第百八十九話 勇者狩り《脅威》と病祈願《脅威》
建物の振動に、その場の全員が何事かと狼狽えていた。
この攻撃の響き方、ルドーが外で規格外の攻撃を使った可能性が高かった。
周囲を巻き込むことを考慮しても、それを使わなければならないと判断するような、火急の事態が発生している。
「リリアさん! お待ちになって!」
咄嗟に走ろうとしたリリアを、キシアが押し留める。
「だって! この攻撃、お兄ちゃんが!」
「今の振動は、確かにルドーさんで間違いありませんわ! しかし安易に飛び込んで、あなたが敵に捕らわれたら、一番窮地に陥るのもルドーさんですのよ! ここは外の様子を確認してから出るべきですわ!」
「そうですや! 特効薬も、試作品が完成しましたや! 治験はまだですが、後の問題は周囲の一掃だけなんですやよ!」
息を荒げるリリアに、まず冷静になるようにと、声を掛けるキシアとカゲツ。
その後ろで、攻撃に倒れていたところから立ち上がったノースターも近寄ってきた。
『マフィアの元幹部もこの通り捕まえたし、クロノさんもいるから問題は……あれ』
捕まえた鉄線元幹部を指差し、ノースターは一番の戦力を根拠にしようと振り返る。
しかし見たものに理解不能と、空中に大きく魔法文字を浮かべた。
大きく輝く「?」の魔法文字に、全員が気付いて視線を向ける。
その視線の先にいたのは、両手で身体を守るように腕を抱き、壁に背中を押さえ、身を縮めてガタガタ震えるクロノ。
リリアには覚えがある、クロノのその怯え方。
リンソウで縁祈願に、エリンジとネルテ先生が襲われた時と同じだ。
怯えるクロノに驚愕する周囲を置いて、リリアはまさかと真っ青になって走り寄る。
震える肩を叩きながら、呼び掛ける様に必死に声を掛けた。
「クロノさん、まさか……」
「やだ……やだ……病気振り撒いた後なんて、滅多に戻って来ないのに……その確認についてきたのに……なんで……全部終わった今戻ってきてるの」
帽子の下で赤い目が、恐怖に大きく見開き、ブツブツとうわ言を続けるクロノ。
だが、リンソウの時と同じクロノの状態に、リリアは確信に至った。
女神深教の祈願持ちが、今ここにきている。
――――どうして。
この場で一番強いはずなのに。
いつだって誰よりも現実的に、問題に対処するのに。
キシアに向かって、厳しくも思いやる言葉をかけて、その身を案じていたのはつい先ほどなのに。
それだけの強さがあって、どうして怯えて震えるだけで、戦おうとしないの。
それなら弱いだけの私は、どうしたらいいの。
このままだと兄が、ルドーが、どんな目に遭うかわからないのに。
「クロノさんってば!」
一番強いはずなのに、最も怯えるクロノを現実に引き戻そうと、リリアは大きく声をあげて掴み掛った。
勇者狩りとの戦闘は、熾烈を極めていた。
一方的な蹂躙に、ルドー達は苦戦を強いられる。
古代魔道具の聖剣レギアの攻撃は、防御魔法を貫通する。
歩く災害の強大な魔力層も貫通するそれは、攻撃がまるで通じない唯一例外のクロノを除き、今まで防がれたことはなかった。
攻撃が効かなかったクロノとは違う、明らかに防がれた動き。
最終手段であったはずの雷竜落を防がれ、ルドー達は突破口を見失っていた。
「いってぇ……」
「ルドー、建物を背にして後ろに回れ、カイム」
「くそが、回復かけてもかけてもキリがねぇ……」
カイムがルドーの傍で髪を光らせ、回復魔法をかけつつ舌打ちする。
回復魔法に治っていく傷口に、ルドーの口から呻き声が漏れた。
度重なる死角からの攻撃。
強烈な殺気に間一髪で躱しているものの、ルドーは勇者狩りに切り付けられ続けていた。
少しでも死角を減らそうと、エリンジが建物の傍まで、傷付いたルドーを誘導する。
青かった制服は、ルドー自身の血で、もはや真っ赤に染まり上がっている。
度重なる負傷に、ルドーは肩で荒く息を吐き出しながら、エリンジとカイム二人掛かりの回復魔法を施される。
二人が警戒して、ルドーの傍に居てくれたから、まだ何とかルドーは持ちこたえていた。
