第百六十九話 復活の首飾り
轟音と共に、飛行型魔道具は流星のような速度をさらに加速させる。
速度に周囲が目まぐるしく通り過ぎていく。
眼下の大量に蔓延っていたマフィアたちは、いつの間にか追いつかれた屍たちに襲われ、同じ屍と変わるか、自力で逃げ出している所が小さな点に見えた。
転移魔法で逃げようとしていたマフィアの集団が、発動しない魔法に動揺し逃げ惑っていく。
どうやら先程まで使えていた転移魔法が、古代魔道具の妨害か何かで使えなくされたようだ。
逃走したパピンクックディビションを、ルドー達はムーワ団の飛行魔道具に乗り込んで追いかけていた。
パピンクックディビションの飛行魔道具より、ムーワ団の使う飛行魔道具の方が圧倒的にその速度は早い。
遥か彼方に逃走した、特徴的な高笑いが、どんどんと近付いているのが見える。
「奥の手を使って逃走してくれたおかげで周囲に屍はいねぇ! あとはあいつを思いっきりぶっ飛ばすだけだ!」
『あの町に辿り着く前になんとかあの飛行魔道具ぶっ壊して止めろ!』
「イッヒヒヒヒヒ! 威勢がいいねぇ良い子ちゃん!」
「いやホント助かった! ありがとなバナスコス!」
「素直に礼言うんじゃないよ! 調子狂っちまうだろ!」
礼を言った途端なぜか怒られて、ルドーは困惑の視線をバナスコスに向ける。
高速で飛行するバナスコスの飛行魔道具の後ろで、ルドーが狙いを定めるように聖剣を構えて立ち上がっていた。
パピンクックディビションの前方、クバヘクソはもう目前に迫っている。
「全く、クバヘクソ目前であんだけド派手にぶちかましてたら流石に気付くっての。手がいるなりゃ言えって伝えたっつのに、一言もありゃしねぇんだから」
「全く思いつかなかった」
「流石に来ると思ってなかったっつの!」
「相変わらず可愛くない子たちだねぇ、まぁその方がやりやすいかね」
エリンジとカイムの返答に、バナスコスはまたいつものだみ声でイヒヒヒヒと笑い声をあげる。
ルドーと一緒にいた全員も、それぞれがムーワ団の後ろに乗り込んで、バナスコスの後に続いていた。
「こんなに速く飛べる味方がいるなら覚えときなさいよ馬鹿じゃないの!?」
「これだけ人数いて戦闘もできるなら、さっきの戦闘大分違ったんじゃない!?」
「忘れてたんだって! 終わったこと言ったってしゃーねーだろアリア、ヘルシュ!」
「これだけの速度はまだ俺様でも出せないではないか! 俺様の威厳はどうしてくれるのだ!?」
「ハイハイハイ飛べるだけまだ凄いと思います!」
「フハハハハハ! この速度必ず追いついて見せようぞ!」
アリアとヘルシュと抗議を上げるのも当然と言える。
彼らの言う通り、ムーワ団に最初から援護を要請していれば、先程の戦いもまだ大分違ったはずだとルドーも分かるからだ。
だがルドー達が思いつきもしなかったことに、いくら可能性の話をしても仕方がない。
フランゲルはまたどうにも違う抗議をしていたが、ウォポンの言葉に勝手に立ち直っていて訳が分からない。
話している間に、パピンクックディビションの特徴的な高笑いがすぐ傍まで近寄る。
ルドーはバナスコスの後ろに立ったまま、見定める様にその高笑いの方向を見つめた。
「聖剣、言ってたあれ、やってくると思うか?」
『実態がわからんが、屍を引き連れてない状態だ。かなり高い』
ルドーの声に、聖剣がバチンと警戒するように反応する。
あの古代魔道具が屍を自在に操る事は分かっているが、聖剣の話から推察すれば、周囲の人間を屍に変えるなんらかの魔法を持ち合わせている可能性がある。
