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第百九十八話 線連とラグンセンの発端

 

「何のために散々苦労して、別行動まで取ったんだか……」


 砂漠を歩く道中、ルドーは独り言ちる。


 対峙した勇者狩りは、歩く災害によって左腕を潰された。


 血を撒き散らし、倒れて動けなくなるほどの重度の負傷。

 回復魔法を使えないならば、少なくともマー国でのこれからの騒動に、勇者狩りはもう手出ししてこないだろう。


 砂嵐が収まり、勇者狩りも撤退した。


 線連が持っているであろう、マー国の古代魔道具を破壊しなければならないルドー達が、別行動していた理由。

 勇者狩りの線連との戦闘介入を阻止したため、ルドー達はエレイーネー側と合流しようと、砂漠の中を歩き始めている。


 落ち込むルドーを慰めるように、聖剣(レギア)がパチパチ小さく弾けた。


『しゃーねぇだろ、あんな急に砂嵐来ちまってよ』


「でもよ、あとちょっとで、あの古代魔道具の羅針盤が手に入ったってのに……」


 ルドーたちが、驚異である女神深教の祈願持ちに対抗するためのもの。

 捜索する必要のある、ジュエリ王国から奪われた古代魔道具、心理鏡。


 それを探す手段となり得たのが、勇者狩りが所持していた、同格の古代魔道具の羅針盤だ。


 戦闘の後、砂嵐が収まったこともあり、ルドー達は古代魔道具の羅針盤を探し回った。

 しかしいくら探し回っても、勇者狩りが古代魔道具を落とした周辺には、見つけることは叶わず。


 砂嵐の中、勇者狩りはルドー達が避難していた、カイムの髪のシェルターを的確に攻撃した。

 そのことから、ルドー達は事実を認めざるを得ない。


 古代魔道具の羅針盤は、また勇者狩りに奪われてしまった。


「あの羅針盤がなきゃ、手掛かりのない心理鏡が探せねえってのに……」


「終わった事グダグダ言ったってしょうがないでしょ。さっさと足進めてよ」


 カイムを背負ったクロノが振り返りながら、ルドーに注意を促した。


 勇者狩りとの戦闘で負傷したカイムは、ライアに怪我の回復をされたものの、回復魔法の際の消耗で、また軽い熱中症気味になっている。


 これ以上悪化しないようにと、クロノの上着を頭に被せられ背負われているカイムが、呻きながら喚く。


「降ろせぇ、自分で歩けらぁ……」


「はいはい、合流地点についたら降ろすよ」


 喚くカイムを、完全にいつもの調子でクロノはあしらっている。


「カイにぃごめん、回復まだうまくできない……」


「何言ってんの、怪我は治せたから上出来だよライア」


「ほんと?」


「そうだよライア、大手柄だって」


 カイムの背中でしょんぼりするライアに、クロノは優しく元気付け、ルドーもその後に続く。


 負傷して気絶していたカイムは、ライアの回復魔法でなんとか気を取り戻した。

 勇者狩りは勇者であるルドーのみを殺すつもりだったらしく、カイムへの攻撃は急所から外れていた。


 それでも流れ出る血は、後遺症も考えられるほど危険な量であった。


 カイムの傷を見て錯乱したライアを、クロノがなんとか落ち着かせ、ライアに魔力暴走させないように声を掛けつつ、回復魔法を施したのだ。


 しかしライアは傷口を直せても、熱中症を治す繊細な回復魔法がまだうまく扱えない。


 ライアはまだ七歳と幼い。

 戦闘に付いて来ることや、回復魔法どころか、魔力の制御すら学ぶのにまだ早すぎる段階。


 混乱に感情が先行して、魔力暴走してもおかしくない年齢。


 そんなライアが実の兄カイムの重傷を、回復魔法で治したのは十分すぎる成果だ。


 ルドーがクロノと一緒にそう慰め続ければ、ライアは自信を取り戻したように、小さく顔を綻ばせて笑った。


「回復魔法が間に合わない無茶はしないって、作戦の時に言ったじゃない! エリンジくんの嘘つき」


「合流する頃には問題ない……」


「もう! そういうことじゃないの、エリンジくん!」


 回復しきっていないエリンジに、リリアが終始怒り散らしている。


 線連との戦闘が控えている以上、あまり回復魔法も使い続けるわけにもいかない。

 肝心な時に魔力切れで回復が間に合わなければ、致命傷となりうる。


 負傷したエリンジを、ルドーとリリアで肩を貸し、軽い熱中症になったカイムを、クロノがライアごと二人背負い、案内役のヒルガを先頭に、ルドー達は砂漠の中で歩を進めている。


