第百九十四話 前夜の覚悟
トルポとマー国の勇者が、勇者狩りによって負傷したというニュースは、その日瞬く間にエレイーネー内に知れ渡った。
勇者狩りは二十年前に捕まった時同様、勇者を襲う目的を継続したようだ。
幸いトルポ国もマー国も、トルポ国の製薬施設モルフォゼで、同じ勇者であるルドーが勇者狩りに襲われたという情報に警戒していた。
勇者のみを狙う勇者狩りに、単独行動は危険だと、周囲に人員を配置していたのが功を奏した。
襲われた勇者を庇って身を呈した周囲によって、勇者を殺害されることは間一髪避けられたそうだ。
ただ、マー国の勇者はそれでも重傷を負った。
周囲の人員に守るようされた際、勇者狩りにこう言われたそうだ。
「やはり歪み、平和の象徴ではない」
マー国は統治していた王族が不在且つ、常に水不足に脅かされ、治安が悪い。
その国の平和維持に尽力している勇者と聖女たちは、それぞれが己の責務を全うしていた。
勇者は日々、治安の悪いスラム地域を中心に見回り、住民が犯罪者に襲われないよう、日々治安維持に明け暮れている。
そこに勇者狩りからの一言は、マー国の勇者を激昂させた。
歪んだ勇者のお前がいくら努力しても、マー国は平和になりはしないと。
周囲は挑発だと諫めたが、激昂して冷静さを欠いたマー国勇者は、そのまま勇者狩りに挑み、手酷く返り討ちにあった。
全身をズタズタに切り裂かれ、マー国聖女ウェンユーが間に合わなければ、腕が千切れて戻らなかったという。
治安の悪いマー国で、治安維持に務めるかなりの手練れの勇者でそれだ。
勇者狩りの危険度は、さらにあがってきているといえる。
かなりショックの大きいニュース。
エレイーネー内も、少しずつ勇者狩りに対して不安が広がり始めていた。
『本格的にマズい感じになってきたな』
「このままじゃ、二十年前みたいに勇者が殺されるのも時間の問題なのか」
ルドーは寮自室のベッドに仰向けに横たわり、頭に腕を組みつつ考える。
魔法科だけでなく基礎科と護衛科の話題も、勇者狩りの話で持ちきりだ。
勇者狩りの一番厄介なところは、あの予測できない移動方法。
二十年前もその移動方法に苦戦して、捕獲にかなり手こずったと聞く。
魔法を使わない、純粋なナイフでの手腕だけでもかなりの手練れ。
当時捕獲協力した同盟国連盟も、二十年が経過して同じ状況を作り出すことが困難なのも、今現在の捕獲が苦戦している理由の一つだ。
ルドーは天井を見つめたまま、今日あった魔法訓練を思い返す。
「まぁ、形にはなってきたんじゃないの?」
カイムの髪にぐるぐる巻きにされた状態で、地面に仰向けに倒れたクロノはそう応える。
エリンジは地に伏して倒れ、カイムも座り込んでゼイゼイと疲労困憊。
ルドーも膝をついてもたれるようにレギアを地面に突き刺し、荒く呼吸しながら顔をあげた。
「本当にそう思うか? まだ余裕あるだろクロノ」
「私の性質でそっちの攻撃通ってないだけ。多分あの勇者狩りは違うよ」
カイムの拘束に全く動けないまま、クロノはルドーにそう答えた。
勇者狩りを模したクロノとの疑似戦。
魔法訓練の組手を利用したここ連日の戦闘で、ルドー達はようやく初めて、勇者狩りを模したクロノに一勝を取ることに成功する。
ゼイゼイと肩で息をしながら、カイムもクロノに噛み付いた。
「てめぇ直接見てねぇだろ。なんでわかんだよ」
「勇者狩りの古代魔道具での攻撃の防ぎ方は、モルフォゼの中でも気配で見てたよ。だからなんとなく予想はつくかな」
噛み付くカイムに、クロノは答えつつも満足そうに小さく笑った。
これなら少なくとも、勇者狩りには通用する。
ルドー達はクロノからそうお墨付きを貰えた。
気絶しているエリンジに、リリアが慌てて近寄って回復魔法をかけはじめた。
作戦の一番の功労者且つ、ルドーも想定外の戦い方だった。
だがエリンジの身体への負担も、攻撃力と同じかそれ以上。
前々からルドーとの組手で攻撃を受け続け、まさかあんな提案をしてくるとは。
「これは驚いたね! 三人とも、出来ることを考えてさらに戦い方に思考を重ねる! うんうん、あとは粗削りの部分の調整だね!」