これまでの戦闘でそれを仕掛けてこなかった理由は分からないが、屍を従えずに、生まれ故郷のクバヘクソにこだわっているのなら、今度こそそれを使ってくるかもしれない。
「その前に叩くしかねぇ! 雷閃!」
「ハハハハッハハァーン! これも想定内! シマスでの相手はこちらも予測できるわけですよ!」
近付いてきた血まみれのパピンクックディビションに向かって聖剣を振り下ろすも、放出された雷閃は、空中で回避行動にぐるりと高速移動する相手に躱されてまともに当たらない。
「お兄ちゃん、あの攻撃はまだ使えない!?」
『ダメだ! 向こうに余力がある内に使えば、同じことが出来ると同等の攻撃が飛んでくるぞ!』
背後から叫ばれるリリアの声に、聖剣が叫ぶようにビリビリと雷を放出する。
ルドーがここまで雷竜落を使わなかったのは、相手が同格の古代魔道具だったからだ。
聖剣が出来る規模の事は、すなわちパピンクックディビションの持つ古代魔道具でも出来る事が可能だ。
安易に雷竜落を連発して、もしパピンクックディビションが同じ規模の攻撃ができると気付いてしまったら。
防御魔法も貫通してまともに機能しない、同じ規模の攻撃がこちらに向かって連打される。
味方どころか周辺に被害が拡大しかねない状況になりかねないため、ルドーは聖剣と事前に示し合わせて、トドメの一撃にのみ雷竜落を使用することに決めていたのだ。
ぐんぐん近付いて来るパピンクックディビションに、更に後ろからも声が上がり始める。
「追いつくのはいいけど足止め方法考えてないでしょ!」
「腕の再生も半端な状態でなんで付いてきてんだよクロノ! 降りて休んでろよ!」
「平気だって言ってるでしょ! それより止める方法考えてよ!」
「あの速さ、追い付けたとして動きを止めなければ攻撃が当たらん!」
「当たらない攻撃なんてない! そのためのマワの弓矢だ!」
「えぇい俺様を乗り物扱いで終わらせる気か! 意地でも追いついて取り付いてやろうぞ!」
近付いてきた相手に、チェンパスが素早くマワの弓矢を構える。
ムーワ団の後ろからバスバスと素早く放たれた連続矢は、弧を描くように大きく曲がって、次々とパピンクックディビションに命中して大きく爆発する。
爆発にパピンクックディビションが乗る、演説台のような飛行魔道具が煙を吹き始めたが、ただでさえ血まみれの状態で魔法攻撃を受けたパピンクックディビション本人は、その攻撃をものともしないとでもいうように高笑いを続ける。
「ハハハハッハハァーン! あなた達の魔力も後で無くします! そう不安に焦らないで!」
「頼んでもいないことを高らかに断言するな!」
「速度が落ちたならば! フハハハハハくらうがいい!」
ムーワ団の飛行魔道具から飛び上がり、両足にまた火炎魔法を放出して飛行し始めたフランゲルが、煙を上げて速度を落としたパピンクックディビションの飛行型魔道具にドカンと飛び付いた。
そのまま演説台のような飛行型魔道具の縁に立ったフランゲルが、ゴテゴテの両手剣に火炎魔法を大量に纏わせながらパピンクックディビションを狙って振り下ろす。
だが見えていた攻撃に、パピンクックディビションが魔道具を取り出して即座に防ぐ。
振り下ろされた火炎魔法が、見る見るうちにルービックキューブのような小型魔道具が中に開いて吸収されていく。
「ハハハハッハハァーン! 相当な魔力! 相当な不幸の元! そんな悪い病原菌、今すぐその窮地から救い出してあげますから!」
「フランゲル!」
「無茶をするな離れろ!」
「えぇい、俺様がやられっぱなしで終わると思うなぁ!」
