第百八十七話 モルフォゼ防衛線
トルポ国の海辺の町、マルメス。
ひっそりと佇むマルメスの外れた海岸沿いに、ルドー達の目的地、製薬商会の建物、モルフォゼがあった。
目的地の製薬施設、モルフォゼに近付けば近付くほど、鉄線残党の数は増えていった。
海岸沿いで他の建物もなければ、森林などの植物も見当たらない、周囲の見通しの良い場所。
ネルテ先生とボンブの囮作戦のためか、特効薬を開発する目途が立ったと、鉄線残党も受け取ったらしい。
ならば製薬施設を先に押さえようと、どうやら鉄線残党は動きを変えたようだ。
モルフォゼが目的地だと気付いた鉄線の残党が、周囲に次々と、転移魔法や直接走って、こちらに向かってくるのが見えた。
ルドーは背負っていたノースターをリリアとカゲツに任せつつ、聖剣を背中から引き抜く。
一定距離を保っていたエリンジとカイムの戦闘も、ルドー達に追従しつつ、見える範囲で次第に激化していた。
鉄線残党の集団が近寄ってくるのを確認するルドーの横で、キシアが指差して叫ぶ。
「見えましたわ! あれがモルフォゼです!」
「囲まれてる!」
『このままじゃ陥落すんのも時間の問題だぞ』
キシアの指差した先に、それなりの大きさの白い建物が見えた。
海に続く川の傍に、植物を管理するような温室が供えられている。
その建物を確認したリリアと聖剣が声をあげた。
迫る鉄線の残党が、既に多数そちらに押し寄せていた。
職員らしい白衣の男達が、何人か施設を捨てて脱出しようとしたのか。
入口周辺で重要物の入っていそうな金属箱を持ったまま、逃走経路を塞がれて狼狽えていた。
「突破口開くぞ! 聖剣!」
『へっ任せな! 敵にだけ当たるよう調整してやる!』
「雷閃!」
振り上げて構えたルドーが聖剣を振り下ろせば、即座に雷の閃光が大量に空中から発射される。
そのまま施設周辺に集まってきていた鉄線残党を、雷撃に激しく貫いていく。
グニャグニャと、施設を避ける様に曲がった雷撃。
建物の陰に隠れた鉄線残党にも、次々命中していった。
入口周辺で固まっていた職員が、荷物を抱えたまま飛び伏せて震えあがる。
鉄線残党がバタバタと倒れ、製薬施設建物までの道が開けた瞬間、ルドーは叫んだ。
「リリ、カゲツ、いまだ! 駆け込め!」
「お兄ちゃん!」
「あいや! リリアさんお願いしますや! 私一人じゃノースターさんは無理ですや!」
「援護はするから、運び込んだら戻ってくればいいよ」
子ども体型のカゲツでは、一般男子より身長の低いノースターでも、一人で運ぶことが出来ない。
ルドーの横で、いつも通りに平然と、リリアとカゲツに向かってクロノがひらひらと手を振る。
リリアとカゲツはクロノの言葉に頷いて、先導するキシアに続き、二人ノースターを担ぎ走る。
建物の入り口でキシアが倒れていた職員に事情を説明すると、態度を変えた職員は、大慌てで全員を引き入れて中に入って行った。
援護すると言いつつ、クロノは今のところ行動に動いている様子はない。
クロノは動くときは、こちらの指示もなく即座に動く。
本当に援護する気はあるのだろうかと、ルドーは構えつつ訝しんだ。
聖剣も同じ疑問を抱いたらしい、パチリと弾けて声をあげた。
『援護する気あるのか?』
「必要なら、だけど。この程度で援護が必要なほど弱かったっけ?」
それより入り口の確保の方が必要でしょ、とクロノはスタスタと建物の方へ歩いて行く。
クロノはそのまま、リリア達が入った建物の両開き扉に、逃げ惑って倒れたままの職員を掴んでボスボス放り込み、バタンと閉めて塞ぐように寄りかかって腕を組んだ。
言われっぱなしのルドーは、聖剣と一緒に一瞬呆けるように固まる。
『ありゃま、言われちまったな』
「あぁもうそういう奴だよな! エリンジ! カイム! 防衛戦だ、こっち戻ってこい!」
一定距離を保ちつつ、戦闘を続けている二人にルドーは大声をあげた。
