第百八十三話 嫌がらせの顛末
三つ子の罠に捕まった嫌がらせしていた犯人。
ヘルシュに案内されるまま、図書室手前の廊下に移動したルドーとリリア。
三つ子を抱えたキャビンも後ろに続いている。
そこには、大きな網に絡まってグルグル巻きになった、頭に羽の生えた魔人族の少女。
フランゲル一行に取り囲まれた少女が、もごもごしながら横たわっていた。
「……つまり、この子が例の不届き者だって?」
「そうよ。目星つけろって言ったじゃない」
「ハイハイハイ見つけたのは僕です!」
ルドーが声を掛ければ、倒れた少女の前で、ウォポンがハイハイ声をあげる。
アリアが自慢げに、ふふんと声をあげつつ頬に指を添えた。
網の中でもごもごしている、名前も知らない少女を、全員で見下ろす。
利用時間も過ぎて、人気のなくなった図書室の廊下には、気まずい沈黙が支配していた。
「ねぇ、関係ないならもう帰っていい?」
「またこいつかよ、いい加減にしろや。もう森に帰れって……」
クロノは何故この場に居るのか分からない、という反応を示す。
カイムは少女を目にした瞬間、もう面倒だと顔を顰めた。
クロノに関することなので、渋る二人をルドーは無理を言って引き連れてきた。
そういえば二人は戻ったばかりの為、そもそもなぜこんな騒動になっているのか知らない。
多分もっと面倒になると分かっているが、話さない訳にもいかないと、ルドーも渋々口を開いた。
「いや、クロノ、最近受けてたって言う嫌がらせの犯人、多分この子なんだよ」
「あぁ?」
「あー、そういうこと……」
ルドーの説明に、カイムは初耳の様に顔を上げ、逆にクロノが面倒くさそうに目を細めた。
一方で、ルドーが二人に説明したことで、三つ子たちが大きな声を上げ始めた。
「あぁー! ルドにぃ言っちゃったー!」
「カイにぃには僕たちが言いたかったのに!」
「俺たちが罠作ったんだよー!?」
「いやさっき、カイムには全部説明するって言ったろ」
「おい、どういうことだよ。聞いてねぇぞ」
騒ぐ三つ子に、カイムも苛立ちながらルドーに詰め寄る。
詰め寄りつつ、カイムが一瞬クロノの方に視線を向けた。
しかしクロノは話す気もないようで、腕を組んで面倒そうに顔を背けている。
クロノの様子にカイムは諦め、話を続けろとルドーの方を睨み付けた。
自分の事だろ、なんでクロノ自身から説明しようとしないのか。
見兼ねたリリアが、呆れて項垂れるルドーの横から、人指し指をあげながら助け舟を出す。
「えぇーっと、確か、カイムくんがいない間に、丸められた紙を投げつけられてた。だっけ?」
「はぁ?」
「ライアたちが言うには、だけどな」
「それであちこち罠を設置して、犯人を捕まえるという話になったのだぞ!」
「「「かしこい!」」」
フランゲルの大声に、三つ子が胸を張って答えた。
しかしあれだけ大騒動になった罠の設置。
褒められたことではない。
ルドーは三つ子をおだて続けるフランゲルに、指差して苦言を呈する。
「あぁもう、覚えちまっただろ! 余計な事言うなってフランゲル!」
「頭を使ったことは褒めても良いではないか!」
「その結果があれだろ! 頼むから余計な事教えないでくれって!」
「教えてなどおらんぞ! 褒めることの何が悪い!」
ルドーの苦言に、逆に胸を張って抗議してくるフランゲル。
フランゲルは純粋に三つ子を褒めている分、なにも悪気がないから厄介だ。
ルドーとフランゲルがやいやい言い合っている横で、今度はヘルシュとアリアが声をあげた。
「でも顔も名前も分からないって言ってたけど、本当にこの子なの?」
「なによ、十分動機あるじゃない。ねぇ、犯人はこいつでしょ?」
「うん! この人の魔力だよ!」
アリアがうごうごする少女を指差して聞き、ライアが元気よく答えた。
ライアが覚えた魔力から、嫌がらせの犯人はこの子で間違いないようだ。
しかしクロノに対して何故そんな事をしたのか。
ルドーは名前も知らないために、動機がさっぱりわからない。
