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第二百七話 水源の真実

 

 ワスラプタ地下、下から二層目、二重構造の地下迷宮。

 道すがら遭遇する線連の相手を、次々と屠っていく。


空間停止(フロアストップ)


 それぞれが武器を手に持って押し寄せていた線連を指差し、ヘーヴが一言告げる。

 途端に武器を振り上げた姿勢のまま、線連は一斉にビタリと止まって動かなくなった。


「はぁ、数が多すぎる。制圧しても制圧してもキリがない……」


 何度目になるかわからない、線連の無力化。

 ヘーヴは大きく溜息を落としながら周囲を見渡す。


 薄らと砂にまみれた通路には、散々拘束してきた線連の連中が、あちこち乱雑に倒れたまま動けなくなっている。


 ワスラプタの罠に落下してから、かなりの時間が経過していた。


 一年だけでなく、二年、三年と、エレイーネーの担任ほぼ総動員しての今回の戦闘。

 想定外ばかり続き、ここまで時間が経過して、敵味方双方これだけ探して見つからないとなれば、結論は一つ。


 この階層に、水源は存在しない。


「せめて、ワスラプタの罠だけでも停止させたいのですが……一体何を見落としているのか」


 他の階層と繋がる階段と思しき場所は発見できたものの、そこはとっくの昔に崩れたのか、瓦礫に埋まって動かすことが出来ない。


 ワスラプタの罠の制御が、階段周辺にあることだけはない。

 もしそこに存在するならば、崩れた瓦礫に巻き込まれ、とっくに罠は解除されているはずだ。


 水源の確保と罠の解除。


 その目的ゆえに、分散したほうが効率は良いと、各自散開して捜索に当たっていた。

 だが複雑な構造に、たまに合流しての情報交換は著しく良くない。


「確実に何か見落としていることがあるはずだよ」


 一度合流して解散した、ネルテが語った女の勘。

 こういう時、彼女の勘はよく当たるものだと、ヘーヴは経験則から察していた。


 見落としているものがあるとして、それは一体何なのか。

 顎に手を当てて考えながらヘーヴが歩いていると、唐突に前方の通路に砂が大量にざらざら流れ落ちた。

 遠い場所の戦闘衝撃に落ちてくる量とは明らかに違う。


 落ちてきた砂の山が蠢く。

 たった今ワスラプタに来た何者かが、ヘーヴ達と同じように罠にかかり、ここに落ちてきたのだと察した。


 ヘーヴは即座に臨戦態勢を取る。

 そして起き上がった女性の姿を見て、驚きに目を見開いた。


「あなた、トルポの勾留所では。なぜここに……!」


 ざらざらと砂を散らしながら立ち上がったのは、今にもはだけ落ちそうな着物を着た、妖美な女性。

 クロノがモルフォゼで気絶させて拘束し、トルポで拘束されていたはずの人物。


 レモコと行動を共にしていた、鉄線元幹部の女性だった。


 ふらりと立ち上がった女性に、ヘーヴは警戒しながら構えて観察する。

 女性は足元から大量に血が滴っており、明らかに力技で、拘束か何かしらから強引に抜けて、脱走してきた姿だ。


「レモコ……」


「待ちなさい! 逃がすわけには――――」


「ヘーヴ先生!」


 一言呟いた女性は、足のけがなどないかのように、恐ろしい脚力で通路を走り出す。

 ヘーヴがすぐさま追おうとするも、背後から聞こえてきた生徒の声。


 今逃走した幹部級の女性と、流石に疲労しているだろう生徒を遭遇させるのはまずい。

 走り去っていく女性を前に、ヘーヴは咄嗟に踏みとどまった。


「先生! お兄ちゃんが! お兄ちゃんが!!!」


「リリアさん?」


「リリア! 落ち着け!」


「ひとまず状況を話して下さい!」


 リリアを追いかけてきた様子の、集団で行動していた他の生徒達も続々と追いついて来る。


 半狂乱に陥った様子のリリアと、わけもわからず走り出したリリアを追いかけてきた様子のエリンジ、トラスト。

 それに続き、ビタ、キシア、アルス、カゲツ、ノースターがバタバタと走り寄って来ていた。


「先生! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが怪我して! 重症です!」


「怪我人探知か」


「なんですかそれは」


「あの、私! 聖女の回復魔法のお陰か、怪我した人の居場所が分かって! それで、ついさっきから、兄が急に大怪我負ってて、しかも回復する様子が全然なくて!」