古代魔道具の聖剣の雷魔法は、防御魔法を貫通する。
エリンジとカイムが距離を取って戦っていると、ルドーは誤爆を恐れて遠距離の範囲攻撃が撃てない。
ルドーの意思を汲んだのか、距離を取って未だに戦い続けていた、白髪の無表情ことエリンジが、赤褐色の長髪のカイムを掴んで、即座に転移魔法で目の前にぱっと飛び降りてきた。
地面にどさっと、髪を乱しながらカイムが振り落とされる。
落下の衝撃に頭を抱えたカイムが、即座に立ち上がって無表情のエリンジに詰め寄った。
「てめぇ! 飛ぶなら飛ぶって先に言えや!」
「善処する」
「する気ねぇやつの返事だくそがぁ!」
「人数多いだけの有象無象だから、さっさと終わらせてくれるー?」
転移魔法で移動してきたエリンジとカイムを確認したクロノが、建物の扉からひらひらと手を振りつつ呼び掛ける。
呼び掛けている間にも、製薬施設モルフォゼをなんとかしようと、鉄線残党は集まってきていた。
背後でその呼びかけを聞いたルドーの手の中で、聖剣が笑うようにバチバチ弾ける。
『だとよ、暴れようぜ』
「あぁもうどいつもこいつも好き勝手しやがって! 雷閃!」
周囲には鉄線の残党が散らばっていた。
エリンジとカイムが相手をしていた集団も、二人がこちらに転移したために自由となり、他の残党と同じく、製薬施設モルフォゼをどうにかしようとこちらに走り近寄ってきていた。
少しずつ迫ってきた集団に向かって、ルドーは聖剣を振り下ろす。
雷鳴が轟き、放たれた極太の雷光が次々と有象無象の集団を駆逐していく。
雷に当てられた集団は、真っ黒こげになりながら、煙をあげてバタバタと倒れていった。
ルドーの動きに合わせるように、エリンジとカイムも戦闘を再開する。
エリンジはハンマーアックスを振り下ろし、放出された虹魔法が、次々と集団に当たると同時に大きく爆発していく。
カイムが近寄る集団に、無尽蔵に伸びる赤褐色の髪で次々絡め取り、薙ぎ払うように大きく高く放り投げていく。
戦闘を背後で眺めるクロノから、気の抜けるような声がかけられた。
「カイムー、三人が寝てる間に、さっさと戻ってクッキー作ってあげたいんだけど」
「あぁクソが! 俺にも寄越せよ!」
「わかったわかった、作るって」
クロノとカイムの会話に、ルドーは聖剣を振り下ろしながら首だけ回す。
「ライアたちに謝ってなかったのか!?」
「ぐっすり寝てたもんで。起こすの悪く感じてさ」
「それ今ライアたちが起きたら、お前ら二人共いないから、余計機嫌悪くなるぞ!」
『昨日夜遅くまで起きて待ってたのにな、トラウマ再発するんじゃねぇか?』
「だから早く帰りたいんだって、キャビンには一応言付けてきたけど」
「だったらてめぇも加勢しろや!」
最もなカイムの叫びに、ルドーもつい心の中で激しく頷いてしまった。
そこまで気にしているなら、そもそも付いて来なければよかったのにと、ルドーは一瞬頭に過る。
しかしクロノの化け物戦闘力は、戦力としてかなり高い事は事実。
鉄線の残党がどれだけ多いか、戦っている今になっても次々転移してきて、まだ予測がつかない。
クロノ本人が戦力を温存しているのも、不測の事態に備えてこそだろう。
協力してもらっている以上、ルドーも余り文句は言えない。
カイムの叫びに、クロノは肩をすくめて答える。
「雑魚相手じゃ、私が入ってもあんま時間的に変わらないじゃん」
「今いるこいつらを倒したとして、第二派がないとは限らんが」
エリンジも話を聞いていたのか、冷静な意見を述べた。
その意見にルドーの頭も冷静になる。
結局のところ、今押し寄せている鉄線残党を何とか出来たとして、特効薬が開発されなければ、状況は変わらない。
「特効薬も作るのに結局時間かかるやつじゃん! いつ戻れるかわからねぇって!」
「少なくともここ周辺が落ち着いたら、私は離脱するよ。だからさっさと済ませてくれる?」
三つ子を気にするクロノに、ルドーがそもそも今日も戻れるかわからないと推測を叫ぶ。