「俺先頭歩くの、すっごい不安なんですけど……」


「だから言っただろ、俺たちと一緒だと危ないって」


 情けない声をあげるヒルガに、ルドーは呆れて溜息をつく。


 勇者狩り及び歩く災害との戦闘中、砂嵐に放り込まれたヒルガは、その場に身を縮めて震え続けていた。

 勇者狩りはヒルガを認識せず、歩く災害も彼の場所に到達しなかった。

 ヒルガは幸運にも難を逃れはしたが、激しい戦闘音はずっと聞こえる位置。


 先頭を歩くヒルガは、安全だと思った旅路での危険性に、終始ビクついている。


 勇者狩りとの戦闘に、想定外の歩く災害も加わり、思ったよりチームの負傷が大きかった。

 戦える人員の減少に、自身の身を案じてヒルガは怯えているのだ。


 勇者狩りに別行動を悟られないよう、歩いて半日ほどの距離で、ルドー達は転移門を使っていた。

 つまり、エレイーネーとの合流は、魔力を無駄に消耗しない歩きで、半日ほどの時間を要する。


 勇者狩りと歩く災害との戦闘の後、ヒルガが逃げ込んだ村で多少休憩こそした。

 だが転移魔法も使えず時間が惜しいと、エリンジの指摘でルドー達は強行して先に進んでいる。


「あの村の人たちが無事だったのはよかった、ほんとに」


『歩く災害の近くにこっちがいたからな。村に辿り着く前に襲われたから難を逃れた』


 ヒルガの逃げ込んだあの治安の悪い村の被害は、幸いなことにゼロ。

 ウガラシの二の舞を防げたことにルドーは安堵した。


 だが砂嵐が収まっても、あの村の住民はそこら辺に倒れ込むように寝たまま。

 気力のないその住民の動きに、ルドーは別の不安に駆られていた。


 おかしいなというように、ヒルガも村の様子に疑問を持ったようだ。


「うーん、俺の聞いてた情報だと、あそこ普通の農村だったはずなんだけどな……」


「あぁ、それで休憩しようと逃げ込んだわけか」


『どう見ても普通の農村じゃなかったが……』


 ヒルガがなぜ、あのような治安の悪そうな村に逃げたか疑問でしかなかったが、ヒルガ本人の話にルドーは納得した。


 確かにただの農村なら、咄嗟の判断で逃げ込むのも手ではあるだろう。

 しかし見るからに作物もなく、住民は道端で寝ている様な治安の悪さは、農村とは言いにくい。


 ヒルガと共にルドーも悩んでいると、また後ろからクロノが説明し始めた。


「水不足に疫病だよ。自分たちが飲むだけの水しか支給が無くて、畑に水が撒けない。なけなしの水で畑を作っても、作物が疫病にやられる。そんな状態で農村やってられないから、国からの支援品だけで食いつないで、あんな状態」


 マー国の出身でもないのに、地元民のヒルガよりも情報に精通しているクロノは、どこからその情報を仕入れているのだろうか。


 しかし説明された内容に、ルドーは納得しつつも何とも言えない気持ちになる。


 畑の作物に対する疫病は、農村民にとっては延々と続く課題だ。

 どれだけ対策を講じても、新しい疫病が生まれれば、それは意味をなさなくなる。


 国からの支給しかない水を、必死にやりくりして畑に撒いても、その先の作物が疫病にやられてしまえば、どうにもならなくなる。


 彼らはもう、よそに引っ越すだけの資産もないほどで、あの村から動けないでいるのだ。

 国からの支援品で、毎日をなんとかようやく食いつなぐしかない。


 結果、農村はあのような治安になってしまったそうだ。


「気を付けなよ、マー国は水不足で、あんな感じに変貌してる村がいくつかある。住民の気力が完全になくなってるならいいけど、気力があるなら、どこにも向けられない苛立ちで、八つ当たりしてくる住民だっている」


