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第百七十一話 祈願持ち

 医務室は今までに見たことがないほど、物々しい雰囲気に様変わりしていた。


 一週間倒れていたクロノに考慮して、校長室ではなく医務室に情報統制形態がとられている。


 医務室の中央に浮遊する古代魔道具、フェザー・シルバー副校長が、大量の魔法円を、念には念をと大量に書き連ね続けている。


 その場にいたのは、事情を既に女神深教について知っているネルテ先生とヘーヴ先生、それからなぜか三年の魔法科担任のタナンタ先生の三人だ。


 腕組みしながら苛つくようにタナンタ先生は足をとんとんと鳴らしており、その物々しい風貌から、全体的にピリピリとした空気が漂っていた。


 一方で医務室のベッドに横たわっていたクロノは、そんな物々しい空気も全く無視するいつもの飄々とした様子で起き上がって、胸にしがみ付いているライアの頭をひたすらに撫でまわしていた。


 医務室の扉をガラリと開いて慌てて入ったカイムが、そのクロノの様子に安心したように大きく息を吐く。

 続いてぞろぞろと雪崩れ込んだルドー達は、そのあまりにも場違いな雰囲気に圧倒されて口をぽかんと開いたまま立ち尽くしてしまった。


『“早期に入室を。でなければ意味がありません”』


 入り口で立ち尽くしていたルドー達の前に、魔法文字がスラスラ書かれて、ハッとして慌てて中に入る。


 様子を確認するように眺めていた先生方の視線を感じていると、今度はクロノが声をあげる。


「ごめんキャビン、三人外に連れてってくんない?」


 流石に三つ子に詳しい話を聞かせるわけにはいかないと、クロノがキャビンに三人を頼んで連れ出させようとしていた。


 クロノにべったりとへばりついていたライアが嫌がるように泣き始めて、ルドー達を連れてきたレイルとロイズも抗議の大声をあげて暴れはじめる。


「えー!? 僕たちお外ー!?」


「ちゃんとお手伝いしたのにー!」


「やだ! クロねぇもうやだぁ!」


「お話するだけだよライア、三人とも終わったら一緒にご飯食べよ?」


「「「カイにぃー!!!」」」


 情報統制が為されている話は、まだ三人には聞かせるべきではない。

 一斉に振り返った三つ子がカイムに助けを求めるも、クロノに同調するようにカイムも首を振った。


「ダメだ、外で待ってろ。キャビン」


「大事なお話があるから待ってましょうねぇ」


 三人が各々暴れて喚きつつも、キャビンの圧倒的な腕力に捕まってズルズルと連れ出されて行く。


 キャビンが三つ子を連れて退室し、ガラリと閉められたドアに、フェザー副校長がまたバシバシと魔法円を書き連ねて情報統制する。

 様子を確認したネルテ先生が、腰に手を当てたままゆっくりとクロノの方を向いた。


「クロノ、病み上がりのところ申し訳ないけど、状況が状況だ。話してくれるかい?」


「そっちが指名したやつらも来たんだ、情報全部包み隠さず話しやがれ」


「指名したって?」


 黒いサングラスの上で苛立ちに血管が浮き出ているタナンタ先生の言葉に、ルドーは疑問の声をあげた。


 苛立ちが抑えきれない様にしているタナンタ先生の横で、ヘーヴ先生が首を振る。


「話をするなら貴方達四人も連れてきてくれと、でなければ話さないと言われまして」


「えぇ?」


 続けられた説明に、ルドー達は疑問を持ちつつ、ベッドで起き上がっているクロノの方を向いた。


 いつもの帽子姿の下に覗かせた赤い瞳が、ルドー達の方をじっと観察するように眺めている。


「魔力、どうやって取り返したわけ?」


「えっ?」


「私の知る限り、それは不可能だったのよ。エリンジとネルテ先生の奪われた魔力は、永久に戻ってくることなかったはずだった。先生たちからそれをやったのはルドー達だろうって聞いた。何をどうして取り戻したか聞いているの」


