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第百九十二話 化け物の裏側

 

 勇者狩り対策の疑似戦をするようになってから、数日が経過した。

 相変わらず動きが掴めず、ルドー、エリンジ、カイムの三人は、その対策に苦戦している。


 手も足もでないままの組手が続き、あまりの進歩のなさ。

 ルドーも少しずつ、不安と焦りが募り始めていた。


「焦れとは言わないけど、時間かけるほど厄介になると思うんだけど。あれ」


 魔法訓練後の、夕食に向かう廊下。

 肩を落として歩くルドーに、クロノの呆れた声が大きく聞こえた。


 返事のないルドーの代わりに、隣にいたリリアが答える。


「クロノさん、時間かけるほどって?」


「いやだって勇者狩りは、シジャンジュ監獄に二十年収監されてたんだよ。ブランクも半端ない上に、あの時ひどい手負いだったもの」


「あぁ? 怪我なんて見てねぇぞあの時」


 クロノの指摘に、対策を必死に考えていたカイムが顔をあげて噛みつく。


 ルドーも話に勇者狩りに襲われた時を思い返す。

 だがクロノが指摘するような、ひどい手負いらしき外傷が思い浮かばない。


 それともあの時現れた病祈願(やまいきがん)にでも、知らぬ間に負傷を負わされていたのだろうか。

 それでもルドー達と交戦したのはその前なので、時系列が合わない気がする。


 思い当たる節がないルドー達の様子に、クロノが肩をすくめてやれやれと話し始めた。


「正面しか見えてなかったわけね。後頭部にどでかい穴空いてたんだよあいつ。多分収監の際に埋め込まれる、囚人用魔封じ、自力で頭から抉り出したんだろうね」


「でぇっ!? 極悪囚人の後頭部に埋め込まれるってあれか!?」


「そっ、それを自分で、頭に穴を空けて、抉り出してたの!?」


 クロノの話に、ルドーとリリアは驚愕の声をあげた。


 クロノの横にいた、人間側の事情を詳しく知らないカイムも、話の内容に目を見開く。

 リリアの横で思案する無表情だったエリンジも、話の内容に驚いて顔をあげた。


 三大監獄に収監される囚人は、更正を目的とされていない。

 そのため、自力で魔法を使った脱獄をしないよう、収監の際強力な魔封じを、自力で摘出できない後頭部に埋め込まれる。


 たとえ外部の仲間が囚人を脱獄させたとしても、後頭部を大きく開かなければ、その魔封じは摘出出来ない。

 外傷に回復魔法が多く利用されるこの世界で、かなりの外科的技術が必要となるのだ。


 回復魔法を使いながらの摘出は、魔封じを引き抜く前に、開いた傷口を塞ぐ。

 そのため、囚人を脱獄させても、魔封じを外すことが不可能とされていたのだ。


 勇者狩りはその魔封じを、死ぬか死なないかの一か八かでナイフを後頭部に突き立て、無理矢理抉り出した。


 にわかには信じられないが、クロノがそれを確認したというのなら、恐ろしい執念だ。

 そんな手負い状態でルドーを襲ってきた勇者狩りは、もはやただの犯罪者では片付けられない。


 驚くルドー達の反応を見て、クロノは非難するようにすっと目を細めた。


「重度な手負いな上に、二十年のブランク持ち。ランタルテリアで勇者を殺した時と、ルドーが襲われた時は、比べ物にならないくらい弱体化してたはずだよ。なのに、いつまでその状態に手も足も出ずに手こずってるつもり?」


