第百七十六話 全科目合同訓練.3
『リタイアが続々と発生した盤面! セロモアチームは魔法科が半減、ベゴニーチームは護衛科が残り一人でキング駒が危険だー! 様子見していた他チーム、ここからどう動くかー!?』
全科目合同訓練。
最初の同時マスでの戦闘訓練は、リリアとエリンジ、ベゴニーチームの護衛科三人がリタイアする結果で終わった。
両チーム大幅に戦力を奪われ、様子見していたチームに、チャンスが訪れたことになる。
また、大幅に戦力を削がれた二チームも、動きを考える場面になっていた。
「くそ! キング駒防衛を設定し直す! 中央サポート、防衛に戻れ! 魔法科二人を防衛に当てるのは厳しい、誰か一人のみ防衛に!」
「自信なくなったし……こっち今攻めて来なさそうだから戻ります……」
カイムとクロノが動かなかった影響で、初動が遅れたベゴニーチーム。
エリンジに蹂躙され、護衛科が三名リタイアしてしまった。
穴を埋めようと、ベゴニーが大きく声をあげて指示する。
サポートに回っていたが、結局何もできなかった護衛科生徒。
中央からキング駒のある隅に移動していく。
またヘルシュも、エリンジに突破されたせいで、落ち込みながら防衛に回る。
ヘルシュ側は、リタイアしたエリンジとリリアが責めてきていた方向だ。
しばらく様子見するだろう、攻撃は来ないとみていい。
『ベゴニーチーム、なんとかキング駒防衛を再配置するようだ!』
『キングの駒取られたら全滅だから放置できないし、戦力も必要だからある程度人員は必要だけど、カイムとクロノがいるならある程度カバーできると思いますけど』
『脅威になる相手がさっきリタイアしたしな、後は他チームの作戦次第ってとこか』
ベゴニーチームの、特別枠ルドーの召喚が終わった。
制限時間に思ったより動けなかったと反省しつつ、ルドーはネルテ先生の横に戻されたため、解説役を再開させる。
「今度こそ指示道りに動けよ! とりあえずマスを確保しろ!」
「はいはい、わかってますよ」
「ケッ、偉そうに。そっちの指示でこうなってるっつのに」
ベゴニーチームの指示に動かなかったカイムとクロノだが、それは勧誘時の基礎科指示だ。
本人たちに非はない。
かなり面倒くさそうにしながらも、今度こそ指示に従って走り、マスを確保していく二人。
カイムとクロノがまともに動き出し、ベゴニーチームの戦力は充分。
ここからどう動くかだ。
また、エリンジとリリアがリタイアしたセロモアチームも、大幅に戦力が下がっていた。
「あいや! メイン火力のエリンジさんがやられましたや!」
『えーっと、とりあえずある程度マス確保したけど、あれどうすればいいの』
キングの駒を囲み、全く動く様子のないデポージーチーム。
その範囲の半分のマスを確保したカゲツとノースターは、どう動くべきか迷うように立ち尽くしている。
『セロモアチームのカゲツとノースター、取れる範囲のマスを全部取ってしまったぞ! かなりの範囲が取られているのに、デポージーチーム相変わらず動かない!』
『睨み合ってる……のか? これ』
『キングの攻略は厄介だな、固まってる分全部相手しないといけなくなるぜ』
カゲツとノースターは二人とも、直接的な攻撃魔法は使えない。
だからこそカゲツは、植物でどうにかしているし、ノースターは魔法薬で対処している。
二人には、固まっているデポージーチーム全員を、突破するだけの火力がないのだ。
「フゥム、全体指示だけでは厳しいか……」
訓練開始後、即座に前進指示を出した男子生徒。
彼がおおよそリーダー角のセロモアのようだ。
朱殷色の短い髪、紺碧色の瞳の細目の、背の高い細身の青年だ
エリンジとリリアのリタイアの様子を観察していた。
当惑しているカゲツとノースターに、思案するように指を顎に置きつつ、横を向いて大きな声をあげた。
「シンゲツ! 魔法科の細かい戦闘指示に回れ!」
「アイアイ、サー!」
『おぉっとここでセロモア、シンゲツに戦闘指揮命令を出したぁー!』
『確かに最初の指示だけで、後は任せっきりだったもんな』
『あの二人は戦力も不安だし、妥当な判断だと思うぜ』