とりあえず言い合っていても埒が明かない。
一旦事情を聞き出そうと、ルドーは蠢く少女の上からそっと声を掛けた。
「あー、えーっと、とりあえずなんでそんなことしたか、話して欲しいんだけど……」
「……」
沈黙。
蠢いていた少女は、言葉を聞いた瞬間、ピタッと動きは止めた。
だが返答がまるでない。
うつ伏せに網に絡まり、顔も見えないまま。
ルドーの質問に、少女から何も答えが返ってこない。
網に捕まっているため、以前の様に跳び上がって逃走は出来ない様子。
だがこれでは何も進展しない。
痺れを切らしたカイムが喚き始めた。
「だああああもう! ほんとなんなんだよてめぇは! 喋らねぇ、名前も言わねぇ、森にも帰らねぇ! 挙句に嫌がらせとか、何がしたいんだかさっぱりわからねぇよ!」
『ここまで伝わらねぇと報われねぇなぁ』
「まぁ逆効果の事しかしてないし……」
「哀れよねぇ、それで嫉妬したってなんにもならないでしょうに」
カイムが喚くのを眺めている横で、聖剣が声をあげ、リリアとアリアが意味深に頷く。
一体何を話しているのかルドーにはよくわからない。
理解できないルドーとは対照的に、聖剣もリリアもアリアも、この少女の動機に思い当たることがあるらしい。
「なんだよ、理由分かってるなら教えてくれってリリ」
「うーん、私から言っていいのかなぁ」
「あれでしょ、この子そいつが好きだから、一緒にいるあいつに嫉妬して、ごみ投げてただけでしょ」
「でぇっ!? 嫉妬で嫌がらせしてたって!?」
『あーあ、言っちまった』
おずおずと、話しにくそうに口を濁していたリリア。
そんなリリアの遠慮もぶった切って、アリアがカイムとそいつ、クロノをあいつとそれぞれ差しながら、全部バッサリ暴露した。
その場の男子全員から驚愕の大声があがる。
「はぁ!?」
「えぇっ!? アリアさん、そういう理由だったんです!?」
「なんと! やり方が姑息すぎるぞ!」
「ハイハイハイ驚愕の真相です!」
「ア、アリアさん、その言い方は……」
「いいじゃない別に。質悪いことしたのこの子なんだし」
リリアがアリアに苦言を呈する中、ルドーはまじまじと網にかかったままの少女を見つめる。
網の中でうつ伏せになった少女は、耳から首まで真っ赤に染まりあがっていた。
どうやらアリアの指摘通りらしい。
「……あー、カイムが身を呈して助けたもんな。惚れてもおかしくないか、あれは」
アリアの指摘に、ルドーも少女を助け出した経緯を思い起こす。
あれは確かシマスでの、ユランシエル復権騒動時。
魔力源としてカプセルに入れられていた少女を、カイムが逆流魔力に倒れながらも助け出したのだ。
同年代の、しかも同胞の魔人族であるカイムが、身を挺して倒れてまで助けてくれた。
少女の立場からすれば、少なからずときめいてしまう要素はあるだろう。
一通りの事情を察した全員、カイムに自然と視線が向かった。
視線が集中して、カイムは見る見るうちに首から赤くなっていく。
「あっ、いや、べっ、別にそういうんじゃねぇ。マジでそういうんじゃねぇ!」
「なにが?」
「いっ、いや、く、くそ……ていうかてめぇもなんで言わねぇんだよ!」
「別に実害ないし、わざわざ言う程でもないじゃん」
カイムは話を逸らすように、クロノに噛み付き始める。
しかし、嫌がらせされていた当事者のクロノは、噛み付いてきたカイムに対して、腕を組んだまま肩をすくめる。
いつも通りクロノ本人は他人事で、あまり問題意識を持っている様子がなかった。
カイムは話を逸らす意図もあるだろうが、心配もあって言っているとルドーも分かる。
ただ確かに、化け物身体能力のクロノは、その頑丈さもあって、よっぽどでなければ実害を被ることが無い。
クロノ本人も、それが分かっているのだろう。
面倒事にしかならないから、問題を放置していたようだ。
カイムがいくらギャンギャン噛み付いても、クロノは全く顧みない。
ここはもういくらカイムが吠えても平行線だと感じたルドーは、とりあえず目の前の問題を片付けようと話を変えた。