 クロノはそう言ってまるでこちらを睨み付ける様にじっと細めた赤い目を向けており、女神深教について話が聞きたかったルドー達は、逆に事情説明を求められて混乱する。


 不安顔に変わったリリアと、意味が分からないと顔を顰めたエリンジに、ルドーはお互いに目を見合わせた。


 クロノは魔力を奪ってきたあの女性について、やはり詳しく知っていたようだ。


 そして、エリンジとネルテ先生が奪われた魔力は本来不可逆で、戻って来なかったであろうことも。


 つまり情報を詳しく知っていたクロノにとっても、あの時ルドー達が対峙した、魔力奪取犯から魔力を放出させた状態は完全に想定外。


 だからその時の状況を詳しく聞き出そうと、クロノはルドー達をわざわざ指名して呼び寄せたのだ。


 混乱する頭でなんとかそこまで理解したルドーは、一旦整理させてくれと両手を前に出して喚く。


「いやいやいやちょっと待てって! 俺達は例の女神深教について話が聞けると思って来たんだぞ! 確かに関係ある話だけど、まず先に詳しく説明してくれって!」


「こっちだって死活問題なのよ! 倒したから魔力が戻ったんでしょ? ずっと長い事分からなかった対処方法が判明したなら教えてよ!」


「逃げられて倒し切れてねぇんだよあいつ!」


 必至の形相で叫び続けたクロノに、言い返すようにルドーは叫んだ。


 途端にクロノはまた恐怖に駆られるように、サァッと顔色が青く変わって小さく震えはじめる。


「……倒せてないの?」


「屍の妨害が入った。あと一歩を転移魔法で逃走を許した」


「ごめんなさいクロノさん、本当にあとちょっとだったんだけど……」


 明らかに怯え始めたクロノに、エリンジとリリアもバツが悪そうに下を向いて続ける。


 あと一歩で倒せたと、ルドーもあの時確信していた。

 だからこそ逃げられたことに、今までにないほどの悔しさがルドーにはあの時込み上げてきたのだ。


 倒し切れなかった後ろめたさから、ルドーも自然と目線が下がる。


 カイムが無言でクロノのベッドの傍まで歩いて、案ずるようにじっと見つめた。

 クロノは恐怖を紛らわせるかのように、身をかがめながらも小さく深呼吸して、その震えを何とか押し留めた。


「……いや、今まで誰にも出来なかった事をしたから、それだけでも進歩したと考えないと……」


「聞きたいことは聞けたのか? ならこっちの質問にもいい加減答えろってんだ」


 ルドー達の会話に、一旦様子見の姿勢を取っていたタナンタ先生が口を開く。

 ネルテ先生とヘーヴ先生も様子を見ていたが、二人で顔を見合わせた後、ネルテ先生が一歩前に出て質問し始めた。


「クロノ、あの相手は規格外が過ぎる。せめて動きだけでも知りたい。何の目的でウガラシをあんな風にしたんだい?」




「目的は一貫してますけど、ウガラシを襲ったのはただの気まぐれのついでです」




 返された返答に、その場が凍り付いたかのように静まり返る。



 ベッドの上で身を正したクロノが、細めた赤い目でじっと周囲を見ながら言った事実が、誰一人理解できなかった。


「……待て、待てよ、待て待て待て待て! あれだけだぞ! あんだけ酷いことになったんだぞ!? それが、えぇ? ただの、気まぐれのついで……?」


「あいつらの厄介なところの一つが、積極的に周囲を巻き込む姿勢だよ。より多くの人間を、巻き込めれば巻き込めるほどに価値があると思っている。だからウガラシをあんな風にしたことに、重要な目的意識なんて含まれてない」


