなれば、人の不安に集まる魔物が、中央魔森林から大挙して押し寄せる魔物暴走になりかねない。
判明した事実に、ヘーヴ先生が苦い顔をした。
「……なるほど、そもそも水が無かった。見落としていたのはそれですか」
「先生、どういうことですか?」
「今にして思えば、廃れた街とはいえ、水源の近くに来ているのに、妨害魔法だけと、警備が軽すぎました」
疑問を呈したトラストに、ヘーヴ先生が推測を述べた。
ワスラプタの防衛機能も、今思えば古代魔導具の願いの兵士によるものなのだろう。
ワスラプタそのものが動く罠に変えられていた割には、地下空間の妨害は、通信と転移の妨害だけ。
水源を妨げる妨害の数があまりにも少な過ぎた。
先生方が地下空間に入ってから感じていた違和感の正体がこれだ。
ヘーヴ先生の話を聞いていたキシアも、納得するように前を向いて、魔力伝達しながら頷く。
「……言われてみれば、確かにそうですわ」
「守るものなど、水など最初からなかった。分かってしまえば、この警備の薄さも、ワスラプタの防衛装置も納得がいきます」
少なすぎる妨害も、理由は単純なこと。
そもそもの水がないのだ、水を求めて辿り着いたところで、どうすることも出来ない。
守るものが最初からないのだから、防衛を過剰にする必要などない。
だからこそ、ワスラプタの防衛機能に、連絡手段と脱出手段を防ぐ、通信と転移の妨害魔法しかされていなかったのだ。
「その話、古代魔道具見つけたんなら……ルドー、レモコもいたのか?」
「……」
レモコをマフィアから引き上げようと同行していたアルスが、魔法を使って走りながら振り返った。
ルドーは迷う。
よりによって、女神深教の連中に付いて行ってしまっただなんて、アルスにどう伝えればいいんだ。
人を害することを幸福だと信じ切る、頭のイカレタ集団に。
止められなかったなんて、どうやっても言い訳出来ない。
何より女神深教に関しては、情報統制されたままだ。
詳しい内容を話さずに、どうやってアルスにこのことを伝えればいいのか。
「付いてっちゃったよ。ウガラシで暴れてたやつらに」
ルドーが回答に迷っていると、ルドーを抱えて運んでいたクロノが横から答えた。
どうやらその場にいなくとも、クロノは気配で大体察してしまっていたらしい。
ルドーが驚いて横にいるクロノを振り向いたが、前を向いたままの赤い瞳は、恐ろしいほど無だった。
クロノが今何を考えているのか、ルドーには全くわからない。
アルスは信じられないように、遅くなった足で走りながらもクロノに食って掛かる。
「……ウガラシの暴れてたって、あの化け物? 嘘だろ? あいつについてったって!?」
「自分から行っちゃったよ。まぁ、そういう口車が上手い連中だから、追い詰められて乗せられたんだろうね」
動揺に魔力伝達が乱れ始めたアルスに、クロノは顔も向けずに淡々と事実だけ告げる。
話を聞いたキシアとビタも、クロノの方を向き始めた。
「……やはりあの方々について詳しく存じ上げておいでで?」
「付いて行かれたとは、ここにまた来ていたとおっしゃいますの?」
『ですから特等席で見ていただきたいと申し上げておりますのに!』
全員の頭に通信魔法が響いて、ルドーを運んでいたクロノが怯えるようにビタリと止まった。
クロノの肩に乗ったままのライアが、ルドーの回復魔法を続けながら、不安そうに小さな声をあげる。
「クロねぇ?」
「……追って来てる。急いで、走って!」
赤い瞳を光らせて振り返ったクロノが、後方下方に視線を向けたまま叫んだ。
厄祈願と歩く災害のボスは、地下で暴れながらこちらに向かって来ている。
階下の崩壊の音がはっきりと聞こえ始めて、全員が危機感に焦り足を速め始めた。
何もしてないヒルガが、我先に逃げようと前方で走り始める。
「いやああああああああ! さっきの化け物の声ええええええええ!」
「レモコが一緒にいるやつが来てるなら……!」
「付いてったのはあいつじゃないしもういない! 一緒によくわからない化け物も来てる、いいから走って!」
アルスが立ち止まろうとしたが、クロノが喝を入れて走らせ続ける。
遠くに殺気が絡んだ咆哮が聞こえた。
歩く災害のボスは、どうやら相当虫の居所が悪いようだ。
ぞっとしたルドーは前方に叫んだ。
「エリンジ! 採掘速度上げてくれ!」
「今している!」
