第二百一話 地下の集合墓所
冷え切った張り詰めた空気の中、エリンジは虹色の光魔法をハンマーアックスに灯しながら、通路を歩く。
先も見えない暗闇の続く古ぼけた通路。
古びて砂にまみれた石畳の床を歩くごとに、コツコツじゃりじゃりと、足音が響く。
「……反応わかんない。エリンジくん、お兄ちゃんの反応わかる?」
「妨害魔法が張られている。わからん」
「やっぱり……無事だといいんだけど」
周囲を照らす光る球体を小さく浮かべ、エリンジの横を歩くリリアが、不安そうに小さく呟いた。
エリンジは不覚を取っていた。
見通しが立たない状況で、斥候として先に進み、安全を確保しようとしたことが裏目に出る。
ワスラプタにエリンジが足を踏みかけた瞬間、全員が飲み込まれるほど大きく仕掛けが動き、気が付いたらリリアと共に真っ暗な通路に砂まみれで倒れていた。
流れ落ちる流砂にエリンジは息ができなくなって意識を失い、その通路まで運ばれたのだと想像はついた。
見渡す周囲にはルドーや他の者も見当たらず、妨害魔法が張り巡らされた空間を、エリンジはリリアと手探りで進んでいる。
「気が急いた。もう少し慎重になるべきだった」
「本当にね。次から気を付けてよエリンジくん」
繋がらない連絡に、エリンジはあの時対処を焦り過ぎていた。
その事を謝罪すれば、リリアは事実として受け入れ、励ますようなことはしない。
リリアはまだ自覚がないが、強者だからこその言葉だ。
「ここ、どこだと思う?」
「わからん。ただ転移魔法は使われていない。ワスラプタの地下であることだけは確かだ」
「そっか。じゃあ上に行けば出られるかなぁ……」
天井の上を想像するように、リリアは上を向いた。
やけに冷える空気の通路を、リリアと共にエリンジは進む。
「ここからどうするべきだと思う?」
「ルドー達を探すのは確定として、水源の捜索も続行すべきだ」
「でも、古代魔道具で封印されてるんでしょ? お兄ちゃんがいないと壊せないよね」
「場所だけ確保しておけばいい。マフィアに先手を取られるよりはマシだ」
エリンジは事実だけを淡々と述べた。
何も水源を、エリンジ達だけでどうこうしようという話ではない。
古代魔道具を破壊できる、同じ古代魔道具の聖剣レギアを持つルドーが、合流した際問題なく破壊できるように、水源を確保するだけのことだ。
横を歩くリリアは、不安そうな顔を浮かべている。
「ここに、水源があると思う?」
「ワスラプタの上都市部が全てあのように罠として動くなら、水源が上部にあると非効率だ。地下空間のどこかにあると見ていい」
エリンジはそう言って、周辺を探るように、上を向いて首を回す。
ワスラプタの表面都市部に人がいなかったのなら、エリンジ達と同じように、地下空間に入れられる罠が発動したと考えていい。
そうなると、あのワスラプタ正面入り口だけでは説明がつかない。
おおよそ、ワスラプタ全体が、あのような大規模な罠の状態に変えられている可能性が高かった。
水源がそんな場所にあれば、水の貯蔵ができないから非効率だ。
水の都として名高かったワスラプタの水源は、それを考慮すればきっとこの地下空間のどこかにある。
エリンジは確信を持って、水源を探すように周囲を見渡し続けた。
天井の石畳は、所々穴が開き、サラサラと砂があちこちから流れ落ちている。
意図されて開けられた穴ではない。
そこからある事実がエリンジには推測された。
「おおよそ、この空間はかなり前から手入れされていない」
「確かに、松明のような壁にかかる明かりもないし、人が通ってる形跡も見られないけど……」
エリンジに指摘されて、改めてきょろきょろと周囲を確認しながら、リリアも同意する。
警戒を怠らないまま、エリンジはさらに続けた。
「最初に罠に落ちた時、想定されていない穴に、複数落ちたのを確認した」
「想定されてない穴?」
「経年劣化で朽ちたのだろう。罠経路の壁が壊れ、大きく空いた穴が確認できた」
「い、いつのまに……」
罠に落ちて流されるままだったリリアが、エリンジが罠の中の様子を確認していたことに、驚きを隠せず狼狽える。
「罠に流されながらも、探知魔法で周囲を警戒はしていた。追撃の遠隔攻撃に備えてだ、覚えておけ」
「わぁ、それは確かに参考になる。ありがとうエリンジくん」