高笑いしながらフランゲルの魔力を吸収するパピンクックディビションに、アリアが悲鳴をあげる。
魔力を吸収されて苦悶の表情を浮かべたフランゲルが、エリンジの警告も無視して、そのまま魔法も纏わせずに、ゴテゴテの両手剣を大きく振りかぶって、パピンクックディビションの手にある魔道具を大きく叩き切った。
掌ごと切られて血飛沫があがる中、その手の中にあった魔力を吸収する魔道具を吹き飛ばし、大振りした剣の勢いに、フランゲルもまた空中に放り出される。
魔力を吸収されたがゆえに、飛行魔法が使えないようになった状態で。
「どわああああああああああああああああ!」
「フランゲル!」
「ちょっとこっち離脱します!」
「ハイハイハイ援護します援護します!」
「その魔道具回収して破壊して! そうすれば魔力は戻るから!」
落下していくフランゲルと、狙っていた魔道具の二つを負うように、アリア、ヘルシュ、ウォポンが同乗しているムーワ団が即座に飛び去っていく。
クロノがいつの間に魔道具の情報を得たのか、飛び去っていく三人に大きく声をあげた。
「お陰であの厄介物は消えた! 魔法攻撃を畳みかけろ!」
「いい加減落ちろや!」
「しつこいぞ諦めろ!」
「雷閃!」
号令をかけるエリンジが、ハンマーアックスを振り下ろして虹魔法を大量に放出し、カイムが髪のドリルを次々と発射する。
チェンパスがバスバスと魔力の矢を連続発射するのに合わせて、ルドーも聖剣を振り下ろして大量の雷閃でパピンクックディビションを狙う。
しかし空中で煙をあげる飛行型魔道具は、いつ壊れて落下してもおかしくはないのに、グルグルと空中を旋回して、攻撃を次々躱していく。
チェンパスの魔力の矢だけがパピンクックディビションにグサグサと刺さって、魔力の爆発に血飛沫と吐血する様子が見えたが、それでも相手は止まる様子がない。
「ハハハハッハハァーン! この不平等しか許されない世界で! 私は全てを平等にする! 私が皆を幸福に導く! シマス国民も世界の誰もが納得するのですよ! 同等の高位魔力を持つ平等な存在になれるのですからぁ!!!」
『おい! 仕掛けてくるぞ!』
「カイにぃ! 何か来る!」
「バナスコス!」
「ムーワ団をなめんじゃないよ!」
回転しながらこちらを向いたパピンクックディビションの胸部が、どこまでも漆黒に怪しく光る。
ルドーがバナスコスに大声をあげたと同時に、その胸部に光る復活の首飾りから、雷閃を何本も束ねても足りないような、漆黒の極太のレーザー砲が発射された。
ルドー達の周囲を横切るように発射された極太のレーザー砲を、ムーワ団が即座に切り返して一斉に避けていく。
「なんなんだ今の攻撃は!?」
「私じゃなきゃ当たると一発で死ぬよ! 屍になりたくなかったら全力で避けて!」
「なんでてめぇは平気だって断言すんだよ!」
「あの程度の攻撃避けられないんじゃムーワ団やってないよ! 気にすんじゃない!」
「砲撃の勢いで更に先に行っちまう! 止める方法なんかねぇのかよ!?」
「止める方法、古代魔道具相手でも……エリンジくん! 魔力伝達手伝って!」
「リリ!?」
「お兄ちゃん、お願い! 信じて!」
目前に迫るクバヘクソに、今の砲撃魔法を叩き込まれたらとんでもない被害になる。
散開したムーワ団がまた体勢を立て直して逃走するパピンクックディビションを追う中、リリアがエリンジに向かって大きく叫ぶ。
エリンジが応える様に即座にムーワ団に頼んで、リリアの傍に寄って手を握り魔力伝達を始める中、驚愕の声をあげるルドーに、リリアが、引き攣りながらも強い表情で叫ぶ。