 クロノの最もな指摘に、ルドーはなにも言えずにまた黙り込む。


 魔封じを抉り出した傷口をそのままにしたということは、勇者狩りは回復魔法を使えない。


 それでも時間が過ぎれば過ぎるほど、勇者狩りはその怪我が少しずつ癒えていき、ブランクの感覚も取り戻されていく。


 勇者狩りは、放置すれば放置するほど、危険度がよりあがっていく相手だった。


 確かにクロノの言うとおり、弱体化している状態の相手に躓いている場合ではない。


 それはわかっているのだが、勇者狩りを模したクロノとの組手を続けても、どうにも姿が掴めないまま。


 ここに来て勇者狩り対策は、解決策を見いだせない状態に陥っていた。


「そこまでわかっていたなら、なぜあの時出てこなかった!」


 廊下から食堂に続く中央ホールに差し掛かったあたりで、憤るエリンジがクロノに大きく怒鳴り付ける。


 あの時、病祈願(やまいきがん)が現れたせいで、一番の戦力であったクロノは表に出てこなくなった。


 確かにそこまで理解していたクロノが戦っていれば、勇者狩りも物理的な攻撃だけのため、ルドー達もそこまで苦戦しなかったかもしれない。


 だがそれは、あくまでたらればの話だ


 エリンジの指摘に、クロノはイラつくように眉間にシワを寄せる。


「私がいるときに襲われて、私が対処出来るならそうするよ。でも、私がいないときはどうするつもり? 今の君たちだけの状態で、自力で対処しきれるわけ?」


 クロノの更なる指摘に、エリンジは悔しそうに歯噛みして黙り込んだ。


 勇者狩りの殺害目的は勇者、つまりルドーだ。


 ルドーの傍に、四六時中クロノがいるわけでもない。

 たとえクロノが対処したとしても、それは根本的な解決にはならない。


 エリンジも、クロノの指摘は理解しているはずだ。

 勇者狩りは、ルドー達が自力で対応できなければ意味がない。


 しかしそれでもエリンジも思うところがあるのか、大きく怒鳴るように声をあげた。


「偉そうに言うばかりで、お前は肝心なときに戦わないだろ!」


「文句あるなら私より強くなってよ! 一度だって私に勝てたことないじゃん!」


 強さに拘るエリンジに、一番効く言葉を投げつけられた。


 クロノは吐き捨てるようにそう言うと、足取り荒く食堂の方へと一人先に進んでいってしまう。


 やっぱりエリンジとクロノは、相性が恐ろしく合わない。


「あぁくそ! おいクロノ待てって!」


「クロねぇ!」


「カイにぃ待って!」


 カイムが三つ子を連れて、慌ててクロノを追いかけていくのを、ルドーは眺める。


 ルドーは視線を横に移せば、クロノに言い負かされたエリンジは、肩で荒く息をしつつ、言葉を探すように口を動かしていた。


 ルドーはリリアと二人、小さく息を吐きながら、どうしたものかと顔を見合わせる。


「俺たちが勇者狩りと戦えないと意味ないだろ、エリンジ」


「そうだよエリンジくん。せっかくクロノさん協力してくれてるのに、言い過ぎだよ」


 ルドーとリリアで、流石に擁護できずエリンジを嗜めた。


 どこまでもまっすぐなエリンジは、強大な力を持っていながら、戦おうとしないクロノに業を煮やしたのだろう。


 しかしクロノが言っていたことも最もだ。

 狙われているのはルドーなので、危険に晒され続けるのはルドーでしかない。


 それにルドーにはクロノが戦えない理由も、なんとなくトラウマ絡みだとわかっている。

 嫌がる戦いは無理強いするべきではないのだ。


 だが上昇思考の強いエリンジには、そもそもその考えが理解できない様子だった。


「エリンジ、あれでもクロノは、俺たちのこと信頼してきてくれてんだぞ」


「信頼だと? 肝心なときに役に立たん事がか?」


「それは確かに困るけどさ。前だったらクロノは、ダンマリでなにも言わないまま、事情の説明なんて何一つしてくれなかっただろ」


 ルドーはエリンジを落ち着かせようと、エリンジの怒りにも寄り添いつつ、クロノの変わってきた態度を指摘する。


 以前のクロノならば、ルドーが気配を教えて欲しいと頼んでも、断りの一言で済ませただろう。

 そしてルドーの話を聞いても、クロノから組手を提案してこなかったはずだ。


 何も話さなかった以前とは違う。

 ルドー達を信じようとしてくれているからこそ、少しずつクロノからも歩み寄り始めている。


