第百六十六話 パピンクックディビション
「ああああああああなんだこれ制御効かねええええええええ!!!」
「お兄ちゃん!」
「そっちは逆だぞ! どこへ行く!」
上空のルドーに向かってリリアとエリンジが叫ぶ。
先を走っていたクロノとカイムも、二人の叫ぶ声に足を止めて上を見上げる。
「あー、流されてるね、風に」
「肝心な時に何してんだよ!?」
「ルドにぃー!!?」
抗議するようなカイムの叫びと、ライアの呼ぶ声が聞こえる。
ノースターの調合した飛行魔法薬を一気に口にした瞬間、ルドーは勢いよく上空に飛び上がった。
そのまま思った通りパピンクックディビションの居る場所に向かって飛行できると思っていたルドーは、想定外の飛行魔法薬の挙動に翻弄されるがまま風に流されていった。
空中で思ったように飛行を制御できず、くるくると回転しながら風に流されていくルドー。
デメリット故に飛行魔法が使えず、訓練すら出来なかった弊害が大きな形で出ていた。
『おい、なんとかしろよ』
「なんとかしろってなんだよ!?」
グルグルと回転しながらの後方移動に、目を回しつつもルドーは聖剣に大声をあげる。
回転する視界に、目標としているパピンクックディビションがどんどん遠ざかっていく。
「あぁー!? ルドーさんがどっか行っちゃいますや!? ちょっと調合間違えてないですかや!?」
『いや、時間に押されてたけど確かに間違いなく調合したよ』
明後日の方向に飛んでいくルドーを目撃する面々。
飛行魔法薬が問題なのではないかと、上空を回転しながら移動するルドーを見てカゲツがそう声をあげるが、どうやら魔法薬が原因ではない様子だ。
別動隊に居た面々からも、作戦外のルドーの動きに困惑の声をあげる。
「わぁ! 綺麗に後方にとんでっちゃったね!」
「メロン、笑い事じゃない」
「一体何しているんですの!?」
「綺麗に風に流されて回っておりますわ」
「うーん、手助けしようにもこっちもそろそろ相手が来るんだけど」
「あわわわわというかもう通り過ぎてしまいました!」
飛んで通り過ぎていった方向から、それぞれの叫びがルドーの耳に聞こえる。
飛行魔法薬を届けた後に移動し、別動隊と合流したカゲツとノースターたちの声も聞こえる距離。
どうやら風に流された上空でのルドーの移動は、思ったより早い速度のようだ。
「えぇい軌道だけでも……ダメだ止まらねぇ!」
なんとか回転しながらも移動方向を変えようと、聖剣を振るって雷魔法を放つが、放出された魔法の勢いに、回転が速くなるだけで全く方向を変えることが出来ない。
「ああああああああ! 誰か回転止めてくれぇ!」
グルグル回る視界に、ルドーはただただ目が回っていく。
遠くを見るように額に手を当てていたクロノが、高速回転しながらどんどん遠のいていくルドーを呆然と眺めていたリリアとエリンジとカイムを振り返りながら、肩をすくめて声を掛ける。
「一番の破壊経験者が飛んでったよ、どうする?」
「どうするも何もお兄ちゃんいないと古代魔道具壊せないよ!」
「古代魔道具を持つ二人で同時攻撃することとで、パピンクックディビションの隙を探る作戦のはずだ」
「髪が届く距離じゃねぇ! 何してんだよあいつ本当に!」
「カイにぃ! 後ろ!」
ライアの叫びにカイムは振り向くことなく大量の髪を放出する。
そのまま背後に迫っていた屍の大群を一瞬で巻き付け、遠くに追いやるように勢いよく放り投げた。
放り投げられた動く屍の大群をエリンジが眺め、周囲の確認をするように見回して、もう一度ルドーが飛んでいった方向に視線を向ける。
屍の大群は、地面を埋め尽くす勢いで大量に差し迫って来ていた。
