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第二百話 遺跡都市の独房

 

 ただでさえ夕闇に紛れて暗かった景色が、一気に遠のいて行った。

 ザラザラとルドーの全身を砂が擦れていく感触。


 呼吸をしようと口を開けば、いっぱいに砂が入ってきて噎せ返る。

 落下の際に上下感覚が分からなくなり、真っ暗な空間で砂の音しか聞こえず、誰がどこにいるかもわからない。


 流される砂の重みに、ルドーの身体がどんどん動くことが出来なくなっていく。


 手に持つ聖剣(レギア)がいくら弾けても、雷は砂に吸われて何の意味もなさない。

 口の中を覆う砂に、次第に息が出来なくなったルドーは、そのまま真っ暗な視界の中、意識を手放した。





「うーん……」


「あっおきた! 起きた起きましたねぇ早く気が付いてぇ!」


 意識が朦朧と覚醒し始めたところで、ベシベシと顔を激しく叩かれ、ルドーは反射的に叩いてきた相手の腕をぶん殴った。


 情けない悲鳴と共に、叩いてきた相手がぶっとんでいく音が聞こえる。


「あぁんなんで!? なんで今殴ったんです!?」


「……なんだヒルガか」


 白鼠色の髪を震わせて、情けなく尻もちをつく姿に、ルドーは溜息を吐いた。


「なんだってなに!? これでも心配してたんですけど!?」


『心配してんのはルドーじゃなくて己の保身、身の安全だろが』


「あぁよかった。聖剣(レギア)、今回はいたか」


 パチパチと弾ける音を聞いて、ルドーはほっと胸をなでおろす。

 ルドーは手元に横たえるように置かれていた、切っ先が波打つように枝分かれした黒い刀身のハンティングソードを見やる。


『今回はお前が気絶してもがっしり手放さなかったからな。まぁ多少の距離でも腕輪があれば問題ないだろうが』


「お前がいるのといないのとじゃ戦力段違いだからな……そんでここはどこだ?」


 起き上がって手に取った聖剣(レギア)を背中の鞘に戻したルドーは、改めて周囲を見渡す。


 小さなランタンが地面に置かれ、そこから淡い小さな炎の明かりが、周囲を薄暗く照らし出していた。


 床は石畳が確認出来ない程砂に埋まり、古ぼけた石畳のような壁は、あちこちが大量の砂が積み上がって、部屋の形が上手く判別できない空間だった。


 時折砂が落ちるようなザラザラという音が響く。


 だがルドーとヒルガがいる空間が、他の通路にでも繋がっているのか、見える範囲ではどこから砂が落ちているのか確認できなかった。


 ルドーが上を見上げれば、同じような石畳の天井に、ぽっかり規則的にとあいた穴が見える。

 目を凝らしても先は闇しか見えず、薄暗いランタンの光だけでは、その先を確認する事は出来なかった。


「あそこから落ちてきたのか?」


「いえすいえす! 全員あのまま落下して、流れる流砂に何らかの仕掛けに、あっちにばったんこっちにばったん。俺も息できなくなって、気が付いたらここですはい」


 ヒルガの説明に、ルドーもおおよそここまで来た経緯を思い返す。


 ワスラプタにエリンジが差し掛かった瞬間、町の壁と床が、からくり時計のようにドカンと大きく動いた。


 そうして発生した地下空間に、ルドー達は全員落下したわけだが、その下にあった空間も、あちこち動作したらしく、気が付いたらルドーはヒルガと一緒にここにいた、ということらしい。


 ルドーは更に周囲を見渡すが、ヒルガ以外に今は人影が見当たらなかった。


 同じように落下したなら、近場にはいるはず。

 不安に思いつつも、ルドーは確認しようとヒルガに声を掛けた。


「リリにエリンジ、カイムとクロノとライアは?」


「そっちはだーれもいないです。はい」


『妨害魔法でも張ってやがんのか、俺でも近場じゃねぇとわからん。悪い』


 ヒルガと聖剣(レギア)の申し訳なさそうな反応に、ルドーはどうにもならず小さく息を吐いた。


 つまり、いまここにいるのは、ルドーとヒルガしかいない。


 合流しようにも、ルドーには通信魔法が使えなかった。

 なにかないかと、ルドーはヒルガを振り替える。


「ヒルガ、お前通信魔法使えたりできるか?」


「それならそちらですはい」


 ルドーの問いに、ヒルガが指差した方向を見れば、ランタンの小さな明かりに照らされた、砂の上にある、何かの残骸。

 砕け散って中身も粉々にあちこち飛散しているそれを見て、ルドーは問いかけるように視線を戻す。


「俺の通信魔道具っす。ここまで落ちてくる時にあちこちぶつけて見事にお陀仏。おれまぁ基礎科だから、魔法はてんでだめで。だからそちらさん起きるのまってたんですけどぉー」