 取り乱すように叫んだルドーに返される言葉。


 つまりクロノの言葉通りなら、あいつらは可能な限り周囲の人間を巻き込んでいく。



 ただのついでの気まぐれで、シマス国王都ウガラシは壊滅した。



 とんでもない被害を出したのに、そこに明確な悪意がなかった事実。

 ルドーは全く理解が出来ず、追いつかない思考にただ我を忘れる様に呆然と突っ立っていた。


「いや、あいつらはウガラシで仕事だなんだと言っていた。それはどう説明する」


「目的は一貫してるって、さっき言ったじゃないか! それは関係してないのかい?」


 ルドーよりも一足先に立ち直った無表情のエリンジと、ネルテ先生が必死の形相で、ほとんど同時に声をあげた。


 目的もなく蹂躙されただけの可能性を、なんとか否定したいとでもいうように。


「あいつらの目的自体は単純です。女神の信者を増やす、それだけなんですよ」


「え? め、女神の、信者を……増やす?」


「何がどうしてそれがあんな破壊行為に繋がると……?」


 クロノが淡々と続けた言葉に、リリアとヘーヴ先生が混乱する声をあげる。


 女神の信者を増やす。


 確か女神教のイスレ神父が、女神深教は女神に対する崇拝が異常な、過激派集団だと言っていたのを思い出す。


 つまりクロノの説明の通りなら、あいつらは女神の信者を増やすために、ウガラシの王都を壊滅させたという事だろうか。


 全く理解できないその思考回路に、ルドーは頭を振りながら、なんとか必死に思考を巡らせる。


「つまり、あいつらは、ああすれば女神の信者が増えるって、それでウガラシを、あんな状態にしたって言うのか……?」


「神頼みする以外に助からないような状況で、強く助かりたいと願っていた時に、まるでその願いを叶えるように奇跡的な助かり方をすれば、そいつはその後女神に感謝を尽くす、熱烈な信者になると思わない?」


 するりと指差しながら淡々と告げたクロノの説明に、ルドーただただ愕然とした。


 つまりあいつらは、女神に頼るしかない状況に追い込むために、ウガラシを徹底的に破壊した。


 ウガラシの生存者は片手で数える程度。


 あの被害に対して、確かに女神によって運命的に助かったと思わなくもない人数だ。


「ふざけるな! 何人死んだと思っている!」


「私に言わないでよ! あいつらは死んだ人間に対して、信仰が足りなかったから死んだ自業自得だって、自分たちの行いも責めず、犠牲者の死を悼みすらしないのに!」


 憤ったエリンジが感情のままにクロノに詰め寄ろうとするも、さらに声をあげて言い返すクロノに押し返された。


 死んだ人間は女神に対する祈りが足りない、だから死んだというのが連中の主張。


 理不尽でしかないその暴力に、ルドーも脳裏に焼き付いた凄惨なあの状景から怒りしか湧かなかった。


 クロノから聞く話にようやく納得したというように、低い声でパチリと聖剣(レギア)が反応する。


『マッチポンプもいいとこだな、自分たちで神頼みするしかない状況に追い込んで、それで助かれば信者の出来上がりか』


「でもそうやって実際に、人知れずひっそりと信者を増やしていったのが女神深教のやつらだよ。実害が酷いのはあの四人だけど、一般の女神深教信者の連中も厄介極まりない」


「……一般の女神深教?」


「人知れず追い込まれて助かった、熱心な女神の信者になった一般人だよ。そいつらは普段は一般的な日常生活を送って、それでいて常に周囲に気を配って、同じような信者を作れる機会を探り続けてる。だからマフィアや犯罪者に都合の良い情報を集めてそれとなく渡したり、周囲が不安になって女神に頼るような情報をわざと流したりする。自分たちが都合よく動けるように、女神深教だって表に出さないから、どこに潜んでいるか分からないんだよ」


