第百六十四話 退避した先の再起
ルドー達の転移魔法の先は、どこかの簡素な広い室内のようだった。
不安そうな表情が並んだそこにルドー達が転移した瞬間、一斉にわっと群がって次々と声を掛けられる。
「あぁー! ルドー君たち! よかった無事だったぁ!」
「母国で友人失くす経験とかもう絶対したくないからやめてくれよルドー!」
「あわわわわわ中々戻って来ないから心配してたんですよ!」
「流石に、ダメかと、思った」
「普通に殿勤めてくださいや! なにしれっとドンパチおっぱじめてんですや!」
「ネルテ先生に退避するようにと伝えられたでしょう! 勝手に残って戦闘するなんて何考えてますの!」
「ほとほと命令違反に嫌になりますわ」
「貴様ら! 誘導を指示しておいて付いて来ないとはどういう了見だ!」
「そうよ! 振り返ったらもう戦闘してて肝が冷えたわよ!」
「そりゃあれすっごい怖かったけどさぁ! あれと戦い始めた君たちもめっちゃこわかったからね!?」
「ハイハイハイハイ加勢できませんでした!」
『戻ろうにもなんか死体がいっぱい出てきて戻れないし、ほんと心配した』
魔法科の面々にわっと群がられて、ルドーはリリアとエリンジと一緒に面食らって混乱した。
責め立てられるように次々と非難の声を浴びせられて、ルドーは気まずさもあって、両手を振りながらつい反論するような大声をあげる。
「いやいやいや依頼の保護対象の女神像破壊犯がいたしよ! それに歩く災害は一回倒せてたから対処するべきだと思って!」
「無視して行けばよかったのに。頼んでないでしょそんなの」
「……クロノ?」
わらわらと群がる面々の後ろから聞こえてきた声に、ルドーは驚愕して小さく声をあげた。
カイムに横抱きにされて抱えられていたクロノが、ルドー達にジトリと呆れた視線を投げかけてきている。
いつもの黒い帽子こそ被っているが、今はその赤い瞳まで隠していない。
以前に逃走した際の革の旅人服でもない、エレイーネーの青い制服に身と包んでいる。
いると思っていなかったクロノがそこにいる状況、ルドー達に向かって掛けられた言葉の意味も分からず、混乱するままルドー達は更に声をあげた。
『あれま、こりゃ驚いた』
「えっ、クロノさん?」
「なぜいる」
「なに、私がいたら悪いの?」
「いやいやいやエリンジそうは言ってねぇよ。ていうかクロノ、なんでカイムに抱えられてんだ、怪我でもしてんのか?」
エリンジの言葉に非難するようなジトリとした視線を寄越したクロノに、ルドーは慌ててエリンジとクロノの間に入ってとりなしつつ話題を変える。
相変わらずクロノとエリンジの相性は悪いままのようだが、ルドーにはなぜかいつもよりクロノの表情がわかりやすい様な気がした。
怪我の話題を振られたクロノは、困ったような視線を今度はカイムに向けている。
「いや、怪我ももう大丈夫だし、逃げるつもりももうないんだけど……降ろして、カイム」
「聞かねぇ」
「降ろしてよ……」
「えぇ……」
逃げるつもりはもうないと語るクロノ、つまりようやくエレイーネーに戻ってきたということか。
クロノは困惑する視線をカイムに向けるが、その口調とそっぽを向いたカイムの様子から、クロノが怪我自体はしていた様子だとわかる。
例の自己再生で怪我も治ったのだろうが、それでも心配しているカイムがクロノを抱えたまま降ろそうとしていないようだ。
他の魔法科の面々も、抗議されながらもクロノを抱えたまま降ろす気のない様子のカイムに、困惑と好奇の混じった視線をチラチラ向けている。
「いーじゃんいーじゃん! そのまましばらく抱えられてなよー!」
「えぇ?」
「カイにぃ嬉しそう」
「うるせぇ!」
茶化すように横から言ったメロンに、カイムの足元でズボンの裾を掴んでいたライアが、カイムを見上げてニッコリ笑う。
クロノは真っ赤になってそっぽを向いたカイムにちらりと困惑の視線を向けたあと、今度は心配そうな眼の色に変わってメロンの方を向いた。
「……メロン、無理して明るく振舞う必要はないよ」
「あっあー……やっぱバレちゃう?」
「メロン……」
「大丈夫イエディ。きっと大丈夫……」
クロノの指摘に不安そうな表情に変わったメロンを、イエディが傍に行ってその肩を抱く。