しかしクロノはそもそも騒ぎが収まればそれでよいと、平気で途中離脱を宣言した。
本当になんでついて来たんだこいつ。
『つまり加勢する気はねぇとよ』
「ほんと好き勝手だなお前!」
「いっつも好き勝手だよこいつは! くそが!」
「全くだ」
ルドーとカイムの応酬に、クロノはひらひらと手を振るだけで、両扉の前から動かず、全く加勢してこない。
エリンジはもう諦めたように、無表情に首を振った後、ハンマーアックスを横に振り上げる。
ガキンとハンマーアックスの頭が外れ、まるでブーメランのように回転しながら、刃に込められた虹魔法がキラキラと飛散しながら、ドコドコと音を立てて、次々と鉄線残党を薙ぎ払っていく。
「あぁくそ、なんでんなのに惚れちまってんだよ俺は……」
「何か言ったか」
「なんでもねぇよ!」
ぽつりと小さく呟いたカイムに、エリンジがハンマーアックスの頭を操作しつつ問いかける。
そのままカイムは誤魔化すように、髪を瞬時に大量に伸ばし、また集まってきた集団をバシンと薙ぎ払った。
集まってくる集団は、もはや統率を失った、チンピラのような有象無象ばかり。
ルドー達には脅威度としては低いが、集団で攻めて来れば、この製薬施設モルフォゼの職員のような一般人には十分脅威だ。
戦闘を続けながら、ルドーはそんな鉄線残党の様子に疑問を抱く。
「やっぱ組織としては瓦解してんのか」
『チンピラが集まっても、迷惑行為ぐらいが関の山だろうな』
「しかしそれがなぜ急にこのように動くようになった」
「知るかよ。とっ捕まえた奴、あとで尋問でもして聞き出しゃいいだろ」
ルドーの問いに、エリンジとカイムもそれぞれ意見を述べた。
元々鉄線は、国を越えて暗躍していた巨大なマフィア組織。
以前の殲滅戦でもかなりの人数を捕えてはいたが、逃した人数は多かったようだ。
しかしそれでも、幹部はほとんど捕まえていた。
殲滅戦から逃走したり、三大監獄から脱獄した数名の幹部は、報告の限り鉄線そのものに戻っている様子も見られない。
もはや統率もない有象無象の集団。
トルポは元々の活動拠点だったとはいえ、こうも躍起になって集まってくる理由はなんだ。
しばらく戦闘続け、少しずつ対処する相手の数が減っていく。
転がった残党の集団を、カイムが髪で拘束するように縛り上げ、髪の刃でそれを切り落して、次の集団を拘束していく。
動けなくなっていく集団が増える中、落ち着いてきた息を整えていたルドー達に、背後から声がかけられた。
「なんか、変な気配がある」
「あぁ? なんかってなんだよ」
背後で扉にもたれ掛かっていたクロノが、赤い瞳で周囲を見渡しながら、警戒の声をあげていた。
カイムが即座に振り返り、ルドーもエリンジと共に警戒度をあげる。
まるで見えない何かを探すように、視線をあちこちに向けるクロノに、ルドーは問いかけた。
「……例のあれか?」
「いや、あれだったらもっとすぐわかる。そうじゃない」
情報規制がされたままの為、伏せたまま、ルドーは女神深教の祈願持ちかと問いかける。
しかしそうではないと、クロノは首を振りつつも、周囲を見渡して警戒を解かない。
警戒するクロノの様子に、聖剣とエリンジも探りを入れ始める。
「なにこれ、普通の気配じゃない。あっちこっち移動している様な……」
『なんだなんだ、転移か? そんな感じ反応せんが』
「探知にも引っかからん」
「ネルテ先生達より後方だよ、君たちにわかる範囲じゃない」
「……平然と言ってるけどさ、前にも聞いたけど、そもそも気配ってなんだよ?」
クロノは魔法を使わず、なぜかいつも気配で敵や周囲を探る。
その感覚がよくわからないルドーは問いかけるが、クロノは考え込むように顎に指を置くだけで、ルドーの問いかけに返答しない。
困惑しつつも全員で周囲を警戒した。
ルドー達が周囲を警戒する中、クロノは何かに気付いたように、突然ガバッと建物の方を向いた。
