表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/197

番外編・ネルテ先生の生徒観察記録.13

 

「なんとかなったものの、とんでもなく事後処理が大変なことになりましたねぇ」


 もう考えることすら放棄したいというような、横にいるヘーヴから盛大なため息が吐かれた。


 ヘーヴとタナンタが合流してから、ネルテはアルスとキシアに回復魔法を掛けつつ防衛線に徹していたが、マフィア連中とベクチニセンスの分身に、更にその背後から迫ってくる屍。


 対処しきれないあまりの物量に、ターチスの役職で撤退しようとしたが、転移魔法が効かなくなっていた。


 ヘーヴとタナンタ曰く、報告連絡に聞く緊急事態に合流しようと急いだが、一番近場の転移門も破壊されていたために、ムーワ団に輸送してもらっていたという。


 転移門も転移魔法も封じられ、飛行魔法以外に撤退方法はないと、ムーワ団団長ラモジの好意で、全員が団員の飛行魔道具に乗り込んで間もなく、溢れた屍がマフィア達を襲った。


 その状況を上空から恐ろしい思いで全員がただ眺めていたが、ルドー達がクバヘクソのすぐ傍でようやくパピンクックディビションを撃破したためか、動いていた屍はバタバタと倒れていった。


 逃走したマフィアも当初の半数以下となり、ネルテ、スペキュラー、ターチス、ヘーヴ、タナンナ、ボンブでそれぞれ各個撃破して拘束していく。

 だが古代魔道具が破壊された影響か、転移魔法が使用可能になってそれぞれが転移魔法で離脱していった。


 結果残った下っ端を半数ほど捕まえることは出来たが、肝心の幹部らしい二人組と、ベクチニセンス本人にはまんまと逃げられてしまった形だった。


 クバヘクソ近郊の平原。


 一通り回復し終えた、まだ意識を失ったままのアルスとキシアを寝かせたまま、二人に不安そうな表情を浮かべている生徒達をボンブに任せて少し遠くに集まる。


 大量に倒れた屍を目前に、全員が激しい戦闘に一旦休憩を取りつつ、情報整理と今後の相談のために話し合おうと周辺を確認していた。


「しかしまったく、族連中から援護輸送の申請が来るとはな」


正義(ジャスティス)! 借りのある気の良いやつからの要請だ!」


「うちのイシュトワールだな。ファブの大型魔物暴走(ビッグスタンピード)で本人の手が離せねぇから、援護を頼んだらしい」


「最近またベクチニセンスが妙な動きをしていると情報が入って、ユランシエル近辺の旧ヨナマミヤ区域で見張っていたのが功を奏したというわけだ」


 ビッと指差した飛行魔道具に跨るラモジに、地上に降り立ったネルテ達はそういう事かと納得の表情を浮かべた。


 イシュトワールからシマス国内の事態の為援護をしてくれと、ムーワ団団長のラモジに通信連絡が入った。


 その時点でフィレイア近辺の旧ヨナマミヤ区域に偵察班として団員たちと複数待機していたラモジは、即座に動いて、転移門も転移魔法も使えず飛行魔法で移動していたヘーヴとタナンタに合流。


 ウガラシからクバヘクソ方面に相手が移動しているとのネルテ達の通信魔法からの情報の元、そちらに向かおうとした瞬間、ベクチニセンスも動いた。


 以前のユランシエル復権騒動で、その権力が大幅に削がれ、部下も城も取り上げられたベクチニセンスだが、本人一人だけで人員は賄えてしまう。


 嫌な予感がしたラモジが、偵察班を二つに分けてその動向を追おうとしたが、どうにもベクチニセンスとラモジたちの目的地が合致してしまった形になる。


「しかし分からないのは、結局ベクチニセンスが一体なぜあのタイミングで動き出したという事だ。上層が大量に亡くなったにしても、まだクバヘクソの住民は残った状態だ。権力を大幅に落とされたあいつが、簡単に上層の上位に返り咲けるとは思わんが……」


「……負傷した生徒を運んでいる時、本物のマー国王族を見つけたとベクチニセンスが叫んでいたのを聞いた。どうやらあの場に居たマフィアに該当する相手がいたと見ていいと思う」


