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第百六十三話 女神像破壊犯の正体

 

 ――――助けて。


 違う、安易な行動をしたのは自分だ、こんなことを考えるべきじゃない。


 ――――助けて。


 考えるな、シマス国は滅びる、あの時のファブのように。

 関係ない民衆を山ほど巻き込んだのは誰だ。


 ――――助けて。


 さっさと逃げればよかったのだ、やる事だけ済ませて、どうしていつも中途半端に動く。


 ――――助けて。


 自分勝手に動き続けた罰だ、報いを受けろ。


「……助け、て……」


 女神像破壊犯が、その口から無意識に助けを求める声を発していた。


 先程受けた魔法に、恐怖で身体が強張っていた。

 強張って鈍った動きの逃走では、その巨体から想像もつかない程素早い歩く災害から逃れきれなかった。


 追いつかれて向けられた攻撃を防ごうと構えた青緑の大鎌は、その圧倒的な一撃を受けて粉々に砕け散って、薄暗い魔の森の中、あちこちに散らばっている。


 衝撃に口を覆っていた金属製のマスクが吹っ飛ばされ、声が無意識に口からこぼれる。


 そのままぐしゃっと叩きつけられた足に、悲鳴をあげていた。

 これ以上逃走されないようにという本能か、歩く災害は真先にその両足を狙って叩き潰していた。


 両足は完膚なきまでにぐちゃぐちゃに潰され、広がる赤い血と肉片では、もう歩くこともままならない。


 痛みで気が狂いそうな朧気な意識の中、その青い瞳に大きく振りかぶる黒い巨体の両腕が見えた。


 ギョロギョロと不気味に動くその瞳には何も映していない。

 不規則に生えた、裂けるような口だけが、にんまりと笑うように口角が上がったように見えて。


 頭を潰されて、死ぬ。


 振り下ろされるその両手が、やたらゆっくり青い瞳に映っていた。


「うらあああああああああああああああああ!!!!」


 大きな衝撃音。


 赤黒い巨大な魔力の拳が、歩く災害の攻撃を何とか防ごうと、何重に折り重なってその真っ黒な腕をギリギリと引き留めていた。


「おい! 魔力も少ないのに無茶をするな!」


「助けを求める声を聞いて、今無茶しないでいつ無茶するって言うんだい!」


 ネルテはその両手を伸ばして、歩く災害が女神像破壊犯に振り下ろそうとしていた両腕を間一髪で防いでいた。

 それでも歩く災害の威力はすさまじく、衝撃に周囲の空間が揺れる。


 ウガラシのすぐ傍の中央魔森林の中、ボンブと共に念のために待機していたネルテは、スペキュラーが胸元に付けていた記録魔道具から、遠隔でウガラシの様子を確認していた。


 明らかに規格外の、しかも複数の襲撃。


 離脱指示に逃走を始めた生徒達と合流しようとしたネルテとボンブ。

 だが森を抜けようとした瞬間、恐ろしい速さで走る歩く災害に追われていた、女神像破壊犯の姿を中央魔森林の奥方面に視認する。


 生徒達の様子も気にはなるが、あちらにはまだ曲がりなりにもスペキュラーがついていた。

 更にスペキュラーが周囲の安全確認で使っていた探知魔法に、味方になりそうな相手でも見つけたのか、通信魔法でかなり饒舌に話しかけていたのも、遠隔で記録魔道具から確認が取れていた。


 それならば一人で逃走し続けている、歩く災害に襲われそうになっている女神像破壊犯、明らかに緊急性の高い彼女を助けなければ。


 そう思ってネルテが追いかけた先で、案の定襲われるような衝撃音と、助けを求める声を聞いた。


 ずっと誰の声も、協力も拒み続けていた彼女がようやく助けを求めたのならば、たとえそれが無意識に発せられたものだったとしても、ネルテはエレイーネーの立場から必ず助け出すつもりでいた。


