第百九十五話 逃走する案内人
「なんで何一つ予定通りに事が進まねぇんだよおおおおおおおお!!!」
『足止めると追いつかれちまうぜ!』
ゲラゲラ笑う聖剣に、ルドーは大きく叫んでいた。
砂漠地帯が六割を占めるマー国。
昼間の乾燥した空気が砂を吹き荒らし、視界が悪い中、ルドーは砂の地面を走り続けている。
ルドーの背後から、山のように大きな影が迫り来る。
砂の地面なのに、ドスンドスンと、地鳴りが大きく響いて揺れる。
頭部の穴から噴き出すように砂を放出し、恐ろしい勢いで迫ってきているのは、背中に大きな棘が規則的に生えた、トカゲのような四足歩行の、山のようなサイズの超大規模魔物。
まるで砂の地面を泳ぐように、足元から身体の半分を砂に埋めて勢いに巻き上げ、巨大な口から牙を覗かせてルドーに迫ってきていた。
『向こうの方が早え、追いつかれる! 近いぜ!』
「あぁもうダメ元だ! 雷閃!」
地響きが大きく、背後から吹き上がる砂の量が一気に増す。
聖剣の警告に、ルドーは振り向きざまに、超大規模トカゲ魔物に向かってその黒い刀身を振った。
空中から大量に発生した雷の極太レーザーは、巻き上がる砂に飛散し、そのまま超大型魔物から噴き出した砂に当たって地面に吸われていく。
「やっぱダメだ! 雷が砂に吸われちまう!」
「俺ごとやろうとしませんでしたか今ああああああああ!?」
魔物の上部から、情けない男の声が叫ばれていた。
砂漠地帯を多く締めるマーでは、現地を知る案内人が必要不可欠だ。
そこで今回、魔法科で唯一マー国出身のカゲツとノースターのパートナーも参加しているが、二人はアルスたちのチームと同行している。
そしてルドー達のチームには、基礎科でマー国出身の、全科目合同訓練で袋叩きにされていた、ヒルガ・モロゴフが案内人として加わっていた。
最初はルドーが勇者狩りに狙われるため、危険の多い同行になると警告した。
だがルドー達の方を指名したのは他でもないヒルガである。
勇者狩りは勇者しか狙わない。
すなわち、ヒルガ自身は狙われないので安全であると信じ切って。
エレイーネーから転移門を潜ってマー国に辿り着き、ルドー達のチームはしばらく作戦行動をとっていた。
そうしてヒルガの狙いは外れ、ルドー達はこの超大規模魔物に突如として襲撃されたのだった。
「おたすけええええええええええええ!!!」
情けない男の悲鳴は続く。
潜っていた砂の地面から飛び上がるように、超大規模トカゲ魔物は現れた。
最初の襲撃で、ヒルガは超大型魔物の背中の棘に、制服が引っかかって吊り下げられている。
魔物に吊り下がったヒルガを救出しようと、ルドーは即座に雷閃を放った。
だが先程と同じように、砂に雷が吸われて攻撃が通らなかった。
超大規模トカゲ魔物、移動ですら身体を左右に振る激しい動きに、ヒルガは吊り下がったまま振り回されている。
攻撃が当たる位置にヒルガがブラブラとしていたため、聖剣で調整が効くルドー以外は、攻撃を躊躇して魔物を追うしかなす術がなかった。
エリンジ、リリア、カイム、クロノ、そしてカイムが背負ったライアの五人。
魔物に追従するように囲んで走りながら、ルドーの後を追っていた。
「やはり一度攻撃して動きを止める!」
「だめだよエリンジくん、ヒルガくんに当たっちゃう!」
「足場が悪くて跳べない! カイム、止めれる!?」
「くそが! 何もねぇ上、こっちも足場悪くて踏ん張れねぇよ!」
「わぁー!? カイにぃ、クロねぇ、こっち来てるー!!!」
背負われたライアの警告に、カイムとクロノが即座に跳び上がった。
ぐるりと急に向きを変えた超大規模トカゲ魔物の突進を、二人は間一髪で躱す。
ざらざらと砂を巻き上げながら後方に着地した二人を確認して、ルドーは聖剣を握り直した。
「あぁもう! こうしてる間にも、勇者狩りがいつ襲ってくるかわからねぇってのに!」
『さっさと倒しちまおうぜもう』
「体力温存したかったけど、言ってられねぇか! 聖剣!」
『調整ばっちりだぜ』
