第百八十六話 魔法薬隠密運搬作戦
潮の匂いが仄かに漂う閑静な港街の片隅で、突如として爆発音が発生する。
次々とマフィアの戦闘員が、空中に放り投げられていった。
抵抗虚しく赤褐色の髪に捕まり、次々と高々に投げ捨てられていく。
それを遠く見つめ、ルドーは大きく項垂れて肩を落とした。
「鉄線残党相手だし、わかってたつもりだけど……暴れ過ぎだろカイム」
「カイムはあれで自制してる方だよ」
前方で大声をあげながら、鉄線の残党を次々屠るカイム。
全員でそれを眺めつつ、ルドーが溜息を吐いて呟けば、後ろでクロノが肩をすくめた。
ルドーは思わず振り返り、クロノに聞き返す。
「あれで? どう見ても大暴れしてんだけど」
「深追いしてないもの。こっちと一定の距離保ってる。まだ理性働いてる方だよ」
そう指摘して、クロノは視線をルドーからカイムの方へ戻す。
ルドーもその視線を追うように、戦闘を続けるカイムを見る。
確かにカイムはルドー達から一定距離を保ち、逃げる鉄線残党を無暗に追いかけていない。
それを理解して、クロノはカイムの好きにさせているようだ。
実際、かつて三つ子を誘拐した実行犯が混じっている可能性もある。
これくらい暴れるのは大目に見るべきだと、ルドーも考えを改めた。
暴れまくるカイムに、聖剣が楽しそうだとパチリと弾ける。
『派手にやってらぁな。俺達も暴れようぜ』
「いや、なるべく目立たないようにって、ネルテ先生に再三言われただろ……」
嗜める声をあげるルドーの横で、今度はリリアが呆れて困り果てていた。
「エリンジくんまで、なにしてるの……」
「魔法が使えず、鬱憤溜まってたんでしょうやねぇ」
「この間の合同訓練も、不完全燃焼でしたものね……」
リリアの声に、カゲツとキシアが諦念の視線を送る。
ルドー達の前方、カイムがマフィアの戦闘員を、次々と髪で捕まえて大きくぶん投げていく横。
エリンジが猛然とハンマーアックスを振り下ろし、虹魔法を空中から次々と放出していた。
虹魔法が次々と集団に命中し、地面と共に大きく上空に吹き飛ばしていく。
虹魔法の残滓を纏った爆発。
バタバタと倒れていく鉄線残党に、キラキラと虹に輝く光が舞い散った。
港町の外れで発生している激しい戦闘をルドーはじっと眺め、顔を動かさず声をあげた。
「あのさ、確認なんだけど」
「なんでしょうかや?」
「俺達、隠密作戦命じられてんだよな」
「うん、その筈だけど」
続く戦闘を眺めながら、進む足を止めたルドーに、カゲツとリリアが肯定して頷いた。
カイムもエリンジも、周辺住民や建物に考慮して、あくまで鉄線残党のみを狙い続けている。
戦闘に響く地響き。
ここまでド派手に大暴れして、隠密作戦と言えるのかどうか。
ルドーは甚だ疑問に思って、更に確認を続ける。
「ネルテ先生とボンブが、マフィアの囮になるから、時間と場所をずらして、魔法薬を製薬施設に届けに行けって話だよな」
「はい、その通りですわ」
静かに頷くキシアの肯定に、ルドーは別の方向に視線を向ける。
視線を向けた瞬間、遠くの方向から、大量の緑の拳と赤黒い魔力と共に、鉄線残党が更に大量に巻き上げられているのが見えた。
かなり距離があるルドー達の位置からも、はっきりと確認できる。
カイムやエリンジの戦闘の比ではなく、かなりド派手な戦闘が行われていた。
囮として、ネルテ先生とボンブが、鉄線残党を引き付けるように戦っている。
それを確認したルドーは、改めて目の前のカイムとエリンジに視線を戻した。
ネルテ先生とボンブの比ではないが、それでも十分目立つくらいには暴れ続けている。
「隠密作戦、もう出来てる気しねぇんだけど……」
『だからもう暴れちまおうぜ』
自身の取り分がなくなると、聖剣が不満げにパチパチ弾けた。
食堂で魔法薬の運搬を提案した直後、ルドー達は職員室に赴いて、ネルテ先生に報告した。
ただ、ここで既に問題が発生していたのだ。
「急を要する事態は分かったけど、どうしてそういう時に限って人手が足りないんだい……」
あの時、そう言って項垂れたネルテ先生の姿が思い浮かぶ。
ルドー達が訪れた職員室は、その時点でネルテ先生とボンブしかいなかった。
トルポで鉄線の残党が動き始めたと同時に、魔物暴走が収まったはずのランタルテリアでまた問題が発生した。