「なんですって?」


正義(ジャスティス)! ベクチニセンスがずっと探していたマー国王族がいたのか!?」


 ネルテが報告すれば、ヘーヴとラモジが驚愕の声を上げて、タナンタは厳しい表情を浮かべた。


「まだそれが誰かまでは判別ついちゃいねぇが……マフィアにマー国王族の生き残りがいたとなりゃ、かなり厄介な事になるな」


「うわぁ、三十年前の不手際ってことになるよな。マー国からの抗議必死じゃないか……」


「ユランシエルが滅んだ魔物暴走(スタンピード)騒動はマー国王族が訪問中というタイミングで発生したためにそもそもが人為的に誘発されたという噂も出回っておりますが信憑性も定かではなく森に没してしまったためにその原因も探ることも出来なければ当時の目撃情報もありませんので何が起こったかわからないというのが現状ではありますがそもそも瘴気の発生そのものが原因不明の部分がありますので魔物の発生源である瘴気について調べる他ありませんがそんな状況で人為的に魔物暴走(スタンピード)を誘発できるかと言われれば疑問も残るところでありますので疑問と言えば近頃海流の動きが変わったのかシュミック近郊で採れる魚の種類に変化があったらしく新たな味覚の変化にやはり改めて慰安旅行でも計画しようかと思い」


 ベラベラと捲し立て始めたスペキュラーに、タナンタとラモジが面食らってドン引きしているが、慣れた様子で一年組はガン無視を決め込む。


 ネルテは脳裏に嫌な予感が過っていた。


 アルスは旧ヨナマミヤ出身で、十年前の魔物暴走(スタンピード)騒動の生き残り。


 そんなアルスが語っていた、十年前に同様に魔物暴走(スタンピード)に巻き込まれ、死んでいたと思っていた相手がマフィアに流れて生き残っていたという話。


 もしその相手が今話していたマー国王族の生き残りだとしたら。


 三十年前の魔物暴走(スタンピード)でユランシエルが滅んだあと、隣国のヨナマミヤにその王族がなんとか生き長らえて、しかし何らかの理由から身を隠していたら。


 逃げた先のヨナマミヤで発生した、十年前の魔物暴走(スタンピード)で、事情を知っている者が全滅したとしたら。


 ネルテの推察でしかないが、ひょっとしたら本人も自身がマー国王族の生き残りだと知らずに、マフィアに流れている可能性がある。


 今はアルスが気絶している為詳しい情報は聞けないが、気が付いた後、慎重に情報を聞き出す必要が出てきた。


 ネルテがおおよそ聞いていた話から、同年齢と思われる情報と見た目に、エレイーネーで十分訓練を積んでいたアルスならば対処できると思って任せた相手。


 マフィア組織内で辛酸をなめてきたにしても、魔力伝達しなければ対処できない程、その相手の力量は高すぎた。


 もし本当にマー国王族だった場合、ただでさえ精神負荷を負っているアルスを、更に傷付ける結果になる可能性が高いが、聞かない訳にもいかない。


 避けられない状況に、ネルテは今後を憂いて大きく溜息を吐いた。


「はぁ、なんにせよ、色々と情報を集める必要がある。ウガラシ近辺だけでも情報収集は困難だろうし……」


「相当数の住民の死亡に、下手すると国を治める王族も。あの大量に散らばっている屍もどうにかしなければ、感染症を引き起こします」


「身元確認も徹底してしなきゃならないってのに、その指揮を担う上層のウガラシがやられたんじゃね……」


 全員が大量に倒れたままの屍の方向に視線を向けた後、それぞれが小さく息を吐いて、視線を下げて首を振った。


正義(ジャスティス)! まだクバヘクソならば我々も対処出来たが、ウガラシの住民となると、上層の許可なく勝手に動いてもまずい。下手したら投獄だけで済まなくなるので我々ムーワ団も動くに動けん!」


 空中で飛行魔道具に跨りながらも、大量に散らばる屍の方を見ながら、ラモジも大きく声をあげた。


 今回被害に遭ったウガラシの住民。


 王都であるウガラシが国内でも入場制限されているのは、国内運営に直結する、王宮勤めの重役ばかりが住まう町であったからだ。


 任期や任命などある程度の入れ替わりはあるものの、基本的に王命で就任するシマス国の内省官僚は、国防の観点や作業効率などを考慮して、就任後はウガラシに家族ごと移住するのが一般的になっている。


