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第二百二話 旧市街地での独白

 

 鍾乳石のつららが大量に垂れ、空いた穴から砂があちこち流れ落ちている、天井の高、い広大な地下空間。

 朽ちかけた古い居住用建造物が、不規則に建ち並ぶ地下の空洞で、大きな爆発音とともに煙が舞い上がった。


 砂煙が大量に辺りに舞い上がる。


「くそがああああああああ!」


 建物の一つが大きく煙をあげ、大きな音を立ててガラガラと崩れ落ちる。

 ブワリと大きく広がった赤褐色の髪が、周辺にいた線連の下っ端たちを一斉に捕縛していく。


 カイムは古い住宅街の中心で、手あたり次第に線連の下っ端どもを、赤褐色の髪で蹂躙していた。


 感情のままに暴れるカイムの背後に、線連の下っ端が見つからないよう回り込もうとする。

 しかし下っ端が、カイムに辿り着くより先に、パァンと何かを頭にぶつけられて倒れた。


「カイムー、勇者狩りとの負傷回復後なんだから、あんま派手にしてると、魔力切れで倒れるよー」


「そう思ってんならこっち来て戦えや!」


 離れた建物の上に座り込み、足を組んでプラプラさせているクロノに向かって、カイムは吠える。


 クロノはバキッと割った建物の建材を、ポンポンと石遊びのように、手元で投げては掴んでを繰り返す。


 感情のままに暴れまくるカイムの死角に回った線連の下っ端に、クロノは手に持つ建物の建材を、軽く腕をシュッと振って投げては、パァンと血が弾ける程強烈に当てて援護していた。


「だって、私はライアと一緒にいるしぃー」


「クロねぇ! 宝探し、今度はあっち!」


「はいはい、あっちね」


 クロノの傍の建物の上で、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、ビシッと建物の方向を指差したライア。