そうだ、ルドー達はなんとか窮地を脱することが出来ただけで、状況は何も変わっていなかった。
ルドーがアルスの方を見れば、メロン同様に無理をして笑っているようにしているが、顔が若干引き攣っている。
ウガラシがあんな事になって、きっとまだ終わっていない状況。
そんな状況でもアルスは周囲に気を使わせまいと、いつもの調子で一歩引いて周りの様子を観察していた。
アルスのそんな気丈な様子に、キシアは今にも泣き出しそうな顔をしているし、一緒に行動している事の多いトラストとビタも心配そうに顔を見合わせていた。
フランゲル一行も状況から不安そうな表情を少なからず浮かべているし、カゲツとトラストも不安顔が隠し切れていない。
リリアがルドーの横で不安そうな表情に変わり、エリンジも無表情がさらに険しくなる。
ルドーは小さく息を吐き出した後、聖剣を強く握り直した。
「……詳しい話は後だな、どうなってる?」
「突然発生した屍の大群が、シマス国のウガラシ周辺に溢れて近隣を襲い始めている。なんとか周辺住民を避難させているが、屍は倒しても復活する上、更に被害に遭った住民が屍となって数が増えている。対処できないせいで周辺の村がそのまま飲み込まれ始めた。このまま範囲を拡大されるともうシマス国はもたない」
転移魔法で移動する直前にルドー達が聞いた声。
ルドー達が背後からの声に振り返る。
黒色のメッシュが入った銀短髪、琥珀色の切れ長の瞳。
片方の肩から黒いケープが垂れた、旅人のような黒革の長ジャケットを着こなした男が、そこに立っていた。
「えーっと、誰……?」
「保護科副担任のターチス先生ですよ」
ルドーが誰だろうと首を傾げながら言葉を濁していると、トラストがそっと寄ってきて耳打ちするように小さく呟く。
トラストの説明に、横に居たエリンジとリリアも少し驚いた表情でターチス先生の方を見る。
「保護科副担任? 行方不明って言ってた?」
「いやぁ、役職デメリットで転移魔法が暴発してあちこち飛んでっちまうんだ。今回たまたまシマスにいてついでに仕事しようとうろついてたら、スペキュラーの探知魔法にたまたま引っかかってね」
「近場の転移門に避難しようと思いしかし近場の転移門といいましても二方向に同じ距離で転移門が設置されていたためどちらの方向が危険が少ないかと周辺状況を確認しようと探知魔法を使った次第でありまして周辺状況の確認で魔力探知として使う場合初めての相手の突破は不可能ですが一度解析した相手にも探知として使う事が出来ますのでそうしましたら転移門の近くをたまたま歩いていた見覚えのある魔力がありましたので緊急事態ですから人手が必要でしょうと慌てて通信魔法で連絡を取った次第でありますが如何せん何から話せばいいか判断がつきませんでしたのでまず一番最初からと思いましてエレイーネーの廊下で新しい肥料を花壇に試そうと運んでいたところを」
「いたんすかスペキュラー先生……」
「避難の先導をしていたんだ、いるだろう」
ターチス先生の後方でダムの決壊の如く大量に話し始めたスペキュラー先生に、ルドーはげんなりとした視線を向ける。
しかしエリンジの指摘通り、生徒を避難させてくれと頼んだのはルドーだ、居て当然だった。
「とりあえずめちゃめちゃ長い通信が入ったからスペキュラーからだってことは分かって、一体何事かと思って転移魔法で直接会いに行ったら他の生徒もいるわ、ウガラシの郊外なのにしっちゃかめっちゃかな状況でね。とりあえず生徒達を隣町まで避難させようってことにして、全員一気に転移魔法で運んだあと、他の生徒、君たちの事ね、探しながら生存者を転移魔法で同じように避難させてたんだ」
「ターチス先生は役職渡り人の効果で転移魔法に特化しています。大量の住民を緊急避難させるのに、これ以上の適役はありません」
トラストの説明にルドー達は納得した。
たまたまターチス先生が近くにいたというだけではあるが、住民の避難にうってつけの役職の持ち主だったわけだ。
思わぬスペキュラー先生のファインプレーに、しゃべり続けるスペキュラー先生の方をちらりと見た後、ルドー達はターチス先生の方に視線を戻す。