「屍が迫ってきている。ルドーが自力で戻れると踏んで、作戦通り屍の行進を止める」
「戻ってくるかよあいつ」
「でもこれ以上進まれると、後ろにあるクバヘクソも危なくなるし……」
「それじゃ私はあそこからあそこまで巻き上げるから、カイム、エリンジ、あっちとそっちお願い」
「くそが、無理すんじゃねぇぞ」
「巻き上げて一ヶ所に集める。リリア、予定通りだ」
「うん、あのあたりにお願い」
リリアの指示した場所をエリンジ、カイム、クロノが確認し、それぞれ一斉に走り出す。
エリンジがハンマーアックスを振り下ろすと同時に、空中から大量の虹魔法が放出され、地面にドスドスと次々命中して、大量の魔力爆発を発生させる。
爆発の衝撃に大量の屍が巻き込まれて、上空高く吹き飛び、エリンジは更に虹魔法を大量放出して、爆発の爆風によって、屍を空中移動させ始める。
ライアを髪で背中に縛り上げたまま走るカイムは、瞬時に大量に髪を伸ばして、先程と同様に一斉に襲い掛かる屍を髪に絡めるようにグルグルと巻き込んでいく。
そのままハンマー投げの要領で、屍を巻きつけたままの赤褐色の髪を大きく一回転させて、大量の屍を指示された方向に投げる。
屍の大群の目の前に走り込んだクロノは、そのまま足を大きく一回転するように振るって、蹴撃による恐ろしい威力の突風を発生させて屍を大量に上空に巻き上げる。
上げたままの片脚をもう一度素早く横に振って、次の蹴撃の突風で、巻き上げた屍を大量に一斉移動させる。
迫り来る屍人の大群を、三人がそれぞれ指定された一か所に集めるように攻撃を加え続ける。
一定数集まったところで、リリアが両手を前に向ける。
バシンと巨大な結界魔法が出現して、集めた屍が一か所に閉じ込められた。
『おい! こちらはもうすぐ視認して会敵するぞ! 何をしているチュニ王国勇者!』
チェンパスから抗議の通信魔法がエリンジ達に入る。
ルドーが作戦通りの行動を出来ていないので当然だろう。
事情を説明するように、エリンジがチェンパスに向かって通信を返す。
「飛行魔法薬をうまく扱えていない。あと数刻掛かる」
『この肝心な時に何をしている! 先程偉そうに宣っておいて! ってなんだ!? 避けろ!』
悲鳴と共に通信魔法がブツリと切れる。
その通信を聞いたエリンジ、リリア、カイム、クロノはそれぞれが顔に焦りを見せる。
想定よりも早いチェンパスのパピンクックディビションとの接触。
パピンクックディビションがこちらに向かって来ていたのか。
それとも張り切り過ぎたフランゲルが、後先考えずに突っこんだのか。
または責任感からチェンパスがフランゲルに強制して先に進んでいたのか。
何にせよ早くルドーが戻らなければ、作戦は上手くいかないだろう。
バシッという大きな音と共に、唐突にルドーの空中での回転が止まる。
ルドーがグルグルとその目を回しながら、ぐらつく視界をどうにかしようと大きく首を振る。
その周囲でひゅんひゅんと、攻撃魔法が飛び交っていた。
『ようやく止まったか』
「ルドー! こっちじゃないはずだろ!」
「何やっているんだ!?」
回っている様な錯覚する視界に、ネルテ先生とボンブの、グニャリと曲がった顔が下の方で映った。
その周囲は既にマフィア組織の下っ端との戦闘が開始されていたのか、男の大量の怒鳴り声に、攻撃魔法の光があちこち飛んで、魔力伝達の攻撃の爆発音が響いている。
少しずつ慣れてきた視界にルドーが周囲を見渡せば、巨大な緑色の拳に、空中で回転移動していたルドーが綺麗にキャッチされていたようだ。
緑色の魔力、事態に集中していたためにルドーは気付いていなかったが、ネルテ先生もエリンジ同様、奪われた魔力を取り戻していたようだ。