 建物をよじ登ってクロノに近寄っていた線連の下っ端に、クロノは持っていた建物の建材をまたシュッと投げつけ、パァンと叩き落とす。

 パンパンと軽く手のほこりを払った後、クロノはひょいっとライアを掴んで肩車したと思ったら、恐ろしい跳躍で建物から建物へと飛び移っていく。


「だああああああ! だから勝手に動くんじゃねええええ!!!」


 ライアを連れたクロノを追いかけ、カイムは建物の下から、線連の下っ端を髪で吹っ飛ばすように派手に蹂躙しながら走り始めた。


「お宝さがしー!」


 クロノの跳躍によって辿り着いた建物の中に、ライアが元気いっぱいに突撃していく。


 悲鳴をあげる線連の下っ端を多数、髪でぐるぐる巻きに拘束して叩き付けつつ、カイムは建物の上に髪を伸ばし、息も絶え絶えにようやくクロノに追いついた。


「他の奴も見つかってねぇのに! 勝手に動いてんじゃねぇよ!」


「大体場所は把握したよ。ここは四層構造、私たち以外全員別の階層にいる」


「先に言えや!」


 荒い息を落ち着かせようと、両手を膝に当てていたカイムは、クロノの返答に更に吠えた。

 感情に呼応するように、カイムの背後でわさわさ蠢く赤褐色の髪を眺めつつ、仕方ないとばかりに肩をすくめたクロノが説明する。


「今私たちがいるのは、一番上の階層。他の奴らは、ほとんど下から二つ目の層で集まってる」


「だったらとっととこの床ぶち抜いて合流しろや!」


 カイムが赤褐色の髪と一緒に地面を指差して怒鳴れば、クロノは困ったように肩をすくめた。


「それは無理」


「あぁ!? なんでだよ!?」


「この空間、古すぎて大分脆くなってる。建物壊すくらいならいいけど、私がこの空間支えてる床ぶち抜いたら、床どころか地下空間が崩落して、全員潰れておじゃんだよ」


 クロノの説明に、カイムは項垂れつつ手で目を覆って、盛大に低い溜息を吐いた。


 この空間にカイム達が落ちた時や、先程建物を破壊した際、カイムも察してはいた。

 どうにもこの空間の建物はかなり古く、経年劣化のせいかやけに脆くて、簡単に崩れる。


 そしてそれは、この空洞そのものも。


 合流しようとして床を抜いて、一番上のこの層が崩壊したら、下の層ももれなく巻き込まれる。

 カイム達にとって一番簡単な床を抜いての合流は、使えなくなった。


「要するにあれか。他の奴と合流するには、下に行く階段かなんか見つけて、地道に降りるしかねぇってか」


「まぁね」


「だからって、なんでライアに好き勝手させてんだよ!?」


 カイムは次に、ライアがお宝さがしと突撃していった建物を指して喚いた。

 中からドッカンガッチャンと、家具やらなにやら全部ひっくり返している派手な音が聞こえる。


 ライアの無事を、建物の方に赤い目を向けて確認しつつ、クロノはまた困ったように肩をすくめて答えた。


「ここで禁止したら、見てない間にこっそり探しに行きかねなくて危険じゃん。それなら最初から許可与えて、ある程度動き制御したほうが安全だよ」


「だああああああもう! 先に言えってんだよそういうのはぁ!!!」


 クロノの返答に、カイムは頭を抱える。


 確かにクロノの言う通り、今ライアに宝探しを禁止すれば、カイムとクロノが見ていない隙に、こっそり探しに行こうとするのは、カイムは経験から容易に想像がついた。


 ライアの性格を鑑みれば、最初からお宝さがしに協力したほうが合理的。

 言われた通りではあるものの、カイムはクロノの相談もなしの事後報告に、無性に腹が立った。


「クロねぇ、お宝なかった! 次あっち!」


「はいはい、あっちね」


 建物から飛び出して駆け寄ってきたライアをまた肩車して、大きく跳んで建物を跳躍移動していくクロノ。


「だああああああ! さっきから置いてくんじゃねええええええええ!!!」


 一人取り残されたカイムは、ターザンのように髪を伸ばして二人を追いかける。

 経路に見かけた、散り散りになっている線連の戦闘員たちに、カイムは半ば八つ当たり気味に髪でぶん殴っていった。


 しばらくして空中を跳ぶクロノにようやく追いつき、カイムは建物の上を並んで滑空しながら、本来の目的を喚き叫んだ。


「合流すんなら階段探しだろ! なにしてんだよてめぇ!」


「だからライアに探してもらってんじゃん」


 肩の上で目を輝かせ、あっちあっちと指差すライアを、クロノは優しくポンポンと叩く。


「ライアが探してんのは階段じゃなくて宝だろ!」


「あぁ、そういえばそうだね」