「それで今は君たちを保護した後、どう動くべきかネルテ先生がエレイーネー本校と通信で連絡を取ってるから、その連絡待ちってところなんだけど……」
「状況は凄く芳しくない。この近辺の屍の大群はどうやらシマス国とここに居る人間で対処するしかないようだよ」
がちゃりとドアが開けられて、ネルテ先生がボンブを引き連れて入ってきた。
悩むような難しい表情をしながら頭に手を当てているネルテ先生に、メロンとアルスが不安な表情に変わる。
ネルテ先生の話に、ターチス先生が顔を上げた。
「ここに居る人間で対処? 援護は期待できないって事か?」
「新たに別件が二件発生して、そっちにも人員が取られてる。ただでさえ人手が足りなかったって状況下で……」
「新たに二件? なにがあったんですか?」
ネルテ先生の言葉にルドーが声をあげると、ネルテ先生は全員の顔を見まわした後、険しい表情で説明を始めた。
「ファブの大型魔物暴走と連動するように、ランタルテリアで魔物暴走が発生したんだ。ファブと同時だとランタルテリアはファブからの援助が期待できない。それで緊急でエレイーネーにも援護要請が入って、ニンとレッドスパイダーが率いて三年の生徒達が出払ってしまっている。その上シジャンジュ監獄も、たった今襲撃を受けて、そちらはネイバー校長まで出張って大騒動になっている」
「また三大監獄に襲撃!?」
「シジャンジュって確か……」
「あぁ、シマスとファブの共同で管理していたところだ。両方が今こんな状況、国で対処できない。この間のスレイプサス監獄といい、やはりタイミングが良すぎる。その上スレイプサス監獄と同じように、一撃で粉砕される勢いで破壊されたって……」
「……厄祈願、ウガラシからそっちに飛んだわけ」
「あぁ?」
カイムに横抱きにされたまま、クロノが小さくポツリと溢し、カイムがその声に反応する。
ウガラシの襲撃犯、やはりクロノはあいつらについて詳しく何か知っている。
全員がクロノの呟きにそちらを向いてしんと静まり返ったが、クロノはカイムに抱えられたまま考え込むように視線を下げた後、ネルテ先生の方を向いた。
「クロノ、やっぱり何か知っているのかい?」
「ウガラシを襲撃した四人に対する私の知っている情報、奴らについては説明します。でもその前にシマスのこの状況を何とかするのが先です」
「……話す気になったのか?」
「こいつが許す範囲で、だけど」
エリンジが驚いたように目を見開いて問いかけ、クロノは肩をすくめながら小さく左手を掲げた。
クロノの契約魔法の相手が、ある程度話すことを許容したという事だろうか。
だが詳しく話を聞くにしても、まずはシマス国のこの状況を何とかしないといけない。
ここに居る人員で対処しなければならないとなればなおさらだ。
状況に対処するためにどうすればいいか、ルドーは情報を求めて聖剣に声を掛けた。
「聖剣、あの古代魔道具について知ってたよな、どうすればいいんだ?」
『どうするって言ってもな。俺が知ってんのはあれのせいで国が一つ滅んで森に吸収されちまったって事だけだ。あれは国で保管するべき古代魔道具じゃねぇが……』
聖剣が知っている情報は、詳しくはない断片だった。
何百年か前に、その古代魔道具が一度だけ出現して、国が屍であふれかえった。
その国は結局溢れた屍に対処できず、不安や恐怖で飲まれて魔物暴走が発生し、屍ごと森にのまれてしまったという。
聖剣の話に、初耳だというような反応でトラストが声をあげる。
「学習本でも聞いたことがない内容ですね……」
『屍が大量発生してから滅びるまで猶予がなかった。一般的な魔物暴走で滅んだと処理されちまったんだろうな』
「森に没したらそれ以上調べようがないからね……でもそんな古代魔道具がなんでシマスの王宮に保管されてたんだい?」
「シマスは昔から中央魔森林で発生する魔物暴走について調べようと森によく入ってた。前期の遺跡探索依頼がいい例だよ。知らない間に似たような遺跡を調べて、手に入れて保管していた可能性は高い」
ネルテ先生が今回の古代魔道具の存在そのものに疑問を持ち、ターチス先生がおおよその推測を述べる。
シマス国からの依頼で行った古代遺跡の探索。
あれも元々はシマス国が中央魔森林の調査をしていた際に発見したものだった。