一撃に、また姿が消えた勇者狩りを警戒しつつ、エリンジが話す。
それは、ここ最近のルドーに対する依頼で、最も危惧すべきことだった。
「聖剣、まさかとは思うが、奴が持っているもの」
『あぁ、最悪だ。古代魔道具使ってやがる』
聖剣の言葉に、エリンジもカイムも、厄介さが増してさらに顔を顰めた。
ルドーがとっておきの奥の手として使った、雷竜落を防いだカラクリ。
中心の直撃する位置で、ルドーが勇者狩りに向かって上空から発生させた雷竜落。
勇者狩りは、皿の様に丸くて薄いものを上に掲げて、盾のように雷竜落を防ぎきってしまった。
防御魔法を貫通する古代魔道具の攻撃も、同格の古代魔道具なら防ぐことは可能だ。
掌に収まるほどの、見たことも無い形をした、皿状の小さな古代魔道具。
よくよく見ればそれは、両掌で収まるほどの大きさの、羅針盤だった。
勇者狩りが盾のように使っているそれが、聖剣レギアの雷魔法の攻撃を、尽く防ぎきっていた。
「グルアテリアのやつか、依頼にあった……」
「奪取された時期とやつの脱獄時期が合わん。どうなっている」
「んなもん後で考えろや! あいつどう対処するつもりだ!」
『また来るぞ!』
バチンと警告する聖剣に、ルドー達三人が一斉警戒する。
建物を背にして、ルドーを守るように両脇についたエリンジとカイムも掻い潜られた。
ルドーの後頭部に、重い衝撃が走る。
モルフォゼの建物の上、壁を背にしたルドー達の死角から、勇者狩りが跳び降りて襲い掛かる。
後頭部を強く掴まれたまま、前方に勢いよく、落下の勢いも利用して、ルドーはうつ伏せにドスンと激しく引き倒された。
倒れた衝撃に、口に飛び込んだ土の味が広がる。
構えた状態で引き倒されたせいで、聖剣がルドーの下敷きになって動かせない。
腕輪についた雷の盾も、腕が下敷きになって起動できない。
ルドーが攻撃を防ぐ手段を、全て封じられた。
エリンジやカイムが反応するより、勇者狩りが動く方が早かった。
――――殺される。
顔から地面に倒れ、視界が地面いっぱいで、ルドーには何も見えない。
何も見えないはずなのに、ルドーの心臓を狙う、サバイバルナイフの異様な殺気の気配。
背後の強烈な殺気が迫ってくる感覚だけ、やたらゆっくりと感じた。
「あったまいってぇ。あーめんどくせ」
どこかで聞いたことがあるような声。
あわやルドーの心臓を一突きと言う所で、サバイバルナイフがビタッと背中で止まった。
即座にエリンジがハンマーアックス、カイムが髪の刃と、揃って攻撃を叩き付けるも、また攻撃は空を切り、勇者狩りは姿をくらます。
「痛めつけるまでならいいんだが、勇者殺すのは、まぁーよくない。崇高な女神様の仕事増やすなって。あーいてぇ……」
前方から聞こえてくる声に、ルドーはゆっくりと顔を上げた。
先程の勇者狩りの殺気からのものとは、また違う冷汗が流れ始める。
疫病の特効薬の為に、モルフォゼに来たはずなのに。
どうしてこうも、想定外ばかり発生するのだ。
ブシュッと、まるで瘴気が噴き出して拡散するかのように、黒い煙がその男から発生する。
潮風に揺れた黒い煙が、ゆっくりと霧の様に、周囲に飛散し始めた。
薄汚れた包帯、その下に少し見えるイボだらけの皮膚。
瞳孔も分からない、真白に濁った瞳の小男。
トルポに疫病を撒き散らした張本人。
女神深教の病祈願だ。
「歪んだ使途……」
最初に一言発してから、ずっと無言だった勇者狩りの声が聞こえた。
一気に警戒度をあげたエリンジとカイム、そして立ち上がったルドーが、病祈願に構えつつ、声のした方向に視線を向ける。
少し離れた場所に佇んでいた勇者狩り。
その淀んだ灰色の瞳は、ルドーではなく、病祈願の方に向いていた。
まるで得物を捕えるかのように、ゆっくりとサバイバルナイフを目の前に構えている。
先程呟いた勇者狩りの言葉、「使途」。
少なくとも勇者狩りは、女神深教か祈願持ちについて、なにかしら知っている様子だ。
勇者狩りは一旦ルドーから、病祈願に標的を変えた。