 カイムの指摘にクロノは納得するように声をあげた後、肩の上のライアに、赤い瞳を優しく向けた。


「ライア、宝物って、大事に大事に隠されてると思わない?」


「たしかに!」


「つまり、秘密の地下通路にあるかもしれないよ?」


「秘密の地下通路! 探す!」


 クロノの肩の上で、キャッキャッと顔を輝かせるライア。

 それならあの建物は違うというライアの号令で、一旦クロノもカイムも近場の建物の上で立ち止まった。


 建物の上に止まった途端、カイムはクロノに詰め寄り非難の大声を上げる。


「何誘導してんだよ! てめぇが自分で探せよ! いつもの気配とかなんとかいってよ!」


「気配探知はあくまで人や魔物の気配だから、通路探しには向いてないんだよ」


 だからとんと見当がつかないとばかりに、クロノはライアを肩車したまま肩を大きくすくめた。


 クロノでも、地下に続く階段の場所は見当がついていなかった。

 こんな見たこともない構造の古い建物が続く場所では、カイムも階段に該当しそうな場所は思いつかない。


 崩れやすい古い建物。

 その建物周辺を、あちこち走り回っていた、マフィア組織線連の大量の下っ端。


 それを見るなり、カイムを掴んで、下っ端の方に放り投げたクロノの行動。

 カイムは盛大に項垂れながら、ギギッと首をクロノに回した。


「……てめぇ、それでわざと俺を怒らせて、建物壊させてたな?」


「あ、バレた? まぁその方が早いと思って」


 イタズラがバレたようにニヤッと笑ったクロノに、カイムは確信した。


 地道に探すのが面倒くさいから、カイムに建物を破壊させて、地下への階段を探していたのだと。


 クロノの行動理由が分かったカイムは、盛大に怒り散らした。


「てめぇでやれよ! いつもの怪力なら、十分出来るだろうがくそが!」


「私いつも経路無視して、壁とか建物壊してくからさ。そういう隠し経路探すの苦手なんだよね」


 困ったような苦笑いがクロノから返ってきて、それが嘘偽りない言葉だと、カイムには理解できた。


 こんな崩れやすい空間に、探している水源があれば、とっくに水が噴き出している。


 ならばこの階層に、カイム達が探している水源は存在しない。


 クロノがこの階層にカイム達以外の味方が誰もいないというなら、さっさと下に続く階段を探し、合流するのが最適解だった。


「あぁクソがぁ! 建物半分はそっちで壊して探せよ!」


「はいはーい、そんじゃ半分よろしくー」


「秘密の地下通路ー! クロねぇあっちが怪しい!」


「ほいほい、あっちね」


 ライアを抱えたまま苦笑するクロノが、跳躍して遠のいて行くのを確認してから、カイムは八つ当たりするように、今立っていた建物に盛大に髪を叩き付けて破壊した。

 脆い建物が、赤褐色のたった一撃でガラガラと崩れていく。


 前方の遠くから、大きな衝撃音と崩壊する建物の煙が発生する。

 ライアを背負ったままのクロノが、蹴撃で建物を破壊していく様子を、カイムは髪でターザンのように移動しながら眺める。


「いつもいつも、ほんと散々振り回しやがって」


 ぼそりと一人呟いて、カイムは視界を正面に戻した。


 目的がはっきりした以上、カイムは動きを考える。


 今やるべきことは、向かってくる線連の下っ端を倒しつつ、地下空間に続く階段の発見。

 それらしい場所はないかと、脆い建物を移動して破壊しつつ、カイムは上から目を凝らす。


 通り過ぎ様に、下の方を走っていた線連の下っ端を、カイムは移動しながら髪で叩いて、グルグルと縛り拘束して置き去りにする。


 線連は大元が鉄線から派生したマフィア組織。


 砂漠でクロノからその話を聞いて、今回他人事で事に当たろうとしていたカイムは、想定外の当事者意識に、腸が煮えくり返る思いだった。


 かつて同胞を、魔人族の仲間を拉致した連中が、この中にどれほど混じっている。


 この連中の中に、ライアたち三つ子を攫った奴はいたのだろうか。


 ここに落ちてから遭遇した線連の下っ端にそう考えただけで、カイムの目の前は真っ赤になっていった。


「俺の様子分かってたから、ぶん投げたんだろ。わかってんだよ……」


 煮えくり返るカイムの心境を察し、暴れて来いとばかりに、クロノはカイムを線連の下っ端集団に放り込んだ。

 カイム自身の手で下っ端を蹂躙することで、その鬱憤を晴らすべきだと。


 必要以上に手出しせず、あくまでカイムの身の安全のみの援護に回ったのも、線連の下っ端相手にむしゃくしゃしていたカイムに無駄に手を貸さないためだと、カイムも理解していた。


