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第百九十九話 マー国旧王都遺跡都市ワスラプタ

 

 マー国の旧王都、遺跡都市ワスラプタ。

 そこはかつて砂漠に栄えた巨大なオアシスの、水の都だったそうだ。


 王族が水源を封印してから、徐々にかつての栄えた姿は廃れていった。

 水路は枯れて久しく、吹き込む風に砂が乗って、もはや砂の川のように、あちこち詰まらせて泥すら見ることはできない。


 たった三十年なのに、人影もなくここまで様変わりした姿。

 水の重要さを誰もが実感していた。


「うーん、今のところ戦闘してる感じは見られねぇな……」


 外からワスラプタの様子を、ルドーは砂漠の丘の上から遠目に眺める。


 戦闘の音もしなければ、魔法の光が飛び交っているわけでも、煙が上がっている様子も見られない。

 しかし砂嵐前の報告では、ここには確かに線連の連中が潜り込んでいるはずだ。

 だが住民の生活音どころか、町の喧騒すら聞こえてこない。


 砂漠の丘の上を、砂を含んだ生ぬるい風が、小さく音を立てて通り過ぎていく。


 見えない敵の驚異を探るように、ルドーは目を凝らし続けた。


『町についたら合流するんじゃなかったのか?』


「その筈だけど。リリ、通信まだ出来ねぇか?」


「うん。砂嵐の影響かなぁ」


 耳に片手を当てながら、リリアが不思議そうに呟く。


 作戦でルドー達は、ワスラプタで合流前に通信魔法で連絡報告し、どこで合流するかを相談する手筈になっていた。


 しかし砂嵐の影響で通信魔法が使えなくなり、ワスラプタの外からも姿が確認できず、どうやって合流するべきか決めあぐねているのが現状だ。


「エリンジ、体調はどうだ?」


「問題ない。手助け助かった、礼を言う」


「別にいいけど、リリの言う通りもう無茶すんなよ」


「了承した」


「お兄ちゃんも無茶しないでよ」


「うっ、わかってるよ……」


 ジトリと緑の目でリリアに釘を刺されて、ルドーは思わず腰が引けた。


 半日ほど、ルドーとリリアで肩を貸して運んでいたエリンジは、疲労から回復していた。

 ルドーが引き摺るように担いでいたハンマーアックスを携え直し、体調を確認するように軽く振り回している。


 リリアはもうエリンジの言う事も信用していないのか、ルドーと同じようにジトリと疑るような視線をエリンジに向ける。


 リリアに視線を向けられ、無表情のままエリンジは後退って狼狽えていた。


「建物の陰に入らないとカイムは無理そうかな」


「うるせぇ……降ろせ……」


「はいはい、動ける様になったら降ろすよ」


「カイにぃ無理しちゃめーだよ」


 一方で、クロノの上着を被せられ、クロノに担がれるように背負われたままのカイムは、まだ軽度の熱中症から脱していない。

 カイムは少しぐったりしたまま、それでもクロノに降ろせと、文句を垂れるだけの元気は残しているようだ。


 カイムの背に乗るライアが、労わるようにその頭を、被せられた上着越しにそっと撫でている。


「それより合流予定の町の様子、変だと思う」


「やっぱクロノもそう思うか? 線連がいるはずなのに静かすぎる」


 クロノの指摘に、ルドーもやはりそうかと確信する。


 かつて首都として指定されていたワスラプタは、かなり広い規模の大きな町だ。


 水源が断たれて水が無くなったとしても、今でも住民はいるはず。

 それなのに、まるで真夜中のようにしんと静まり返っていた。


 ルドー達が半日歩いて差し掛かった日暮れの薄闇に、ワスラプタには明かりが灯る様子も見られない。


 人がいる様子が、少し離れた砂の丘から様子を眺めているルドー達からも、確認できない。


「それもそうなんだけど、町の表面なんか変だよ」


「何が変だ。具体的に説明しろ」


「合流予定のエレイーネー側含めて、線連まで。町に人の気配が一人もいないよ」


 エリンジの問いかけに答えたクロノの言葉に、全員が顔を見合わせた。


 エレイーネー側とも、ワスラプタの町中での合流だったはずだ。


 線連と会敵して、戦闘による町からの撤回か何らかの移動だとしても、ここまで痕跡がないのもおかしい。

 先程の砂嵐で、その痕跡すらもかき消されてしまったのだろうか。


 戦闘を想定してワスラプタの住民を避難させたにしても、その避難させた形跡のようなものも、ルドーが丘の上から改めて見ても確認できなかった。