 どこに手下がいるかわからない。


 かつて聖剣(レギア)がそう警告した意味を、ようやくルドー達は理解した。


 てっきりルドーは、マフィアの様に何らかの組織が、変装をしたり紛れたりしているからどこにいるかわからないと勝手に思い込んでいた警告。


 しかし実際は、一般人がそれとわからずに紛れて、周囲に害になり得る動きを人知れず行っているという話だった。


 女神教の内部にも、女神深教は自然と紛れ込んでいる。

 しかし女神深教であることは、同じ信者でもお互いに話していないだろうと語るクロノ。


 普通に生活している一般人を疑わなければならない事実。


 想像以上に酷い実態に、ルドーはもうなにを信じたらいいのか分からなくなった。


 ネルテ先生とヘーヴ先生、そしてタナンタ先生も驚愕に目を見開いている。


「人知れずに他人を窮地に追いやって、女神に祈ったことで助かったと、そうして女神の信者を増やそうと、そう仕向けてくる連中が、女神深教って事でいいのかい?」


「はい、そういう認識でいいです」


 呆然としながらも、なんとか情報を整理しようと口を開いたネルテ先生に、クロノは静かにそう返した。

 話の内容にヘーヴ先生もとうとう頭を抱えはじめる。


「……厄介なんてもんじゃない、無差別テロも平気で辞さない連中じゃないですか……」


「今回の規模も大きすぎる。なんでそんな連中が表に出てきていなかったんだ」


「被害に遭った場所は瘴気にのまれて森に没する。生き残って女神深教の信者になるか、死ぬかだけです。そんな二択、情報が残るはずもない」


 今回は奇跡的に情報を持った人間が生き残りましたけどと、そう言ってクロノはルドー達の方をじっと眺めていた。


「……つまり、今後もあれと同じような襲撃が無差別に向けられる可能性があるのか」


「なるべく人を巻き込みながらね」


 一人先に立ち直ったエリンジの上げた声に、クロノは淡々と返した。


 聞いた情報に先生たちがそれぞれ首を振っているのを、ルドーは呆然と見続ける。


 しかしエリンジはその話に考え込むように顎に手を当てて下を向き、その後クロノに視線を戻した。


「ならば対策する必要がある。実害が酷いのがあの四人だといったな、話せる範囲で話せ」


「実害が酷いのが、祈願持ちの四人だよ。ウガラシを壊滅させたあの連中のことだね」


「祈願持ち?」


 エリンジとの会話に、ルドーも追いつくように声をあげると、クロノは応える様に肩をすくめた。


「まず、一番出張ってくるのが、戦祈願(いくさきがん)、グラジオス。こいつは自由自在に無尽蔵に武器を作り上げて、それを使って攻撃してくる」


「最初にグルアテリアで会った、あの剣の男の事か?」


「そうだよ」


 怯える相手の情報に、聖剣(レギア)がルドーの背中てパチパチと火花を散らして震えた。


 ルドー達が最初に遭遇した女神深教の相手。


 ライアのカプセルを嬉々として破壊しようとしきた相手に、ルドー達は思い出すように険しい表情になり、じっと話を黙って聞いていたカイムもどす黒い空気を纏い始める。


戦祈願(いくさきがん)だけあって、戦争や戦闘を仕掛けてくることを好んでやってくる。無尽蔵に武器を作り出すから、戦を求めている連中に好きなだけ戦えって、武器を提供する。しかも裏工作に下についている女神深教の信者を使ってくるから質が悪い」


「グルアテリアでの女神教教会の武器騒動はそう言う事か」


聖剣(レギア)、そもそもなんであいつにそんなに怯えてるんだ?」


『聞いて来るな、知らんでいい事だ』


 疑問に思ったルドーが鞘から引き抜いて掛けた問いかけには、相変わらずの返答しか返ってこない。


 何か知っているかとルドーはクロノに視線を向けるも、拒絶するように目を瞑って小さく首を横に振った。


「ごめん、そこは話せる範囲じゃない」


「おい……」


 カイムの警戒する声に全員が視線を向けると、クロノの左腕にまた契約魔法の鎖が復活していた。

 掛けられた声に、クロノが咄嗟に隠すように後ろに向けようとした左腕を、カイムがガシッと掴んで引き留めている。


「……大丈夫、範囲外を話し過ぎない限り、こいつは実害は加えてこない」


「まだ脅されてんのか」


「祈願持ちの四人については話せるから。こいつがもうそこは話していいって、そう指示してきたから」


 そう平気だと言ったクロノに、カイムはそもそもその況が気に入らないと、掴んだクロノの腕を強く握って、ギリッと歯を食いしばる。

 そのまま乱暴に手を放して後ろを向いたカイムの背中を、クロノはしばらくじっと見つめた後、続けていいのだと判断してまたルドー達の方を向いて話を続けた。


「リンソウでレフォイル山脈を破壊したのと、ウガラシで建物を片っ端から破壊したのが、厄祈願(やくきがん)、チュビスタ。こいつは人工物に対して絶対的な破壊をしてきて、しかも破壊された物が、絶対に元に戻らないようにしてくる」


「ウガラシの破壊された建物が全く直せないのはそう言う事かい?」


「はい、おそらく。ただこいつは人工物に対する破壊工作のみで、一般の女神深教信者の下もいないのか、指示してる様子は見られない。まぁ、そのせいで単独で動くことが多くて逆に読み難いんだけど」