同じように過去に何度もシマス国が中央魔森林の調査を行っていたならば、中央魔森林に没したその国の古代魔道具を入手していても不思議ではないという話だ。
『なんにせよあの古代魔道具はあのまま放置は不味い、あの状態、このまま使うだけで暴走の危険が高い』
「またかよ! 暴走しすぎだろ古代魔道具!」
「まともな使い方されないからでしょ。無尽蔵の魔力、壊れない永久機関。まともな連中よりあくどい連中の方が欲しがるのが普通だもの」
叫んだルドーに、クロノがカイムの腕の中でジト目になって呆れた声を出した。
古代魔道具がそもそもなぜ国で管理されているか。
それは国で管理しなければどんな連中の手に渡るかわからないからだ。
国で管理された古代魔道具の情報が表に出て来ないのも、情報から悪事に使おうという連中から隠すため。
ジュエリの古代魔道具が鉄線の残党に奪われたのがいい例だ。
確かに国として運営活用するより、あくどい連中の方がその力は欲しやすい。
それが今回パピンクックディビションに奪われて悪用されているのだ。
「あんな酷い使い方、そうだよね、暴走してないのが不思議なくらいかも……」
「思い出しただけで吐き気がする」
思い出す地獄のようなあの光景に、リリアとエリンジの顔色が悪くなる。
他の魔法科の面々は、ルドー達ほど近くで動き出した死体に接触していない。
しかしそれでも嫌悪感と忌避感は強く、それぞれが顔色を悪くしていた。
「……なんにせよ、周辺に溢れてるあれらをどうにかしねぇとだな」
「そんなの無理だ。もう終わりだ……シマスはもう滅びるしかない……」
「……チェンパス」
小さな震える声に、ルドー達は声の方向に顔を向ける。
転移魔法で避難した魔法科一年に、二年のチェンパスが混じっていた。
ルドー達から距離を取るように部屋の隅に蹲って、完全に戦意喪失している。
「そうは言っても、まだ無事な人もいるんだ。放置できねぇだろ」
「じゃあ逆に聞くが、君たちはあれを前にして、攻撃することが出来るのか?」
「それは……」
「私には、私にはできない。そんな事……」
今にも泣きだしそうな表情で、部屋の隅に蹲ったままのチェンパスが頭を抱えた。
チェンパスの問いに、ルドーは答えられず息を詰まらせる。
あの時屍に囲まれて、それでもルドー達はそれに対して攻撃することが躊躇してできなかった。
相手は死体でも、元は何の罪もなかったウガラシの住民だから。
シマス国出身のメロンとアルスでもショックが大きいのに、ましてやチェンパスは今回被害に遭ったウガラシの出身。
知り合いも大勢いただろうし、両親や親戚もきっといただろう。
そういったかつての相手が、変わり果てた屍になって襲い掛かってくる。
なによりチェンパスはシマス国の勇者だ。
例えこの苦境を脱したとしても、なぜ彼らを守れなかったのかと、自責の念に駆られ続けるだろう。
チェンパスの心が折れてしまう事を、ルドーは同じ勇者の立場から、責めることが出来ない。
「ここにいたのですか、探しましたよチェンパス」
「……ケリアノン、様?」
ガチャリと扉が開いて、威厳のある声が響いた。
その場の全員がまた振り返ると、そこには魔法科三年のシマス国聖女、ケリアノンが立っていた。
「……ケリアノン、エレイーネーに転移させたってスペキュラーから聞いてたけど」
「国の有事に、一人だけ国外に居る王族がいて良いものですか。ましてや私は現状一人残された王女。国を統べる王族として、その責務を全うしなければなりません」
声を掛けたネルテ先生に対するケリアノンの返事は、覚悟があった。
スペキュラー先生の独自判断で、エレイーネーの外門まで転移魔法で飛ばされたケリアノンは、シマス国の有事に一人エレイーネーにいていいはずはないと、本人が転移魔法を使ってシマス国まで戻ってきていた。
そして同じ国を守る勇者の立場であるチェンパスを、護衛もつけずにずっとあちこち探し回っていたという。
そこにはソラウで見た聖女誘拐事件の時の、取り乱した様子は微塵もない。
一国の王族が、その国の危機に対して強い責任を背負った姿だった。
「立ちなさい、チェンパス。シマスの勇者として、己の責務を全うしなさい」