エリンジの説明に、リリアは感心したようにしつつ、言われたことを覚えるように小さく復唱し始める。
その様子をエリンジはしばらく眺め、リリアが覚えたように、よし、と小さく声をあげた所で、話を戻した。
「おおよそだが、この罠は、砂を使う事を想定としていない」
「えっ? こんなに砂まみれなのに?」
「水の都と言われていたワスラプタだ。本来は水路を使った罠だったと想定できる」
「つまり、あれ本当は水を使った罠だったってこと?」
「あぁ。だが水が枯渇し、干上がったところに、砂が風で入り込んだ。砂の方が水より若干重い。水路であれば問題なかったが、砂に変わった微妙な変化で、負荷がかかったのだろう。それで水路に穴が開いた」
「そこから私たちはここに落ちてきたんだね」
「そういうことだ」
コツンコツンと、通路に足音だけが響き続ける。
エリンジがハンマーアックスに付与した光魔法と、リリアが掲げる球体の光魔法は、同じような構造がずっと続くような通路を照らし続けた。
「……それ、お兄ちゃんたちもどこかで穴に落ちてるってことかな」
「おおよそそうだろうな、どこに落ちたかまでは分からんが」
不安そうな表情に戻ったリリアに、エリンジは続いた。
全員が同じ場所に落下していない理由。
罠の作動時の位置もあるだろうが、経年劣化し、砂の重みであちこちにあいた穴に、罠の中にいた全員が、枝分かれするように流されて行った。
だからこの場には落下の際近くにいた、エリンジとリリアしかいないのだろう。
想定外の別行動。
しかもこの地下空間には、マフィア組織線連が既に先行している可能性が高い。
下っ端戦闘員ならどうこうなることはないだろうが、問題は数だ。
クロノが話した情報から、線連は世界規模マフィア、鉄線からの派生。
マー国を支配下に置こうと動いたなら、相当な数の人員が動員されているはず。
エリンジとリリア、二人で対処できない数の戦闘員が来たら、逃げるしかない。
まだ地下空間の構造も把握しておらず、転移魔法も妨害魔法に阻まれて使えない。
現状では、下手に逃げたら袋小路に追いつめられる可能性もある。
ここまでまだエレイーネーはおろか、線連の誰とも遭遇していないのは、エリンジとしては逆に不自然なくらいだった。
妨害魔法が張られていても、至近距離の探知魔法ならば、エリンジの膨大な魔力でギリギリなんとかできる。
それでも探知魔法に、それらしいものは引っかからない。
状況は逆に良くない気がする。
漠然とした予感が、エリンジには感じられていた。
「ここ、やけに寒いけど、どういう空間だと思う?」
寒さに無意識に耐えるように、リリアが自身の両腕をさする。
確かに息が白くなるほどではないが、やたら空気が冷え切っている。
砂漠の地下は涼しいという話は聞いたことはあるが、それにしても冷えすぎている。
おおよそ意図的な冷えだ、そしてその原因はすぐにわかった。
「……集合墓所か」
通路の先に見えた部屋に入り、エリンジはそう声をあげた。
広めの部屋の壁一面に、人骨の頭がびっしりと並べられていた。
人骨の具合から、経過年数はかなりのもの。
おおよそこの地下空間と同じ年代のものだ。
大量の人骨を目にしたためか、リリアも流石に怯えてエリンジにしがみ付いて来る。
「何この量、見たことない……」
「古い国ではたまにあるが、魔物の発生源になり得る。現在はあまり推奨されていない」
しがみ付くリリアに、エリンジは慰めるでもなく、淡々と説明する。
国の風習や歴史によって、それぞれの遺体の埋葬方法は異なる。
しかし瘴気は魔力の淀みやすい墓所から発生することも多く、人の死という大きな不安が、周辺の魔の森から魔物を呼び寄せやすかった。
中央魔森林が大陸の大部分を覆い始めてから、死後の管理は女神教が、火葬によって管理することがどの国でもほとんどとなっている。
残された者の安全面からの考慮と、設置される墓は、遺族の心の整理のために必要として。
だがこの集合墓所は、それより以前の、国で遺体管理をしていた昔の時代のものだ。
「……エリンジくん、この臭い……」
「……確認する、そこで待て」
冷たい空気の中、うっすらと鉄の匂いがした。
リリアもエリンジもそれに気付いたが、リリアの怪我人探知に引っかからなかったという事は、その対象はつまり。
積み上げられた頭蓋骨の山を、回り込むようにエリンジが先に進めば、次第に臭いは酷くなっていく。