 ヨナマミヤで助けられなかった相手がいたと知った今、その思いは尚更に。


 ボンブと二人掛かりでなんとか攻撃を防いだものの、その重すぎる攻撃に、ギリギリと少しずつ押し負けて、巨体の腕が少しずつ女神像破壊犯に迫っていく。


 彼女の両足は叩き潰されていて、自力で逃走することはできない。


 今押し負けたら、動けない彼女は助からない。


 その攻撃が決して届かないようにと、押されていく攻撃に必死に二人で踏ん張りつづける。


「カイにぃ! あそこ!」


「その手どけろやクソがああああああああああああ!!!」


 ライアとカイムの叫びと同時に、倒れていた女神像破壊犯が消えた。


 それとほぼ同時に、歩く災害の両腕を押さえていた、赤黒い大量の魔力の手が粉々に弾けて、何もない空間を強打した。


 地面を叩きつけた衝撃に、周辺が地響きに揺れる。


 ネルテとボンブが歩く災害を警戒しながら叫び声の方向に視線を向ける。

 ライアを髪でグルグル巻きにして背負ったカイムが、足を潰された女神像破壊犯を抱きかかえて間一髪で救い出していた。


 カイムの腕の中にいる女神像破壊犯は、気絶しているのかぐったりとしていて反応がなかった。

 なんとかあの状態から助け出せたが、ぼたぼたと両足から溢れる血の量は致命傷に近い。


 ギョロギョロとその焦点の合わない両目を不気味に動かし、のそりとゆっくりこちらを向いた歩く災害に改めて視線を向けながら、ネルテがカイムに向かって叫ぶ。


「カイム! 彼女に回復を掛けながらライアと一緒に退避するんだ!」


「やってらぁ! だが回復効かねぇ! やっぱりだよクソが!」


「回復が効かない……?」


「来るぞ!」


 カイムの伸びた髪が白く光って、気絶している女神像破壊犯の両足に回復魔法をかけていたが、効いている様子が全くなかった。


 その見覚えしかない状態に、カイムの疑問は確信に変わって、気絶した彼女を強く抱きしめている。


 カイムの叫びにネルテがまさかと疑問を持つが、答えに辿り着くより先に歩く災害が大きく咆哮する。


 衝撃を発するような激しい咆哮の後、まるでロケット砲撃のようにネルテとボンブの方に勢いよく突っ込んできて、二人で咄嗟に横に跳び避け攻撃を回避する。


「こいつは魔力層を破壊できていない! 倒せないぞ!」


「倒す必要はないよ、逃げ切れればいいだけだ」


 今ネルテ達がやるべきこと、それは女神像破壊犯を連れて、歩く災害から逃げ切って、生徒達と合流する事。

 歩く災害を倒すことではなかった。


 その為には目の前にいる歩く災害から隠れて逃げるのが最適解ではあるが、女神像破壊犯の負傷の様子と、回復が効かないというカイムの話が本当ならば、その時間も残されていなかった。