 つまり今回被害に遭ったのは、国政を担うシマス国運営の要。


 まだ王族のケリアノンが生存しているのが救いではあるものの、学生の身であるケリアノンに渡されている権限は少ない。


 緊急事態にと戦闘まではなんとか対処出来たものの、これ以上はシマス国からの正式依頼がないとエレイーネーは動けない。


 それは下層を救うムーワ団も、気の毒ではあると思いつつも、無暗に骸に触ることが結果どうなるのか読めない状況。


 その為目の前に大量の死体が転がっているのに、ネルテ達にはなにも出来ないのが現状だったのだ。


「今回のウガラシを襲った襲撃犯の情報、被害が被害で流石に伏せるわけにはいきませんが、どこまで情報を表に出すべきか……」


「聞いた話じゃ不用意に詳しく探れば国が滅ぶ、だったか。聞いた報告の惨状が本当なら、可能だろうな」


 頭の痛む内容に、女神深教の情報を知るヘーヴと、どうやら情報を聞き出した様子のタナンタが、それぞれ頭に手を置いた。


 シマス国王都ウガラシの壊滅。


 現場で住民の救助作業に当たったターチスからも、その凄惨でしかない状況に、歩く災害の追撃もあって、生存者はあれだけの大きな町で、片手で数える程度しか残っていない。


 その上あの凄惨な状況の為、生存者も発狂寸前まで精神を病んだ状態で、まともに会話が成り立たない。


 襲撃によるその被害は、建物はほとんど破壊によって倒壊して、中にいた住民を押し潰し、噴き出したかつての川の濁流が街を覆って外に居た人を流し、また人体に何らかの害がある霧があたりに充満して、青や紫に皮膚が変わって苦しみもがいた死体が倒れていた。


 復活の首飾りで大量に歩き出した屍も、そんな凄惨なものばかり。


 その様相はまるで天災のような状態で、シマス国は同盟国連盟に復興支援を要請するだろう規模だ。


 そうなれば当然、王都ウガラシを襲った相手の情報を連盟は欲するわけで。


 不用意に探れば国が滅ぶ。


 王都ウガラシを襲撃した相手の力量から、それは十分可能だ。

 故に情報を欲するだろう同盟国連盟に、どこまで情報を渡すべきか。


 慎重に事を運ぶ必要があった。


「戻ってフェザー副校長に要相談ですね。はぁ、にしてもここまでの相手が潜んでいたとは」


「表に出て来ねぇ連中ってのは大概、表で暴れるのが都合が悪いからだ。逃走するだけの力量がなかったり、本人の情報が流れるのが問題だったり、そもそも実力が伴わなかったり。だがこれはちげぇな。表でいくらでも暴れても問題ない連中が、意図的に裏に隠れてた。一番厄介な状況だ」


 王都ウガラシを突如として襲った相手、女神深教とみられる四人組。


 危険な相手だとは聞いていたものの、想像以上の相手の力量。


 そしてそんな相手がずっと闇に隠れ潜んでいた事実。


 対策のためにも情報が必要だが、下手に動いてまたウガラシの二の舞になる事だけは避けなければならない。


 どう動くべきかと悩むヘーヴとタナンタの様子に、ネルテは小さく息を吐いた。


「クロノが戻ってきてくれのが幸いだ。どうやら情報をある程度話せるようになったみたいだし」


「戻ってきたんですか?」


「そこら辺の事情もまだ聞き出せてないけど、とりあえずはね」


 驚愕の表情で顔を上げたヘーヴに、ネルテは手をあげて返す。


 カイムと一緒に中央魔森林で保護した女神像破壊犯。


 それがまさかのクロノだった。


 何らかの方法で魔力を一見無い状態に偽装し、その髪と瞳は魔法薬を使って色を変えていた。

 元々体型を隠していたのか、胸部を隠すように潰していた布を外して服装と戦い方を変えて、ネルテですら分からない程に徹底して変装を施していた。


 カイムがその見慣れた身のこなし方に気付いたからクロノだと分かったものの、それがなければ戻ってきたかどうか怪しい。


 どうにもネルテの魔力が戻ったことが、戻ることを決意した切っ掛けのような様子。


 だが古代魔道具を模した、あの青緑の大鎌をどうやって手に入れたのか、そもそもなぜ姿を装っていたのか、女神像を連続破壊していたなら、女神像に仕込まれていた魔力を吸収する鉱石についてどうやって知り得ていたのか。