砂にまみれた石畳の奥の方に、何かが散らばるように落ちているのが、灯されたハンマーアックスの光魔法にうっすらと照らされた。
「……」
見つけたそれは、思ったより酷い状態だった。
獣か何かに食い散らかされたような、中身が散らばった、人の遺体。
擦り付けられるように散らばった赤い鮮血の具合から、そうなってまだ新しい。
残された残骸の様子を見るに、エレイーネー側ではなく、線連の下っ端のようなことだけは確認が取れた。
ここに人が見当たらないのは、どうやら理由がありそうだ。
そこまで理解したエリンジは、静かに、早急にリリアの元に戻った。
「……離れたほうがいい」
「なにかあったの?」
「死体だ。線連のものだろうが、人の手の加え方ではない」
エリンジの答えに、リリアが小さく息を飲んだ。
「……なにかいるの?」
「わからんが、人ではない」
「……その人は」
「もう事切れた後だ。今はこの場から離れる」
死体のあった奥の方に視線を向けたリリアの肩を、エリンジは強引に引っ張って通路に戻る。
線連の下っ端の魔法は、エレイーネーに比べればそれなりだが、それでも一般人よりは強い部類だ。
つまり、それだけ厄介な何かが、この地下で蠢いている。
先行していた鉄線もエレイーネーも、それから逃げたか、やられた可能性が高い。
少なくともこの近辺に水源があるなら、少なからず人が残っていて、戦闘に発展しているはず。
つまりこの近辺に、捜索対象の水源はない。
先行していた相手に出会わないのは、既にこの付近から離脱したとみていいだろう。
「この付近にいても良い事はなさそうだ。先に進む」
「でも先って一体どこに」
「なんでもいい、今は急ぐぞ」
焦る気持ちに比例するように、エリンジの足も自然と速くなった。
周辺警戒をする探知魔法に、何かが反応し始めている。
背後の集合墓所から、カタカタと乾いた音が鳴り響き始めた。
音に気付いたリリアも、エリンジから離れて、自然と自力で走り始める。
あそこには、大量の頭蓋骨しかなかった。
つまり、この乾いた音の発生源は、骨。
カタカタと鳴る音が、狭い廊下に響き、反響してどんどん大きくなっていく。
「なに!? なんなの!?」
「先程の墓所だけではない。他からも響いてきている」
「それってひょっとして……」
「あぁ、この階層そのものが、集合墓所の密集地帯の可能性が高い。急ぐぞ!」
廊下に響く残響は、背後からのものだけではなくなっていた。
あちこちから一斉に、まるで警報音のように響く乾いた音が、周辺を揺らし、天井の砂が音に響いて落ちてくる。
人ではない、魔法ではない、現在は推奨されない地下墓所で発生するとしたら。
魔物。
「リリア、浄化魔法をこの階層一帯にかけろ!」
「浄化魔法!?」
「俺の記憶が正しければ、厄介な種類の魔物が、ここに発生している可能性が高い!」
ガタガタと、背後からの音の質が変わり始めて、エリンジはリリアに指示を飛ばした。
魔物は基本、瘴気の濃度に呼応して発生し、大きくなればなるほど厄介さが増す。
ただ、逆に人の手から逃れようと、小さくなった例が存在する。
浄化魔法の届きにくい、死体の身体の中に巣食う方法だ。
瘴気の発生しやすい墓所で、管理が不十分だった場所に、その魔物の発生報告があった。
小規模魔物より小さくなった魔物が、遺体の中に入り込んで、遺体を操り、人を襲う。
ウガラシでパピンクックディビションが、古代魔道具の復活の首飾りで、屍を操っていたのとはまた種類が違う。
魔物が死体に取り付いているのだ。
死体を破壊しても、魔物本体を倒せなければ、すぐ別の死体に取り付いてしまう。
浄化魔法は魔物や瘴気を即座に霧散させるが、人体には人畜無害だ。
その性質を逆手に取った魔物が、本能的に生き延びるために身に着けた方法だった。
走るエリンジが背後を振り返れば、ガタガタと音を響かせて、墓所にあった大量の頭蓋骨が、一斉に追いかけてきていた。
頭だけになった頭蓋骨が、歯の部分をカタカタ噛み合わせ、それが一斉に通路に恐ろしく響き渡っている。
転がる大量の頭蓋骨が、石畳の上の砂を大きく巻き上げ、飲み込んでいった。
先程の墓所であの量の遺体だ。
この階層すべてが集合墓地であるなら、魔物がどれだけの数ひしめいているか想像もできない。