先頭で答えたエリンジは、既に砲撃魔法の連射速度を増やしていた。
それでも背後から響いて来る破壊の轟音は近付いてきている。
聖剣も慌てるように、ルドーの手の中でバチバチ雷が弾け始めた。
『あいつの威力でも一人で地上まではまだかかる! ルドー、動けるなら俺使え!』
「お兄ちゃんまだ!」
「ルドにぃまだ治ってない!」
回復魔法をかけるリリアとライアが慌てるも、ルドーは危機感から自分の足で走り始めた。
「悪いリリ、ライア、回復は続けてくれ! クロノ!」
「前に連れてけばいいんでしょ! 早く、上から二層目は抜けてる!」
「足場の作成急ぎなさい!」
「雷閃!」
地上を目指し、先頭を掘り進めているエリンジの隣に強引に引きずられて行ったルドーは、聖剣を大きく振り下ろした。
エリンジの虹魔法の砲撃に、聖剣の雷魔法の砲撃が追加される。
ガラガラと前方で岩が崩れるような音が響く。
明るい空間に、地上に出たのかと全員が息を吐く。
「チッ、またここかよ! おいまだ上だぞ、足場急げ!」
見覚えのある場所なのか、カイムが怒鳴り声をあげた。
崩れた建物のような瓦礫が散乱し、鍾乳洞のつららがはるか上に並ぶ空間は、明らかにまだ地下だ。
トラスト、ビタ、カゲツ、ノースター、アルス、キシアが慌てて足場をまた作り上げる。
遥か上の地上を目指し、鍾乳洞のつららが並ぶ天井に向かって、足場がぐんぐん伸びていく。
ルドーはエリンジと共に砲撃魔法を再開したが、しばらくして唐突にクロノが肩を外して、一瞬足場がぐらついた。
そんなルドーの様子も気にせず、クロノは回復魔法を続けていたライアをルドーの肩に押し付ける。
クロノの様子にライアが混乱し、反対側にいたリリアも驚愕に視線を向けた。
「クロねぇ!?」
「クロノさん!?」
「もう自力で走れるでしょ! 三分で戻る、そのまま走り続けて!」
「おい! どこ行きやがる!?」
「何をする気ですか、戻りなさい!」
足場を反転して全員の横を通り過ぎ、恐ろしい勢いで足場を下り始めたクロノに、カイムとヘーヴ先生が前方から呼び掛ける。
だがクロノは全く止まろうとしない。
雷閃の砲撃を続けながら、顔だけ振り返ったルドーも声をあげる。
「こんな時になにしてんだ!?」
「うるさい、すぐ戻るから走って! “右腕筋力負荷解除”!」
下っていくクロノから、バチンと大きく何かが外れる音が広い地下空間に響く。
「えぇ!? バフ状態ならまだしも、デバフ状態かかってたんですか!?」
『うっそだろ!? あれでデバフ状態だと!?』
足場を作って走っていたトラストが行った、観測者の解析魔法に、聖剣でさえ驚愕の声をあげた。
デバフ状態。
ルドー達が誰も勝つ事が出来ないクロノは、素の状態でデバフがかかっている事実が判明し、全員が走りつつ驚愕する。
「セイヤァッ!!!」
ダンと大きく跳躍したクロノは、デバフ状態を解除した右手を大きく振るって、ルドー達が来た地下空間の床めがけて全力を振り下ろした。
瞬間、走っていたルドー達の足場が大きく揺れ動かされる。
地響きのような恐ろしい威力の音が鳴って、地下空間の床全てに一斉に亀裂が入り、ガラガラと崩れ始めた。
崩れ落ちる空間に、ルドーは一瞬置いてきたニグが頭の中を過ってしまった。
一撃を入れたクロノは、そのまま反動で大きく跳び上がる。
だがその瞬間、割れた亀裂から、大量の瘴気が噴き出した。
かなりの濃度の瘴気が、地下から魔物と一緒に吹き上がっている。
様子を察した聖剣が叫んだ。
『地下の古代魔道具、暴走が早いぞ。急げ!』
「クロねぇ!」
ルドーの肩でライアの叫び声が聞こえる。
流石に何もない空中では、クロノも体勢を変えることが出来ないようだ。
想定以上に溢れた瘴気の勢いに吹き飛ばされたクロノは、驚いたように目を見開いたまま落下を始めた。
落下していくクロノに、カイムの髪が即座に伸び、ガシっと掴んで手繰り寄せた。
慌てた様子で引き上げつつ、カイムは逆さに掴んだクロノに向かって怒鳴り声をあげる。
「アホ、なにしてんだよ!」
「ごめん、助かった!」
「床ぶっ壊したら、地下全部崩れるっつったのてめぇだろ!!?」
「だからだよ! 厄祈願もよくわかんない怪物も、諸共生き埋めになってくれたら、こっちとしては助かる!」
先を走るルドー達の傍に降ろされつつ叫んだクロノに、ヒルガが悲鳴をあげる。