 しかし力があるなら戦うべきだと考えているエリンジは、理解しきれないように、フンと大きく鼻を鳴らす。


「あれのどこが歩み寄りだ」


「かなり遠回りだし、クロノも正直に言わねぇから、エリンジにはわかりにくいかもしれないけどさ。クロノなりに、俺たちに頼ろうとしてくれてるんだと思うぞ」


「そうだよエリンジくん。敵の目の前に立って戦うだけが、信頼関係でも、強さでもないでしよ?」


 ルドーはリリアと二人で、理解できないままのエリンジになんとか説明しようとする。


 しかし誰も勝てない強さを持つクロノが、肩を並べて戦うならまだしも、頼ることがエリンジには理解不能のようだ。


 クロノに言い負かされて苛立つままに、エリンジもスタスタと一人食堂の方へと歩いていってしまった。


『あーあーあー。まるで入学したばっかの頃だな』


「……お兄ちゃん、私嫌な予感がする」


「しばらく注意して見てねぇとダメそうだな……」


 食堂に遅れて向かいながら、ルドーはどうしたものかと腕を組んで首をかしげる。


 エリンジの主張は強引で一方的だが、問題に対処出来る程強いなら戦うべきだと言う言葉も、確かにその通りではある。

 実際化け物身体能力のクロノには戦ってほしいと、ルドーにも思う所はある。


 ただ戦闘対策が上手くいかないエリンジだけでなく、クロノもかなり焦っているようにルドーには思えた。


 以前のクロノならば、エリンジの批判にも、距離をおいて無視していた。

 あんな風に感情的に言い負かすなんてことはしない。


 ライア達三つ子や、周囲の危険を鑑みて逃走を続けていたクロノに、カイムは戻って来れるようにと、強くなると大きく叫んでいた。


 エリンジとネルテ先生の奪われた魔力が戻り、不老不死の祈願持ちを倒せる目処がたったからこそ、クロノはエレイーネーに戻ってきた。



 しかしルドー達は、クロノが思っていたより強くなっていなかった。



 だからクロノは失望して焦り始め、ルドー達を鍛えるために、組手を手伝い始めているのではないだろうか。


 もしルドーの推測通りならば、エリンジがクロノにいくら訴えても、現状は解決しない。


 やはり勇者狩りをなんとかしなければ、ルドー達が強くならなければ、このエリンジとクロノのわだかまりは解決しないのではないだろうか。


「対策、色々考えるしかねぇな」


「お兄ちゃんがんばって」


 しかしエリンジとクロノの問題は、ルドーが思ったより早期に悪化していた。


 ルドーが考え事をしながらリリアと共に夕食を終え、対策を考えながら共通区画の廊下を歩いていた時だ。

 先の廊下からピリピリと気まずい空気が漂う。


 空気の原因は当然、エリンジとクロノだ。


 カイムと三つ子と一緒にいるクロノの隣に、エリンジが猛然と佇んでいる。


 クロノは背を向けているため、ルドーからは表情が見えない。

 カイムが険しい表情を浮かべて、不安そうな三つ子を傍に引き寄せている。


 人気のない廊下が、エリンジとクロノから発せられる、苛ついた空気に支配されていた。


 どうやらエリンジはあの後、納得できずにクロノにさらに追撃に行ったらしい。


 エリンジは止めるべきだった。

 ルドーがリリアと揃って、あちゃーと片手で顔を覆う。


 これ以上悪化しないよう、慌てて二人に近寄ろうと走る。


「それだけ強いなら戦うべきだ! それだけ力を手に入れておいて、なぜ義務を果たそうとしない!」


「……言いたいことはそれだけ?」


 ルドーがリリアと一緒に近寄っている間にも、エリンジとクロノの応酬は続いている。

 激昂して声を荒げるエリンジに対して、クロノの声は恐ろしく低い。


「おい、おい、もういいだろが。その辺にしとけよ」


 カイムもなんとかクロノを嗜めようとしている。

 だがクロノもかなり苛立っているのか、いつもだったら耳を傾けるカイムの声も、今はあまり効いていない。


 カイムはクロノの様子を心配しつつも、エリンジの言い分も理解できるため、エリンジを否定して止めきれない。


 二人の剣幕にカイムも顔を顰めているものの、どうしたらいいかわからないようだ。


「エリンジ、クロノは協力してくれてるっつってんのに……」


「お兄ちゃん、かなり空気悪いよあれ」


『あーあ、もう止まんねぇぞあの二人』


 会話が聞こえてきて、ルドーはまた頭を抱える。


 エリンジはエリンジなりに、あれでクロノを励ましているつもりだ。