「……んなこと言っても、俺、役職デメリットで攻撃魔法以外使えないから、通信魔法使えねぇんたけど」


「ええええええええ!? じゃあ俺の“魔法科生徒さんにおんぶにだっこで魔法を使って救援待っとこうぜ作戦”はどうなるんですかー!?」


「……つまり俺頼みだったんだな?」


『だからこいつ、ずっと必死こいてお前を起こそうとさてたんだよ、ルドー』


 頭を抱えて情けなく喚くヒルガ。

 どうやら通信魔法を一人では使えず、魔道具を頼っていたが、それも落下の衝撃で見事に壊れてしまった。


 ルドーは通信魔法が使えないので、もう誰とも連絡をとることはできない。


 落胆してルドーも情けないため息を吐いた。


「にしても、あんなワスラプタそのものが動くなんて誰が想像つくよ……」


『流石にでかすぎて反応遅れたぜ』


「噂に聞いたことありましたが、まさか本当だったとは」


「噂?」


 頭を抱えるのをやめたヒルガが、今度は考えるように顎に手を当てる。


 聞き返したルドーに、ヒルガは話続けた。


「なんでも、遺跡都市ワスラプタには、王族にしか使えない、隠し機能があるとかなんとか」


『それがあのどでかい規模の動きか』


「なにかが原因で、その防衛機能が動いたってことか?」


「や、そこまでは知らんです。俺王族じゃないんで」


 片手をあげて首を振ったヒルガ。

 あくまで貴族で囁かれていた噂でしかない為、詳しくは知らないという。


 噂でしかないが、ワスラプタの防御機能が働いたのは事実。


 つまり、ワスラプタの隠し機能を動かした何者かがいるという事だ。


「問題はそれが誰かで、対応が変わりかねねえってとこか……」


『王族しか使えないなら王族じゃねえのか?』


「それが昔の王族か、今ここに来てる生き残りのレモコかで違うってことだって」


 もし三十年前のユランシエル騒動で失踪した王族が、ワスラプタに防御機能を掛けたのならば、侵入者を見境なく攻撃しているだけになるだろう。

 だがマフィア組織線連に所属している、王族の生き残りのレモコがワスラプタの隠し機能を所有してしまっていたら。


 ただでさえ古代魔道具を使ってきて厄介なのに、さらにワスラプタそのものがルドー達の敵になる可能性が高い。


 既にワスラプタの罠の中に入ってしまったルドー達では、可能性が前者か後者かで、対応するべき動きが大きく違ってくる。


 ルドーは出来れば後者は遠慮被りたい。

 だが線連がもう既にワスラプタに入っていた情報は、勇者狩りと遭遇前の、砂嵐で繋がらなくなる最後の通信で報告されていた。


「せめてワスラプタが今状態になったのが、今日の出来事なのか、それよりもっと前かで分かると思うんだけど……」


「――――少なくとも今日急に起こったことではないよ」


 知らない声が聞こえてルドーが顔を上げると、一人の少女が通路から部屋の入り口に佇んでいた。


 ルドー達よりも少し年下くらいの風貌。

 杏子色のゆるりとした天然パーマに、柚葉色の瞳。

 カンテラの薄明かりに照らされた少女が、じっとルドーを見つめている。


 突然の少女の出現に、ルドーは困惑して狼狽えた。


「あー、えーと、誰?」


「俺達より前にあの動きに巻き込まれた一般人ですはい」


『一般人だぁ?』


 少女を指差しながら、ルドーがギギギと首を向ければ、ヒルガは申し訳なさそうな表情をして答える。

 バチッと弾けて声をあげた聖剣(レギア)に、少女は驚いて身を怯ませた。


 ルドーは慌てて弁明に入る。


「あぁいや! 今の攻撃じゃねぇから大丈夫だ!」


「冷静に考えたら、その剣なんで喋ってるんです?」


『俺もなんで喋れてるかはよくわからん』


「えぇ、おまえもよくわかってなかったのかよ……」


 ルドーの弁明に、ヒルガが今更な疑問を呈したが、聖剣(レギア)自身が何故喋れるかよくわかっていなかった。


 確かに最初から普通に受け入れていたが、冷静に考えれば、喋れる剣ってなんだ。