ネルテ先生がそう言って、ケラケラ笑いながら手を叩く。
後ろでボンブも感心するように、腕を組みつつ大きく唸った。
各々で訓練しつつ見学していた他の面々も、驚愕の視線をエリンジに送っていた。
ルドーはエリンジの戦い方に対する負担に、心配になってついネルテ先生に問いかける。
「先生、エリンジのあのやり方いいんすか」
「身体への負担は大きいだろうね。回復が出来る状態でなければやるべきじゃない。まぁそこはエリンジ本人も回復が使えるし、限界がわからないほどバカじゃない。だろ? エリンジ」
リリアの回復魔法でも、ダメージが大きく時間のかかっているエリンジ。
しかし意識は取り戻したようで、エリンジは伏して倒れたまま、ネルテ先生に応えるようにもぞもぞしながら頷いた。
動けるようになって身を起こした瞬間、エリンジはリリアにスパンと大きく頬を叩かれる。
「お兄ちゃんだけでも無茶するのに、エリンジくんまで無茶し始めて!」
「それくらいしなければ、まだ勝てん相手だ」
「だからって、お兄ちゃんみたいに無茶しないで! 何のために一緒にいて、無茶するお兄ちゃんを止めようとしてたの!」
「回復はお前がいる、心配してない」
どこかズレた返答と共に、エリンジはキレたリリアに往復ビンタをくらい続けた。
「なんか、いつも自分がどれだけ無茶してリリに心配かけてるか、客観的に見れた気がする」
『今日の組手か? あれは傑作だったな。無茶する気質が見事に移りやがった』
ベッド脇に立て掛けていた聖剣が、思い出すようにゲラゲラ笑い始める。
まるでエリンジがルドーに影響されたような言い草に、ルドーは不服気味に声をあげた。
「エリンジは俺みたいにバカじゃねぇだろ。何度も組手で攻撃くらって、感覚を試してからやったんだろ」
『一か八かの一発勝負に賭けるよりかは賢い戦い方だ。俺は前者の方が好きだがな、伝説的で』
「貶してんのか褒めてんのかどっちなんだよ……」
『褒めてる褒めてる』
ゲラゲラ笑い続ける聖剣に呆れた視線を向けた後、またルドーは考えるように天井を見つめた。
『何の罪もない、助けを求めている人を、殺す覚悟を、背負える?』
夢のような、湧き出す泉があった空間で、ルドーが問いかけられた言葉。
夢だったのか現実だったのか定かではない。
だがルドーはここ最近、一人夜になる度に、その言葉の意味を考えている。
『……お前最近夜になるとなんか悩んでんな、どうした?』
「いや、なんか変な夢見て。そっからどうにも引っかかってさ」
降りかかってくる問題に、ルドーは必死になって対処し続けてきた。
しかし、歩く災害こそ倒したものの、ルドーは人を殺した経験はない。
ウガラシの騒動の際、パピンクックディビションは、歩く災害に押しつぶされた。
結果的にそうなったものの、ルドー達が殺した結果にはならなかった。
人を殺す覚悟。
勇者狩りは圧倒的な実力差、そして殺意でルドーに襲い掛かってくるだろう。
あれほどの実力差と殺意相手に、手加減など出来るはずもない。
殺そうとしてくる相手には、実力が伴わなければ殺してでも止めるしかない。
勇者狩りがなぜ勇者を殺すようになったか、その経緯は不明なまま。
訳も分からず殺されないように、ルドーは勇者狩りを殺す事は出来るだろうか。
「勇者狩りはさ、手練れな上に、クロノの話じゃ時間かければかける程あぶねぇだろ。でもあんなの相手に手加減なんて出来ねぇし……」
『あぁ、また悪い癖だな。殺そうとしてくる相手にまで、気を使う必要はねぇよ』
鉄線幹部の時といい悪い癖だぞと、ルドーはバチッと聖剣に、頭を叩かれるように雷を弾かれた。
頭では分かっているつもりだが、それでも気持ちまでは追いつかない。
覚悟を決めて挑まなければ、勇者狩りには太刀打ちできないだろう。
勇者狩りを殺す覚悟。
ルドーはそれを抱けるかどうか、悩むように天井に向かって大きく息を吐いた。
『お前のどこまでも相手に気を使う質はもうしょうがねぇけどな。敵にまで向けてたら、その内足元すくわれちまうぞ』
「気を使ってる覚えはねぇんだけど……」