大まかな指示だけでは、変化する戦闘の背景に、適切な対処がしにくいと見たのだろう。
基礎科のチーム人数は四人。
その中の一人を魔法科の戦闘指示に専属させることで、それに対応しようという根端だ。
セロモアの声に、横に居た基礎科の男子生徒が反応した。
青い制服にあまり合わない、かなり目立つ黄色い軍帽をかぶっている。
その軍帽の下に覗く角刈りに、ルドーほど目つきが悪くない三白眼の、かなりガタイの大きな青年。
シンゲツと呼ばれた青年が、カゲツとノースターに指示しやすい様に、フィールド外を近寄ろうと走り始めた。
「ああああああああ!!! こっち来ないでくださいってばああああああああ!!!」
相変わらず泣き叫ぶ声がうるさい。
多分この泣き叫んでいる、亜麻色の髪の台無し美人がデポージーと思われる。
しかし攻める姿勢を見せ始めたカゲツとノースターに、泣き叫ぶだけで未だ反応無しだ。
このままだと接敵する上、下手したら反撃指示もなく一方的に倒されるのでは。
また、セロモアの指示に、戦闘が始まりそうな様子を察して、オリーブも声をあげる。
「向こうが戦い始めてくれるってんなら、うちらも動き時ちゃう? ティネっちゃん」
「そうですねオリーブ、魔法科の方々の指示、任せます」
「了解やで」
「ハイシェンシー! 動きなさい!」
「へへっ、待ってましたぜぇ。そんじゃあ始めようぜぇ!!!」
『おぉっと、バンティネカチームも動いたぁ! 護衛科ハイシェンシー、ウォポンに物凄い勢いで突っ込んでいくぅー!!!』
バンティネカチーム、ルドーが警戒するべきと予想していた、前方中央、竹刀を持った護衛科生徒。
ハイシェンシーと呼ばれた背の高い青年は、恐ろしい速さでウォポンに突っ込んだ。
「ビタっちゃん、トラっちゃん、あっちの戦ってる方の影響がないよう警戒待機や! アルっちゃん、キシっちゃん、たぶん大丈夫やけど、援護頼むで!」
「動かない方の警戒待機ですわ」
「しかし戦い始めたらどうなるかわかりません、観測者使います!」
「うーん、ウォポンの方はともかく、あっちは止められる気しないんだけどなぁ」
「こっちに来ないことを祈るしかありませんわ」
カゲツとノースター方面、デポージーチームを警戒するトラストとビタ。
ウォポンの背後にいるクロノに、こっちに来ないでと視線を送るアルスとキシア。
二チームが動き出し、戦闘が同時進行していく。
カゲツとノースターの傍に追いついたシンゲツが、手を振って大きく指示を出し始めた。
「相手は固まって動かない。こういう時は一人ずつ引き剥がせ!」
「なるほど! それではまず一番行けそうなところから!」
「ちょっとそれどういう意味よ!」
『シンゲツの各個撃破指示! 早速カゲツの植物魔法で、アリアが狙われ始めたぞ! そろそろ動かないとやられちゃうぞー!?』
『あれ、錯乱してるけど指示出せるのか?』
『このままあっさり全滅は流石につまらな過ぎるからやめてくれ』
両手をビシッと引っ張って、カゲツがシュルシュルと蔦を伸ばし始めた。
まず狙ったのは、手前端にいたアリアだ。
指示がないまま動けず狼狽えつつも非難の声をあげたアリアに、とりあえず場外を狙うつもりなのか、カゲツは近寄りつつ触手を伸ばし続ける。
「ちょっと! いい加減何か指示出してよ! 捕まっちゃうわよ!」
「そうだぞ! 反撃もないまま倒されるとは剛腹ものぞ!」
「いやああああああああ!!! 戦いなんて見たくないのにいいいいいいいい!!!」
迫ってくるカゲツの様子に、アリアとフランゲルが振り向きつつ大きな抗議をあげる。
デポージーはそれに大声で泣き喚き散らす。
「うわああああああああん! なんとかしてええええええええ!」
「なんとかってなによ!」
「とりあえず自衛行動させてもらうぞ!」
泣き叫びながらも指示が出たと、フランゲルが大きく両手剣を振りかぶった。
即座に渦巻く火炎魔法が、あっという間にカゲツの蔦を飲み込み、一瞬にして焼き尽くす。
そのまま伝った火が少々燃え移って、あちあちあちちとカゲツが地面に転がり消した。