 そもそもエレイーネー側は、理由もなく線連が控えるワスラプタからは撤退しない。

 まだ町のどこかにいるはずなのに。


 まるでワスラプタの町から、忽然と人が消えたような、そんな不気味な空気を醸し出している。


「えっ、それ、俺の安全地帯どこになんです?」


 後ろで待機していたヒルガが、困ったように小さく声をあげる。


 戦闘のできないヒルガは、あくまでルドー達がエレイーネー側と合流するまでの案内役だ。

 合流してからは、比較的安全な先生方の方へと、ヒルガは移動する手筈になっていた。


 しかしその肝心の先生方が見つからない今、ヒルガの移動先も不明となってしまっている。


「……エレイーネー側と連絡が取れるまで、俺達といるしかないだろ」


「えぇー……さっきの様子といい、君たちと一緒にいるの、かなり危険な気がするんだけど」


「警告は最初に発した。付いて来る選択をしたのはお前だ」


「いやそうなんだけどぉー、そうなんですけどぉー、それはこっちのが安全そうだと思っただけでぇー……」


 鋭い視線を向けるエリンジの強めの指摘に、ヒルガは不服そうにブツブツ溢している。


 しかし連絡もなく先生方の居場所が分からない以上、基礎科で一般人のヒルガはそもそも戦えないので、ルドー達に付いて来るしかない。


 不貞腐れたように後ろをうろつくヒルガを、全員が呆れた視線を向けて溜息を吐いた。


「とりあえず目的を整理するぞ」


 今後の動きを決めようと、ルドーは口を開く。

 全員が傾聴する姿勢でルドーの方を向いた。


「まず第一目標のエレイーネー側との合流だけど。見当たらない上、通信魔法も使えないし、闇雲に探すわけにもいかないから、一旦保留。エリンジ、どうだ?」


 ルドーが確認するようにエリンジに振り返って問えば、エリンジは吟味するように顎に手を当て、しばらくしてから顔を上げた。


「連絡が取れん以上仕方ない。それで問題ないはずだ」


「よし、そんで次。線連が連れてるレモコ、あの岩人形遣いが王族の生き残りって話だけど。こっちもここからは見当たらないから、どこにいるかわからない。同じ理由で、線連が持ってるマー国王族の古代魔道具も場所がわからない。だからこっちは見つけ次第対応。エリンジどう思う?」


 ルドーが再び問えば、エリンジは同じように頷いた。


「見当たらん上、探知が効かんならどうにもならん。それしか方法がないだろう」


『王族しか使えないって話なら、古代魔道具も一緒に行動してるだろうしな。古代魔道具の膨大な魔力が邪魔して、探知阻害されて探せないだろ』


 古代魔道具は、魔力がない所有者でも扱える無尽蔵の貯蔵魔力のせいで、通常の探知魔法が阻害される。


 マー国の古代魔道具の近くにレモコがいるなら、同じように探知魔法が効かない可能性もある。

 さらに下手をすると、そのマー国古代魔道具を使って、そもそも探知阻害魔法を展開している可能性もある。


 つまり、ルドー達側からは、レモコもマー国の古代魔道具も、探すことが出来ない。

 偶発的に接触する以外に、レモコにもマー国の古代魔道具にも対応することは出来ないだろう。


「となると、今の俺達に出来ることは、王族が封印したっていう水源の確保」


「水源の確保?」


 ルドーが指を立てて言えば、リリアが視線を向けて不思議そうに繰り返す。

 リリアの疑問の視線に、ルドーは頷きながら続けた。


「だってよ、水源が押さえられてるから、マー国は水不足でここ三十年大変なことになってる。そこを線連が奪って、水を自由にできる様になったらどうなる?」


「……実質的に、線連がマー国の水を確保したことになって、逆らえなくなる?」


「そうだ。それがあるから、線連は国の乗っ取りなんて大層な計画を考えた。だから、それをされないために、俺達で水源を確保する」


 ルドーがそう言い切れば、リリアも納得した表情に変わった。

 エリンジも無表情のまま、異議はないというようにまた頷く。

 話に唸り声をあげるカイムを背負ったまま、クロノも小さく肩をすくめた。


「確保された後じゃ、取り返すの苦労するだろうしね。水源はワスラプタの中にあるって話だし」


「そういうこと。だから、今ワスラプタの中に誰もいないなら、その封印されてる水源探して、可能なら封印を聖剣(レギア)で破壊する。どうだ?」


『まぁ封印が古代魔道具由来なら、破壊は可能だ』


 腕が鳴るとでもいうように、パチリと弾けた聖剣(レギア)