「うわぁ。流石に屋敷の中で、そこまで情報入ってこなかった……」


 マー国出身でも、貴族であるヒルガには、農村の状態は報告書だけの確認。

 実際がどんなものか、目の当たりにしたことがなかったようだ。


 治安が悪いといわれるマー国の実態が、これらしい。

 水不足に作物の疫病。


 住民だけの努力では、どうしようもできない部分だ。

 苦しく改善しようのない生活は、心の余裕を奪い、住民は攻撃的になる。


 農作業の仕事もなくなって、時間を持て余している住民は、そうやって暴動に発展するのだという。


 暴動を起こしたところで、水が降ってくるわけでもないのに。


「それでこの国、喧嘩が多いって話なのか」


『小競り合いが耐えねぇから、聖女は国から離れられねぇし、勇者も見回り強化すると』


「確かにこの気候じゃ、育つ作物も育たないかも……」


 チュニ王国の農村ゲッシ村出身のルドーとリリアも、他人事ではない話に胸が痛くなる。


 もし自分たちが生まれ育ったあの村が、そのように変貌し、財産もなしに村からも出られないままなら、ルドーもリリアも荒れていく気持ちが想像できてしまう。


 マー国の水不足は、三十年前に滅亡したユランシエル騒動に巻き込まれた、王族の失踪によるもの。


 王族が、水源を古代魔道具で封印したまま、失踪したためのもの。


 その失踪した王族と古代魔道具が今、マフィア組織線連の手に渡って、国の乗っ取りに利用されようとしている。


「にしても国の乗っ取りとか、新しいマフィアにしては、やることの規模がでか過ぎないか?」


「線連ね、規模が大きくて当然だよ。あれ、大元は鉄線だから」


 エリンジをリリアと共に肩で担ぐルドーの先で、クロノがまたカイムを背負ったまま淡々と告げた。

 線連やラグンセンなどのマフィアの情報を渡してきたのはクロノだ、詳しいのは当然だろう。


 だが線連の大元が鉄線などという話など聞いていない。

 ルドー達は訳が分からず、ぐったりしていたカイムとエリンジも、話に大きく身じろいだ。


「あぁ……? 聞いてねぇぞ……」


「説明しろ……」


「負傷者二名、体力無いんだからつくまで寝てなよ」


「いいから説明しろってクロノ!」


「鉄線が大元ってどういうこと?」


 エリンジを担いだままのルドーとリリアも、説明を求めて声をあげる。

 全員からの懇願に、クロノは赤い瞳に諦念を宿して、溜息を吐きながら話し始めた。


「鉄線がエレイーネーに殲滅された後、世界各地に散ってた残党が、新しい旗頭をあげて集まったんだよ。それが線連とラグンセン」


「ラグンセンもなのか?」


「鉄線の時点で元々思想が違ってたみたいで、そのまま別れたって感じ」


 ランタルテリアで耳にした新興マフィアの名前に、ルドーは目を見開いた。


 クロノが失踪していた際、一度だけ寄越してきた短い警告の手紙。

 そこには確かに“要警戒、ラグンセン、線連”と書かれていた。


 二つとも警戒しろと警告を寄越してきていたのだ。

 確かにそれならラグンセンも、線連と同様の形態規模だと予想がつく。


 奴隷売買をしていた鉄線が大元の組織だ。

 被害者側の魔人族に、クロノは危険を冒してでも警告を発するだろう。


 クロノは更に説明を続ける。


「武闘派が集まって、鉄線の隠れ蓑だったフラグラントを立て直し、活動再開したのがラグンセン。情報操作派が集まって、あちこち潜伏して、あくどい商売を裏でし始めたのが線連」