「とりあえずカイム、この子の事どうするんだよ」
「なんで俺に振るんだよ! 知るか!」
「いやでも、この子カイムに惚れてるから、こんなことになってるんだろ? はっきりさせたほうがいいと思うぞ」
この場でなくてもと続けたルドーの言葉に、リリアとアリアがうんうんと頷く。
フランゲル達男子も、流石の空気に茶化すよりも見守る姿勢が強い。
カイムはまた徐々に首から上が赤く、頭から白い湯気を出しはじめる。
まるで迷うかのように、カイムが無意識にクロノの方に顔を向けた。
「いいんじゃない? 別に。その子とくっついても」
爆弾が投げられた。
腕を組んだまま平坦な声で、クロノは揺れる赤い瞳を向け、カイムに言い切る。
カイムがビシッと大きく、文字通り岩の様にひび割れた。
想定外すぎるクロノの言葉に、三つ子からも悲鳴のような声が上がる。
「ク、クロねぇ!? なっ、なんで!?」
「クロねぇ、カイにぃ嫌いなの!?」
「クロねぇちゃん! カイにぃと仲良しだったよね!?」
「いや、それとこれとは話が別って言うか……」
「あーららぁ……」
わたわたと足元に群がり始めた三つ子に、クロノは困ったように頬をかく。
キャビンも想定外というように、哀れな目で固まったカイムの方を見ていた。
呆気にとられるルドーとリリアの横で、フランゲル一行からも動揺の声が続く。
「い、いつも一緒にいるじゃないあんたたち!?」
「ウガラシの時、姫抱きまでされていただろう!?」
「えっちょっ、ここでその発言は意図わかんないよ!?」
「ハイハイハイもう大混乱です!」
「えっ……あっ……えぇ……?」
大騒ぎするフランゲル一行の大声に、カイムはようやく我に返ったようだ。
しかしその声にはいつもの覇気はなく、信じられないかのように、怯える様に震えていた。
ルドーが可愛そうに思うほど、カイムは狼狽えて、いつもより小さく見える。
「……はぁ。別に、カイムが普通の幸せを望むなら、その子と一緒になったほうが、ずっといいと思っただけだよ」
「いやいやいや、クロノ、それお前どうすんだよ」
動揺する全員に、クロノが口を開いたが、そこにクロノの気持ちは見当たらなかった。
あくまでカイムの心情や、その後の生活を思っての助言のようだ。
だがずっとカイムと一緒にいたのはクロノの意志だし、心理鏡の中でのこともある。
ルドーも流石にどうかと思って声をあげるが、クロノはそれにも首を傾げる。
「なんで私?」
「えっ、なんでって……カイムといつも一緒にいるし、その、色々あったじゃん……」
逆に疑問を呈されて、ルドーもしどろもどろになった。
クロノが何を考えているのか、その瞳を見ても、揺らいでいるだけで何もわからない。
ルドーの疑問に、クロノは肩をすくめ、淡々と説明した。
「私は抱えている問題が大きすぎる。だから私自身が恋愛方面に思考を向ける余裕がないの。だから私をそういう対象にされたって、応えられないよ」
「なに、それ……」
始めて聞こえる声が、下の方からあげられた。
全員が声に吸い寄せられるように視線が下がる。
網に絡まったままの羽の少女が、驚くように大きく目を見開いて、納戸色の瞳でクロノを見ていた。
「そん、そんな、人の気持ち、弄ぶような、なんで、そんなこと……」
「はぁ、そうだね。自分で自分が嫌になるよ。私はいつだって、どこまでも自分勝手で、卑怯者で臆病者なんだから」
頭に羽の生えた少女の震える指摘に、クロノは自嘲するように眉を下げつつわずかに口角をあげる。
諦め切ったように、赤い瞳が揺れているのが、ルドーには見えた。
「ま、そういうわけだから、好きにすればいいよ。カイム、今日のあれは協力する。でも私が一緒にいて、その子を不快にさせるのが嫌なら、言ってくれたら距離取っとくから」
「な、なに言って……」
「だってその子聖女でしょ。将来性考えたら、仲良くしてた方がいいと思うけど」
クロノの言葉に、再び沈黙が場を支配した。
聖女。