「全員下がれ! 雷竜落!」
聖剣を振り上げた瞬間、空が一気に雷雲に黒く覆われる。
そのまま勢いよく、ルドーは黒い刀身を振り下ろす。
巨大な竜の雷が、目の前の超大規模トカゲ魔物を飲み込むように、大きな音と振動を立てて直撃した。
「おたすけええええええええええええええええ!!!!!」
轟音と地震のような振動。
周囲が雷光で真白に照らし出された。
その中心でヒルガの情けない悲鳴がさらに木霊する。
しばらく続いた雷撃は、魔物が倒されたことによって唐突に止まった。
ボロボロと黒い灰になって崩れ落ちていく魔物の残骸の中心で、魔物の上部から落下し悲鳴をあげるヒルガ。
即座に動いたクロノが、空中でその背中の制服をガシっと掴み、ドシャンと砂を巻き上げながら勢いよく着地した。
ヒルガの無事を確認するように、全員がクロノの方へ走り寄る。
「大丈夫、怪我してない。目を回してるだけ」
リリアが診察魔法でヒルガに怪我無いことを確認する。
同時に、エリンジとカイムが舌打ちした。
「全く世話の焼ける」
「おい、とっとと起きろ。さっさと案内しろや」
「俺被害者なのに容赦なくないっすかぁ!?」
クロノに捕まれたまま目を回すヒルガの顔面を、カイムはベシベシと情け容赦なく叩く。
途端に気が付いた様子のヒルガは、朧げに会話を聞いていたのか、カイムに轟々と非難の声をあげた。
「重い、自分で歩いて」
「ヘバッ!? 急に放さないで!?」
クロノに掴んでいた制服を手放され、ドシャッと砂を巻き上げて落下するヒルガ。
全員に追いついたルドーは、ヒルガに対する雑な扱いについ呆れて声を掛ける。
「お前ら案内してくれるんだから、もうちょっと優しくしてやれよ……」
「……それ、今の攻撃したお兄ちゃんが言うの?」
「どっちかというと一番怖かったのあれですからねぇ!」
ヒルガの必死の訴えに、ルドーは誤魔化すように視線を逸らした。
ルドー達は今、エレイーネー班とは別行動をとっている。
これは最初から計画されていた作戦。
マフィア組織線連との戦闘中に、勇者狩りが割り込んで来たら面倒になる。
三つ巴に戦場は入り乱れ、どんな不測の事態が発生するかわからない。
だからまず勇者狩りをなんとかしろと、ルドー達はあえて狙われやすいよう別行動をとっていた。
ルドーは周囲を見渡す。
広大な砂漠が広がっているだけで、勇者狩りはまだ現れていなかった。
勇者狩りをなんとかしないと、ルドー達はエレイーネーと合流できない。
マー国の水源を止めている古代魔道具もどうにかしなければならない。
しかしそれはマー国王族の生き残りである、レモコをどうにかできれば解決事態は可能だ。
故にエレイーネー側は、レモコを率いるマフィア組織線連の対策に回るアルスたちの班に主力を割いて、古代魔道具をどうにかするルドー達の班に分かれた。
他の先生方は今、線連の動向を探ろうと、双方の班に待機を命じて調査に向かっている。
この待機の間に勇者狩りが現れ、ルドー達が対処出来ればよかった。
だがやはり事は、思った通りに何一つ進んでくれないようだ。
マー国は砂漠から発生する砂嵐の影響で、空中の魔力が攪拌されて、通信魔法などの外部的魔法が通じにくい。
天気が晴れている今の内ならいいが、自然現象の砂嵐はいつ発生するかわからない。
さっさと勇者狩りをなんとかして合流する。
それが今ルドー達の班が課せられている行動だ。
「クロノ、勇者狩りの気配は?」
「まだ来てない。来たらすぐに言うよ」
確認するルドーに、クロノは周囲を遠く見渡すように首を回した。
モルフォゼでの遭遇の際、一番最初に勇者狩りに気付いたのはクロノだ。
おおよそ距離では一番最初にクロノなら気付けると言える。
警戒を続けつつ、勇者狩りが来ないと合流できない為、ルドーは行動しようと声をあげる。
「エリンジ、ネルテ先生の方はなんて?」
「線連の動きを探るために、偵察を行っている段階だ。ただ通信魔法が弱い。またその内砂嵐で通じなくなる可能性がある」