「なんでてめぇはいっつも、振り回しながら俺の事気遣ってくんだよ」


 遠くで発生するクロノの蹴撃による建物崩壊を眺めて、カイムは悪態をつく。


 クロノは圧倒的な身体能力で、魔物も魔法を使わず蹂躙する。

 鍛えていたからとクロノ本人が語っていたから、純粋に強くなる目的でもあるのかと、カイムも勝手に勘違いしていた。


 恐怖による逃避行動が、クロノをあそこまで化け物並みの身体能力に成長させていたなどと、カイムに想像も出来るはずがない。


「何を抱えて、何に怯えて、それでも俺の隣で戦うんだよ」


 どこまでもカイムを気遣ってくるクロノの心境が、カイムには把握しきれなかった。


 戻ってきたクロノの実の兄と遭遇して、カイムも見る限り初めて言葉を交わして。


 あの後クロノはカイムにまた縋り付いて、カイムがどれだけ慰めても涙が止まらず、一晩泣き続けていた。


 カイムにとってクロノは、三つ子を誘拐されて荒れていたときに、一番傍で支えてくれ、離れてからは三つ子を救いだして、カイムの元まで届けた、圧倒的な恩人で。

 それとクロノの兄のイシュトワールも、クロノを探して暴走した際に、クバヘクソまで赴いて助けに来た恩人だった。


 二人の恩人にカイムは、当然クロノにも、そしてイシュトワールにも、不実な対応はしたくなかった。


 だからこそ、理由はわからないが、カイムがクロノに感じた事実だけは話したいと、そうしてイシュトワールに伝えたのだ。


「あれは、嫌って避けてる様子じゃねぇ。あいつは、クロノは、理由があって家族を避けてる」


「ずっと家族避け続けてるのに、理由があるだって? どんな理由だ?」


「そこは相変わらず喋らねぇ。わかんねぇけど……俺はそう思う」


 はっきりした理由がわからず濁すカイムに、クロノの兄であるイシュトワールは、訊ねた寮の部屋の入り口で、怪訝な表情を浮かべていた。


「リンソウで、俺の横から逃げてった時と同じだ。あいつは何か守りたくて、逃げてる」


「……家族を守りたいから、避けてるってか?」


「確証はねぇ。ただ、普通の様子じゃなかった。だから、今は待ってくれ、頼む」


 カイムなりの必死の訴えだった。


 自分から接触を断つよう伝えておきながら、その事実に一晩以上泣くほど打ちのめされていたクロノを、クロノの兄であるイシュトワールに、諦めてほしくなくて。

 カイムの意図を汲んで、イシュトワールは硬い表情で口を強く結んでいた。


 次々と煙をあげて古い建物を破壊しながら、カイムは舌打ちする。

 建物から建物へと移動しては破壊し、そこに地下に通じる入り口がないか、確認しながら先に進む。


 線連の下っ端は、カイムが向かった方向の方が、圧倒的に数が多い。


 カイムの心情を察して、より多く対処出来る方向に導かれたのか。

 はたまたライアの身の安全を考慮して、クロノが相手の数が少ない方向に跳んでいったのか。


 飄々と話を受け流す態度に、カイムはいつもクロノの真意がわからないままだ。


 以前はその真意のわけのわからなさに、ひたすら苛立ったものだ。

 クロノは嘘はつかないが、本当のことも言いやしない。

 それが契約魔法で縛られたものなのか、他に理由があって話さないだけなのか、カイムにはわからないまま。


「ケッ、強いんだか弱いんだか、ほんとわけわかんねぇ……」


 それでもクロノが横にいてくれるなら、カイムは共に戦い続ける。


 どこまでも自分勝手で、どこまでも周囲を振り回して、どこまでも優しくて、そしてどこまでも自分で自分を傷つける。


 まだカイムの手が届かないせいで、その震える背中を守り切れないとしても。

 クロノが抱え込んでいる感情を、少しでも吐き出させることが出来れば。


「ほんと、くそ厄介な奴に惚れちまったもんだよ」


 苛立つ感情を抑えながら、カイムは片手で頭を抱える。

 少し離れた建物を、その圧倒的な身体能力で次々破壊し、煙を上げていくのを眺めながら。


 身内である三つ子と同じくらい、クロノを守りたいと願う感情を、カイムは一人噛み締めていた。


「建物ほとんど全壊でようやく見つけるとか、お互い通路見つけるのへたくそすぎて笑うんですけど」


「うるせぇ! 見つかったんならいいじゃねぇかよ!」


「秘密の地下通路!」


 きゃいきゃいはしゃぐライアを尻目に、カイムはクロノに噛み付く。


 この階層にいた線連の下っ端を全て捕まえ、建物もほとんど破壊されて、入ってきた姿が見る影もなくなってきた頃。

 カイムとクロノはようやく地下に続く階段を発見することが出来た。


 大きく溜息を吐いた後、カイムは改めてクロノに状況を確認する。


「他の奴らはどの辺にいんだよ」


「エレイーネー側は、エリンジとリリアが階層降りたから、ほとんどが下から二番目のところにいる。残りの線連の連中もほぼほぼ同じとこだね」


「ほとんどにほぼってどういうことだよ」


「ルドーとヒルガ、あと知らない奴が、一番下の層にいるんだよね。あと、一番厄介な標的も一人」


 赤い瞳を怪しく光らせながら、確認するように、クロノは下を向いて視線を走らせている。


「封印されてるっつー水源は?」


「そっちはわかんない。ただエリンジがさっさと降りたから、この先にもないと思う。下から二番目か、一番下」


 考え込むようにこめかみをトントンと指で叩きながら、クロノはカイムにそう返す。

 クロノに同意するように、ライアも答えた。


「一番大事なお宝は、一番下!」


「どうだろうねぇライア」


「適当に返事すんな」


「はいはい。カイム、構えていってね。この先、魔物の反応大量にあるから」


 下に続く真っ暗な階段を眺めながら、クロノが不敵に笑いながら警告する。

 ジトリとその様子を睨み付けながら、カイムはまた大きく溜息を吐いた。


「……例のあれが来て怖くなったら、すぐ言いやがれよ」


「……あんがと、そうするよ」


 女神深教の話題を伏せて出したカイムに、クロノは一瞬真顔になった。

 そのまま堪え切れないように小さく笑みを溢したクロノを眺めてから、カイムは先立つように、階段を下り始めた。


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