 その反応にルドーも小さく笑みを溢し、水源を探すようにワスラプタの方を向く。

 エリンジも続くようにワスラプタの方を向いた。


「それが今出来る確実なことか」


「よっし、そうと決まれば……ヒルガ、ワスラプタのどこに、水源が封印されてるか知ってるか?」


 善は急げとばかりに、ルドーは地元民であるヒルガに振り返った。

 だがヒルガは両手を前に出して、全力で横に振って否定した。


「いやいやいや王族の管轄だよ。厳重に管理されてて、末端貴族の俺が知るわけないじゃん」


「えぇ……じゃあワスラプタの地形は?」


「生まれてから来たことない。はじめて来たので知らないですはい」


 ビュウッと生ぬるい風が砂を撫でた。


 案内役である地元民のヒルガですら、ワスラプタの地形が分からない。


 落胆してルドーはがっくりと肩を下げる。


「なんで何一つ計画通りに進まねぇんだよ」


「世の中なんてそんなもんだよ」


「言ってる暇があったら方法を考えろ」


 愚痴り始めたルドーに、クロノとエリンジがそれぞれ声をあげる。

 マー国に来てからずっと散々だというのに、ルドーは愚痴すら言わせてもらえない。


 突破口はないかと考えていたリリアが、閃いたように顔をあげた。


「王家の管轄って事は、王家が管理してた建物が怪しいってことじゃない?」


 リリアの思い付きに、エリンジがすかさずヒルガに鋭い視線を向けた。


「王家管轄ならば大分場所が絞れる。特徴はあるか」


「王家の紋章が入った建物が、王家管轄の建物になるけど……」


 旧王都のワスラプタ全体を探すのは途方もないが、その中の一部建物だけに絞って探すなら、範囲は絞れる。


 ヒルガに王家の紋章の特徴を教えてもらう中、話半分に理解したライアが目を輝かせた。


「王様のお宝さがし?」


「うん、まぁそんな感じだよライア」


「お宝!」


 説明が面倒くさくなったクロノが、ライアに適当な事を言い始めた。


「いやいやいや、お宝ではないってライア」


「適当に返してんじゃねぇ……」


 慌ててルドーが否定し、ぐったりとしたままのカイムも抗議するような唸り声をあげる。

 しかしライアはもうすっかりわくわくと、お宝探しの表情を浮かべる。


 ルドーが激しい抗議の視線を向けると、クロノはニヤッと笑った。


 確信犯だこいつ。厄介なことになった。


「そんな否定するほどでもないじゃん。この国じゃ水は貴重。それが封印されてるなら、まさしく王家のお宝だよ」


「お宝さがし!」


「あぁもうライアにはそれで情報確定しちまったじゃねぇか!」


 お宝さがしときいて、付いて来る気満々になったライア。

 もうルドーがどれだけ説得しても、ライアは宝探しをしようと、なにがなんでもワスラプタに侵入するだろう。


 どこ吹く風で楽しそうにライアと話すクロノに、ルドーは轟々と説教を垂れ流すも、まるで効かずに受け流される。


「時間の無駄だ。さっさと行動を決めろ」


『おチビちゃんはどっちにしろ付いて来るだろうしな』


 睨み付けてくる無表情のエリンジと、心底楽しそうにパチパチ弾ける聖剣(レギア)に、ルドーは叫び声をあげた。


「あぁもう! とりあえず、これ以上分散は出来ないから、固まってチーム集団行動! そんでもって、ワスラプタの王家管轄の建物巡って、水源の封印を探して確保! これでいいか!?」