なんでも、ランタルテリアで最近名を聞くようになったマフィア組織、ラグンセンが魔物暴走に介入した。
建物の復興作業さえ終われば、現地に派遣されていた魔法科の三年も、戻って来れそうだという話だった。
そこに突如として、ラグンセンの戦闘員が急に現れという。
ラグンセンはどうやら、武闘派のマフィア組織らしい。
一体どこに隠していたのか、ランタルテリア特有の攻撃型魔道具を多数所持して、復興作業中に不意打ちの市街戦を仕掛けてきた。
突然の事態に、生徒と市民の安全のため、エレイーネーの教師たちも一斉に援護に向かったのだ。
ランタルテリアでは今、エレイーネーとラグンセンでの市街戦が繰り広げられている。
ルドーたちの件は本来なら、教師たちだけで、完成した魔法薬を製薬施設にまで護衛しつつ運べば済むこと。
しかしランタルテリアの一件で、教師たちがほとんど出払ってしまった。
緊急に待機していた、ネルテ先生とボンブしかいない状況。
鉄線残党の正確な数も分からない以上、二人では魔法薬を運ぼうにも、それも厳しい話だった。
しかしトルポの状況も、一刻の猶予もない。
このまま放置していると、鉄線の残党に製薬施設を乗っ取られる可能性が高い。
製薬施設が破壊されるだけならまだマシだ。
もし製薬施設を鉄線残党に逆に利用されて、効果のない薬を特効薬と称し、売り捌き始めでもしたら。
製薬施設から特効薬と銘打たれた、効果のない薬が流通したら、住民の信頼はなくなる。
施設を鉄線残党から取り戻して特効薬を完成させても、どうせまた偽物だと、流通に問題が発生してしまう。
無駄に時間を経過させればさせる程、事態が悪化していくのは予想が付いていた。
そこで提案されたのが、今回の囮作戦だった。
「私が分かりやすい荷物を抱えて、明らかに重要物を運んでいると、鉄線残党に思わせるんだ。疫病の特効薬に関するものだと誤解すれば、連中も無視できないさ」
そういってネルテ先生は、ビッと指を立てて作戦概要を説明する。
「エレイーネーに、特効薬開発のための協力依頼がされていることは、連中も把握しているだろうからね、そこを逆手にとる。その間に、本物の魔法薬を、君たちが製薬施設に届けるんだ」
人数も少なく、相手の戦力もはっきりしない状況。
しかし調べる時間もなければ、味方が戻ってくるまでどれだけかかるか分からない。
そうこうしている間に、トルポの製薬施設に、鉄線残党の手は着実に伸びていっている。
トルポに支援を頼もうにも、肝心の貴族が床に伏し、逆に動きが鉄線残党に読まれる危険性が上がる。
ルドー達を含む、少人数で安全に魔法薬を運ぶ。
現時点で考えられる、最も確実な方法がこれしかなかった。
「先生、それ大分危険なんじゃ……」
「なに、魔力は戻ってきたんだ。多少の無茶は効くよ。それより、君たちが安全に、確実に魔法薬を届ける方が大事だ」
不安に呟いたルドーに、ケラケラ笑いながらネルテ先生はそう話す。
後ろでボンブが頭を抱えていた。
最低限の準備をした後、ネルテ先生とボンブは囮の荷物を抱えて、先に転移門を潜った。
ルドー達も、ある程度囮として動いたタイミングを待った後、転移門を潜ってトルポに赴いた。
事前にネルテ先生が用意した、ネルテ先生とボンブが潜った場所とは違う、別の場所に繋がる転移門の先。
小さな港の町はずれに辿り着いたルドー達は、慎重に周囲を伺いながら製薬施設を目指した。
しかし想定通り、港町にも既に、鉄線残党が多数潜り込んでいたのだ。
囮の方向に向かわず、港町に待機していた最低限の残党と遭遇。
ネルテ先生とボンブが暴れる中、エレイーネーの制服を着たルドー達生徒を、ちょうどいい人質にしようとでも考えたのか。
害意をもった残党の動きに、カイムとエリンジが即座に戦闘を開始。
そうして現在に至るわけだった。
「魔法薬を作ったノースターと、材料を把握してるカゲツは、特効薬の作成で、製薬施設の人と直接会って話す必要があるんだよな」
「あいや。私はともなく、どのような効能や作用として作ったかは、ノースターさんしか分かりませんや。特効薬を作るにしても、その部分が明確でなければ、作れるものも作れませんや」