 ボンブもカイムも転移魔法は使えない、ネルテも今の魔力を奪われた状態では転移が使えない。

 なによりあの素早さだと、転移魔法に歩く災害を巻き込んで、逃げた先まで連れて行ってしまう危険性も孕んでいた。


 森の木々に突っ込んで大量に薙倒された中で、のっそりと立ち上がった歩く災害を警戒して見つめる中、唐突に空が真っ黒になって、巨大な魔力攻撃が近場に落下発生した。


 響く雷鳴とここまでぐらつく地響きのような衝撃に、歩く災害に警戒しつつも全員がその魔法攻撃の方向に視線を向けた。


「この攻撃、報告からルドーか!?」


「近いな、ルドーなら魔力層を破壊できるんじゃないか!?」


「ダメだ! あいつ今魔力奪ってくる奴の相手してらぁ! 歩く災害まで対処する余裕ねぇよ!」


 カイムの叫んだ話に、ネルテが驚愕に目を見張った。


「あれと戦ってるって!?」


「なんか知らねぇがあいつの魔力は奪えねぇってよ! とにかく歩く災害はこっちでなんとしろ!」


 魔力を奪う事が出来ない、カイムの叫びから嘘を言っている様子はない。

 その事実に驚いてネルテが更に目を大きく見開く中、目の前の歩く災害から大きな咆哮が叫ばれる。


 ネルテがどうすればいいか考えていると、突然ライアが首をあげて上空の方を見つめた。


「なにか、魔力! 魔力がこっちに飛んでくる!」


「はぁ!? 別の魔法攻撃か!?」


「違う! 悪い感じじゃない! ネル先生! 避けないで!」


「えっ!?」


 ライアの叫びに警戒して、女神像破壊犯を強く抱いて上を向いたカイムの叫びに、ライアは大きく首を振って、ネルテの方に向いて大きく呼びかけた。


 ネルテも同じように上空を見た瞬間、緑の巨大な魔力が降ってきて、ネルテに直撃して大きく爆発する。


「ネルテ!」


 傍に居たボンブが大きく声をあげて叫ぶ。

 爆発の煙が上がり、誰もネルテを視認できなくなった。


「クソが! なんなんだってんだ一体!」


「カイにぃ! あっち!」


「あぁクソ! 今取り込み中だってんだ動くんじゃねぇ!」


 爆発したネルテにカイムとボンブが驚愕する中、ライアの叫びでカイムが即座に髪を大量に伸ばして強化する。


 動き出そうとしていた歩く災害に向かって、魔の森の木々を大量に巻き込んで蜘蛛の巣のように四方八方から即座にグルグルに縛り付けるが、それでも押さえつけるのがやっと、ギリギリと動こうと抵抗してくる。


「なんで歩く災害はどいつもこいつもクソ馬鹿力なんだよ!」


「無理するなよカイム!」


「カイにぃ! 踏ん張って!」


「おらぁ!!!」



 爆発した煙の中から、緑の魔力の拳が飛んだ。



 煙を吹き飛ばすように強烈な勢いで発射されたその魔力の拳が、拘束された歩く災害の頭部に命中して大きく爆発する。


 両手を構えたネルテが、歩く災害に向かって、戻った自身の魔力で攻撃を加えていた。



「……そんな、ありえない、魔力が、奪われた魔力が、戻った……?」


 カイムの腕の中で、ネルテの魔法攻撃の衝撃に目を覚ました女神像破壊犯。

 目の前の光景に思わずといった様子で呟いた彼女に、カイムがジトリと視線を向けて、ぶっきらぼうに声を掛けた。


「……ケッ、ようやく目ぇ覚めたかよ、クロノ」


「えっ!? クロねぇ!? ほんとにクロねぇなの!?」


 ライアがその言葉に驚愕してカイムの背中から覗き込み、女神像破壊犯は、しまったという表情でバチッと手で口を覆った。


 カイムの言葉に、髪に拘束された歩く災害を放置したまま、ネルテとボンブもガバッと驚愕の視線を向ける。


「えぇ!? クロノ!? 髪の色も目の色も違うのに! 何をどうしたんだい!?」


「言われてみれば確かに臭いもそうだな……ぱっと見は違うが、背丈は変わらん」


「誤魔化し切れると思ってんじゃねぇよ。その足再生してんの何よりの証拠だろが」


 カイムの指摘に二人が更に視線を追えば、潰されてぐちゃぐちゃになっていた足が、まだ完全ではないが、ぼたぼたと血を滴らせながらも、グジグジと再生して少しずつ伸びていた。