国に最低一人いるとされる、浄化魔法が使える、瘴気と魔物に特化した役職。
つまりこの子が、ずっと判明していなかった、魔人族の国の聖女。
勇者の役職を授かった、ライアの対となる存在。
全員が頭に羽の生えた少女と、発言したクロノに、何度も視線を行ったり来たりさせる。
当の発言したクロノは腕を組んだまま、周囲の様子に今度は不思議そうに首を傾げた。
「あれ? ひょっとして気付いてなかった? それでここにいると思ってたんだけど」
「でぇっ!? この子が魔人族の聖女!?」
「ほっ本当なのクロノさん!?」
「いや嘘ついてどうすんの。その反応、ホントに知らなかったの? 誰も観測してなかったわけ?」
ルドーとリリアの驚愕の声に、クロノは今度こそ困惑していた。
フランゲル一行もあわあわと言葉も出ない。
「聖女だとか、そんなんで仲良くとか、なに言って……」
「カイム、好きにしていいよ。私は強制しない。カイムの思った通りにして」
ずっとか細い呆けた声を出し続けるカイムに、クロノはそう言って肩をすくめた。
震えたまま反応の薄いカイム。
クロノは困ったようにまた肩をすくめた後、網に絡まったまま見上げている少女に手を振る。
「ま、そういうわけだから、もう私に変なの投げて来ないでね。まぁ、隕石落そうとも、私には傷一つつかないんだけど」
そう言って、嫌がらせ内容もまるで気にせず、クロノは踵を返してスタスタと立ち去ってしまった。
ルドー達が困惑に声も出ない中、突如としてスパァンと、大きな乾いた音が響く。
リリアが震えるカイムの頬を、思いっきり引っ叩いていた。
赤くなった頬を押さえて固まるカイム。
更に追い打ちをかけるように、リリアが大声をあげる。
「追いかけて!」
「あっ、え、あぁ?」
「追いかけてカイムくん!」
「そうよ! 追いかけなさいよここは! それでも男!?」
クロノが立ち去った方向を指差して叫ぶリリア。
同調するように、アリアも大きく声を上げ始めた。
二人の大声に我に返ったルドーは、訳が分からず間に入る。
「えっ、ちょっ、まったまった! どうしたんだよリリ、アリアも」
「だってクロノさん、今言ってたでしょ! 抱えている問題が大きいって! 巻き込みたくないから本音が言えないって事だよ!」
「あれだけ散々一緒にいて、嫌ってるわけないじゃないの! 逃げるのが癖になってるのよあれは! ほっといたらまたリンソウの時みたいにいなくなるわよあれ!」
「今追いかけないとカイムくん、また後悔するから! 早く!」
ルドーの制止も聞かず、リリアとアリアは必死にカイムに向かって捲し立てた。
二人の話を聞いて、ライアがさぁっと青ざめた。
「えっ、クロねぇまたいなくなっちゃう!?」
「ライア、大丈夫だよ!」
「やだ! もういなくなっちゃうのやだ! カイにぃ!」
「ライア……カイにぃちゃ!」
震えはじめたライアを、レイルとロイズが抱きしめ、寄り添って頼るようにカイムを見上げた。
リンソウの時のようにいなくなる。
アリアの言葉に、カイムの表情が変わった。
呆けて震えていたのがすっと、強く、覚悟を決める様に。
『なーるほど、逃げ癖か。通りですぐ立ち去るわけだわ』
「カイム、リリ達の話じゃ、このままだと……」
納得の声をあげる聖剣に、ルドーもようやく理解し、カイムをじっと見つめる。
ルドーの視線にカイムは一瞬答える様に見つめ返す。
リリアとアリアに従うように、カイムは走り出そうとした。
だが、ふと足を止めて、睨み付ける様に、網に絡まったままの少女に鋭い視線を向けた。
「……おい、てめぇが聖女だとかどうとか、関係ねぇ。同胞だから助けた、あの時はそれだけだ。だがあいつがそのせいでいなくなったら、俺はてめぇを助けた事、ずっと恨むぞ」
地の底から響くような、恨めしい声でカイムはそう呼び掛けた。
声を掛けられた少女が、その声に大きく震える。
そのままカイムは振り返らず、クロノの後を追うように走り出す。
きっと間に合うようにと、ルドーは黙ってその背中をじっと見送った。