ルドー同様に、周囲を警戒していたエリンジはそう答えた。
勇者狩りという脅威を相手に、誰か教師が一人同行するべきだとネルテ先生は提案していた。
だがルドー達は断った。
勇者狩りによってトルポ国の勇者が襲われ重傷を負ったのはつい先日の出来事。
つまり今このマー国は、自衛できる戦力を一気に失っている。
人数がはっきりしない線連相手に、戦力は一人でも多く対応したほうがいい。
勇者以外狙ってこない勇者狩り相手に、先生たちの手まで煩わせるわけにはいかない。
ルドー達の説明に、ネルテ先生は渋い顔をしつつも頷いた。
連絡はこまめに行い、対処が無理なようなら即離脱するように命令され、ルドー達は単独行動を許されている。
「よし、とりあえず現在地だな。ヒルガ、俺達は今どこに……ヒルガ?」
転移門を潜ってから、現在地を知る前に魔物に襲われたため、ルドーは今マー国のどこにいるか把握できていない。
周囲も砂漠に覆われているため、マー国に詳しくないルドー達には、現在地が分からなかった。
確認するようにルドーが振り返るも、先程まで座り込んでいた場所に、ヒルガの姿が見られなかった。
今気付いたかといわんばかりに、聖剣が小さく笑い声をあげる。
『さっきコソコソ逃げてったぞ』
「はぁ!?」
聖剣の答えにカイムが驚愕の大声をあげた。
周辺経過していたエリンジも思わず振り返る。
逃げたというヒルガを見つけようと、全員が一斉に周囲に首を回した。
そんな中クロノがある一点を見つめるように、額に手を当てて声をあげる。
「うっわ、逃げ足はっや。見て、もうあそこ」
ヒルガの気配を察して、場所を割り出したクロノの指差す方向に、ルドー達は一斉に視線を向けた。
遥か彼方の砂の丘に、こちらを振り向きもしない、青く目立つエレイーネーの制服のケープコートを翻す男子の姿。
走り逃げていく白鼠色の髪をしたヒルガを、なんとかルドーも見る事が出来た。
先程までルドー達の足元に蹲っていたのに、クロノの指摘通り逃げ足が速すぎる。
ヒルガは現地を知っているマー国出身だからの同行だ。
カイムとエリンジが動揺するように声を次々あげる。
「おい! 案内人が逃げてどうすんだよ!?」
「不味いぞ、あいつがいなければ合流地点が分からん」
「勇者狩りが来た場合も考えて、人数もこれ以上分けるわけにもいかないよ」
困ったようにクロノが肩をすくめた。
カイムの赤褐色の髪にグルグル巻きにされて背負われているライアが、嬉しそうな声をあげる。
「逃げ足どっびゅーん!」
「ラ、ライアちゃんもひょっとして気付いてたの……?」
楽しそうに指差して笑うライアに、リリアが驚愕して口に手を当てた。
そしてルドーは知っていながら放置した元凶に大声をあげる。
「つーか気付いてたなら言えよ聖剣!」
『いやぁ、どのタイミングで気付くかと思ってな?』
クツクツ笑い続ける聖剣を、ルドーは責め立てるようにブンブン振り回す。
その間にもヒルガの方を見ていたリリアから声が上がった。
「お兄ちゃん! このままじゃ見失っちゃう!」
「あぉもう! 追いかけるぞ!」
そう言うが早く、ルドーはまた走り始めた。
砂漠地帯で足が悪い中、砂を撒き散らしながら走り始めたルドーに、他の面子も続く。
「くそが! 限定スイーツといい今回といい!」
「とっ捕まえたら一回締めていい?」
「協力する」
「追いかけっこー!」
地理も知らない砂漠のど真ん中で放置されては、いつぞやの聖女連続誘拐騒動の時のように、ルドー達は遭難しかねない。
余りにも自分勝手なヒルガの行動に、全員が腹を据えかねながら一斉に走って追いかけ始める。
「ていうかなんでライアまで連れてきてるわけ!?」
走りながら、クロノがカイムに苦言を呈した。
勇者狩りが襲ってくるなら、魔人族の国の勇者と最近発覚したライアも危険に晒されると。
どうやらクロノは、誰も気付かなかったメギクが魔人族の聖女と見抜いたのと同様、ライアが勇者になっていると、話していないのに気付いているようだ。