 急を要する状況に、ネルテはまだクロノから詳しく事情を聞きだすことが出来ていなかった。


「徹底的に聞き出せよ。二度も逃走許してんのも気に食わねぇ。魔法科にいる以上あんまり舐められてんじゃねぇぞ」


「あの子は元々基礎科希望だったんだよ。それをこれが校長とグルになって勝手に魔法科に変えたんだ。実力が高いし魔人族達と接点があったから、こちらから懇願して籍を置いてもらってる形でね、強く出れなかったんだ」


 苛つき始めたタナンタに、ネルテが未だ一人で勝手にべらべらしゃべり続けているスペキュラーを指差しつつ詳しく事情を説明する。


 校長が絡んでいたと知ってか、タナンタは大きく項垂れる様に姿勢を崩した後、ビキビキとこめかみに血管を浮き上がらせながらも、大きく息を吐いて怒りを鎮めた。


「それにしたって魔法科に最終的に籍を置く判断をしたのはそいつだ。自分で判断した以上、これ以上好き勝手な行動させるんじゃねぇ」


「うん、肝に銘じるよタナンタ。でも今度は多分大丈夫だ、今回はあの子が自分から戻りたいって懇願してきたからね」


 安心して息を吐いたクロノの表情を思い出し、ネルテはニカリとタナンタに笑って返した。


 今まではずっとクロノに対して、エレイーネー側から頼み込む形で魔法科に残ってもらっていた。


 それが今回初めて、クロノが自分から戻りたいと言い出したのだ。


 詳しい事情を聞くまでは油断は出来ないだろうが、この大きな変化はきっといい流れに繋がるとネルテは直感している。


「ルドー達がなんとかしてくれないと、今回はきっともっと被害が広がっていただろうね。古代魔道具であそこまで意図的に事態を悪化させた。その辺りの説明も骨が折れそうだ」


「古代魔道具による古代魔道具の破壊。ずっと伏せていましたが、今回はもう隠し切れません」


「屍を操るような古代魔道具、それをどうしたんだって話になるからな。エレイーネー側には古代魔道具が古代魔道具で破壊できるのは周知の事実だが、それを知った同盟国連合がどう動くのやら」


「狙われかねねぇだろうが、あれだけどでかい魔法が使えるなら、狙ってくる相手も限られるだろうな。それでも警戒するに越したこたぁねぇだろうが」


 パピンクックディビションがシマス王宮から奪った復活の首飾り。

 古代魔道具で古代魔道具を破壊できるという前提条件が分からなければ、今回の一件はもっと酷い被害に広がっていたことは必至だっただろう。


 ネルテ達がいた場所からも見えた、強大すぎるほどの威力の雷魔法。


 あれだけの戦闘が出来るようになったルドーと対抗できるような相手は少ないだろうが、それでも規格外がウガラシを破壊した直後。


 全くいないとも限らない。


 シマス国でこれだけ表立って大きく被害が出た状況、もうルドーの持つ古代魔道具が、他の古代魔道具を破壊できることを隠し通すことが出来ない。


 同盟国連盟に報告するより他ない状況に、生徒を守らなければならないと、ネルテ達教師は身を引き締める思いでいた。


「……通信来ました。転移門の修復が終わり、ケリアノンがクバヘクソにようやく到着したと」


「やっとか。クバヘクソに残った上層に命令できれば、こっちも動ける」


正義(ジャスティス)! ようやくあの気の毒な方々をなんとかできるな!」


 ヘーヴが頭に指をあてつつ全員に告げれば、タナンタとラモジが声をあげた。


 全員がここで待機しつつ状況を確認していたのは、クバヘクソにいる上層にケリアノンが命令して、散らばる屍に対処出来る様に動けるようになるためだった。


 下層が勝手に上層の骸に手を出せば、また上層がどんな言い掛かりを付けてくるかわからない。


 だが最上位の王族であるケリアノンが命じる形を取ることで、上層も納得する形で動くことが出来る。


 生き残ったその身に何かあればそれこそシマスがどうなるかわからないと、サンフラウ商会の建物に、商会の護衛と共に待機していたケリアノンは、クバヘクソの転移門が破壊されていたためにこちらに到着することが遅れていた。


 それがようやく修復されたことで、サンフラウ商会の護衛を従えてクバヘクソに訪れることが出来た。


 クバヘクソの住民も、流石にこの距離だと何が起こっていたか確認が取れているはず。


 ウガラシの復興は、その惨状から長い時間がかかるだろう。


 その第一歩として、被害に遭った住民をようやく弔えると、ネルテは生徒達に説明しようとボンブと共に待機する彼らに歩み寄った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