「すんません! 飛行魔法薬が上手く制御できなくて!」
「全く! 投げるから後は自分でなんとかするんだよ!」
「はい! ありがとうございます!」
ネルテ先生が狙うように左手の親指を立てて前に伸ばし、右手を大きく後ろに引いて構える。
ルドーが身構えた瞬間、キャッチされていた体が物凄い勢いで押し出された。
回転しながら飛んできた方向を、勢いよく逆走する。
空中から眼下の様子を確認しながら、パピンクックディビションの居る場所へと飛ぶ。
マフィア組織の下っ端らしい人員たちが、別動隊と一緒にいた、シマス国所属魔導士たちと戦闘を開始している。
お互いに色とりどりの魔法攻撃を投げ合っている中、ビタとトラスト、メロンとイエディが魔力伝達で接敵したマフィア組織の連中と戦い始めたのが上空から見える。
『おい! よそ見すんな!』
「うわぁ!?」
バチリと弾ける聖剣。
唐突に、全く別方向から魔力攻撃が飛んで来て、ルドーの目の前を掠った。
一体何事かとルドーが下に向けていた視線を上げれば、想定外すぎる光景が広がっている。
「……うっそだろ、そんなことまで出来るのか!?」
『そこまで実情知らなかったが、こりゃ厄介だな』
眼下に映る屍が、魔力を集めて魔法で攻撃してきていた。
死んだ人間の魔力を再利用することは出来ない。
屍を動かしている古代魔道具の魔力なのだろう、そんな攻撃の仕方までできるとは。
屍の魔力が古代魔道具の魔力ならば、下手に当たると聖剣も破壊される可能性がある。
この攻撃を聖剣に当てるわけにはいかない。
屍から放たれる魔法攻撃に、エリンジとリリアとカイムとクロノが、それぞれ戦っている様子が見えた。
ルドーに気付いた四人から、大きな声がかけられる。
「やっと戻ってきたのかよ!」
「お兄ちゃん早く!」
「攻撃当たらないように援護しろ!」
「さっさとあれ壊してよ!」
「悪い遅れた! 雷閃!」
「ハハハハッハハァーン! そんなに魔力を持ってたら、不幸な目にしか遭いませんよ!」
上空を戻ったルドーが、ネルテ先生の押し出した勢いのままに聖剣を勢いよく振り下ろす。
途端に空中に三本雷閃が発生するが、攻撃がパピンクックディビションに当たるよりも先に、ぎゅるんと小さくなって、パピンクックディビションがその手に持つ魔道具に吸い込まれた。
「なんだ!?」
『クバヘクソで見たあれか』
「遅いぞチュニ王国勇者!」
「一体どこに行っていたのだルドー! かなり厄介な状況なのだぞ!」
同じようにパピンクックディビションを狙う、弓を構えたチェンパスと、チェンパスを抱えて飛行するフランゲルがルドーの正面に見える。
地面からドスドスと、大量に撃ち放たれる魔法攻撃を避けながら、チェンパスがマワの弓矢から薄緑の魔力の弓を放出しようと、ギリギリまで狙いを定めようと弓を大きく引いて構えている。
だが攻撃を放とうとした瞬間を狙うように、下にいる屍から魔法攻撃が飛んで来て、尽く妨害されているのだ。
「結界魔法通じないわ! 攻撃当たったらすぐに言いなさいよ回復するから!」
「ハイハイハイお手を煩わせないようにします!」
「あぁもう! 死体が魔法攻撃出来るなんてチートにもほどがあるでしょ!?」
フランゲルの下の方で、アリアとウォポンとヘルシュが叫ぶ。
この三人がフランゲルと一緒に、チェンパスに屍の攻撃が当たらないように援護するようにしていた。
だが屍から放たれるのは古代魔道具の魔力。
防護魔法を貫通するそれは、聖女の結界魔法も同様に貫通するようで、アリアには攻撃を防ぐことが出来ず、その場に留まりつつも、飛んでくる魔法攻撃から必死に逃げ惑っている。