「兄というのは、双子の兄のルドーくんですか? 重症ですって?」


「妨害魔法を突破してわかるんですか?」


 半分パニックに陥っているリリアを宥めつつ、ヘーヴとトラストが聞き返し、状況を説明させる。

 どうやらリリアの聖女の役職効果かなにかで、双子の兄のルドーの負傷から、その居場所が正確に把握できているらしい。


「落ち着きなさい、重傷なら救助が先です。居場所はどこに?」


「ここよりずっと下です! でも、どうやって下に行けばいいか、わからなくて!」


「……ここより下ですって?」


 リリアの主張に、ヘーヴも含めて、その場の全員が驚きの声と表情を浮かべた。


 この階層からは、通路がどこも行き止まりになっていて、下にまだ階層があると推察する材料がなかった。

 階段のあった場所も崩れて埋まっていたため、上に続く階段こそ確認できても、下に続くものがあることも同様に確認できていない。


 だれも気付けていなかった下の階層に、ようやくリリアが気付くことが出来た。


「――――! 確かにここより下に空間があります! 妨害魔法がより強固で、ぼやけて上手く見えませんが……」


 トラストが即座に下を向いて、観測者の探知魔法を使う。


 眼鏡の奥に瞳を黄色く光らせ、探るように細める。

 だがトラストの観測者の役職を使っても、上手く探ることが出来ない様子だった。


 トラストの反応に気を急いたビタが、トラストの首を掴んでガクガクと揺すり始めた。


「なんでここより下に空間があると考えませんでしたの!?」


「下に続く情報ないのに、気付けませんやよ!」


 首を揺さぶられ目を回し始めたトラストに、カゲツが慌ててビタを引き離しながら叫ぶ。

 一方でアルス、キシア、ノースター、エリンジが、ルドーを探すように、目線を下に向けながら話し合い始めた。


「ルドーは素で回復使えないよな……」


「リリアさんの言う通り、重症ですとまずいのでは?」


『回復魔法薬は渡してるけど……』


「落下の衝撃で割った可能性はある」


 この階層より下に、さらなる階層があることはわかった。

 だがそこに行く方法が、この場に居る誰にも見つけることが出来ていない。


 階段のあった空間は一番脆くなっていて、下手に攻撃を加えることが出来ない。

 何より瓦礫の数が多すぎて、どこまで続くかわからない深さ。


 攻撃魔法で瓦礫を撤去し続けるには、まだ通路に散開したままの線連が邪魔だ。


 焦るリリアを生徒達が必死に宥め、ヘーヴが何かないかと考える。


 すると今度は大きな喚き声と共に、ゴロゴロと人が転がってくる音。

 唐突にヘーヴ達のいる通路の、すぐ傍の壁がガコッと開いた。


「だああああああくそがぁ! まともな降り方ねぇのかよここはぁ!」


「もう一回! もう一回!」


「降りちゃったからもう一回はないよ、ライア」


「カイム!」


「クロノさん!」


「なんでまたライアさんもいらっしゃいますの!?」


 開いた壁から転がり落ちてきた、カイムの長い赤褐色の髪に絡まっている、クロノとライア。

 三人絡まるようにしながらそれぞれ喚いていたところに、エリンジ、リリア、キシアが叫んで駆け寄る。


 明らかに別階層からやってきた様子の三人。

 新しい情報はないかと、ヘーヴも駆け寄り、全員がわらわらと一斉に集まった。


「クロノさん! お兄ちゃんが危ないの! 何か方法ない!?」


「ルドにぃがまたピンチ!?」


「わかってる、わかってるからリリア。ちょっと落ち着いて、揺するのやめて」


 カイムの髪からバフッと脱出したクロノに、リリアが即座に掴み掛って揺すりまくった。

 リリアの報告に、横でライアが慌てるように両手をバタバタ振り回す。


 ガクガク激しく揺すられたクロノが、リリアの肩をガシッと掴み、一旦落ち着けとひょいっと上に持ち上げる。

 リリアの言葉に、倒れていたカイムも険しい表情で即座に立ち上がった。


「あいつが危ないって?」


「気配はまだ動いてるけど、弱ってるのは確か……待って、待って!?」


 赤い瞳を下に向け、反応を確かめるように動かしていたクロノが、突然掴んでいたリリアを手放した。

 落とされたリリアに、エリンジが咄嗟に駆け寄り、なんとか支えて非難の声をあげる。


「なにをしている!」