「私は、私には、友人も、親切にしてもらった顔見知りも、たくさんいるのに……」
「チェンパス、貴方は勇者です。国を守る責務がある。命令です、戦いなさい」
「そんな……そんな! 出来ません、ケリアノン様……」
部屋の隅で蹲っていたチェンパスに、ケリアノンが強い足取りで近寄って命じるが、もう心が折れてしまった様子のチェンパスは、頭を振って若干パニックに陥り始めた。
「戦えないならそれ置いてってよ。使えるやつが使ったほうがいい」
「おい! 何もそんな言い方しなくてもいいだろ!」
ケリアノンとチェンパスの言い合いを聞いていた一同。
戦えそうな様子にないチェンパスに、唐突にクロノがマワの弓矢を指差して言い切ったため、ルドーは思わず非難の声をあげた。
しかしクロノは鋭い視線のまま、今度はルドーの方をじっと見つめる。
「あの状態の住民と向き合えないなら、戦わない方がいい。死んだ後も勝手に身体を弄ばれる不名誉を彼らに与えたままにしたいなら、そうすればいい。」
ルドー達を見つめてそう静かに話したクロノに、しんと辺りに静寂が走る。
クロノを抱き上げていたカイムの手が、さらに強く握り込まれていた。
肌がピリピリするような、痛い様な沈黙。
しばらくして、エリンジが静かにクロノに向かって問いかける。
「……お前は戦えるのか、あれらと」
「無理矢理引き起こされた彼らを今度こそ眠らせてやるには、そうするしかない」
エリンジの問いに答えたクロノの赤い瞳には、沈痛ながらも強い意志が宿っていた。
ルドー達と違って、クロノは既にあれらと戦うための覚悟も、その考えも固めていた。
この状況をなんとするためだけではない。
ただ恐怖に逃げていただけでは、彼らは安らかに眠ることはできない。
理不尽な被害に亡くなったウガラシの住民、彼らを、今度こそ眠らせる。
その為にあの屍と戦うのだと、クロノはそう言い切った。
返答を聞いたエリンジは驚いたように目を見開いたが、その返答に思いを新たにするように、真剣な表情に変わって、静かにゆっくりと頷き返していた。
「眠らせるために、戦う……」
「……そっか、これから被害に遭う人だけじゃない、あの人たちもまだ、被害者のままか……」
クロノの言葉に、メロンとアルスも大きく目を見開いた後、強い顔つきに変わる。
その場にいたそれぞれが、表情を変え始めていた。
屍に相対する恐怖心が強かったルドーも、その考えを改める。
「……眠らせる、か。そうだな、これ以上あの町の人たち冒涜するような事、させるべきじゃねぇよな」
「私にも責任の一端はある。後で好きなだけ殴ればいい。好きなだけ罵ればいい」
「てめぇの責任じゃねぇだろ、クロノ」
自身に対する暴力も受け入れる姿勢を示したクロノに、カイムが声をあげる。
カイムの言う通り今回の件にクロノに責任はないはずだ、何に対してそんなことを考えているのか。
表情は読みやすくなった気がしたのに、やはり何を考えているのかルドーには理解できない。
カイムの指摘にクロノは静かに首を振るだけだ。
「私が動いたことが発端ではあるよ、カイム。悪いけどその事については詳しく話せない。でも理不尽に殺されたあの町の住民を、あのまま好き勝手に兵器にしたまま放置してもいいって言うなら、その弓は戦える奴に渡して。今一番必要なのが、古代魔道具だから」
「……一番必要って?」
「古代魔道具に対抗するには、古代魔道具しかない。見てきたでしょ、ルドーの古代魔道具なら、きっとあれを破壊できる。同じ理屈なら、その弓矢も可能なはず」
おずおずと尋ねたリリアに対するクロノの返答。
その場の全員が、大きく目を見開いた。
ルドーの手に持つ聖剣と、チェンパスの傍にあるマワの弓矢に視線が集まる。
そうだ、古代魔道具なら古代魔道具を破壊できる。
今屍を操っている、パピンクックディビションが持つ古代魔道具を破壊することが出来れば。
そうすればきっと、あの屍の大群は止まる。
「眠らせる、彼らを、ちゃんと眠らせる……」
「……チェンパス」
「……やります。ケリアノン様、やらせてください……!」
「えぇ、勿論です。チェンパス」
チェンパスの手の震えが止まり、マワの弓矢を強く握りしめる。
涙が伝うその顔に、強い決意が浮かんでいた。