 その決定的な指摘に、女神像破壊犯、クロノは観念したように口から手を放し、抱き抱えられたカイムの腕の中で大きく溜息を吐いて項垂れた。


「あーもう。なんでわかっちゃうわけ? カイム」


「あん時の特徴的な着地の仕方だ。どんだけ傍で見てたと思ってんだくそが」


 項垂れた後、青い瞳でカイムの方を向いたクロノに、カイムは目を細めて答える。


 カイムが最初に疑問に思ったのは、魔力奪取犯の頭が復活した後の、女神像破壊犯の動きだった。


 目の前に跳んで降り立ったその動きが、ずっと一緒に戦ってよく見ていたその動き方に酷似していた。


 そこから疑問を持ってその行動を振り返れば、戦い方こそ変えていたものの、その身のこなし方がどうにも見覚えのあるものばかりに見えてくる。


 ルドーの保護するという話に応じなかったのも、未だ逃げ続けているから同行できないという意思表示ならば、こちらの説得に全く応じなかったのも納得する。


 それでいてなんだかんだお人よしのクロノならば、本来ならばやらなくてもいい手助けをついついしてしまうのも、それなりの付き合いでカイムは理解していた。


 女神像破壊犯が行っていた、やらなくてもいいこちらを助ける動き。


 それがどうにも後先考えずに手助けするクロノの動きにしか、カイムにはもう見えていなかったのだ。


 カイムの説明に、クロノは項垂れたままその身を預けるように、カイムの胸に頭をもたれた。


「ははっ、着地、着地かぁ。戦い方変えてバレない様にしてたってのに。やっぱ余計なことして全部台無しだ……」


 脚の再生の激しい痛みに冷汗を浮かべながらも、クロノはカイムとの会話に乾いた笑みを浮かべた。


 金髪に青眼と、その見た目が大きく変わっているのに、金属製のマスクが外れたその口元によく見た笑顔が浮かべられていたのを見て、そしてその声にライアもようやく理解して叫ぶ。


「クロねえええぇ!!!」


 カイムの背中から、グルグル巻きの髪を振りほどいて飛び出し、ライアがクロノに飛びついた。

 ライアに飛び付かれたクロノは、その青眼を大きく見開いて一瞬驚いた表情を浮かべたものの、がっしりとしがみ付いたライアに、まだ躊躇するようにしながらも、ゆっくりと手を伸ばした。


