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第百八十五話 裏で蠢く陰謀


 魔人族の少女が発端となった、罠騒動の事件の翌日。

 ルドーはリリアと、戻ってきたエリンジと一緒に、食卓を囲んでいた。


 朝から気合いを入れようと、お肉マシマシのスタミナ丼を食べつつ、ルドーは話し始める。


「そんじゃエリンジ、ムスクから正式に依頼が貰えたんだな?」


「問題ない。悪用を避けるよう、場合によっては破壊も許可されている」


 向かいの席に座ったエリンジが、山菜定食を食べつつ、淡々と報告する。

 話を証明するように、机の上に正式な書面の依頼状を置いて見せた。


 間違いなくムスクの署名と、ジュエリの押印がされている王命の書類。


 ルドーはそれを確認して、良し、というように拳を握る。


「おっし! 流石だなエリンジ! それじゃ早速捜索開始といくか!」


『問題は、肝心の相手の情報がさっぱりって事だけどな』


「言うなよそれを……」


 気合いを入れる様に右手を握っていたルドーは、聖剣(レギア)の指摘にガクッと肩を落とす。

 そのままがっくりと椅子に座り直したルドーに、ホットケーキを食べていた隣のリリアが、励ますように肩をぽんぽんと叩いた。


「コロバとナナニラが、心理鏡を持ってるまでは分かってんのに。こうも情報ないとなるとなぁ」


「ソラウの聖女だったものね、ナナニラさん。使える魔法が多いのかも」


「コロバも腐っても元アシュの市長だ。政治的な観点から、逃げは鋭いと推測できる」


「余計難しいやつじゃんかよ……」


 エリンジの説明に、ルドーは机にぱたんと突っ伏する。


 アシュを壊滅させようと、イカレタ思想を持ってはいたが、コロバは腐ってもアシュの元市長。

 あれでアシュの政治を回すだけの力量は持ち合わせていたのだ。


 小者のままではあるだろうが、政治的判断力はエリンジの言う通りだろう。


『ま、あれだけ派手にやったしな。捕まったらもう人生終了じゃ、簡単には出て来ねぇだろ』


 アシュで起こった、歌姫像の意図的暴走事件。

 ライアたち魔人族の被害と、歌姫が初めて出現した、決定的な一件。


 アシュは建物くらいしか被害がなかったために、もう通常の生活を取り戻している。


 しかし大量の魔物を放出して、アシュの市民を蹂躙しようと画策したコロバとナナニラは、重要指名手配されたままだ。


 アシュの一件から、かなりの長い期間があいているのに、二人の情報は全く上がってこない。


「心理鏡が取られた時は、中央魔森林にいたんだよな。コロバとナナニラ」


「あの廃教会だよね。じゃああの二人、今も中央魔森林にいるのかな」


「今もいるか分からんが、ナナニラは瘴気に対して浄化が使える。潜伏先の可能性は高い」


「目撃情報がないとなるとなぁ。そっちは中央魔森林を、またしらみ潰しに探すしかないかぁ」


 大陸中央を覆う、広大な範囲の中央魔森林。

 瘴気渦巻き、歩く災害も闊歩する危険地帯。


 コロバとナナニラの情報がない今、二人が潜伏している可能性はかなり高い。

 だが歩く災害のボスに狙われているルドーには、捜索の危険度があがる場所。


 クロノが失踪したときも、その捜索はかなり難航した上、結局見つからなかった。


 捜索に悩むように項垂れて、机の上で大きく溜息を吐いたルドー。

 リリアから非難するような声が上がる。


「お兄ちゃん」


「わかってるよ。問題はこっちだろ……」


 リリアに促されて、ルドーは食堂の机に積み上がった書類に、ようやく視線を向けた。


 先日の三つ子の罠騒動の後。


 ルドーは基礎科の生徒に謝りつつ、古代魔道具捜索の依頼を名目に、怪しい事をしている相手はいないかと、片っ端から基礎科の生徒に聞いて回った。


 真面目な王侯貴族の多い基礎科。

 全科目合同訓練で、風通りが良くなったのもあり協力的で、報告書としてここに大量に積み上げられていたのだ。


 昨日基礎科に頼み込んで、今日の朝一、現時点で報告されている書類の量でこれだ。

 調べるので少し時間をくれと、そう告げられた基礎科の生徒からの追加書類も存在する。