「古代魔道具がどのようにして作られたか、知っていてそれを振るっているのか!?」


 勇者狩りの言葉が頭をちらつく。


 一瞬ルドーは聖剣(レギア)の存在に思考が嵌まりかけたが、怪訝な表情の少女に気付き、今は違うと慌てて首を振った。


「俺はルドー、こいつはヒルガだ。名前聞いていいか?」


「えっと、ニグ」


「ニグか。ニグはなんでここに?」


「おじいちゃんを探しに来たの。ワスラプタに住んでたんだけど、何年か前から連絡が取れなくなって……」


 困ったような表情で、ニグはそう答えた。


 なんでもニグには、ワスラプタに単身で別居している祖父がいるらしい。

 それがここ数年連絡が途絶えたため、生まれ故郷の小さな村から砂漠を越え、やっとの思いで探しに来て、ルドー達同様ワスラプタの防御機能に巻き込まれたそうだ。


 彼女の祖父も同じように巻き込まれて連絡が途絶えたのなら、ワスラプタの防御機能が働き始めたのは、少なくとも年単位でかなり前だ。


 ワスラプタは線連のレモコが原因の動きではない。


 最悪な事態は避けられていると、ルドーはほっと胸をなでおろした。


『少なくとも、マフィアがこれ起こしてるわけではなさそうだな』


「だな。それでニグ、探してたっていうおじいちゃんはいたのか?」


 ルドーの指摘に、ニグは首を振った。


「うぅん。おじいちゃんどころか、私も自分がどこにいるのかわからなくって……」


「迷路みたいなんすよぉ、ここ。似たような景色ばっかり広がって、無暗に歩くと迷子になりそうで」


『歩いて三歩で戻ってきた奴がよく言う』


「迷子になる前に引き返したんだから英断でしょぉ!?」


 聖剣(レギア)の呆れる声に抗議するヒルガ。


「というか何年も前からワスラプタがそんな状態なら、なんか知ってなかったのかよヒルガ。お前この、マー国の貴族だろ」


「ワスラプタは王家の管轄で、今は摂政が管理してんですよ。末端伯爵のモゴロフ家に、そんな大層な情報入ってくるわけないじゃないっすかぁ」


 情けない声をあげたヒルガに、ルドーは大きく溜息をついた。


 ワスラプタが何年も前からこんな状態だと分かっていたら、エレイーネーの線連との作戦も、もっと違ったものになっていたはずだ。


 つまり、マー国はワスラプタのこの状態をエレイーネーに報告していない。


 それが意図的なのか、マー国も把握できていなかった事態なのかは定かではない。

 だが今ルドーが考えるべきことは、この事態に陥った状態で出来る最善策。


「とりあえず合流と脱出を考えつつ、おじいさんの捜索と、あと水源の確保か」


『ありゃまぁ、やること一気に増えちまったな』


「えぇ!? 全部やる気なんですかぁ!? 脱出だけ考えましょうよぉ!」


「つったってさっきも言ったけど、水源放置したら苦しむのヒルガお前だぞ。ニグの方も放置できねぇし」


 そういってルドーは不安そうな表情を浮かべ続けているニグを見る。

 祖父の捜索を手伝ってもらえると思っていなかった彼女は、途端に驚きの表情を浮かべた。


「えっ、でも……」


「ニグ、俺はエレイーネーだ。困ったやつがいたら助ける。安心しろ」


『事態対処でいっぱいいっぱいな奴が、調子いい事言ってやがるぜ』


「うるせぇなぁもう! ヒルガもどうせ脱出経路わかんねぇんだろ! だったら合流か脱出まで協力しろ!」


「うえええんそんなぁ!」


「いやならここに一人置いてくぞ」


「行きます行きますやりますやります置いてかないでぇ!!!」


 置かれたカンテラを手に取って、先を歩き始めたルドーとニグに、ヒルガが悲鳴のように大声をあげながら追いかける。


 ルドー達がいた小さな部屋から出た先は、同じように砂が大量にたまった、石畳の壁の通路。

 所々天井に穴が開き、ざらざらと砂が流れ落ちている。


 部屋から外に出る際、靴の裏に感じた鉄の感覚に、ルドーは靴でサラサラと軽く砂を掻き分け、カンテラを近づけて確認した。


「鉄格子か。錆びて外れて砂に埋まってる」