ルドー達はゆっくりと視線を病祈願に戻す。
病祈願は、痛む頭を押さえる様に、首をもたげながら片手で頭を抱えている。
その体から、新たに緑や青の、よくわからない煙を、雲の様に大量に発しながら。
ウガラシの、あの凄惨な光景が頭を過る。
警戒する緊張に、張り詰めていく空気。
クロノの説明では、病祈願は、病気を自在に操る。
病祈願から発せられている、正体不明のあの煙は危険だ。
改めて聖剣を構え直しながら、ルドーはエリンジとカイムの間に入るように、モルフォゼの建物を背にして後退する。
勇者狩りの目的や意図は、今のところ何もわからない。
ただ、勇者であるルドーの殺害より、祈願持ちに対する敵対心の方が強いのは、溢れ出る殺気を押さえようともしない、勇者狩りの様子から見るに明らかだった。
しかし共闘できる相手だとは、散々攻撃された後では、ルドーにはとても考えられない。
敵が病祈願に絞られたわけではない。
ルドー達にとって未知の敵が、敵対する者同士の隣に、増えて現れただけだ。
状況は先程よりも酷いことになっている。
もうルドー達の手に負える状態ではない。
ルドーは視線を病祈願と勇者狩りから離さないまま、小声でひっそりと話し始める。
「エリンジ、ネルテ先生は」
「通信が効かん。おおよそ勇者狩りの古代魔道具の妨害だ」
「連絡取れなくなってんなら流石に気付くだろうよ。ボンブならあの殺気駄々洩れ野郎の悪意、この距離でも嗅ぎつけらぁ」
「そうか。カイム、クロノは?」
「こっちも通信効かねぇ。まぁあの包帯がいるんじゃ、まず出て来ねぇよ」
病祈願の方を睨み付けながら、カイムは低い声で小さく応える。
未だルドー達の誰も敵わない戦力を持つクロノは、祈願持ちに対して極度に怯えている。
リンソウでも、祈願持ちが出てきた際、戦うどころか全く表に出て来なかった。
一番の戦力のはずのクロノは、今一番あてにできない。
――――冷静になれ、目的を見失うな。
緊張に息が荒いまま、ルドーは必死に状況を整理する。
ルドー達がモルフォゼに来たのは、疫病の特効薬開発に必要な、ノースターの作った魔法薬を届けるため。
魔法薬は届け終え、今は特効薬開発を待っている状況だ。
この状況で、ルドー達がするべきことはなんだ。
特効薬を作っている以上、施設の移動は出来ない。
鉄線の残党もほとんどいなくなった今、ルドー達が達成するべき目標は、特効薬の開発。
ルドーは次に、敵の行動を考える。
勇者狩りは、チュニ王国勇者のルドーを狙ってここに現れた。
一方病祈願は、特効薬に気付いて、阻止する目的でここに来たのだろうか。
疫病を撒き散らした張本人である以上、その可能性は高い。
ならばルドー達がすることは、勇者狩りと病祈願、この二人を追い返すか、ルドー達自身が囮になって、特効薬を開発しているモルフォゼから遠ざける事だ。
先程の実力差と、不老不死の祈願持ち相手では、追い返すことは難しい。
ならばルドー達が囮になって、モルフォゼから遠ざける事が得策。
ルドーの考えがまとまると同時に、傷付けられて荒くなっていた息も、自然と収まっていった。
やるべきことは決まった。
ルドーがエリンジとカイムにそう話しかけようとした瞬間――――
――――勇者狩りが動いた。
ルドー、エリンジ、カイムで睨み付ける様にしていた勇者狩りが、唐突に、なんの予備動作もなく消える。
動きのない病祈願に警戒しつつ、ルドー達は勇者狩りがどこへ消えたかと、必死に視線を巡らせる。
しかし勇者狩りの動きも分からず、ルドーたちは一方的に蹂躙され続けた。
やはりどこに移動したかわからないまま、ルドーは聖剣に呼び掛ける。
「聖剣」
『転移じゃねぇ。なんなんだよ、全く追えねぇ。気を付けろ』
「相手も古代魔道具持ちだ。その影響かもしれん」
「あっちもまだ攻撃方法分からねぇぞ、目ぇ離すな」
カイムがそう吐き捨てた瞬間、病祈願の顔面に、後からドスッとサバイバルナイフが貫通した。
勇者狩りの死角からの攻撃。
本来なら一撃で死に至る、洗練されたその動き。