「だから俺たちでノースターとカゲツを守りつつ、キシアの顔が利く製薬施設を目指すって話だったんだけど……」
ルドーとカゲツは話しながら、その視線をルドーの背中に向ける。
五日間一睡もせず魔法薬製作に没頭したノースターは、ルドーの背中で爆睡していた。
エリンジやカイムのド派手な戦闘音や衝撃が飛んで来ても、微塵も気付きもせずぐっすり夢の中だ。
作戦前のエレイーネーでの待機時点で爆睡して、揺すっても叩いても、何をしてもノースターは起きなかった。
五徹後ならば無理もない話ではあるが、こいつはこれでかなりの大物なのかもしれない。
呆れたジト目でノースターを見つめるカゲツが首を振る。
「製薬施設についたら叩き起こしますや。しばらくお願いしますルドーさん」
「そういうわけだから戦闘は出来ないぞ聖剣」
『えぇー、そいつに任せりゃ御の字だろ』
カイムを眺め続けるクロノを指差すように、聖剣からバチッと雷が走る。
対してクロノは視線を聖剣に一瞬向けた後、またカイムに視線を戻した。
「私に任せたらその辺に置いてくけど」
「えっ、ク、クロノさん……?」
「冗談だよなそれ? 冗談で言ってるんだよなクロノ?」
「どうだろうね?」
「いやわかりづれぇよ! あぁもうさっさと行くしかねぇ! キシア、目的地は?」
「大分近付きましたわ。このまま町外れの方向に進んでいけば間もなくです」
トルポ出身で疫病関連に関与していたキシアが、手に持つ地図を確認し、あちらだと指差した。
全員で方向を確認しつつ、リリアがルドーの袖を取って不安げな声をあげる。
「お兄ちゃん、エリンジくんとカイムくんどうしよう」
「うーん、今声掛けたら鉄線残党にこっち気付かれるし、何より戦闘中だし……」
「ほっといて移動していいと思うよ」
移動しようにも戦闘中の二人をどうすればいいか。
ルドーが対応に悩んでいると、クロノが首をすくめつつそう答えた。
驚いたカゲツが首をあげる。
「えっ、いいんですかや?」
「カイムはこっちにも注意してる、移動すれば分かるよ。エリンジもそこまで馬鹿じゃないでしょ」
カイムをじっと見ながらそういったクロノ。
俄かには信じがたいが、クロノはカイムと二人で、魔道具製造施設から魔人族を救出し続けてきた信頼がある。
エリンジも状況が理解できない程、頭がないやつではない。
時間が押しているルドー達は、クロノの指摘に従って、先に進もうと港町を歩き出した。
「にしてもキシア、アルスと一緒じゃなくてよかったのか?」
エリンジとカイムが暴れているので、周囲に鉄線残党は残っていない。
それでもルドーは警戒して、ノースターを背負いつつ、両手に持った地図に視線を落とすキシアに声を掛ける。
トルポ国内での疫病に関連する今回の一件。
キシアはいつも以上に思い詰めた、苦しそうな表情をずっと浮かべていた。
食堂でも珍しく一人で、何をするでもなく佇んでいた様子。
いつもアルスに揶揄われて真っ赤になっていたキシアのそんな様子に、ルドーは少し不安を覚えていた。
ルドーの声掛けに歩きながら、キシアはゆっくりと地図から顔を上げた。
「アルスさんは今、大変な状況に追い込まれていますわ。少しでも力を付けようと、鍛錬に精を出しています。ですがそこで、私思いましたの」
「思ったって?」
「アルスさんに、ずっと頼りっぱなしだったと」
歩を進めつつ、キシアは静かにそう答えたが、静かな港町でそれは大きく聞こえた気がした。
ルドーはリリアとカゲツとそれぞれ顔を見合せつつ、キシアの方を向いて黙って続きを待つ。
「魔力伝達の時も、ウガラシの際も。私、何もできておりませんわ。気が付いたらアルスさんにいつも助けてもらってばかりで」
「そんなことはないと思うけど……」
「私はそう思いますの。そしてこうも思ったのですわ、このままではだめだと」
ジッと前を見据えるキシアは、励まそうとしたリリアの声にも首を振る。
「今回のことですら、ルドーさんが提案してくれなければ、私はじっと報告を待つだけで何もできませんでした。ノースターさんやカゲツさんがずっと必死になって魔法薬を作ってくれていたのに、私は指をくわえて見ている事しか出来ない」
「適材適所がありますや。そんなに考えなくても……」