 ルドーは考えたくもないと、机の上で頭を抱え、思考の片隅に追いやった。


「いくらなんでも多すぎるだろ……」


「お兄ちゃん、これからどうやって古代魔道具関連だって調べるの」


「どうしようほんと。エリンジなんか方法あるか?」


「ジュエリ国内ならまだ分かるが、他国までは精査に時間がかかる」


『地味で面倒なことしてんなホント』


「ああああああああ……でも、コロバとナナニラが中央魔森林から離れて、どっかに潜伏してないとも限らないし、調べない訳にも……」


「バカじゃないの、こんな漠然と頼んで。こうなって当然じゃん」


 机の上で悲鳴をあげたルドーが頭を抱えていると、書類の山の方から声が聞こえた。

 ガバリと頭をあげてそちらを向けば、クロノが目を細め、書類を一つ手に取っていたところだった。


 ルドーが視線を横にずらせば、隣に仏頂面のカイムもいる。

 二人一緒にいるという事は、どうやら昨日の一件はなんとかなったらしい。


 ほっと安心したルドーの視線に、カイムは一瞬目線を合わせ、項垂れる様に息を吐いて顔を背けた。


 リリアもルドーと同じように、ほっと胸を撫で下ろした。


「よかった、クロノさん、またいなくなるかと思った」


「距離を置くって言っただけじゃん。出ていくなんて言ってないけど」


「でもライアたちも心配してたんだぞ」


「うん、悪い事した。後でクッキー持ってくよ」


 昨日は結局、カイムもクロノも、三つ子のところに戻って来なかった。


 食堂で不安そうにじっと待っていたライア。

 夜遅くまで起きていたのもあって、今は三つ子揃ってぐっすり眠っているらしい。


 クロノの心配もなくなって、お気に入りのクッキーも貰えるなら、三つ子ももう大丈夫だろう。


 昨日一日ほとんど不在にしていて、事情を知らないエリンジだけが、怪訝そうに片眉をあげる。


「何の話だ」


「なんでも。それよりこれ、お礼ちゃんと考えて頼んでるわけ?」


「……え?」


 こちらを向いたクロノの指摘に、ルドーはぽかんと目を点にさせる。

 クロノの言葉に、ルドーはもう一度書類の山に目を向けた後、懇願するようにクロノにまた視線を戻す。


 その様子に、クロノは呆れたように目を細め、大きく溜息を吐いた。


「バカじゃん。王侯貴族が見返りもなく、こんな早く動くと思う? チュニの勇者、しかも古代魔道具持ちだよ。恩を売って損はないと思われて当然なのに」


 クロノの指摘に、ルドーは確かにその通りだと、自身の考えの浅さにどんどんと顔を青くさせた。

 ダラダラと冷汗が大量に顔を伝う。


 不味い。

 古代魔道具の情報を集めるのに必死で、王侯貴族との取引なんて、ルドーは何も考えていなかった。


 この間、取引は契約が大事だと、オリーブが話していたのを聞いたばかりだというのに。


 ルドーはリリアと一緒に、盛大に慌てふためき始める。


「えっ……えっ!? ま、まずいことしたか!?」


「お、お兄ちゃん!? どうするの!? 貴族相手だよ!?」


「あーもう。エリンジ、ある程度のお礼協力、監修してあげなよ」


「まずそこからだったか。協力する」


「お前と仲良くなってて、ほんとよかったよエリンジぃ……」


 ルドーはほっとしたように、真正面に座る無表情を拝む。

 拝まれた意味が分からないと、エリンジは無表情のまま片眉をあげた。


「そんでこのくそ多い書類どうすんだよ」


「とっとと調べて仕分けてけばいいだけでしょ」


 睨み付ける様に書類の山を眺めたカイムに、クロノが端的に答えた。


 言うが早く、クロノはバサッと書類を乱雑に掴むと、恐ろしい勢いでバラバラと捲り始める。

 三分の一ほどを一気に確認し、クロノは書類を分けてドスンと置いた。


「うーん、こっからここまでは提供者の政敵情報。あーもう、いい様に使われてるじゃん」


「えっ!? クロノさん、今ので分かるの!?」


『目、通せたのか、今の速さで』


 リリアと聖剣(レギア)が驚愕の声を上げている間にも、クロノは次々と書類を掴んでは、バラバラ捲っていく。


 見たことも無い勢いで、書類を掻っ捌いて行くクロノ。

 魔法も使っている様子はまるでないが、その赤い目が恐ろしい勢いで動き、書類を確認していく。