『おぉっとー! フランゲル、なんとかデポージーの指示が間に合って、一気にカゲツの植物を焼き尽くしたぁー!』
『なんか誰にも声掛けられてなかったけど、あいつ火力は最初からデカかったもんな』
『安定してきたから、大分できると思うぜ』
「誰にも声掛けられなかったとか拡声魔法でいうんじゃなああああい!!!」
ルドーとレギアの解説に、フランゲルはだんだんと地団駄を踏む。
想定以上の威力を出した、フランゲルの火炎魔法。
誰も声を掛けなかった、余りでそこに居たフランゲルに、基礎科と護衛科から驚愕と共に一斉に注目が集まる。
「よろしくだぜぇ!!! そんじゃまず一本と行こうか!」
「ハイハイハイ迎撃します!」
一方動き出したハイシェンシ―は、ウォポンと同マスとなって接敵した。
ハイハイ叫びながら振り下ろしたウォポンの剣を、なんと竹刀で難なく受け止める。
『護衛科ハイシェンシー、ウォポンと交戦したぁ! だがどうした!? 言ってた割りには防いでいるも劣勢だぞ!?』
『なぁーんか変な反応だな』
『変な反応?』
『あの竹刀の方、魔力がねぇぞ。なのに攻撃防いでる力の動き、なんか変な動きしてるな』
『いやアバウトすぎてわかんねぇよ』
ウォポンは自己洗脳魔法で自分を強化した、物理タイプ。
なので魔力が無い相手に攻撃して防がれても、なんら不思議ではない。
劣勢でありながらも、目が異様に爛々と輝いて、楽しそうにしているハイシェンシー。
どんどんとウォポンに押されていくのに、その表情は反比例して歓喜していく。
「いい強さだ……だが俺ほどではなぁい!!! カウンター発動!!!」
ガキィンと、竹刀なのに大きな金属音が鳴った。
『おぉっとここで護衛科トップの真髄! カウンターが発動してウォポン吹っ飛ばされたー!』
全員気が付けば、ウォポンは上空高くに大きく打ち上げられていた。
無意識に自己洗脳魔法でも使っていたのか、張られていた防御魔法が砕け散って舞い上がっている。
そのままゆっくりと山なりを描くように、ウォポンはハイシェンシーの一撃に気絶したまま、マス外の場外に落下していった。
「ウォポン君、戦闘不能。回収班!」
「はいはい、これはもうだめだね! 回収回収!」
「手加減しろといつも言っているのに」
意識もないまま高い上空から落下していくウォポン。
ヘーヴ先生が判定しつつ、即座に声をあげれば、ニン先生とレッドスパイダー先生が落下地点に駆け付けた。
そのまま落ちてきたウォポンを受け止めた先生たちは、即座にフィールドから転移魔法で離脱して、救護テントの方にウォポンを抱えて走っていく。
『ウォポン、戦闘不能によりリタイアだー! ハイシェンシー、強烈なカウンター攻撃でのしたー! このまま突破してベゴニーチーム攻略なるかー!?』
「ハイシェンシー、そのまま前進しなさい!」
「仰せのままに! とうっ!」
『行けるかなぁ』
『正面にいるのがなぁ』
バンティネカの指示に、戦闘好きのハイシェンシ―は、キラキラとした視線を向けた。
どうやら今度はカイムとの戦闘を御所望な様子。
しかし真直ぐ突っ走るその先に、手前のマスに突っ立っているクロノもいるのだ。
基礎科の生徒も護衛科の生徒も、カイム目当てであのパートナーを勧誘していた。
つまりその二科目は共に、クロノの実力を把握していない。
クロノはまだ魔法科で誰も勝てていない、化け物である。
魔法科にとって、クロノの化け物じみた実力は周知の事実。
しかし基礎科と護衛科にとって、クロノは魔人族に攫われ、その後戻った後も、再度逃走したために長期行方不明になっていた、哀れな生徒でしかない。
失踪期間が長かったせいか、まともに訓練されてないと思われているかもしれない。
先程のリリアの退場のさせ方では、まだその化け物ぶりは披露されてないのだ。
武器を持たないクロノに、ハイシェンシーはその前を素通りして、カイムの方へ行こうと走る。
『おぉっとハイシェンシー、だめだよ! クロノと同マスになってる! このまま行ったらリタイアだぞー!?』
ネルテ先生の拡声音声に、ハイシェンシーが大きく土煙をあげながら慌てて止まった。