「クバヘクソに固執してるなら、こっちを倒さないと攻撃出来ないようにすればいいの!」
魔力伝達で膨張した強大な魔力で、リリアは前方に向かって、エリンジと握る反対の手を大きく向けた。
バシンと空間に大きく響く強大な音。
クバヘクソを全て覆う巨大な結界魔法を、一度で貫通しきれない様に、何重にも重ねて強固に張り上げた。
流石に厄介な状態になったと感じたのか、パピンクックディビションがクバヘクソに向かうのを止めて、ルドー達に振り返った。
「ハハハハッハハァーン! そんなに焦らなくてもいいのに! ちゃんと全員平等に変えてあげるのに! でもそうですね! そんなに求めているのに無視し続けるのも可愛そうですよね!」
「無茶しやがって! エリンジ! リリぜってぇ守れよ!」
「当然だ! 攻撃しろルドー!」
「カイム! チェンパス!」
「いい加減当たれやぁ!」
「不死身なのは屍だけにしろぉ!!!」
振り返ったパピンクックディビションが、煙を上げ続ける飛行型魔道具でこちらに突っ込んでくるのが見えた。
魔力伝達で動けないリリアとエリンジの前にバナスコスが移動し、聖剣を振り上げながら叫んだルドーに合わせるように、カイムとチェンパスそれぞれが髪のドリルと魔力の矢を大量に狙い定めて、雷閃と共に発射する。
しかしこちらに真正面から向かってくるパピンクックディビションは、煙をあげてガタガタしている飛行型魔道具でありながら、ぐるんぐるんと回転して攻撃を躱し、チェンパスの魔力の矢にのみ当たって爆発しながら、焦げ付き血を滴らせてこちらに近寄ってくる。
「まだ平気そうにこっち飛んでくんのかよ!」
「しつこい! いい加減倒れろ!」
「当たれやくそが!!!」
「カイにぃ! また来る!」
『後ろ避けられねぇぞ! 一旦解除しろ!』
「いいやそのまま!」
パピンクックディビションがまた怪しく光って、魔力伝達の影響で動けないリリアとエリンジの方向を狙い始めている。
バチンと警告した聖剣に、クロノが乗るムーワ団の飛行魔道具が全員の前に、両腕が再生した状態で躍り出てきた。
発射された漆黒の極太レーザー砲がこちらに恐ろしい速度で向かってくる中、避けようとした全員の目の前で、クロノがバチンと極太のレーザー砲を両手で防いで抑え込んだ。
「私にはどの古代魔道具の攻撃も効かない! この攻撃であいつも動けない! 畳みかけて!」
『規格外が過ぎるぞ! どうなってんだそれは!』
「だがありがてぇ! カイム! チェンパス! 今の隙だ!」
「てめぇクロノあとで覚えとけよ!」
「いい加減落ちろぉ!!!」
「雷閃!!!」
漆黒のレーザー砲を放出し続けて動けなくなったパピンクックディビションに、ルドー達全員が狙い定めてそれぞれの攻撃魔法を発射した。
カイムの色とりどりの髪のドリルが、強烈に回転しながら次々とその体に深く突き刺さり、それと同時にチェンパスの魔力の矢が大量に突き刺さって、それぞれが大きく魔力爆発する。
そこにルドーが放った何重もの渦巻く雷閃が、飛行魔道具ごと消し飛ばす勢いで直撃した。
巨大な魔力爆発に、周囲一帯が包み込まれ、漆黒のレーザー砲の砲撃が根元から掻き消えていく。
全員がその様子を注意深く経過して睨み続けていた。
『……何であれでまだ動いてんだよ』
ボロボロの黒炭状態。
もはや原形も留めず、台座の足場だけになった真っ黒な塊に、その傷跡も全て焼け焦げたパピンクックディビションが、激しく揺れるそれに乗ったまま、割れた眼鏡の奥で、常軌を逸した血走った目が、こちらをじっと凝視している。