 そう言えば、クロノは元々基礎科からの事務員志望だったと、ルドーは思い出した。

 そうなるとクロノは、書類整理は元々得意分野なのか。


 どうやら同じ貴族のエリンジからも、その作業速度は驚愕の部類らしい。

 次々と書類が裁かれていく様に、無表情なのに驚いて大きく目を見張っていた。


「他国の情報もあるだろ、そんな雑でいいのか」


「古代魔道具関連なんて、情報大きいから逆にわかりやすいよ」


「普通わかるかよ。それでわかりゃ苦労しねぇんだよ」


 カイムはクロノの作業を見慣れているのか、ルドー達ほど驚いている様子は見られない。

 ただ、クロノの書類を捌く速度がおかしいとは思っているようだ。


 相変わらずというような、カイムは化け物を見る目つきで、書類を捌くクロノを眺めていた。


 しばらく全員で、次々と作業するクロノを呆然と見つめていた。

 そしてあっという間にクロノは書類を全て裁き切り、ドスンと食堂の机に置いて告げる。


「まともな情報ないじゃん。骨折り損だね、お礼がんばりなよ」


「でぇっ!? こ、こんだけあって収穫なし!?」


『まぁそういう時もあるわな』


 食堂の机に大量に積み上げられた書類。

 その中に、古代魔道具に繋がる情報は見当たらなかったらしい。


 疑うならどうぞご自分で、とクロノは書類に向かって手を差し伸べる。

 堅苦しい文字を見るのも嫌なルドーは、素直にクロノの報告を信じ、また机に突っ伏した。


「お、お兄ちゃん……」


「収穫がないなら礼状だけで十分だ。そこまで気負う必要もない」


「エリンジくん、それホント?」


「……会って直接頼んだんだし、口頭でお礼伝えるんじゃダメか?」


「後でお礼言った言わないになるから、書類で証拠残しとくのが吉だよ」


『貴族のトラブルは、金がある分長引くからなぁ』


「うええええええええ……」


 大量の書類を眺め、発生したお礼状作成に、ルドーは大きく悲鳴をあげた。


「めんどくせぇんだな貴族って……」


「礼状が書けたら見せろ。添削する」


「ほんと助かるエリンジ……」


「次からは貴族関連は先に相談しろ」


「あい……」


 机に突っ伏したままのルドーに、エリンジが上から声を掛ける。

 心の底からお礼を告げたルドーに、無表情のエリンジは追撃を入れる。


 再び反省するように机に突っ伏したルドーを眺め、今度はカイムが声をあげた。


「そんで情報なしとか、結局どうすんだよ」


「現状中央魔森林探すしかなくなっちまった……でも、クロノの時と違って当てがなさすぎる。なんか情報が少しでもあれば……」


「そういえばクロノさんとカイムくん、昨日また外に出てたよね。何か情報ないの?」


 机の上で頭を抱えたルドーの横で、思い出したようにリリアが二人に向かって問いかけた。


 リリアの問いかけに、カイムとクロノは顔を顰めて目を見合わせた。


 カイムからまた少し黒い空気が溢れ始めた。

 その横で、クロノが重々しく口を開く。


「古代魔道具関連じゃないよ。マフィアと魔人族関連」


「……なんかあったのか?」


「ちょこちょこ変な噂があったから、本格的に調べようと思って。昨日カイムに頼んで、調査に付いてきてもらってたんだよ。私一人で勝手に消えたら騒ぎになるかと思って」


「二度と勝手に消えんじゃねぇ」


「わかってるって。だから声掛けたんじゃん」


 物凄く機嫌の悪そうなカイムの低い声を、平然とあしらうクロノ。

 この調子なら、クロノは黙ってカイムの傍を離れないだろう。


 二人の様子を見ながら、ルドーは情報を得ようと話を続ける。


「それで二人でいなくなってたのか」


「また無断外出か」


「一応情報持ち帰ってんだから、大目に見てくんない?」


 無断行動にエリンジが一瞬眉間に皺を寄せたが、クロノは平然と言い返す。

 相性の悪い二人が、また言い合いの喧嘩にならないうちにと、ルドーはさっさと先を促した。


「そんで結局何だったんだ?」


『噂とか言ってたな』


「裏ルートに流通したままのカプセルと、その中に入れられたままの魔人族。それが急に集められ始めたとか。カプセルの取引は大きいから、裏で噂が立ちはじめて。だから情報がないかと軽く潜ったわけ」