誰と同マスになったかと頭を見回した後、クロノを見て信じられないと目を見開く。
「なにぃ!? 女子じゃないかこいつ! 武器も持たない相手に戦えだと!?」
「えぇ? なんか新鮮な反応されたんだけど」
竹刀でビシッと指差しながら、上空のネルテ先生が映る投影魔法に向かって、抗議をあげるハイシェンシー。
竹刀で差されたことも気にせず、弱者扱いされたクロノは腕を組みつつ肩をすくめる。
『そうは言ってもルールはルールだよ! ほら戦闘訓練開始だ!』
ケラケラ笑うネルテ先生が、いつもの調子でホレホレと手を叩く。
周囲の基礎科はハイシェンシーの実力がわかっているようだ。
護衛科と元に一斉に不安そうな表情に変わる。
オリーブも実態を知らないのか、サンザカと共に不安そうな顔に変わった。
相対したクロノに対し、ベゴニーが流石にと声をあげる。
「女子! 無理なら降参しろ! ハイシェンシー相手では分が悪い! おい、魔法科、手助けに回れ!」
「いらねぇ」
「うん、いらない」
「また言う事を聞かないつもりか!?」
声を掛けたカイムと、クロノ本人の返答。
不味いのではと、ベゴニーが顔を青くした。
重要なパートナーである相手。
しかもクロノはカイムと共に三つ子と仲良さそうに食事をしている場面を、基礎科にも護衛科にも目撃されている。
そのパートナーであるカイムの放棄宣言。
見放されてしまったのかと、魔法科以外の全員が慌てだした。
戦闘しなければ、マスから移動は出来ない。
バンティネカが、苦渋の決断を下した。
「やむを得ません! ハイシェンシー、やりなさい! なるべく優しく!」
「えぇい、あの男子血も涙もないのか! おい、女子、これを使え!」
そう言ってハイシェンシーがシュッと投げたものが、ドスっとクロノの足元に突き刺さる。
地面に突き刺さった小さな刀。
それを屈んでスッと引き抜いたクロノが、確認するように手の中を見つめる。
「……懐刀?」
「ないよりはマシだろ! 俺は武器を持たん女子と子どもに攻撃はしないのが信条だあ!」
『そこら辺は護衛科っぽいんだな……』
『でも武器渡したところでなぁ』
懐刀を手にしたクロノに、ハイシェンシーは竹刀を両手に持ち替えて叫ぶ。
どう見てもこの攻撃は不服だと、そのキラキラした目の光る顔面にありありと映っていた。
ルドーと聖剣の感想から、魔法科からも絶望的だと思われたのか、護衛科の方から、せめて手加減しようと声が上がり始める。
懐刀を手に下クロノは、ポイっとその手の中で一回転させる。
動く様子のクロノに、三つ子が歓声をあげた。
「クロねぇー!」
「ぶっとばせー!」
「デカいの見せちゃえー!」
「なるほど、ハンデってわけ。まぁちょうどいいんじゃない?」
「そうだとも、先手は譲ろう! どこからでも――――」
ハイシェンシーが言い終わる前に、クロノが消えた。
次の瞬間、先程のエリンジの比ではない、今日一番の強烈な衝撃音と衝撃波が発生する。
衝撃に身を伏せながらも、全員何が起こったかと首を回せば、ハイシェンシーはいつの間にか、場外どころか吹っ飛び過ぎて、魔法科の校舎に抉れて叩きつけられていた。
『おぉっとー! ハイシェンシー場外によりリタイアー!!! なんだ今の私にも見えないぞぉ!!?』
「峰打ちしといたよ、扱いなれてない武器でいいハンデになったかな。あ」
先程消えた場所にフッと戻ったクロノ。
懐刀を回していると、刃先がバキンと折れ落ちた。
「まっず、手加減ミスったかも」
「チビどもに言われたからって張り切り過ぎだろ」
「「「クロねぇー!!!」」」
三つ子の歓声がきゃあきゃあ響く。
折れた懐刀を確認しているクロノに、カイムが折れた刃先を拾い上げながら呆れた声を掛けていた。
余りの圧倒的実力差に、基礎科も護衛科も顔面蒼白になる。
『俺含めてまだ誰も勝てた事ねぇからなぁ、クロノ』
『今んとこ一番強いのあいつだろな』
校舎に叩き付けられて気絶したハイシェンシーを、ターチス先生がなんとか転移魔法で助け出す。
混沌とし始めた全科目合同訓練。
その盤面は続く。