「女神がこの世界を仕切っているなら、なぜこの世界からは魔物も瘴気もなくならない?」
パピンクックディビションの胸元の復活の首飾りが怪しく光る。
ムーワ団の飛行魔道具に乗ったままのルドー達全員が、その動きに注意深く警戒する。
「女神がこの世界の安寧を願っているなら、なぜこの世界にはだれも望まない歪んだ差別などが存在するのだろう?」
不気味に光を収束させていく漆黒の宝石が光る、復活の首飾り。
そのどこまでも真っ黒な五つの宝石部分から、徐々に瘴気が立ち上るように溢れはじめた。
「答えは簡単! 女神なんて結局この世界には存在しないからだ!!! だったら私が女神に代わり、この世界の歪みを! 苦しみを! 恐怖を! すべて断ち切って平等で平和な世界へと変えるのです!!!!!」
パピンクックディビションの叫びと共に、再びこちらに向かって巨大なレーザー砲が発射される。
まるでその心意気に呼応するかのように、先程とは比べ物にならない程の強大なレーザー砲を、またしてもクロノがその両手で防いだ。
「空賊ムーワ団の底意地を見せなぁ!!!」
足場を支えるムーワ団が、その勢いに大きく押されながらも、バナスコスが叫んで後ろに更に隊員が複数集まって、なんとか攻撃の勢いを抑えていた。
「いい加減トドメさしてあれ壊して!!!」
「ライア!」
「やってるもん!」
「エリンジくん攻撃に!」
「承知した!」
「女神の代わりなど頼んだ覚えもない!」
「聖剣!」
『もう虫の息だ! とっておき使え!』
「雷竜落ぅ!!!!!」
カイムがライアと、エリンジがリリアと魔力伝達して、強力に膨れ上がった魔力で攻撃を放つ。
チェンパスの魔力の矢が発射されたと同時に、ルドーは大きく振りかぶった聖剣を振り下ろした。
カイム、エリンジ、チェンパスの攻撃が空中で集束するように爆発して混ざり、クロノが抑えている漆黒のレーザー砲撃と同等の規模の魔法攻撃へと変わる。
直撃した複合攻撃魔法に、パピンクックディビションがそれでも耐えきろうとしている所に、真っ黒に空を覆った雷雲から、竜の姿をした巨大な雷が、次々と食らい付くように落雷して追撃した。
辺り一帯が強大な魔力に、真白に染まり上がって、大きく爆発する。
「ハハハハッハハァーン! ここで、ここで終わらせるなどとおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
爆発する中から、断末魔の絶叫が聞こえる。
漆黒の砲撃が根元から放出が止まり、今度こそ倒し切ってくれと、全員が攻撃する魔力に集中し続けた。
ほどなくして収束していく爆発の光。
ルドー達が目を凝らしていると、不意に漆黒のレーザー砲が恐ろしい勢いで中心から飛び出してきた。
『一矢報いる』
「うわぁ!」
ルドーの頭に、聖剣とはまた違う男の小さい声が響くと同時に、チェンパスの意志に関係なく、マワの弓矢が勝手に魔力の矢を形成して上空に向かって発射する。
響くチェンパスの悲鳴と爆発音。
信じられない思いでルドー達が振り返って見たものは、チェンパスの腕の中で、マワの弓矢が破壊されて粉々に砕け散っていくところだった。
「そんな、そんな! ケリアノン様からのものなのに! 通常に動いていたこれを、どうして一撃で!」
「向こうの古代魔道具の方が強力だったという事か?」
破壊されたマワの弓矢の破片を、チェンパスが必死にかき集めようとするも、砕け散っていったそれは、魔力が淡く弾ける様に消滅していく。
泣きそうな悲鳴をあげるチェンパスの叫びに、エリンジが驚愕の表情で小さく呟いた。