ウォポンがアリアの前に立って、回復担当がなるべくやられないようにと、飛んでくる魔法攻撃を片っ端からザクザク切り落していた。
ヘルシュも風魔法で、なるべく攻撃がフランゲルとチェンパスに当たらないようにと、飛んでくる魔法攻撃の軌道を変えて逸らしている。
「ハハハハッハハァーン! 魔力の頂点の古代魔道具! それによって死をもたらされた彼らは、まさしくシマス国国民が目指していた魔力の到達点の姿! 魔力を持つことが素晴らしいというのなら、無尽蔵の魔力を手に入れた彼らは、もはや崇拝するべき対象といえることでしょう!」
パピンクックディビションが叫ぶと同時に、ルドー達の背後から強烈な爆発するような音が響く。
大きな咆哮に魔力が乗せられて、音波攻撃のように大量に放出され、咆哮の中にいた屍が大量に空中に飛散する。
そのおぞましい量の魔力に、ルドーは上空でまた戦慄しながら音の方向を見つめた。
『ついて来ちまってたのか、あれ』
「そうだ、歩く災害、もう一体まだ居たんだ……」
ルドー達はウガラシでパニックに陥った後、ゲリックの転移魔法で中央魔森林まで飛ばされていた。
あの時魔力層を破壊して、頭から黒い液体を飛ばしていた歩く災害は、倒し切れていなかったのだ。
ぐちゃりと潰れた屍の痕跡を、その両腕に赤い液体を滴らせて。
姿を現した歩く災害は、ぼたぼたと頭から黒い液体を流し続けて、その液体を舐め取るかのように、大きく横に裂けた口から、真っ黒な舌を頭上に向かって伸ばしていた。
歩く災害の姿を視認して、リリアとエリンジとカイムとクロノが警戒を上げて身構え、アリア、ウォポン、ヘルシュはその圧倒的な魔力量に、大きく悲鳴をあげた。
「……まだあっちは魔力層が破壊されて、十分勝機があらぁ」
「動きさえ止められればいけるか」
「そう、わかった。あれの動きは私が抑える」
「クロノさん!?」
「クロねぇ!」
「上空のルドーとチェンパスに、歩く災害が攻撃したら不味い。その前にさっさと叩いて倒すべきだよ。それともなに、誰か私以外にあれの動きを見切って止められるの?」
今の優先事項は、パピンクックディビションの持つ古代魔道具、復活の首飾りを破壊すること。
そしてそれが可能なのがルドーとチェンパスのみの為、この二人は何としてでも歩く災害から死守しないといけない。
今この空間には、動く屍以外は何もない平原。
魔の森の中のように、大量の木々に巻きつけてようやくカイムが歩く災害を止めることが出来るが、その状況ではないのだ。
エリンジとリリアは歩く災害の動きを視認できない。
クロノが言う通り、歩く災害が止めることが出来る相手がクロノしかいない。
「さっき別のに足叩き潰されたばっかだろが! てめぇ歩く災害に対処しきれねぇだろ!」
「どっちも状況から対処できなかっただけだよカイム。大丈夫、今の状況は逆に対処しやすいから。分かったらルドー、ボーっとしてないでさっさと壊してよそれ!」
クロノの叫びに、話を聞くだけだったルドーははっとして視線をパピンクックディビションの方に向ける。
小さな丸眼鏡は曇っているのかその奥の瞳が見えず、鋭く尖った鼻の下にある口は、嘲笑を浮かべるように、小さく弧を描いている。
「ハハハハッハハァーン! あれもまた魔力の最上位! あれもシマス国民が目指していた、大量所持魔力の体現! これがシマス国が目指していたものだと言うんですよ!」
「そんなもの目指していたわけがあるか!」
「こいつさえ止めれば屍は止まる! 雷閃!」
パピンクックディビションの叫びに、チェンパスが大声で否定する。
強く引き絞った薄緑の魔力の矢をチェンパスが放すのと、ルドーが聖剣を振り降ろして、大量の雷閃を空中から放出するのはほぼ同時だった。