『外れてからだいぶ長いな』


「ってことは、ここは防御機能に引っかかったやつを閉じ込めとく牢屋ってところか?」


 カンテラを掲げて、僅かな明かり照らされる周囲を確認しながら、ルドーは歩を進める。


 歩いている通路はどうにも砂に埋もれて見えにくく、入り組んでいるせいでかなり迷いやすいが、今歩いている区画は、同じような牢屋が並ぶ収容区画のようだ。


 しばらくルドー達が歩いていると、最近破壊されたかのような、ひしゃげた鉄格子が砂の上に転がっているのが目に入った。


「……誰かこっから出たのか」


『最近だな、同じようにここに入れられて脱出したやつか』


「そ、それって犯罪者とかじゃないですよねぇ!?」


「犯罪者?」


「マフィアがワスラプタに入ってるんだよ。危ないから離れるなよ」


 ヒルガの悲鳴に怪訝な反応をしたニグに、ルドーは答える。


 牢屋に入れられたのがここ最近なら、ルドー達より一足先にワスラプタに訪れていた、エレイーネー側か、線連のどちらか。


 前者なら合流して希望が持てるが、後者なら戦闘の危険がある。


 ルドーは薄暗い周囲を更に警戒しつつ、そっと背中の鞘から聖剣(レギア)を引き抜いた。


 滑りやすい砂に埋もれた通路を、さらに先に進む。


「うわぁ……」


 思わず感嘆の声がルドーの口から上がった。

 広い空間に声が大きく響く。


 カンテラの明かりに照らされた、通路の先の広い空間は、上に続く四角い螺旋階段だった。

 階段の先に続く各層に、ルドー達が出てきたような同じ通路が伸びている。


 どうやらこの収容区画は、かなり広い空間になっているらしい。


「表側にも、刑務所とかあるよな。それなのになんだよこれ」


「ワスラプタは遺跡都市ですからねぇ、昔使われてた刑務所とかそんな感じ……ひぃっ!!!」


 説明していたヒルガの響く悲鳴に、ルドーとニグは振り返る。

 そこにあったのは、砂に埋もれた白骨死体。


 見た瞬間ルドーは小さく唾を飲んで、ニグも小さな悲鳴をあげてルドーにしがみ付いた。

 死体を確認するように、聖剣(レギア)が小さくパチパチ弾ける。


『ここ数年のもんじゃねぇ、かなり年季入ってるな』


「遺跡時代のやつってことか?」


『だろうなぁ、何年使われてなかったんかねぇ』


「……あの、それ、俺達、脱出出来ますよね?」


『脱出もそうだが、これ、かなり状況厄介だぞ』


「厄介?」


 ざらざらと、暗闇に見えない上の方から砂が落ちてくる。

 落ちた砂が小さく埃をあげて巻き上がる中、パチパチ弾ける聖剣(レギア)の雷の光が、カンテラとは別に暗闇の砂を照らす。


『ルドー、冷静に考えろ。何年も使われてない遺跡、ずっと放置された遺体、砂が飛ぶ風もない密閉空間』


「……あ」


 聖剣(レギア)の言葉に、ルドーもようやく合点がいった。


 先程から肌を刺すような、何とも言えない緊張感が張り詰めている。


 瘴気は空気の淀みのように、魔力の淀みに発生しやすい。

 つまり、この遺跡都市の地下空間は、いつどこに瘴気が発生してもおかしくない条件下だった。


 ルドーが改めて周囲を見渡せば、足元の砂に紛れて、うっすらと瘴気がどんより漂っていた。


 それを確認したルドーは改めて周囲に首を振って確認した。


「ヒルガ、ニグ、あんま離れんな。魔物がいるかもしれない」


「うえっ!? 魔物ぉ!?」


「さっきのあたりには、いなかったけど……」


「こっちに来てから若干瘴気がある。薄いけど、小規模なら発生してるかもしれない」


「離れません離れません守ってください!」


「いやそれは動けねぇから離れろ」


 泣き喚きながらルドーの腕をがしっと掴んできたヒルガを、ルドーは強引に引っぺがす。

 ルドーの背後にヒルガとニグを従えながら、とりあえず上を目指そうと、四角い空間の外周を沿うような螺旋階段を登り始めた。


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