 思ったよりも深刻な内容に、ルドー達は一瞬言葉を失った。


 魔力の多い魔人族に、抵抗出来ないよう魔封じを付けて、生きたままの魔力源とするカプセル装置。


 大元の製造場所であったマフィア組織、鉄線は潰せた。

 だが人攫いに遭ったまま、カプセルの被害に遭っている魔人族はまだいる。


 回復魔法も利用して、膨大に使用される魔力源のカプセル。

 アシュの歌姫像を無理矢理起動させたのもそれだ。


 そんなどでかいエネルギー源となり得る、カプセルが、裏で動き始めている。


「カプセルが集められ始めた?」


「あんなものなんに使う」


「こっちが知るかよ、くそが」


「でも本当なら……あんまり良くない話だよね」


「だから探り入れたわけ、でも今回はハズレ。噂は確認できたけど、大元とは繋がりがなかった」


 腕を組んでそう息を吐いたクロノは、どこかやるせなさが滲んでいた。


 グルアテリアとマーから奪われた古代魔道具だけではない。


 ルドー達の知らない何か大きいものが、裏で動き始めている気がする。


「はぁ、分からなかった事言ったって仕方ない。こっちは一応、情報手に入ったらその都度報告する」


「本当だろうな」


「どっちにしろカイムが教えるでしょ。いちいち突っかかって来ないでくれる?」


「待て待て待てって。クロノ、分かった。こっちも協力する。エリンジ、心配は分かるけど、こう言ってくれてるんだから信じろって」


 エリンジとクロノがまた一触即発になって、ルドーは慌てて間に仲裁に入る。


 どうしてこの二人は、会話する度に険悪になるのだろうか。

 カイムとエリンジならまだ仲良くできるのに。


 仲裁して何とか落ち着いた二人に項垂れるルドーを、リリアが労わるように背中を優しくさする。

 優しさが染みる。お兄ちゃん泣いちゃいそう。


「そのマフィア組織が古代魔道具を持っている可能性はないのか」


「ないとも言えるし、あるともいえる。現時点じゃ決定打になり得る情報が足りない」


「んだよそれ、結局どっちなんだよ」


「わかんないってことだよ」


「えーっとじゃあ、マフィア組織を探りつつ、中央魔森林も探す感じ?」


「……なんか急に規模の大きい話になったような」


「当たり前じゃん、古代魔道具なんて元々規模大きいんだから」


『めんどくせぇなぁ、いっぺんに全部ぶっとばして解決出来りゃ早いのに』


「それが出来たら苦労しないんだって……」


「キシアさああああああああん! 完成しましたですやああああああああ!」


 ルドー達が今後の方針を話していると、食堂の入り口から、バタバタとカゲツが飛び込んでいた。

 その後ろにいるグルグルメガネのノースターは、血色の悪そうな疲れた表情で、襟首を掴まれてズルズルと引き摺られている。


「あぁもう! だから定期的に休んでくださいとお伝えしてましたですのにや! 五徹もするからですや! 肝心な時にこれで、どう報告するって言うんですかや!」


『いや、一応、緊急事態だったし……』


「それで倒れたら元も子とないと、再三言いましたのにや! 商人は身体が資本なんですやよ!」


『いや僕、商人じゃないし……』


「あ、あの、カゲツさん、ノースターさん、完成したって、例の……?」


 食堂の片隅で、珍しく一人で居たキシアが、おずおずとカゲツに聞き返していた。


 ここ最近、ノースターとカゲツは、ほとんど二人で寮の部屋に閉じこもって、トルポで発生している疫病に効果的な魔法薬の製作に躍起になっていたのだ。


 授業にこそ出てくるものの、授業を終えるや否や、二人寮の部屋に走り戻っていた。

 時折ノースターの部屋を魔法薬の失敗で爆発させながら、二人でやいやい言い合って、魔法薬の開発に精を出し続けていたのだ。


 かなり時間がかかったが、それがようやく形になったらしい。


 久しぶりの吉報。