ライアはまだ七歳だ。
勇者となって魔力がさらに増えても、感情で魔力暴走を起こすほど未熟で不安定。
自衛が出来るかどうかといわれたら厳しい。
勇者狩り相手となれば、更に危険だ。
ただカイムも、そんなライアを分かっていて連れて来ることは絶対にしない。
「連れてきたかったわけじゃねぇ! 転移門潜ったらいたんだよこいつ!」
走りながら、ライアを縛り背負って髪で指しつつ、クロノに向かってカイムも吠えた。
「前ので透明化魔法は警戒されるって覚えやがった! 全員が通った後転移門に飛び込んできやがったんだよ!」
「大成功!」
「大成功じゃねぇ! 帰ったら説教だライア!」
背中ではしゃぐライアに、カイムは大声で怒鳴りつけた。
フィレイアで透明化魔法を使ってこっそり後を付けてきたライア。
その成功体験が、今回の暴挙にも繋がったらしい。
しかしフィレイアの際に盛大に怒られて、その上クロノには透明化魔法はなぜか看破される。
そこでライアは、全員が転移門をくぐり終えた、転移門が起動を終える一瞬の隙に飛び込んできたようだ。
流石にそれは、転移門を通った後のこちら側の誰にも防げない。
下手したら腕や足が、起動を終えた転移門で切り落とされる危険行為。
だがライアはよくわかっておらず、してやったりとこちらに来た瞬間、満面の笑みを浮かべた。
保護科生徒にかけられた、脱走防止のための警報魔法のブザーを音を、けたたましく鳴らしながら。
それを見た兄のカイムが、肝を冷やして叫び散らして発覚したのだ。
「連れ戻そうにも門が閉じてんだよ! 合流する以外に戻す方法がねぇ!」
「先生にこっち来てもらえばいいじゃん!」
流石にライアが付いてきているのは想定外の報告案件だ。
エレイーネーには防犯の影響で直接転移できない。
エリンジは勇者狩り対策の要で、転移魔法で離脱することもあまり許容できなかった。
ネルテ先生に転移魔法で飛んで来てもらい、改めてライアを連れてエレイーネー付近に転移させるしか連れ戻す方法はないだろう。
クロノはそう叫んだが、カイムが答える前にエリンジが首を振った。
「砂の攪拌で門が閉じた。通信はギリギリだが、転移は無理だ。どうにもならん」
転移門は本来、勇者狩りと対峙した際の不測の事態に備え、退避にも使う予定ではあった。
それが閉じたということは、転移魔法そのものが使えなくなっているということ。
転移魔法が使えないならば、飛行魔法も同様に使えない。
移動手段が足しかなくなり、ネルテ先生もこちらに来られなくなった。
エリンジの端的な説明に、どうにもならないと分かったリリアが、振り返ってライアを嗜める。
「ライアちゃん! 危ないからもうこんな事しちゃダメだよ!」
「うん、同じ手は使わないよ!」
リリアの叱責に、ライアは堂々とまたやると宣言する。
どうやら、転移門に飛び込む行為が危ない、と言われたと思ったらしい。
付いて来るなと言っているだけなのに、どうにもライアに伝わらず、ルドー達はやきもきする。
「違うってライア! 危ないからついて来ちゃダメなの!」
『おチビちゃんは逞しいな』
「言ってる場合じゃないだろ聖剣!」
『こうなった以上もうどうしようもねぇじゃねぇか』
ルドーは茶化す聖剣とまた言い合うが、聖剣の言う通り、付いてきてしまった以上もうどうしようもない。
結局フィレイアの時と同じように、ライアをカイムから離れないようにするしか方法がなかった。
日照りが悪化し始める。
先を逃げるヒルガは、地元民で砂漠に慣れている。
足場の悪い砂にも、日照りにも影響を受けず、ルドー達はどんどん距離を離される。
「あぁもう! とりあえずヒルガをとっ捕まえるのが先だ!」
風に舞う砂が口に入り、じゃりじゃり噛みながらルドーは叫んだ。
刺すような日差しに汗が吹き出し、勇者狩りの為に温存するべき体力が、無駄に消耗されていく。
遥か先を逃げるヒルガを見失うまいと必死に食らい付きながら、ルドー達は走り続けた。