「人工物、つまりスレイプサス監獄とシジャンジェ監獄もそいつがやったのか?」


「おおよそね。一撃で監獄を木端微塵に粉砕する、それくらいは可能だから」


「人工物に対する特攻に修復不可か。面倒な事をしてくれやがる……」


 エリンジの推測に肯定の返事をしたクロノに、タナンタ先生が溜息を吐きながら額に手を添えていた。


「それからリリアとアリアに瘴気痘を植え付けてきたのが、病祈願(やまいきがん)、サマンセム。こいつはありとあらゆる病気を周囲に振りまいて感染させてくる」


「病気? 瘴気じゃないのか?」


「瘴気痘も病気の一種、その延長で多少の瘴気も扱えると踏んでいいよ。厄介なのは人の病気だけじゃなくて、植物や動物の病気も自在に操るところ」


「そういえば、トルポでも見かけたんだけど、ひょっとして今流行ってる疫病……」


「いたんなら、やったんだろうね、多分」


 震える声で聞いたリリアに、クロノは小さく溜息を吐きながら答えた。

 つまり、今トルポで流行り始めたケイソ病から発展した形の疫病は、そいつが意図的に振りまいて感染させたもの。


 そこからさらに推察できる情報に、ルドーも声を震わせながらも必死に口を開く。


「なぁ、チュニで流行ったケイソ病、まさか……」


「痛みに苦しんでいくような症状の病気、それこそあいつの専売特許だよ」


 はっきりと言わなかったものの、クロノのその答えは是としか受け取れない内容だった。


 横に居たリリアが息を飲んでルドーにしがみ付き、しかしルドーもリリアの肩に手を回しながらも、その事実に眩暈がする。



 つまり、チュニ王国で流行ったケイソ病も、その病祈願(やまいきがん)が振り撒いてきたものだった。



 病気だから仕方ないと思っていた両親の死は、意図的に振り撒かれた病によるものだと、その真実にルドーはリリアと共に打ちのめされた。


 エリンジとカイムから、驚愕するような視線を感じる。


 手に持った聖剣(レギア)から、呻くような火花がパチパチと上がった。


「……一旦、止める?」


「いや、続けてくれ……」


 ルドーとリリアのショックを受けた様子に、案じるような声を掛けたクロノに、ルドーは手で目を覆いながら呟く。



 突然知らされた両親の死の真相に、ルドーもリリアも今は向き合い切れなった。



 別の事を考えて気を紛らわせたいと、そう告げたルドーに、クロノは少し沈黙するものの、黙ったまま頷いて話を再開する。


「最後に、エリンジとネルテ先生から魔力を奪ったあいつが、縁祈願(ゆかりきがん)、アセビ。こいつは他人の魔力と容姿を、問答無用で奪っていく。そうして奪っていった沢山の人の魔力を使って暴れる。しかもこいつの厄介な所は、奪った魔力を別の相手に与えることが出来る所」


「奪った魔力を別の相手にだって?」


 驚愕の声をあげて身震いしたネルテ先生は、きっと自身の魔力が他人に移されて、犯罪行為に使われる事を恐れた様子だった。


 そうなる前に魔力を取り戻した事に、心底安心するように改めて大きく息を吐いている。


「歩く災害が俺の魔力を使っていたのはそう言う事か」


 一方エリンジは、シャーティフの歩く災害が魔力の三割を持っていた謎がようやく解けて、自身の魔力を都合よく使われた事に憤るように眉間に皺を寄せた。


 つまり縁祈願(ゆかりきがん)は、奪ったエリンジの魔力を歩く災害に分け与えた。


 シャーティフの地下に居た歩く災害は、ウガラシの時のように、縁祈願(ゆかりきがん)がその恐ろしい量の魔力で行った転移魔法で持ち込んだものとみていいだろう。


「……何があったか知らないけど、とにかくそいつはそうやって、魔力が無くて助けを求めていた一般人にも魔力を与えまくってた。だから女神深教信者の部下が一番多い」


「魔力の多い相手から魔力を奪って、自分に都合の良い相手に魔力を分け与えると。何とも厄介ですね……」


 ようやく聞き終えた四人の、それぞれの厄介すぎる特性。

 一人だけでも厄介でしかない情報に、無差別テロを喜んでするような思想。


 対策を考えるだけでもかなり難航しそうだと、ヘーヴ先生は頭を抱え続けた。


「でも魔力を奪い返したんでしょ? 何をしたの? ここまで話したんだから、お願いだからいい加減教えてよ」


「いや、俺達も何が起こったかそもそもよくわかんねぇんだけど。今まで誰にも出来なかったことって、そもそも祈願ってなんなんだよ」


 懇願するように言ってきたクロノに、ルドーは逆に聞き返す。



 そもそも祈願とは何か。



 その質問に、クロノは測りかねるような表情で左手を見つめた後、契約魔法の相手とまた話でもしたのか、巻かれたままの鎖から目を離して口を開く。


「祈願っていうのは、魔法でも役職でもない、あいつらの固有能力。そのせいで相手に直接作用する役職効果もまるで効かないし、なによりあの四人が共通して持っている祈願効果が一番厄介」