「なんでいるの? なんでいるの!? さっきまで反応なかったのに!」


「クロノさん?」


「おい、落ち着け!」


 後退ってドスッと壁にぶつかったクロノが、そのまま怯えるように両手で腕を押さえ、背を丸め始めた。

 クロノの怯えぶりを見たリリアが、覚えがあるのか途端に真っ青になり、カイムも慌ててクロノに駆け寄る。


「……クロノさん、あれですか?」


「……いる。ルドーの、すぐ傍」


 クロノの反応に、ヘーヴが確認するように小さく問いかければ、クロノは帽子を押さえつつ、震える答えで答えた。


 女神深教の、不老不死の祈願持ちが、ルドーのすぐ傍まで迫っていた。








「ちょっと、ちょっと! 水なんてどこにも……いやあるはず、ぜったいにあるはず!」


 大きな扉を開いたレモコが、岩人形に乗ったまま叫ぶ。

 ドスドスと中に音を響かせ、どこかに水はないかと、必死の形相レモコはその中に入っていった。


「水源どころか、水そのものが、ない……?」


『どういう事だよこりゃあ』


「え、あの、これ俺の国、どうなっちゃうんです?」


 大きな声で叫びながら、扉の向こうで水を探し続けるレモコを、ルドー達は呆然と眺める。


 マー国の国の乗っ取り。


 ここまで大きな騒ぎになった元凶の水源が、そもそも存在しないなんて、ルドーは考えてもいなかった。


『……おい、扉の裏、なんか掘られてんぞ』


「え?」


 どうすればいいかわからず呆然としていたルドーに、聖剣(レギア)がパチッと扉に小さく雷を飛ばして指摘した。


 レモコが開けた、見上げるような大きな両開きの扉の裏側。

 指摘されて、ルドーが近寄って見てみれば、扉には文章が彫り込まれていた。


 “

 遠路はるばるここまで来た王族の誰か、ご苦労様だった。

 残念ながら見ての通り。

 ワスラプタの水は、以前私の不在時に侵入した貴族によって、水源を断たれた。

 国民に知られればパニックに陥るため、この秘密は私が墓まで持って行く。

 マー国は水源を失った。

 このまま緩やかに滅びゆくだろう。

 倫理の理を曲げて、水源を扱い続けた国の末路だ。受け入れるしかない。

 最後に、古代魔道具、願いの兵士は、もう命令を受けない。

 この扉の前から移動することを、最後の命令として命じた。

 無駄な足掻きはしない事だ。


 最後の国王、レモスペディア

 “


「マジかよ……」


 書かれていた内容に、ルドーは絶句した。


 マー国の水源は、確かに封印されていた。

 ただし、中に水が全くない状態で。


 以前マー国の王族が、ユランシエルが没した魔物暴走(スタンピード)で行方不明になったために、水源が封印されたまま、水不足になったとルドーは聞いていた。


 違ったのだ。

 元々水源など存在しなかった。


 マー国王族が外交の度に、水源を古代魔道具で封印する習慣がついた元凶。

 金儲けに目のくらんだ貴族が、国王不在時に水源に侵入し、水を独占して高値で売り捌いて逃亡した事件。


 その時点で、ワスラプタの水源は滅してしまっていたのだ。


 マー国王族が三十年前行方不明になったのは、偶然ではなく必然だったのかもしれない。


 ルドーの横で同じように文章を呼んでいたヒルガが、何度も何度も読み返して、間違いはないと悲鳴をあげた。


「うええええええええ!? これ、水、三十年前からもうなかったのぉ!?」


「水が無かったら、マー国が乗っ取れなかったら、私の線連の立場はどうなるんですかぁ!!?」


 かつての地底湖のようなものだった場所で、レモコが大きく叫びあげた。

 魂の叫びともいえるように悲痛な声に、ルドーは意味が分からず眉を顰める。


「マフィアの中の立場なんか知るかよ……」


『やめりゃいいじゃねぇかよマフィア』


「だからそれは、恵まれた運の良い奴が言えるセリフだって言ってんですよぉ!!!」


 ルドーと聖剣(レギア)の呟きに、レモコの岩人形の腕が真横にドカンと飛んできた。

 まるでロケットパンチのような動きに、琴線に触れてしまったかとルドーは戦慄する。


「普通の生活が送れない奴が、裏社会にしか存在を許されない人間が! どうやってマフィアを辞めれるっていうんですかぁ! レッテルは一生付いて回る、最初からババ引いた人間は、泥啜って必死に生きてくしかないって、どうしてわからないんですかぁ!!!」