だがやはり、不老不死の能力を持つ、病祈願相手には通用しない。
薄汚れた包帯は、病祈願の顔も覆っている。
おおよそ眉間らしき位置から突き出た、勇者狩りのサバイバルナイフ。
戦祈願や縁祈願と同じように、頭を貫くその攻撃に、病祈願は全く痛みを感じている様子が見られない。
手応えのない病祈願に、勇者狩りは目を細めた。
汚れた包帯を赤く濡らし、滴る血をべろりと舐めた後、病祈願は話し始める。
「あぁー、おまえさぁ、なんで勇者殺そうとしてるわけ?」
病祈願が、顔面から覗いているサバイバルナイフの刃先を、ひたりと摘まんだ。
サバイバルナイフを引き抜こうとした勇者狩りの腕が、その動きにぐっと止められる。
瞬間、まるで空気砲のように、勇者狩りに向かって紫の煙が、病祈願の脇腹からブシュッと勢いよく噴出した。
勢いよく発射された紫の煙に、勇者狩りは驚いたように目を見開き、サバイバルナイフから手を放して即座に消える。
紫の煙が当たらなかった様子に、病祈願は濁った白い瞳を向け、口角をあげた。
「へへっ、動き止めるにはナイフ掴むんじゃなく、腕じゃねぇとダメかぁ」
「撤退……!」
病祈願から一定の距離のある場所。
また予備動作も前兆もなく現れ、得物を失った勇者狩りはそう呟いて、また影も形もなく忽然と消えてしまった。
周囲をいくら見渡しても、いつまでたっても勇者狩りは現れない。
撤退と呟いた通り、勇者狩りはどうやら逃走してしまったようだ。
「あーあ、取り逃がしちまった……あとはお前らだけか?」
サバイバルナイフが頭に突き刺さったまま、ギョロッ白い瞳が、ルドー、エリンジ、カイムを狙うように動く。
まずい、よりによって不老不死の、攻撃手段のよくわからない、より厄介なほうが残ってしまった。
「なぁ、ここで俺の病気の特効薬作ってるんだってぇ?」
視線を一瞬向けた後、病祈願は後頭部から刺さっている、サバイバルナイフの取っ手を徐に掴む。
その言葉にルドーは焦りの色を浮かべた。
やはりこいつは、特効薬の開発を阻止するために舞い戻ってきている。
ズル、ジュル、と。
後頭部から眉間を貫通したサバイバルナイフを、病祈願はゆっくりと引き抜いて行く。
額から包帯を伝って溢れる血を、またベロッと舐め取り、一気に引き抜いた。
病祈願は引き抜いたサバイバルナイフなど必要ないとばかりに、そこら辺の地面に向かって、血まみれのままドスッと地面に突き刺さるように放り投げる。
「特効薬がようやく出来そうだってタイミングで、薬作ってる奴らが、全く別の新しい病気になっちまったら、希望を求めてたこの国の住民は、どんだけ絶望すると思う?」
ヒヒッと、包帯の下にある口が、弧を描いて笑い声をあげた。
常軌を逸した表情。
まともな思考回路ではない、こいつは本気でそれを実行する気だ。
薄汚れた包帯のせいで、サバイバルナイフの傷口が見えない。
だが溢れていた血が、次第にこぼれなくなっていった様子から、やはり傷口は勝手に治ったらしい。
「まぁその前に、古代魔道具使い、お前は徹底的に痛めつける」
包帯の下の濁った白い瞳が、笑うように山を描いて、ルドーをじっと見つめた。
『クソッ、また狙われてんぞ!』
「勇者だから死なねぇようにしてやるから安心しろよぉ!」
まるでジェット推進のように、背後に向かって大量の黒い煙がふきだし、恐ろしい勢いで病祈願がルドーに突っ込んできた。
咄嗟の事に避けきれず、あっさりとルドーの喉首を、ガシっと右手で強くつかまれる。
そのまま背後の壁に叩き付けられ、ルドーが衝撃にうめき声を上げる中、正面からまたヒヒッと小さく笑う声を聞いて戦慄した。
「そうだなぁ、痛みが激しいこれなんかどうだぁ?」
掴まれた病祈願の右手からルドーの喉に、赤黒い脈打つ管が大量に、木が根を下ろすように、一気に拡散した。
管がドクドクと不気味に動き、その周辺の皮膚に、黄緑に光る不気味な斑点が大量に発生する。
「かはっ……」
『おい、気を保て! しっかりしろ!』