長い事放置され、管理されなくなった集合墓所は、迷い込んだ人間を取り込む、魔物の巣窟と変わり果てていたのだ。
背後から追い立てる大量の頭蓋骨に、リリアも顔を青くしてエリンジの話の意味を理解した。
即座にリリアは浄化魔法をブワリと大きく展開する。
エリンジ達を追ってきている背後の正面でカタカタ音を立てていた頭蓋骨が、中身を失って転がるが、その後ろの頭蓋骨までは届いていない。
カラカラと転がった頭蓋骨に、黒い影が即座に飛び、また新たな魔物がその中に入り込んでいく。
「っ、定期的に浄化魔法を掛けろ!」
「わっわかった!」
焦り叫ぶエリンジに、リリアも即座に次の行動に移る。
背後から迫る頭蓋骨の山は、どんどんその距離を縮めていた。
先程の墓所にあった線連の死体は、この魔物に食い散らかされた痕なのだろう。
この厄介なタイプの魔物は、死体があるだけ残存する。
浄化魔法を使える聖女の役職持ちでなければ、まともな足止めすらままならない程の数。
普通に戦っただけでは、この死体まみれの墓所では太刀打ちできないのだ。
だから先行していたエレイーネーも線連も、この場から緊急離脱した。
「先行していた奴らが離脱したなら、脱出口があるはずだ!」
「そこまで逃げればいいってこと!?」
「あぁ、俺が探知魔法で探す! リリア、浄化魔法で時間を稼げ!」
「わかったけど急いで! 今の様子だとあまり時間稼げないから!」
叫びながらリリアがまた浄化魔法を展開する。
だが先程と同じように、追ってきている正面の頭蓋骨の魔物を浄化し霧散はさせているが、その背後で陰になった頭蓋骨の魔物まで、浄化魔法の範囲が届いていない。
結界魔法で身を守ろうにも、周囲を囲まれれば逃げ場が無くなり、魔力が切れれば襲われる。
探知魔法で脱出経路を探すしかないが、周囲をひしめく魔物の数に、ノイズが走っていつもより探知魔法がうまく機能しない。
集中しろ、今ここでやられれば、エリンジだけでなくリリアまで危険に晒される。
エリンジ自身の失態でこの場に居るのだ、これ以上失態を重ねるわけにはいかない。
リリアが走りながら定期的に浄化魔法を展開するのを横目に、エリンジは周囲を必死に見渡す。
エリンジとリリアが歩いてきた方向に、脱出口らしき痕跡はなかった。
つまりまだ未踏の先の部分が、脱出経路の可能性は高い。
背後から響く頭蓋骨の音が近付いて来る。
響く音が周囲に反応しているのか、走る先から伸びる他の部屋への穴からも、頭蓋骨が顔を覗かせ始めた。
やはりこの階層そのものが、全て集合墓所となっていて、魔物の巣窟と変わり果てている。
どんどんと増えていく頭蓋骨に、時間が余り残されていないことだけがエリンジにはわかった。
焦り走るエリンジの頬を、冷たい空気が撫でる。
「……この冷たい空気、一体どこから出ている」
どこからともなくぽつりと、そんな疑問がエリンジに降って湧いた。
集合墓所を保存するための、冷えた空気。
魔法の類ではない、つまり、空気の循環でそれがなされている。
大量の魔物が発生するほど、魔力が淀んだ地下墓所に、唯一空気が循環している場所。
つまり、そこが出口だ。
エリンジは即座に探知魔法を切り替える。
漠然とした探知から、冷気を発する空気の先を探す。
本来なら空気の流れもまた漠然としたもの。
探知魔法で簡単に見つかるものではないが、エリンジの膨大な魔力のゴリ押しなら、それも可能にさせる。
あちこちに分かれた通路を、冷気を発する空気を頼りに走る。
リリアの浄化魔法の頻度がどんどん増えていく中、二人は唐突にその先に辿り着いた。
円形にくりぬかれた、どこまでも下に伸びている縦穴。
先の見えない真暗な穴の先から、冷気が上がってきている。
通路の先に現れたその空間に、リリアは明らかに動揺を示した。
「エッエリンジくんどうしよう! 逃げ場所が!」
「飛び込むぞ」
「えっ?」
言うが早く、エリンジはハンマーアックスを脇に抱え、即座にリリアを抱きかかえた。
訳が分からず混乱しているリリアをそのまま、勢い良く一歩踏み出して、エリンジは縦穴に飛び込む。
背後から追ってきていた頭蓋骨が、獲物を取り逃したように、縦穴の入り口の前でピタリと止まる。
後ろ目にそれを見ながら、エリンジは悲鳴をあげてしがみ付くリリアと一緒に、先のわからない縦穴を、ただただ落ちていった。