『……おい、あれ見ろよ』
バチンと弾けた低い声の聖剣に、ルドー達が振り返ってまた戦慄する。
威力に骨まで焼かれてもはや人の原形も留めていない、しかしそれでも立ち上がろうと、目も見えない状態の何かが、ぼろぼろと焼け崩れるその手をあげてもがいている。
「……うそだろ、まだ生きてんのかよあれ」
「しつこいなんてものじゃない……」
「こっわ、もはや屍と大差ないじゃんよあれ」
「屍操る古代魔道具だし、持ち主に何らかの不死性でも付与してるわけ?」
「お兄ちゃん、あの古代魔道具……」
「瘴気出始めてやがる」
『暴走一歩手前だ、さっさと終わらせた方がいい』
まるで木炭の様に真っ黒に焼き切れた、細くなった人のようなものの胸で、復活の首飾りから瘴気がどんどん立ち上り始めていた。
ぼそぼそと何かを呟こうとしている、もう声も聞こえないパピンクックディビション。
ルドーがバナスコスの操る飛行魔道具に立ったまま、聖剣を振り上げてトドメを指そうと振り上げた瞬間、大きな咆哮が聞こえた。
「っ、あの時蹴り上げたやつ……!」
「歩く災害!? なんで後ろから!?」
クロノが蹴り上げた歩く災害が、頭からダラダラと黒い液体を垂れ流しながら、背後から恐ろしい勢いで吹っ飛んできたところだった。
どうやらムーワ団の速度が早すぎて、いつの間にか吹っ飛ばした歩く災害を通り過ぎていたらしい。
歩く災害は吹っ飛ばされた後の落下の体制に入っており、ムーワ団がそのあまりの魔力量に即座に遠のくように避け、歩く災害はその地面に着地するように振り被った両手を地面に叩き付けた。
ちょうどその場所に、黒焦げになったパピンクックディビションがいた位置に。
地響きを轟かせて衝撃波を発しながら落下した歩く災害の足元から、メキョリと粉々に砕ける音が響く。
同時に噴き出すように、大量の瘴気が歩く災害の足元から発生した。
持ち主がいなくなった古代魔道具が、とうとう暴走し始める。
「聖剣! 歩く災害ごとあいつ倒すぞ!」
「抑えていないのに避けられるのがオチでしょ! こっちに飛んで来たら対処できないよ!」
「また自分が抑えようだなんて言うんじゃねぇぞクロノ!」
「やだ! クロねぇあれもうやだ!」
「でもどうしよう放置できないよあれ!」
「頼むからクバヘクソの方向に行かないでくれ!」
「飛び付かれない様にしておくれよ! あれで攻撃されたら流石にバラバラにされちまう!」
「おい! 上を見ろ!」
エリンジの声に全員が一斉に上を見上げると、先程勝手に動いたマワの弓矢の矢が、下向きに矢の向きを変えて落下してきたところだった。
まるで黄金の様に輝くその矢が、拡散してまるで檻のような形状に代わり、歩く災害ごと、ドスリと大量に貫いて、その下の瘴気を地面に縫い付けた。
「歩く災害の動きが止まった! 今だ!」
『ルドー!!!』
「雷竜落!!!」
エリンジと聖剣の掛け声に、ルドーは大きく聖剣を振りかぶって全力で振り下ろした。
真っ黒になった雷雲から、大量の竜の落雷が、歩く災害とその下の復活の首飾りに直撃する。
『負け、た。復讐劇はこれで……』
雷竜落を振り下ろし続けるルドーの頭に、またしても先程とは別の男の声が響く。
歩く災害が恨むような、強烈な咆哮を上げながら、破壊された魔力層の頭から、グズグズに焼き切れていく。
バキンとその下で砕け散る音が響く。
歩く災害の足元で、サラサラと砂となって消えるように、復活の首飾りが消滅して霧散していく。
クバヘクソのすぐ直前で、巨大な魔力爆発が集束していくのを、全員で見守り続けた。