「……ライア、ごめん、ごめんね……」


「うわああああああああああああん!!!」


 カイムの腕の中にいるクロノに抱き付いたライアがそのまま大声で泣きじゃくり始めて、その様子にクロノも反省するような複雑そうな表情で、ライアを強く抱きしめる。


 しかし大きな咆哮が聞こえて、拘束されたままの歩く災害の方に、全員が警戒する視線を向けた。


「……全く。色々話したいことはあるけど、とりあえずこいつをどうにかしてからだね」


「どうする、魔力層を破壊しなければこいつは倒せないぞ」


「だから倒せなくていいんだよ。カイム、下がってクロノとライアを守っておくんだ。ボンブ、協力してくれ」


 両足がまだ再生しきっていないクロノを、戦闘に参加させることはできない。

 ネルテの指示に、カイムがライアを抱えるクロノを腕に抱いたまま、警戒するようにゆっくりと後ろに下がる。


 魔力の補充の影響で、ネルテはボンブと今まで幾度となく魔力伝達をしてきた。


 小さく深呼吸をした後、ネルテはその両手を構え直し、ボンブと共に二人並んで狙いを定めた。


「今は拘束はこのまま、全力で攻撃する。カイム、合図したら拘束を解いてくれ」


 その場でネルテがボンブと魔力伝達を始める中、カイムが合図を待つように、二人を抱えたまま身構えた。


「倒せなくてもいいって、どうするつもり?」


「まぁ見てなよクロノ」


 青い瞳のまま怪訝な視線を向けてきたクロノに、ネルテはニカッと笑って声掛ける。

 帽子をかぶっていないせいか、その表情は前よりずっと読みやすいとネルテは感じた。


 魔力伝達で大量増幅した魔力で、ネルテとボンブは息を合わせるように、大量の緑の魔力の拳と、赤黒い拳の空中に展開する。


「うらああああああああああああああああ!!!」


 大きく上げたネルテの声と共に、ボンブと合わせて大量の魔力の拳を、拘束されて動けない歩く災害に叩き込む。


 衝撃が空中に飛散し、辺り一帯の木々が折れそうなほどに大きく仰け反る。


 歩く災害はやはりダメージが入っていないのか、攻撃に咆哮をあげるものの負傷する様子はない。


 だがネルテはボンブと一緒に更に攻撃の練度をあげて、歩く災害を魔力の拳で大量に殴り続ける。


 カイムの髪に拘束されたまま、衝撃がどんどん蓄積されていく。


 何度も、何度も、何度も、強烈な魔力の拳が歩く災害に叩き込み続けられる。

 その圧倒的な二人の攻撃魔法の威力に、辺り一帯に衝撃が走り続ける。


 風圧にクロノがライアを守るように強く抱えて、片手で身を守るようにかざす。


 二人を抱えたままのカイムが、二人を守るように更に強く抱きしめて、衝撃に踏ん張るように歯を食いしばって耐えていた。


「カイム! 今だ! さらにゴリ押しの一撃いいいいいいいい!!!」


 ネルテの指示と共に、カイムの髪の拘束がブワッと解かれた。


 歩く災害が動き出すよりも先に、ネルテとボンブが、巨大な魔力の拳を、下からアッパーカットのように強烈に、大量に叩きつけた。


 蓄積された衝撃が、ようやく逃げ場を見つけたように、一斉に動き出す。


 恐ろしい体格と重さをものともせず、ネルテはボンブと共に、歩く災害を上空に、大きく叩きあげて吹っ飛ばした。


 咆哮を上げ続ける歩く災害が、蓄積された衝撃に上空に舞い上がって、どんどんどんどん小さくなっていく。


 そのままあっという間に見えなくなるほど吹っ飛ばされた歩く災害。

 中央魔森林の方角の空に小さくなって消えて、キラリと小さく星が光った。


「倒せないなら一旦戦うのを辞めて距離を取る。転移が無理なら物理的にってね。とりあえずこれでこっちにはもう攻撃できないだろう」


 遥か彼方に吹っ飛んでいって見えなくなった歩く災害に、カイムとクロノとライアがぽかんと空を見上げていた。


 三人揃ったその表情に、ネルテはケラケラ笑い始め、ボンブはやれやれといったようにガシガシと大きく頭をかき始める。


「……先生、間違いなく、魔力は戻ったんですか?」


「ん! ばっちりばっちりだよ、クロノ。今のリハビリも良い感じだったろ?」


 上空を呆然と見ていたクロノは、そのまま青い瞳をネルテに向けたので、安心させるようにネルテは笑って答える。


 リンソウで一番最初にネルテとエリンジの傍に駆け付けたクロノに、魔力を奪われた責任は何もないのだと、そう伝えるように。


「そう、ですか……先生――――



 ――――エレイーネーに戻っても、良いですか?」




 クロノの言葉に、カイムとボンブが驚愕の表情を浮かべた。


 まだクロノが怯えていた元凶を倒せるほどの事はしていないが、何か心境の変化でもあったのか、思い詰めるような表情でクロノはそう言って俯いた。


 下を向いたままのクロノに、ネルテはクロノを抱えたままのカイムの傍までゆっくり歩み寄ると、ふわりと小さく笑いかけて、そっとその頭を撫でた。


「……いつでも戻ってきていいんだよ、クロノ。君はまだ私の生徒のままだ」


「ありがとう、ございます……」


 ネルテの言葉と優しく撫でられた掌に、クロノは小さく震えて、安心するように瞳を閉じて少し息を吐いた。


 ようやくクロノの信頼を少し得ることが出来たと、ネルテはこの時実感する。


 クロノは息を吐き出した後、ようやく再生した両足を確認するように、しがみ付いてまだぐずっているライアを抱いたまま少し首を傾けて視線を動かし、ずっと横抱き状態でクロノを抱えていたカイムの方を向いた。


「カイム、もう大丈夫だから、降ろして」


「聞かねぇ、お前まだ足生えても疲労困憊だろが」


「……この格好であいつらに見つかったら不味いから着替えたかったんだけど、そう。じゃあこのまま着替える」


「ばっ、先に言えや! だああああああああ! やめろ服に手ぇかけんな脱ごうとすんな! 降ろす! 降ろすから一旦止まれぇ!!!」


 抱えた腕の中でクロノが服を脱ぎ始めて、カイムが真っ赤になって大声をあげて止める。


 教師としてこれはちょっと注意するべきだなぁと、ネルテはボンブと一緒に呆れて大きく肩を落とした。


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