掠れるような声の悲鳴が、ルドーの口から洩れる。
脈打つ管が、喉を締め付けるように絡みつく。
黄緑に光る斑点が発生した周囲の皮膚が、焼き鏝でも当てられているかのように、ジュウジュウと熱くて痛い。
皮膚の内側から棘の山が大量に押し付けられているように、今にも突き貫くような痛みが大量に走る。
ルドーは突然発生した強烈な痛みに、もうまともに思考が回らなかった。
薄ら笑いながら、病祈願がルドーの首から手を放す。
支えを失い、ルドーはそのまま崩れ落ちるように、地面に倒れてのたうち回り、悶え苦しむ。
「ルドー!」
「てめぇ離れろぉ!」
すかさずエリンジとカイムが、それぞれハンマーアックスと髪の刃を携えて、ルドーから手を放した病祈願に振るう。
だがエリンジとカイムの攻撃が当たるより先に、病祈願からまた黒い煙がブシュッと大量に放出された。
まるで黒い濃霧のように辺り一帯を包み、エリンジもカイムも避けきれず、口と鼻から大量に吸い込んで、その場でゲホゲホと激しく咳込み始める。
聖剣がエリンジとカイムに向かって、大きく警告を発した。
『吸い込むな、息を止めろ! 病原菌の塊だぞ!』
「もう遅いねぇ、一呼吸でも吸っちまったら、後はもう身体蝕んでくだけだ」
佇んだままの病祈願が、ヒヒッと小さく笑う。
痛みにのたうち回り、それでも必死に顔を上げたルドーの視界が滲んだ。
エリンジとカイムが、息も出来ない程激しく咳込み、それぞれ腹を押さえて膝をついた。
黒い煙が辺り一帯を、覆い隠すように更に充満していく。
このまま建物の中にまでこの煙が及んだら、病祈願に全て、蹂躙される。
特効薬も、職員も、キシアもカゲツもノースターも。
中にいる、リリアも。
そう思い至って、ルドーの身体は痛みも忘れて突き動かされた。
ぐさりと、薄ら笑っていた病祈願に、ルドーは聖剣を突き立てた。
黒い刃先が刺さった脇腹から、包帯にじっとりと、血が広がるように滲んで行く。
「あー? 意識朦朧なのに、無駄に攻撃出来るとか、何こいつこっわぁ」
『やっぱり攻撃効かねぇ……ルドー、無茶するな!』
「頑張った君に敬意を表して、更に何個か追加するかぁ」
『ルドー、ルドー! 離れろ!!!』
刺さった刃先から、聖剣がバチバチと大量に雷魔法を叩き込む。
だがじゅわじゅわと、薄汚い包帯が黒く焼け焦げていくだけで、病祈願はまるで意に介している様子が見られない。
もうルドーはほとんど意識がない。
リリアが攻撃される。
その一点のみで、また無意識の執念が、ルドーの身体を突き動かしていた。
エリンジとカイムが、動けないまま咳込み、それでもルドーの名を叫ぶ声が背後に聞こえる。
黒い煙で視界がない中、バチバチと弾ける雷魔法だけが周囲を照らす。
警告を発する聖剣の声も、どんどん音がこもるように遠くなって聞こえなくなる。
病祈願の手が、ルドーに迫り――――
――――淡く優しい、白い光が周囲を覆った。
激しい痛みを発していたルドーの身体が、優しく包み込まれるように、痛みの波が引いて行く。
突き刺さっていた聖剣が、病祈願によってその身体から引き抜かれた。
ルドーは咄嗟に地面に聖剣の刃を突き立て、膝をつきながら肩で必死に息をする。
背後にいたエリンジとカイムの咳込む音も、ゆっくりと少しずつ治まっていく。
これは、この白い光は。
「――――聖女の浄化魔法……」
小さく呟いた病祈願に、ルドーは荒い息のまま顔を上げた。
薄汚れた包帯の小男の白く濁った瞳が、まるで揺らぐように、じっとルドー達の背後を見つめている。
汚れた包帯まみれの手を、そのままじっと見据えるように、病祈願は視線を落とした。
「……バカだろ、人が良すぎる」
そう呟いた病祈願の表情は、薄汚れた包帯に覆われて、ルドーにはよく見えなかった。
しかしまるで気が変わったとでもいうように、病祈願はそのまま背を向けて、数歩歩いたと思ったら、転移魔法で消え去る。
「お兄ちゃん!」
背後からルドーを呼ぶリリアの声に、最後の気力がふっと切れて、ルドーはその場に崩れ落ちた。