「俺達ももれなく巻き込まれるんですけどおおおおおおおおおおおお!?」
「だから言ってんでしょ! 走って!」
「そう言う事は先に報告しなさい!」
余りにも勝手すぎるクロノに、ヘーヴ先生も苦言を叫んだ。
ルドー達のすぐ背後で大きく崩れ始めた空間と、噴き出す瘴気にあふれ出る魔物。
全員半狂乱になって脱出作業に夢中になった。
「めちゃくちゃですやああああああああ!!!」
「せめて一言言ってからやってくれないかなぁ!!?」
「これだから身勝手に動く方は!」
『やだぁ! 死にたくない!!!(; ・`д・´)』
「落ち着きなさい皆さん!」
カゲツ、アルス、ビタが叫び、ノースターが大きな魔法文字を浮かべた。
若干パニックに陥った全員に、ヘーヴ先生が落ち着かせつつ作業を急がせる。
外を目指して、広大な地下空間に、どんどんと足場が伸びていった。
トラストとビタが魔力伝達の変化魔法で土台を作り、カゲツが植物魔法で蔦を生やし、ノースターが硬め、アルスとキシアが魔力伝達で強化した氷魔法で、その足場を伸ばしていく。
「採掘急いでくださいまし!」
「いまやっている! 足場を早く天井まで伸ばせ!」
「鍾乳洞のつららに気を付けて!」
地下空間の天井が近付き、キシアが声をあげれば、エリンジは虹魔法の砲撃を再開する。
砲撃の衝撃や、崩壊する地響きに、落下してきた鍾乳洞のつららから全員を守ろうと、リリアが即座に結界魔法を張った。
結界魔法に、パキパキと落下してきた鍾乳洞のつららが割れていく。
パキンとリリアの結界魔法に当たったそれに、ルドーは必死に考えを振り払った。
「あぁもうやるっきゃねぇ! 雷閃!」
「地上まであと少しです!」
エリンジと一緒にルドーも聖剣を振るう。
エリンジの虹魔法と、聖剣の雷魔法の砲撃が合わさり、恐ろしい勢いで地上を目指して掘り進めて行った。
トラストの言葉通り、間もなくしてバカンと掘り進めた先が割れて、久しぶりの日の光が上の方から覗かせはじめる。
「もう空間が持ちません! 早く!」
「地表の砂が流れ込んできますわ! このままでは脱出が……」
「空間停止!」
眩しい光が注いだと思ったら、一斉にざらざらと砂が降り注ぎ、脱出に躊躇した瞬間、ヘーヴ先生が指差して叫ぶ。
途端にビタリと砂が動きを止め、岩のように固まって動かなくなった。
「今の隙に脱出を、早く!」
内部の地下空間が崩れ、連鎖崩壊していくワスラプタの町が、大きな砂煙にのまれていく。
なんとか脱出したルドー達は、近場で待機していたネルテ先生を筆頭に、教師たちによって飛行魔法で即座に救助された。
厄祈願も歩く災害のボスも、ワスラプタを一望する砂丘の上からでは、もうどうなったのかわからない。
「……」
『どうしようもなかった、あんまり引き摺るな』
聖剣が労るように、小さくパチリと弾けた。
縁祈願に殺された、ニグの顔がルドーの頭にちらつく。
連絡が取れなくなった祖父を、探しに来ただけの、只の農村の少女。
ニグの祖父も、もしワスラプタに残ったままでいても、もうこの崩落に巻き込まれているだろう。
全員がワスラプタから脱出し、安全になったはずなのに、ルドーにはやるせなさだけが残っている。
『……ルドー』
「わかってる、わかってるよ……」
咎めるような聖剣の声に、ルドーは重い腰をあげる。
崩れていくワスラプタの地表から、溢れ出した瘴気が少しずつ増えてきていた。
ワスラプタの地下深くで、水源を守っていた願いの兵士は、今も暴走したままなのだろう。
このままでは瘴気が溢れて、魔物が大量発生する。
古代魔道具を破壊できる聖剣を、それを持つルドーが、願いの兵士を破壊しなければならない。
他でもないルドーがやるしかないのだ。
ルドーの動きから、察した周囲が黙ったままゆっくりと背後に下がる。
一人ワスラプタに取り残された少女の姿だけが、ルドーの頭にへばりつく。
「ニグ……ごめん。雷竜落」
力なく呟いて、大きく聖剣を振り上げた。
雷雲に真っ暗になった空から、竜のような姿をした巨大な雷が、ワスラプタの町を飲み込んでいく。
『何の罪もない、助けを求めている人を、殺す覚悟を、背負える?』
「古代魔道具がどのようにして作られたか、知っていてそれを振るっているのか!?」
夢の中の泉で見た少女と、勇者狩りの言葉が、残響のようにルドーの中に木霊していた。