 トラウマに捕らわれるな、それだけ強いなら自信を持って戦えと。


 それなりの付き合いになったからこそ、エリンジの善意がルドーにはわかる。


 だが相手は、どこまでもエリンジと相性の悪いクロノだ。

 案の定悪い方向にしか、クロノには伝わっていない。


 ルドーのような仲介がいないと、エリンジとクロノはまともに会話できない。

 これ以上悪化しないでくれと、ルドーは走る足をさらに速めた。


「初期の手違いこそあったが、少なくともお前は今エレイーネーにいる! トラウマか何か知らんが、強者ならばあいつらを打倒して乗り越えるべきだ!」


「いい加減にしてよ! 君たちと一緒にしないで!」


 ルドーとリリアが止めに入るよりも先に、クロノが立ち上がってエリンジに大声をあげた。

 エリンジのあいつら、女神深教を示唆した言葉が、とうとうクロノの琴線に触れたようだ。


 ルドーはその叫びに、間に合わなかったと瞬時に察する。


「強者なんて、なりたくてなったわけじゃない、結果的にそうなってるだけ! 戦う理由が、強くなりたい理由がある君たちと、私はそもそも一緒じゃない!」


 クロノの叫びに、ピリついていた廊下がしんと静まり返る。


 想定外の返答をされて、流石のエリンジも驚愕の無表情を浮かべて固まっていた。


 強者になりたくてなったわけではないと、クロノは叫んだ。

 しかしクロノの化け物身体能力は、そう簡単に到達できるようなものではない。


 言われた意味が分からず、エリンジは勢いを失っていく。


「高みを目指さなければ、その強さは……」


「おい、やめろってエリンジ!」


 ようやくエリンジの横に、ルドーは追いついた。


 一旦止まるようにとエリンジの肩を叩き、正面を向いたルドーの目に映ったのは、今にも泣きそうなほどに、赤い瞳に恐怖がべったりへばりついているクロノ。


「違う、何度も言わせないで。私は結果的にこうなっただけ。君たちみたいに、目的意識があって強くなったわけじゃない――――怖かっただけ」


 いつもの飄々とした態度とは真逆の、強者とは全く言えない、肩を震わせた姿。


 想定外の姿を目にして、エリンジは呆然と言葉を失っている。

 傍に来たリリアが息を飲み、不安に顔を見上げる三つ子がしがみ付いていたカイムが、怯えるクロノに少しでも近寄ろうとそっと手を伸ばした。


「常にどこに敵がいるかわからない恐怖に、耐え続けることが出来る? いつ家の窓から、全く抵抗出来ないあいつらが乗り込んでくる想像を、どうやって振り払える?」


 身をかがめるように頭を抱え始めたクロノは、赤い瞳が恐怖に大きく見開かれていた。


「私はね、あいつらが怖くて怖くてたまらないのよ。だから、あいつらのことなんか何も考えずに、必死こいて身体動かしてただけ。無心になって身体鍛えてれば、少しでもその恐怖を忘れられたから」


 ルドーは、隣で驚愕に大きく目を見開いたエリンジと共に、呆然とした。


 クロノから告げられた真実。


 ルドー達が誰も敵わないクロノの化け物身体能力。

 その強さそのものは、クロノの恐怖心の裏返しだった。


 女神深教の祈願持ち。

 それに対するクロノの恐怖は、ルドー達が考えていたより、ずっと重く深いものだった。


 そして女神深教の祈願持ちに対する恐怖心が、クロノを今の化け物並みの身体能力に鍛え上げた。


 どれだけ穿って考えても、それは正常な精神状態ではない。


 一方で、少なくともエリンジにとっての強さは、高み目指す崇高なもの。

 傍でずっと見ていたルドーも、何となくそれは察していた。


 だからこそ、エリンジも一度も勝てない程の実力を持つクロノに、態度に苛立ちながらも一目置いていた。


 だがクロノの強さの実態は、己を高める崇高な物でもなんでもない、恐怖心の裏返しによる強さ。


 化け物並みの力を手に入れる程突き動かす恐怖の相手に、エリンジはずっと戦って乗り越えろと叫んでいたのだ。


 崇高な強さを求めたエリンジの叫びは、クロノにとって恐怖心を煽っているだけ。

 エリンジの励ましの叫びが届くはずなど、最初からなかったのだ。


「私を戦わせたいなら、戦っても安全だって思えるくらい、強くなってよ……お願いだから。君たちが自衛できない状態で、むざむざ惨殺されるとこ見てろっていうの? 私だけいくら強くたって、それじゃ何の意味もないのよ」