 叫びあげるレモコは、完全に常軌を逸していた。

 バチバチと身体に埋め込まれた魔道具が、感情に呼応するように、激しく光り輝いて渦を巻き始める。

 レモコの周辺の岩場から、レモコが乗っているのと同じサイズの、巨大な岩人形がボコボコと新たに生まれ生えてきていた。


「助けに来なかったのはそっちだろうがエレイーネー! 私がここにいるのは、お前たちが来なかったからだろうがぁ! 偉そうに高説垂れ流すなぁ!!!」


「高説垂れ流してねぇだろ! 普通に足洗えばいいだろうが!」


「それが恵まれたやつのセリフだっつってんですよぉ!!!」


『ルドー!』


 巨大な岩人形の一体が、恐ろしい勢いでルドー達に向かって突っ込んできた。

 横にいたヒルガの腕を掴み、咄嗟に横に跳んで間一髪で回避する。


 レモコはルドー達の背後にある古代魔道具の土人形に、ぎろりと睨む視線を向けた。


「あぁもう、さっきから一番肝心な奴が動かない! なんですか、なんなんですかぁ! そんなに私をばかにしたいんですかぁ!!?」 


「別に馬鹿になんかしてねぇだろ! 動かないようにしたって書いてあるし! いい加減諦めろよ!」


「マフィアは舐められたら終わりなんだよぉ!!! 新しく入った線連でこんなデカい失敗して、裏社会で生き残れると思ってんのかぁ!!!」


『マフィアの生存戦略か、道理でやたら必死だったわけだ』


 岩の床をヒルガと共にゴロゴロと転がり、ルドーの口からまた少なからず血が溢れた。

 起き上がっているところをレモコに叫ばれ、聖剣(レギア)が呆れてパチリと弾ける。


 古代魔道具を扱えるはずの王族の生き残りなのに、その古代魔道具が使えない。

 その事実は、新しく入ったレモコの線連での立場を、かなり悪いものにしていた。


 国を乗っ取るだけの大規模な作戦を立てたのも、本当に古代魔道具を扱えるかどうか、マフィア内での試し行為。

 線連の数が多かったのも、国の乗っ取りの大規模作戦という意味合いの他に、レモコが作戦を実行しきれるか見張りの意味も含まれていた。


 それが失敗に終わった今、レモコは線連の中で役立たずのレッテルを張られ、粛清される立場になってしまっていたのだ。


 レモコがこれまでマフィアでどのようにして生きてきたか、ルドーにはとても想像など付かない。


 だからレモコがどれだけ危機的な状況に陥っているか、今のルドーには理解しきれていなかった。


 何度も血を吐いて、また視界が霞み始めたルドーに、レモコは気迫の迫る表情で睨み付ける。

 後ろで一緒に転がっていたヒルガが、痛みに呻いている。


 そんな中、唐突にパチパチパチと、場違いな拍手の音が空間に大きく響いた。


「……ニグ?」


「あらあら、あらあらあらあら。可哀想に。苦しいわよね、辛いわよね、でも大丈夫。そんなあなたでも救われるから」


『おい……』


 血塗れで意識を失い、ずっと倒れていたはずのニグ。


 彼女が血にまみれたまま、ルドーには見覚えのある笑顔でパチパチと、レモコに向かって拍手をあげていた。