「エレイーネー側と連絡が取れるよう、定期的に通信魔法をかけながら、ね」


 小さく補足しつつ、クロノも従うように肩をすくめた。


 エレイーネー側と連絡が取れない以上、ルドー達は本来の合流してからの作戦行動はとれない。

 ヒルガも単独潜伏は危険すぎる為、王家の紋章の確認も含めて、ルドー達と同行することが決まった。


 危険の渦中に飛び込むこととなったヒルガは、ビビり散らして震えている。


 先を歩こうとしないヒルガに、エリンジがその襟首をガシっと掴んで引き摺り始めた。

 日が暮れる前にワスラプタに辿り着こうと、エリンジがヒルガを掴んだまま真先に砂の丘から降りていき、ルドー達も慌ててその後に続く。


「ああああああ! 歩けます歩けます歩きます歩きます!」


「最初からそうしろ」


 砂の丘の下で、ドシャッとヒルガを落としたエリンジを見ていれば、聖剣(レギア)が笑うように弾ける。


『完全に調子戻ってきたな』


「だな、接敵する前に体調戻って良かった」


「だってエリンジくんは、お兄ちゃんみたいに毎度毎度焼け焦げてないもん」


 エリンジを見つめて大きく溜息を吐いたリリアが、今度はジトリとルドーの方を向いた。

 矛先が自分に向けられた気配に、ルドーはリリアから咄嗟に一歩後退る。


「リ、リリ、なんか俺の事責めてないか?」


「無茶しないでよお兄ちゃん」


「……あい」


「クロノ、周辺の気配は探れるか」


 使えるものは使う主義のエリンジが端的に問いかける。

 気配を探るやり方はよくわからないが、探知魔法が使えない状況ならばと、クロノに周辺探索を任せたようだ。


 エリンジの問いかけに、クロノはカイムとライアを背負ったまま小さく肩をすくめる。


「ワスラプタ周辺に人の気配はないよ。ただワスラプタそのものはへーんな感じだけど」


「変な感じ?」


 ワスラプタの方をもう一度確認するように視線を向けるクロノに、ルドーも怪訝な声をあげた。


「なんだろうなぁ。海流というか、空気の流れというか、デカい力が蠢いてる。蜃気楼みたいにワスラプタを包んで、ぼやける感じ」


 赤い目を凝らしてワスラプタを眺めるクロノに、全員が怪訝に顔を見合わせる。

 何か他にわからないかと、ルドーも聖剣(レギア)に問いかけた。


聖剣(レギア)、なんかわかるか?」


『確かに魔力かなんか蠢いてるな。ただ砂嵐の影響かどうか、微妙過ぎてわからねぇ』


 ワスラプタを包んでいるのが、何らかの魔力なのか、それとも砂嵐の余波なのか、聖剣(レギア)にもよくわからないようだ。


「敵になりそうな気配はあるか」


「今んとこないよ」


「ならいい、行くぞ」


 警戒するべき敵がいないなら問題はないと、エリンジは先に進み始めた。


「ちょっとぉ! 危ないなら近寄らない方がいいんじゃないですかねぇ!?」


「それで水源を押さえられたら苦しむのはお前だ」


「あぁん確かにそうなんだけどぉ! 何あの人危険にガンガン進むぅ!」


 先を進むエリンジをヒルガは止めようとした。

 だが線連が事態を進めれば、マー国の状況は悪化するとエリンジに答えられ、現地民のヒルガは言い返せなくなる。


「エリンジくん、一人で先いかないで! 危ないから!」


「この距離なら罠があれば探知魔法でわかる」


「ちょっとエリンジくん! なんで走り出すの!」


 リリアが先を一人歩くエリンジを追いかける。


 エリンジは追ってくるリリアから一定距離を開けて走り出した。

 どうやら斥候をエリンジは率先してくれているようだが、リリアは気付いていない。


 危険がない様にと先を走るエリンジを、リリアは走って追いかけていく。


「……いい加減降ろせや。もう歩けらぁ」


「あ、日が落ちて気温下がってマシになってきた?」


「カイにぃだいじょぶ?」


「あぁ平気だ、ライア」


 少しずつ日が落ちて、夕闇が段々濃くなってきた頃、カイムがようやく頭をあげた。


 砂漠地帯の夜は一気に気温が下がる。

 日が落ちるのと比例して落ちていく気温に、カイムの熱中症もマシになって動けるようになったようだ。


「てめぇこれもういらねぇ、着てろ」


「ん、あんがと」


「……一応礼言っとくぞ」


「あいよ」


 被せてもらっていた上着をクロノに返し、カイムは小さく礼を呟いている。

 なんでもないというように肩をすくめて、クロノはそのまま歩き出した。


『おい、置いてかれちまうぞ』


「色々よくわかってねぇのに、ガンガン進むなってエリンジ!」


「暗くなってきてるから一旦止まってよ、エリンジくん!」


「やだぁ! 俺一人置いてかないでくれますぅ!?」


 夜闇が段々深くなり、気温もどんどん下がっていく。

 まだ生活圏であるはずのワスラプタは、灯りのないままどんどん闇にのまれていく。


 エリンジが右手に魔法円を発動させ、罠を警戒して探知魔法を発動させながら、ワスラプタに差し掛かった。


『!? なんだこの動きは?! おい、全員下がれぇ!!!』


 バチンと聖剣(レギア)が大きく弾けて警告したが、規模が想定外に大きすぎた。

 周囲をガコンと、大きく何かが動くような音と共に、砂がざらざらと大量に動き出す。


「罠じゃない……油断した! これ、町の防衛反応!」


 日が落ちてどんどん見えなくなっていく闇の中で、クロノの声だけが遠くはっきり聞こえた。




 ワスラプタの町が動く。




 ガコガコと町の地面や壁が規則的に割れ、カラクリのようにギギッと勢いよく回転し、地面が上下逆さまになる。


 ガクッと足場が突如としてなくなった動きに、ルドーは大きく悲鳴をあげた。


「なんでこうなっちまうんだよおおおおおおおおおおおお!?」


「だから近寄らない方がって言ったじゃないですかおたすけええええええええ!!!」


 ヒルガに続いてその場の全員が悲鳴をあげて、真っ暗なワスラプタの底に飲み込まれた。


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