『なんか先公が言ってたな、大規模な市街戦仕掛けてきたとか。新しいマフィアにしちゃデカすぎるとか』


 ラグンセンと線連の詳しい説明に、聖剣(レギア)も思い出したようにパチリと弾ける。

 確かにランタルテリアでのラグンセンは、かなり急な市街戦であったと聞いている。


 新しいマフィアならば、まだ規模が小さく、市街戦を仕掛けてくること事態がリスクだ。

 それを平然と押して、さらに目的達成して撤退するまでの余裕ぶり。


 新興マフィアの動きではない。

 もっと早く気付くべきだった。


「殲滅戦で、壊滅したと思ってたのに……どんだけなんだよ」


「世界規模で動いてたマフィアだよ? 中央魔森林のあそこだけなはずないじゃん。あそこはあくまでボスと幹部が根城にしてただけ。拠点は世界各地に散らばってたんだよ」


 クロノの説明を聞けば聞くほど、ルドーは確かにと納得するしかなかった。


 中央魔森林で暮らす魔人族を誘拐し、世界各国の魔道具製造施設に、奴隷や魔力源のカプセルとして売り渡す。


 トルポ国だけならまだしも、世界各地に商売を広げていたのだから、あちこちに拠点がないと説明がつかない。


 ルドー達は殲滅戦で鉄線を倒し切っていたと思っていた。

 だが世界各地の拠点にいた残党が、二つに分かれて新しいマフィアを作り出した。


 それがラグンセンと、今回問題になっている線連ということ。


『通りで規模のデカいことしてるはずだ。元々デカいとっから派生したんだ、当然デカいわ』


「鉄線の元幹部のあの二人が線連に流れてたのも、鉄線を元に新しくマフィア作ったからってことか……」


「ねぇ、それ、スレイプサス監獄から脱獄した幹部も、どっちかしらに合流してないかな……」


「見つかってないし、可能性はあるだろうね」


「えっ、マジ? ちょっとそれ進みたくないんだけど……」


 不安そうに呟いたリリアに、クロノは淡々と告げる。

 先頭を案内するヒルガが、さらにまた怯え始める。


 黙り込んだ全員の周囲で、熱気と砂を帯びた風が、ビュウッと辺りに大きく吹き荒ぶ。


 つまり、ルドー達が合流を目指しているエレイーネー側は、脱走した鉄線の幹部と対峙している可能性があった。


「なぜいつも、そういう情報をすぐ話さない……」


 しばらくして、ルドーの横でエリンジが苛つくようにうめき声をあげる。

 もっともな指摘過ぎて流石に言い訳もないのか、クロノは首を振った後肩をすくめた。


「今回は悪かったよ。戻ってから色々あって、話してる暇なかったから。もっと早く言っておくべきだった」


 エリンジの指摘に、クロノは珍しく素直に謝罪してくる。

 クロノですら誤魔化しは効かないと感じているという事だろう。


 事態の深刻さを理解したヒルガが、どうにかして楽観的にならないかと、必死に軽く聞こうとする。


「えーと、俺の地元、そんなデカい組織に狙われてるって事? 新しく出来たちっちゃいひよっこマフィアじゃなくって?」


 にこやかに笑顔で聞くヒルガを、ルドーは無視した。


「リリ、エレイーネー側との通信は?」


「だめ、さっきの砂嵐の影響で、まだ通信魔法使えない」


『砂嵐の前の通信魔法が最後か』


 規模のわからない新興マフィアと、世界規模のマフィア鉄線からの派生では、警戒の規模が違う。


 線連対策に先行したエレイーネー側の動向は、砂嵐で通信ができなくなってしまったため、ルドー達には情報が分からないままで。


 警告だけでも発したいが、通信魔法が使えないのではどうしようもない。


「とっとと合流地点に行くしかねぇか、ヒルガ、あとどれくらいだ?」


「半分は過ぎた……かな。この風の感じなら、砂嵐もこれ以上起きないだろうし、夕方には着くぅー……と思います、たぶん、はい」


 危機感が募る全員から睨み付けられて、ヒルガは委縮しながら答える。

 全員の焦る様子に、クロノは肩をすくめて小さく息を吐いた。


「焦ったってしょうがないよ。なるようにしかならない」


「お前なぁ! 一番重要な情報黙っといてそれかよ!」


「だから悪かったって。それに今はまだ、そこまで大きな戦闘になってない」


 進む前方に視線を向けてそう言い放ったクロノの赤い瞳が、また魔力もなく怪しく光っていた。


「……また気配で見えてんのかよ」


「遠くを見るのは限定的になるし、流石に疲れるけどね」


 クロノの背中で唸ったカイムに、クロノはそう答える。


 足場の悪い砂の中、負傷したエリンジとカイムを運びながら、熱気に汗をかいてルドー達は目的地に急ぐ。


 かつてのマー国王都であり、水源を封印されてから、人がいなくなって寂れてしまった遺跡都市、ワスラプタを目指して。


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