 狂気を孕んだ行動に、レモコも空気にのまれ、目を見開いたまま固まっている。


 違う。

 コイツは、祖父を探して、心配そうにしていたニグじゃない。


 警告するような聖剣(レギア)の声に、ルドーは戦慄し、息を荒くしながら後ずさった。


「ニグじゃない……嘘だろ、いつから? おまえ、ニグをどうした!?」


「あらあら、流石にわかっちゃったかしら? あまりにも可哀想で、ついいつもの口調で話してしまったわ」


「えっ、ちょ、なに急に!? 怖いなにこの人!? 俺一体誰助けてたの!?」


「ニグをどうしたって聞いてんだよ、縁祈願(ゆかりきがん)!!!」


 ルドーの叫びに、ニグの姿をしたなにかは、パチパチと叩いていた拍手を辞めた。


 どこまでもゆったりと微笑む顔が、ゆっくりとルドーの方を向いた。

 小さな悲鳴をあげたヒルガが、ルドーの後ろに隠れ込む。


 ニグだったものが、グネグネと蠢いて、形を変え始めた。


「この身体の子のこと? 可哀想に、普段から女神さまへの祈りが足りなかったのね。魔力と容姿を全て奪ったら、あっという間に骨になってしまったわ」


「……は?」


 言われた言葉の意味を、ルドーは理解できなかった。

 いや、正確には、理解したくなかった。


 ルドーがこの空間にたどり着くまでに、それらしい白骨死体は、既にいくつか目撃している。


 目の前のこいつに言われたことが事実なら。

 ニグを見失った時の、あの穴の周辺にあった血だまりは。

 人の命をなんとも思ってないようなこいつが、手を下してしまった後だとしたら。


 ニグは、もう。


『なんつーことを……』


「でも仕方ないわよね、祈りが足りなかったんだもの。祈りが足りないと助からない。でもあなたはまだ間に合うわ、哀れなお嬢さん」


 グネグネと、目の前のニグだったなにかは、ルドーの見覚えのある、金髪青眼の姿に変わり始めた。


 以前ルドーが攻撃し、文字通り陶器の様に割れて負傷した頭は、まるで包帯のような白い布が大量に巻かれている。


 女神深教の祈願持ちの一人。

 以前ルドーが倒せそうなほど追い詰めて、取り逃してしまった相手。



 いつの間にかニグと入れ替わっていた、縁祈願(ゆかりきがん)がそこに佇んでいた。




「私でも、助かるですって……?」


「そう! でも誰でも助かるわけじゃないの。選ばれた者しか助からない。あなたはその権利があるかしら?」


 縁祈願(ゆかりきがん)は、優しそうにニッコリと笑って、レモコに手を差し出した。


「話聞くな! こいつまともじゃねぇんだよ!!!」


「あら酷い言い草。でも大丈夫、決めるのは貴方。私に付いて来るのも、付いて来ないのも自由。すべては祈りが足りているかどうか。私が判断することじゃないわ」


 縁祈願(ゆかりきがん)に差し出された手に、レモコは明らかに揺れ動いていた。


 ルドーはレモコに向かって叫びかける。

 だがレモコの状況を理解していないルドーでは、まるで響くどころか聞こえている様子もない。


「選ばれた者だけ、助かる……?」