「共通して持ってる祈願効果?」


「……不老不死なのよ、あいつら」


 目を伏せていったクロノの言葉に、その規格外過ぎる効果に、全員がまた何度目になるか分からない驚愕に立ち尽くす。



 不老不死。



 剣の男、戦祈願(いくさきがん)に、縁祈願(ゆかりきがん)の、いくらこちらの攻撃を受けても、痛みすら感じずに傷が勝手に再生していった様子が自然と頭に思い浮かんだ。


 あれが祈願持ち共通で持っている効果。


 つまり、残りの二人、厄祈願(やくきがん)病祈願(やまいきがん)も、同様に不老不死の能力も持っている。


『死なねぇのは知っていたが、不老不死とは……道理でまだ生きている訳だ』


聖剣(レギア)?」


『……俺があいつを、グラジオスを前に見たのは、今から五百年前なんだよ。流石にもう寿命で死んでると高を括ってた。とんだ見当違いだ、見通しが甘すぎた』


「え?」


 初めて聞く話に、ルドーはまた呆けてしまう。


 クロノの不老不死の話を肯定するしかない、聖剣(レギア)からの情報。


 つまりあいつらは少なくとも、何百年単位で闇に潜んで暗躍していた。


 昨日今日で力を手に入れたような連中ではないのだ。


「ねぇ、いい加減話してよ! 経緯だけでもいいから! 縁祈願(ゆかりきがん)から魔力を奪い返した、つまり祈願の能力を打ち壊した! 何百年と誰も出来なかった事だよ、だから私も戻る気になれた。不可能だとずっと思ってた、あいつらを倒せる可能性が出てきたから! お願いだから教えてよ!」


 今にも泣きそうな表情に変わって、クロノは必死に懇願してきた。

 その様相は、また恐怖に駆られて怯える一歩手前のような、本心からにじみ出る必死さだった。


 必死に叫ぶクロノの様子に、ネルテ先生が静かに声を掛ける。


「……クロノ、そもそもなんで君はその情報を知っていたんだい?」


「……ごめんなさい、そこは、話せる範囲じゃない……」


 ネルテ先生の言葉に、クロノはジャラジャラと契約魔法の鎖が鳴り始めた左手を抱えながら、泣きそうな声に変わって頭を下に向けた。


 怯えるように震えるその肩に、カイムがまた静かに近寄って、落ち着かせるようにその肩を無言で撫で始める。


 話せない情報に、感情を必死に抑えようとしている様子のクロノに、ルドーはゆっくりと語り始めた。


「俺もよくわからねぇんだよ。あいつが、縁祈願(ゆかりきがん)が、ライアを掴んで、必死に止めようとして、そしたらライアが叫んだんだ。魔力なんていらない、あげるって。そしたら、急に取り乱したように叫び始めて、頭がまるで花瓶みたいに割れて……」


「……叫んだ?」


「あぁ、あの時は誰も攻撃してなかった。だから何が効いたのか、俺達も今一よくわからなくって……」


「……そんな、まさか、そんなことある?」


「なんだ、何がわかった」


 ルドーの話に、口に手を当ててブツブツ言い始めたクロノに、エリンジが片眉をあげた怪訝な表情で疑問をあげる。


 しばらくクロノはブツブツ考えるように呟き続けた後、再確認するようにルドーの方を向いた。


「つまり、縁祈願(ゆかりきがん)はライアが叫んだ言葉に反応して、それで魔力が戻ったってこと?」


「まぁ、見た感じそんなんだったけど……」


「何か分かったの?」


「分かるように説明しろ」


 ルドーにしがみついたままのリリアと、険しい表情のエリンジも声をあげる。


 クロノは口に手を当てたまま、ルドー達から視線を外して、考えをまとめるようにじっと虚空を見つめつつも話し始める。


「あいつらは頭がおかしいから、みんな最初から諦めて、誰もまともに会話してこなかった。だから、説得なんて試したことが、今まで一度もなかったはず」


「……え? 説得?」


『おいおい、まさか』


 クロノの話し始めた内容に、リリアと聖剣(レギア)が驚愕の声をあげる。


 ライアの叫びを聞いて、初めて打ち破られた、縁祈願(ゆかりきがん)の力。


 そこから推察された、祈願持ち達に有効な対策方法。




「……つまり、何かしら会話して、相手が取り乱すような説得すればいいって事か?」




 あまりにも想定外すぎる、規格外たちに対する対処方法に、その場にいた全員が、信じられないように、無言で立ち尽くしていた。


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