 身体を蝕む恐怖を抑え込むように、クロノは大きく息を吐き出す。

 頭を抱えていた腕をゆっくりと降ろして、エリンジに向き直った。


 そこにはどこまでも恐怖に蝕まれた、怯える一人の少女が必死に立っている姿しかない。


 やはりクロノは今話した内容から、ルドーが予測した通り、ルドー達が強くないから協力していたのだ。

 しかしその根底には、先程語った恐怖心から突き動かされている実態がある。


 エリンジはもはや何を言っていいかもわからず、完全に狼狽えていた。


 励ましの言葉を投げたつもりが、それが恐怖心を煽っていただけだと、そう答えられたために。


 廊下に、重苦しい沈黙が続く。


 しかし厄介な事は、厄介な事の後に更に続く。


「――――クロノ?」


 ルドー達が歩いてきた、中央ホール方面から響いた声に、クロノがカッと大きく目を見開いた。


 赤い目の底に、真っ黒にどす黒い、ルドー達が見たことも無い、狂気に満ちた恐怖が渦巻いている。



「クロノ、クロノか! 戻ったんだな!? よかった、無事だったんだな!?」


 ファブの大型魔物暴走ビッグスタンピードに出向いていたが、たった今戻ってきたらしい。


 長らく行方不明だった実妹のクロノの姿を見て、大型魔物暴走ビッグスタンピード対応の疲れも吹き飛び、大慌てで走り寄って来たのはイシュトワール先輩だった。


 クロノの実兄であるイシュトワール先輩。

 その声を聞いて、狂気に近い恐怖の瞳を浮かべたクロノは何を考えている。


 少しずつ感情が分かるようになってきたのに、ルドーには今のクロノの心情が何一つ理解できない。


「……兄さん」


「! なんだ、クロノ、なにか話か!?」


 クロノがイシュトワール先輩に、ずっと避けていた家族に、初めて声を掛けている。


 人生で初めて声を掛けられたというように、イシュトワール先輩は歓喜に震えた。

 顔いっぱいに笑顔を浮かべ、両手を広げて背を向けたままのクロノに近寄って行く。


「……全部終わったら、事情はちゃんと話す。だから――――



 ――――それまで接触してこないで」



 ずっと気を配っていた実妹に、初めて声を掛けられて舞い上がっていたイシュトワール先輩。

 声を掛けられ喜び近寄っていたが、クロノのどこまでも冷たい言葉を聞いた瞬間、驚愕にビタリと固まる。


 余りにショックだったのか、イシュトワール先輩はそのまま真白な灰になって、サラサラと崩れていった。


 期待させてからのあんまりな落とし方に、ルドーは非難するようにクロノに視線を戻す。


 するとクロノは帽子の鍔を強く握り込んで、また目を隠すように深く被り直していた。

 まるで本心を隠すようなその仕草に、一体クロノは何を思っているのだろうか。


 イシュトワール先輩への対応に、流石のカイムもクロノに声を掛けようとする。


「おい……」


「ごめん、カイム、お願い」


「あぁ? おい、どうした、おい?」


 クロノはそのまま困惑しているカイムの腕を掴み、同じく困惑の声をあげる三つ子ごと、ずるずると引き摺って立ち去っていった。


 残されたのは、エリンジとの口論の気まずい沈黙と、真白の灰になったイシュトワール先輩。


「……なんか、今回、本格的にダメかもしれねぇ」


「お兄ちゃんしっかり」


『流石の俺も、茶化す隙がねぇ』


 勇者狩り対策に連携が取れてきたと思ったら、木端微塵に打ち砕かれた。

 気まずい沈黙に、ルドーはどうしようもなく天を仰ぐ。


 ルドーは虚空を見つめて呆然と立ち付くエリンジに、溜息を吐いて現実に引き戻そうと肩を揺する。


 一番強いはずの、クロノの心が折れたかもしれない。


 考えられる最悪な予想を頭から振り払うように、ルドーはエリンジをさらに揺さぶり起こした。


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