『だめだ! あいつの方なんとかしろ!』


「行くな! 雷せ……ぐっ!」


 レモコに手を伸ばしたままの縁祈願(ゆかりきがん)に向かって、ルドーは聖剣(レギア)を振るおうとした。

 だが激しく動いたせいか、胃からまた一気に血液が逆流し、口から大きく吐血してしまう。


 そうしている間にも、レモコは岩人形に乗ったまま、少しずつ縁祈願(ゆかりきがん)に向かって手を伸ばし始めていた。


「私は、私は、ギリギリでいつも助かる……!」


「良い子ね」


「やめろぉ!!!」


 雷閃になり切らない雷魔法が向かうより、レモコが縁祈願(ゆかりきがん)の手を掴む方が早かった。

 くすりと笑った縁祈願(ゆかりきがん)が、レモコと共に一瞬で消える。


「悔しいけど、今の私じゃ貴方をどうにもできない。代わりに心強い助っ人を呼んだから、彼女に相手してもらうわ」


「えぇ! えぇ! 私がみなさんに、この町の本来の美しさを見せて差し上げましょう!」


 縁祈願(ゆかりきがん)と入れ替わるように聞こえた声に、ルドーはぞっとした。


 震えながら周囲を見渡していると、ガンと金属を叩くような音が聞こえる。


 ルドーが慌てて背後を振り向けば、またしても見覚えのある女性。

 全身ガリガリの、緑チュニックワンピース、銀髪銀目の女性が、ホール中央に立っていた古代魔道具の人形を蹴り倒していた。



 縁祈願(ゆかりきがん)とはまた別の祈願持ち、厄祈願(やくきがん)だ。




「この町には、もともと水なんてないただの砂漠だったのに! 無理矢理水を設置して、岩や砂の形を作り替えて! なんて傲慢なんでしょう! 水は潰えた、ならあとは無理矢理作った虚栄の町を、もとあった砂漠に――――」


「ああアあぁあああァァあああアアあああアあぁァああアアあ!!!!!!!」


『下から!? 今度はなんだ!?』


 地底湖だったものの岩の底から、ドカンと大きく何かが爆発するように出現した。

 耳を貫く雄叫びを上げ、異様な化け物が厄祈願(やくきがん)の方へ、見えない速度で突っ込んでいく。


 厄祈願(やくきがん)の顔面を、握り潰す勢いで掴んだそれは、青白く光る土のドームの壁が破壊される勢いで叩きつける。


「あぁ、森から出てきましたので!? あなたもこの町の本来の美しさを目の当たりにしますか!?」


「アアあぁぁァアああ!? こロ、しタ!! コろシ、た!!! カってニ、つレだしテ!!!」


 全く意に介さない様子の厄祈願(やくきがん)を、そのままガンガンと、空間すべてが衝撃に震える勢いで叩きつけはじめた化け物。


 少年のような小さな容姿なのに、全身の皮膚を引き剥がしたような歪な姿。

 猫背より前かがみになって、ボコボコと背中の骨が角張っている。

 目だけが異様に大きく、ギョロギョロと焦点が定まらない動き。


「歩く災害のボス……!?」


 ルドーの手に全く追えない化け物が二人、ワスラプタ最奥の地下に現れていた。


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