演説のように高らかに話した後だった為か、パピンクックディビションが攻撃を防ごうと魔道具を取り出すタイミングが遅れた。
絶対必中のマワの弓矢の攻撃に、聖剣の雷魔法による雷閃の攻撃。
この二つがパピンクックディビションに見事にクロスヒットして、空中が大きく爆発して衝撃波が発生する。
それとほぼ同時に、攻撃しようと恐ろしい速さで動いた歩く災害の前方から、耳を貫く衝撃音が発生して、クロノが歩く災害を両手で押さえてギリギリと受け止めている。
「私に君たちの魔法攻撃は効かない! 遠慮しないでこいつに全力で魔法攻撃叩き込んで!」
「承知した!」
「エリンジくん魔力伝達!」
「くそが、無理ならすぐ離れろクロノ! ライア、あの時のあれ出来るか!?」
「やってみる!」
不揃いな歯をのぞかせて、黒い液体を頭から滴らせながら、不気味な表情を浮かべて、抑え込むクロノに食らい付こうとする歩く災害。
エリンジとリリア、そしてカイムとライアが全力でこいつを叩きのめそうと魔力伝達で魔力を大幅に増幅させる中、空中で爆発した煙の中から、また特徴的な笑い声が響く。
「ハハハハッハハァーン! 魔力があるからみんな苦しむ! だから魔力なんてなければない方がいい! そのことを、我が故郷クバヘクソの住民にきちんと伝えなければ、私は死んでも死にきれない!」
『なんつー恐ろしい底力だよ、もう死んでてもおかしくねぇのに』
煙の中から全身ボロボロの血まみれ状態で、パピンクックディビションはまたその姿を現した。
攻撃にダメージが入った演説台のような飛行型魔道具は、バチバチと電気を走らせながら、ガクガクとなんとか飛んでいるのがやっとという状態にしか見えない。
魔力差別に対する恨み辛みが、こいつをここまで執念深くさせているのだろうか。
その首元にしっかり残っている復活の首飾りの様子に、チェンパスが苛つくようにマワの弓矢を構えたまま大声をあげる。
「えぇいしつこい! 大人しくさっさと倒れるかその古代魔道具を壊されないか!」
「ハハハハッハハァーン! あなた達の魔力も最後には無くしますけど、今はあちらで魔力を無くすほうが優先! 悪いのですが先に行かせてもらいます!」
パピンクックディビションがそう叫んで、演説台の手元を大きくバコンと叩くと、ボタンが押されるようなポチッという音がした。
ガシャンガシャンと演説台のような飛行型魔道具が動く。
ルドーとフランゲルが抱えるチェンパスの目の前で、それは背後に巨大なロケットブースターのような装置が姿を現し、青白く巨大な炎がそこから出たと思ったら、見えない速度で一気に加速して二人の傍を遥か彼方まで通過した。
「ハハハハッハハァーン! 能ある鷹は爪を隠す! とっておきは最後まで取っておく! それでは皆さんまたクバヘクソにてぇ!!!」
「なんだそれふざけんなぁ!!!」
ルドーが即座に雷閃を放つも、恐ろしい速さに追いつくことは叶わず、空中で対象を失った雷閃が、ジュワッと蒸発するように霧散する。
チェンパスもあまりのことに、フランゲルと一緒にクバヘクソに向かったパピンクックディビションを呆然と見つめている。
「あぁもう! なにしてんの!」
「くそっ、逃げられたか! こいつを倒して追うぞ!」
「エリンジくん!」
「カイにぃお願い!」
「全力を叩き込め!」
「とっととくたばれコイツがぁ!!!」
魔力伝達で強大に増幅したエリンジの虹魔法と、カイムの強化された髪がドリルの形状に変化して、歩く災害に向かう。
瞬間、聖剣がバチッと大きく反応する。
『今それをしたら……それ抑え込むのやめて逃げろぉ!』
「まってまって! 動き変わったんだけど!?」