 食堂で話を聞いた他科目の生徒達が嬉しそうに声をあげるが、報告を聞いたキシアは、どこか影の差す暗い表情をし始める。

 嬉しいはずの報告に対するキシアの反応に、カゲツノースターも顔を曇らせた。


「……あれ、ひょっとしてもう、かなり犠牲者出てしまった感じですや?」


『遅かった? 時間かかった自覚はあるけど……』


「いえ、そうではありませんの。その、別件でさらに厄介な状況になってしまっておりまして……」


「……鉄線の残党が、最近トルポに入り込んできたこと?」


 ルドー達の横で、キシア達の会話を聞いていたクロノが、唐突にぶっこむ。

 図星をつかれるように、キシアの身体がびくりと揺れた。


 ルドー達も初めて聞く話。

 驚愕したルドーは、リリアとエリンジにそれぞれ顔を見合わせる。


 鉄線の残党の話に、カイムが険しい顔に変わって、詰め寄るように大声をあげた。


「あぁ!? あのくそ人間どもが戻ってきてるって!?」


「疫病で弱った町が狙われ始めてるんだよ。とうとう平民だけじゃなくて、貴族にも罹患者が出始めた。権限を持った貴族が倒れた隙をついて、対応が後手に回り始めてる」


「……極秘情報のはずですわよ。どうしてそこまでご存じなんですの?」


「あれ関係だったから、目は向けてた。一応ね。疫病が解決しないとどうにもならないから、動けなかったけど」


 赤い瞳を怪しく光らせて、クロノは腕を組みつつキシアにそう返した。


 あれ関係。

 女神深教の祈願持ちの一人。

 疫病を蔓延させた、病祈願(やまいきがん)の事を言っているのだろう。


 トルポ国内の状況が極秘情報だったのは、下手に他国に情報が回り、国内に不利益を被る事態を避ける為だろう。

 クロノが全部バラしてしまったために、それも今はもう意味もない気もするが。


 トルポの疫病の件は、ルドー達も以前協力して、カルテを配達したこともあって気にはなっていた。

 想定外の厄介な事態に、ルドー達も揃って話し始める。


「権限を持ってる貴族が倒れてるって、それひょっとして、エレイーネーに依頼出せない感じか?」


「その通りですわ。今はまだ何とかトルポ内で抵抗出来ていますが、肝心の製薬商会が狙われ始めてしまいまして」


「その方がマフィアには都合がいいからか」


「でもそれ、薬を作るところがマフィアの手に落ちたら……」



「――――薬を作ることが、出来なくなりますわ」



 食堂が、しんと静まり返る。


 そこに先程の吉報に喜んでいた空気はどこにもなかった。

 互いに顔を見合わせ、空気が不安な物へと伝播していく。


 同じように不安そうな顔をしたリリアが、ルドーをじっと見つめる。


 ルドーの頭の中に、トルポに運んだカルテが思い浮かんだ。

 死んだルドーとリリアの両親が、チュニで必死にケイソ病と戦った記録。

 両親は死ぬまで、チュニ王国のケイソ病と戦い続けた。


 女神深教の病祈願(やまいきがん)がばら撒いた、苦しみと痛みを伴うあの疫病と。


 まだだ。

 まだトルポには、疫病を何とかしようと戦っている人たちがいる。

 死んだ両親は諦めなかった。いまルドーが諦めてどうする。


 依頼することが出来なくて、トルポ国内から動けないなら、別の方法を考えろ。


 今のこの事態を切り抜ける、ルドー達に出来る方法を――――。


「カゲツ、ノースター、魔法薬は完成したんだよな」


『うん、間違いなく完成させた』


「ルドーさん、でもこの状況……」


「運ぶぞ」


「え?」


「魔法薬を、マフィアより先に。その薬の製造施設に、エレイーネーから」


 特効薬を開発するための魔法薬の配達。

 その護衛名目なら、現地のマフィアと遭遇しても、自衛という名の戦闘が可能だ。


 ルドーの提案した言葉に、食堂の魔法科の顔色が変わった。


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