途端に、建物全体が響くような、ドスンという衝撃が響く。
「なんだ!?」
『転移か。直接中に入られたな』
「なんだって!? リリ!」
建物の振動に、聖剣が即座に様子を探った。
その説明に血の気が引いて、つい建物に入ろうと駆け寄ったルドーを、入口にいたクロノが押し留める。
「落ち着いて、入った人数は数人しかいない。これは抵抗で発生した爆発。中は私が対処するから、ルドーはまだ来てるそっち続けて」
「でも中にリリがいるんだぞ!」
「落ち着け、製薬施設だ。ルドー、お前が中で暴れれば、特効薬への影響が大きい」
『中に入ったところで戦えねぇなそれじゃ』
慌てるルドーの肩を掴んだエリンジの言葉に、ルドーは息を切らしながらも狼狽える。
製薬施設モルフォゼにある薬品は、取り扱いが危険なものも存在する。
静電気だけでも危険な場合があり、ルドーが中に入ったところで、雷魔法を扱う聖剣を振るうことはできない。
それは虹魔法を扱うエリンジも同じであり、魔力で髪を伸ばすカイムも、少なからず危険がある。
ここは物理攻撃に特化したクロノが、製薬施設内では一番適任と言えた。
「……わかった。クロノ、頼んだ」
「りょーかい。ただ注意して、さっきの変な気配、中に転移したのとは違うから」
エリンジの説明に冷静になったルドーは、そう言ってクロノに頼み込んだ。
クロノは警戒する言葉を返し、カイムと一瞬顔を見合わせ、扉を開いて中に入っていく。
ルドー、エリンジ、カイムは、その両扉を囲むように背を向けて、それぞれまた戦闘態勢に入る。
数はかなり減ってきたが、まだ鉄線残党の襲撃は続いている。
ルドーが聖剣を振るって雷閃を放出し、エリンジがハンマーアックスを振り下ろして虹魔法で爆発させ、カイムが髪を大量に伸ばして次々薙ぎ払っていく。
『ひゅー、全員ド派手になったもんだなぁ』
心底楽しそうに聖剣が茶化す。
戦闘を続けながら、ルドーは報告が必要だと、大量に虹魔法を放出する無表情に叫んだ。
「エリンジ! ネルテ先生はなんだって!?」
「報告は既に終えている。ただ向こうも数が多い、合流はまだかかる」
「ケッ、下調べもしてねぇんだ! そんな簡単に終わる訳ねぇだろが!」
遠くで囮を継続している、ネルテ先生とボンブの戦闘も続いている。
移動したために更に距離が開いたその場所からは、相変わらず緑の拳と赤黒い魔力が大量放出されているのが、遠目にもまだ確認できる。
一体鉄線残党は、どれだけの数が殲滅戦から逃れていたというのか。
戦いながらルドーが考え事をしていると――――
――――唐突に背後から、おぞましい殺気が走った。
『っ!? なんだこれは、ルドー!』
聖剣が即座に反応して、雷の盾をルドーの背後に自動展開した。
バチンと何かが弾かれる音。
咄嗟に聖剣を背後に振り上げたが、そこにはなにもなく、ブオンと空を切る音だけが響く。
だが確かに、感じたことも無いほどの殺気を、たった今背後からルドーに向けられていたのだ。
焦りに肩で息をしながら、向けられた殺気に大量に冷汗を流す。
エリンジとカイムも、ルドーの様子に警戒するが、同じように何が起こったか理解できない様子だった。
何だ一体、何が起きている。
『全員警戒! とんでもない情報が入った!』
ルドー達が警戒態勢を強める中、唐突にネルテ先生の通信魔法が入る。
『鉄線残党からの、錯乱の為の偽情報だったはずだが、そこに本物が本当に現れている! シジャンジュ監獄から脱獄した例の奴だ!』
「歪んだ平和の象徴、死すべし」
ネルテ先生の通信を聞きながら、背後から男の声があがって、ルドー達はゆっくりと振り返る。
濁り切った灰色の切れ長い目。
手の入っていないボサボサの鈍色の髪。
やや痩せた、姿勢の少し悪い四十代くらいの男。
『勇者狩り本人がこちらに来ている! ルドー、特に注意してくれ!』
強烈な殺気を放つ勇者狩り本人が、ルドー達の目の前に立っていた。