『無意識でやってるから、余計質悪いんだよなお前』
大きく溜息を吐くように、聖剣がパチパチと長く弾ける。
聖剣が言わんとすることは分かるが、ルドーは意図して人を殺したくはない。
だが勇者狩りは、一度殺されそうになった状況から、それを許してくれるほど甘い相手ではない。
『何の罪もない、助けを求めている人を、殺す覚悟を、背負える?』
勇者狩りは既に一度、ランタルテリアの勇者を殺害している。
罪がないわけではない。
何の罪もない、助けを求めている人に、ルドーがどう考えても該当されない。
やはりあの時見た光景は、夢でしかないのだろうか。
疑問を振り払うように、ルドーは両手を広げて大きく伸びをする。
すると不意に、右手の甲のゲリックとの契約紋がルドーの目に入った。
更に考え込むように、ルドーはじっと右手の甲に刻まれた、黒い蛇の紋様を眺める。
ルドーが地獄を脱出する際契約してから、全く音沙汰がなかった契約相手の悪魔、ゲリック。
それがウガラシで、女神像連続破壊犯を祈願持ちから助けろと、突如として動いた。
女神像連続破壊犯は、あの後無事保護されたと、ネルテ先生からは報告されている。
あれだけ散々、ルドーの言葉を拒絶して逃げ回っていた女神像連続破壊犯が、あっさり保護されたというのは未だに信じ難い。
女神像に埋め込まれていた、魔力を奪い有害な鉱石を知っていたこと。
古代魔道具を模した武器を持っていたこと。
女神深教と明らかに対立していたこと。
女神像連続破壊犯については、分からないことが圧倒的に多いまま。
だが無事であるならばそれでいいだろう。
ルドーはそう思って、おおよそイスレ神父のところにでも保護されたのだろうと、女神像連続破壊犯の件は終わりとしていた。
目的を果たしたためか、ルドー達がウガラシから一時退避した際、ルドーの右手の契約魔法の鎖は、いつの間にか消えていた。
なぜ女神像連続破壊犯を助ける必要があったか。
なぜ女神深教の祈願持ちを知っていたのか。
なぜ明らかに女神深教の祈願持ちと敵対する行動をとっていたのか。
様々な疑問に答えないまま、ゲリックはまた音沙汰が無くなってしまっていた。
「あなたが聖剣を持ち続けるなら、いずれ相対する。私の目的はそれです」
ゲリックがあの時言っていたのは、女神深教の事だったのだろうか。
少なくともウガラシのあの時、ゲリックは女神深教の祈願持ちたちと、敵対行動と思える行動をとった。
ルドーの強化に協力したあの時点で、女神深教の祈願持ちたちとの相対を、ゲリックは想像していたのだろうか。
「わかんねぇことばっか増えてくよなホント」
右手の甲の蛇の契約紋を眺めながら、ルドーは溜息を吐き、愚痴るように溢す。
契約魔法についても、分からないことが多い。
同じく契約魔法に縛られているクロノにも、ルドーは一度疑問を投げかけたことがある。
クロノの契約魔法の相手も、ゲリックという悪魔だったりしないかと。
「契約魔法に関しては答えられないよ」
ルドーの質問に赤い目を細めて、契約魔法がかかった左腕を右手で強く握りながら、クロノはそう答えていた。
クロノの契約相手は、かなりクロノに情報の制限を掛けている。
不用意に情報を喋れば、契約魔法の鎖が、クロノの契約した左腕を貫通して攻撃する。
話すことが出来ないなら仕方がないと、ルドーも無理強いする気はなかった。
結局契約魔法についても、ゲリックについても、何もわからないままだ。
『なぁーんか色々悩みまくってんなぁ、大丈夫かそんな調子で。もう明日だろ?』
「まだ粗削りだけど、今日の魔法訓練で成果は出たし。どっちにしろ別件が動いたせいで、依頼が入ったからどうしようもねぇだろ」
心配するような声色の聖剣に、ルドーも溜息を吐いて答える。
今日の魔法訓練の後、マー国本国から緊急依頼が入った。
線連と呼ばれるマフィア組織が、行方不明の王族を携え、国を明け渡せと宣戦布告してきたと。
線連が囲い込んでいる、マー国の行方不明の王族が、アルスと因縁のある、レモコという少女であることは判明している。