「ハイハイハイ間に合いません!」
「ちょっと! なんでそっちに行くのよ!」
聖剣の警告、チェンパスへの屍の魔法攻撃を押さえていたヘルシュとウォポンとアリアが叫ぶ。
なんとかクロノが抑え込んだままギリギリの状態だったそこに、周囲にいた屍が突如として群がって、クロノに一斉に襲い掛かった。
歩く災害をギリギリの状態で動かないように押さえこんでいたクロノ。
そこに古代魔道具の大量の魔法攻撃が叩き込まれて、まるでそれに気付いたように、歩く災害がクロノに当たるようにエリンジとカイムの攻撃の方に軸をずらし、周辺が一気に爆発した。
突如として動いたその状況に、全員が絶句する。
「クロノ!」
「クロねぇ!」
カイムとライアが真先にその爆発した煙の中に駆け込む。
ゲホゲホと咳込むような音と共に、ブチッと肉が潰れるような音と悲鳴が一瞬が聞こえたと思ったら、歩く災害がけたたましい轟音と共に、衝撃波を発生させて周囲の屍諸共大きく吹っ飛ばされて行った。
かなりの衝撃に遥か彼方に飛んでいく歩く災害。
それは逃げていったパピンクックディビションと同じ、クバヘクソの方向へと。
「あー、やっちゃた。咄嗟だったから方向ミスった……」
「てめぇの心配しろって! いい加減にしろよクロノ!」
「三回までなら大丈夫だって……」
衝撃に吹き飛ばされた煙の中から、片足を上げて襲撃を歩く災害にぶつけたクロノが、カイムとライアに寄り添われる。
その両腕は、たった今の攻撃の隙をつかれて、歩く災害に骨までないほど握り潰されて無くなり、またグジグジと再生を開始していた。
その光景に全員が呆然と立ち尽くす。
『なんつーことしやがる……逃げるついでに一番動けねぇ状態の奴に追撃入れやがった……』
「ご、ごめん! あいつが逃げた方向に気が逸れてて、逃げた後に屍がそっちに行くなんて思わなかった!」
「ハイハイハイ不覚です猛省ですぶん殴ってください!」
「腕潰れてなくなってるじゃない! 前と言い今と言いなんで平気そうにしてるのよ!」
「再生できるからって、そんなポンポン潰していい理由にゃならねぇんだよクロノ!」
「クロねぇ……」
「私は大丈夫だって。それよりあっちを先にどうにかしないと」
再生していく両腕に激しい痛みが走っている様子で、冷汗を浮かべながらも、クロノはパピンクックディビションと歩く災害の飛んだ方向、クバヘクソをじっと見つめている。
クロノの状態に呆然としながらも、その言葉にルドー達は周辺を見渡した。
蹴撃に吹っ飛ばされた屍は、また攻撃してこないようにと、リリアが即座に結界魔法で閉じ込めていたので何とかなっている。
背後からは別動隊とマフィア組織との戦闘がまだ続いているのか、轟音と爆発音、それに煙があちこちから上がり続けていた。
つまりこれ以上の援軍は期待できない。
クバヘクソの住民は、知らせた情報に猜疑的で、まだ避難がすべて完了しているという報告を受けていなかった。
「どっどうするのだ! 逃げられてしまったぞ!」
「……そんな、もうクバヘクソへの攻撃止められないのか?」
「それでも追いかけるしかない」
「このままではウガラシと同等かそれ以上の被害だ、ケリアノン様の命令もあるのに、そんなこと看過できない!」
「歩く災害も倒せてねぇ、あのままじゃあの町壊滅しちまう……」
「でもあの速さ、転移で追いかけてもまた逃げられちゃうよ、どうしよう?」
「イッヒヒヒヒ! 速さをお求めかね、良い子ちゃんたち?」
上空からブオンと轟音と共に声が聞こえて、ルドー達は一斉に空を見上げた。
緑のゴーグルに手を掛けたバナスコスが、だみ声で不敵に笑いながら、引き連れた空賊ムーワと一緒に、その空を覆っていた。