「ですが頼ってばかりで、肝心の時に何もできないのは、私が嫌ですの。だから、力を付けて、考えを伸ばすためにも、一旦アルスさんと距離を取るべきだと思ったのですわ。成長するべきだと、私一人の力で」
そう言い切ったキシアの珊瑚色の目には、強い光が灯っていた。
悩んで思い詰めるだけでは何も解決しない。
何かできることは、力を付けるにはどうすればいいか。
そう強く決意している瞳に、ルドーには見えた。
話に全員黙り込んで、コツコツと歩く足音だけが木霊する中、鋭い声が唐突に上げられる。
「アホくさ。一人で出来る事なんて限られてるってのに」
「ですから! 出来ることを増やすためにも力を……」
「具体的には? 何をどうすればいいか、考えてやってるわけ?」
ジトリと赤い瞳を向けたクロノの指摘に、反論していたキシアは黙り込んだ。
答えを探すように、自然とキシアの珊瑚色の瞳が揺れて下に落ちる。
キシアのその反応に、クロノは小さく溜息を吐く。
「考えがあるなら別だったけど。がむしゃらにやったって、時間を無駄に浪費するだけだよ。一人で突っ走ったって、碌なことにはならない」
「一番単独行動してる人が言っても、説得力ないですやよ……」
「私は一人でどうにかするしかなかっただけ。ずっとそうだっただけ。他に方法がなかった私と違って、頼る相手がいるのに頼らないのは、正直贅沢な悩みにしか見えない」
カゲツの言葉に睨み付ける様に、キシアに向かって言ったクロノ。
言われたキシアは、反論が思いつかないように、俯いてどんどん小さくなっていく。
しかし話を聞いていたルドーは、クロノの言葉が別の意味に聞こえた。
「クロノ」
「なに、非難しても別にいいけど」
「それずっと、誰かに頼りたかったって、俺には聞こえるんだけど」
ルドーの指摘に、クロノは少し目を見開いた後、俯くように帽子の鍔を握って黙り込んだ。
しかしルドーが見れば、クロノの視線が無意識に、カイムの方向にチラチラ向かっている。
本当に目が分かりやすい。
「キシアさん、私はキシアさんが無力だなんて、そう思ったことはないけど」
下を向いたままのキシアに近寄って、今度はリリアが声を掛ける。
「ケイソ病のカルテの事だって、提案してきたのキシアさんじゃない」
「そうですや! 私とこの寝落ちくんに、魔法薬の依頼をしてきたのだって、他でもないキシアさんですや! そこはアルスさん関係ないですやよ!」
リリアの言葉に、カゲツもルドーの背中のノースターをバシバシ叩きながら続ける。
こっちにも響くから叩くのはやめてほしい。
「魔法薬の依頼をしなければ、そもそも今回はもっと酷い状態になってましたや! 大手柄は依頼したキシアさんの方ですやよ!」
「ね? なにも出来てないことないんだよキシアさん」
リリアとカゲツの励ましに、キシアは驚いたように顔を上げた。
笑いながら肩を叩く二人に、狼狽える様におろおろとするキシアに、ルドーも声を掛ける。
「キシア、キシアは自分がアルスに何も出来てないって思ってるみたいだけど、多分アルスはそう思ってないと思うぞ」
「え?」
「キシアがいて助かってるって、ずっとそう言ってるからな。だからそんなに思い詰めなくていいと思うぞ」
『力を付けるのはいいが、思い詰めた状態じゃ、上手くいきやしねぇからな』
ルドーの言葉に、キシアは大きく珊瑚色の目を見開いていた。
しばらく呆ける様に正面を向いていたキシアは、強く決意するように、両手に持っていた地図をくしゃりと握り込む。
「私にも、出来ていたことは、ずっとあったのでしょうか」
「うん、大丈夫だよキシアさん」
『こういうのは本人が自覚してねぇからなぁ』
リリアの励ましに同調するように、聖剣がバチッと雷をルドーの額に小さくあてた。
「いって! なんで今雷俺に当てた!?」
「お兄ちゃんは重度だもんね」
『ほんとな』
「カイムより危ない時あるよ」
「たまにおっちんじまわないか心配になりますや」
「なんで!?」
突然全員から非難の視線と言葉を向けられ、ルドーはひたすら困惑した。
分かっていないルドーの反応に、全員が一斉にやれやれと反応する中、ずっと思い詰めていた表情のキシアが、気が抜けたように小さくクスリと手を当てて笑っていた。