その少女によって、ベクチニセンスが所持していた、マー国の古代魔道具も、今回動き始めていた。
マー国の古代魔道具は、マー国王族でなければ動かせないように制限がかけられていた。
王族と共に行方不明になっていたその古代魔道具を見つけ出し、魔人族の魔力を源とする、強大な魔力源とするカプセル装置で無理矢理動かそうとしていたのがベクチニセンスだ。
ウガラシからの一件で、ベクチニセンスもマフィア組織と合流したと報告は上がっていた。
つまり、ベクチニセンスの所持していたマー国の古代魔道具も、マフィア組織に流れている。
カプセル装置もなく動かすことが可能ならば、レモコはマー国王族の生き残りと見てまず間違いはない。
マフィア組織で長く生き長らえ、リリアにも何度も害意を向けてきたのがレモコだ。
シマスのフィレイアでも爆弾騒ぎを起こそうとし、岩人形でカイムを人質にして気絶させるなど、人に害を向けることを、レモコはためらわない。
その少女がマー国王族の古代魔道具を自由に使えるならば、一体どれだけの悪事を働くつもりなのか想像できなかった。
古代魔道具が相手では、同じく古代魔道具聖剣の所持者であり、古代魔道具を破壊できるルドーでなければ対処できない。
だからこそマー国は、エレイーネーを通して、ルドーに緊急の救助依頼を発した。
勇者狩りが暗躍している以上、ルドーがエレイーネーから外に出れば、必ず襲い掛かってくるだろう。
最後に勇者狩りが目撃されたのが、マー国の勇者を襲った現場となれば、近場にいるのも確実だ。
勇者狩りによってマー国の勇者が負傷したタイミングでの、マフィア組織線連からの宣戦布告と、古代魔道具の攻撃示唆。
マー国の状況を見ても、放置できるようなものではない。
だからこそルドー達は、勇者狩りを確実に対処する必要があった。
ルドーは明日、ネルテ先生の指示でエリンジ達とチームを組んで、マー国の依頼に対処するために、現場に訪れる予定だった。
「今までみたいな緊急対処ばっかりじゃない。覚悟、決めないとな。アルスみたいに」
『悩むのは良いが、迷いはなんとかしとけよ。肝心な時に一歩遅れる』
心配するような聖剣の声色に、ルドーはゆっくりと頷いた。
迷いを捨てろと言わないあたり、聖剣なりにルドーを気遣ってくれている。
レモコが絡んでいる一件ときいて、因縁のあるアルスも、キシア達と一緒に今回ルドー達と合同する予定だ。
自分のせいで間違えた道をレモコが進んだと悩んでいたアルス。
しかし今は嫌われても殺されるような目に遭っても、レモコを捕まえてこちらに引き上げてやると、覚悟を固めている。
そのアルスの決意に続くように、パートナーのキシアも同行し、トラストとビタもチームで行動する決意を固めていた。
今回は元々治安の悪い状態のマー国での出来事。
情報が錯乱して、現場に向かわなければどのような状況になっているか判断が出来ないという。
現場に向かわなければ、作戦が立てられない状況。
しかし現場に向かえば必ず、近場にいる勇者狩りが襲ってくる。
だからこそ、勇者狩りに確実に対処できる目途が立ってから依頼に向かうようにと、ルドーはエレイーネーから指示されていたのだ。
今日の魔法訓練で、ようやくその目途がたった。
決意を固めるように、ルドーは右手を掲げて拳を握りしめる。
「今日の訓練の要領で、エリンジ達と一緒に、勇者狩りから古代魔道具を奪い返す。そんでマー国に迫ってるっていうマフィアの、線連の古代魔道具もぶっ壊す」
『甘っちょろい方向に落ち着いちまうか。まぁらしいっちゃらしいし、余計難しいから腕が鳴るぜ』
呆れつつもクツクツ笑うように、聖剣が小さく弾ける。
人を殺す覚悟、勇者狩りを殺す覚悟。
それはまだルドーには持てる自信がない。
しかしそれでも、殺す以外に全力を尽くすことは出来るはずだ。
『何の罪もない、助けを求めている人を、殺す覚悟を、背負える?』
「殺さない覚悟。背負えるなら、俺はそっちを背負いたい」
頭の中で、あの時の声がまた小さく響く。
泉で見かけた小さな少女に答えるように、ルドーは一人、虚空に向かってそう呟いた。




