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第百六十一話 地獄よりも地獄、その先の突破口

 地獄よりも地獄の光景を目の当たりにするなんて、想像したことがあっただろうか。


 つい昨日までは普通にエレイーネーで授業を受けていたはずなのに、たった一日でここまで様変わりするだなんて、俺は本当に同じ世界にいるのだろうか。


 立ち上がってくる死体は、血まみれでぼろぼろで、場合によっては四肢が千切れて、骨が突き出て、内臓が飛び出て、目が潰れて、頭が抉れて。


 何も映さない瞳が、虚空を見つめたまま。


 魔力伝達をしていたリリアが声にならない悲鳴をあげ、エリンジもその隣で真っ青な表情で呆然と佇んでいる。


 先程まで女神降臨式を楽しんでいたはずの、ウガラシの住民。


 子どもも、大人も、老人も、男女関係なく。

 無差別に敵に攻撃された彼らが、もう何も楽しむことも無く、生きる屍となってゆっくりと歩き出している。



 一度死んだ人間を、どうやってもう一度倒せばいいんだ?



 無意識にそんなことを考えてしまって、嫌悪感と吐き気で気持ちが悪い。



『ぼーっとしてんな! 早く逃げろ! 巻き添えくうぞ!』


『出来ればその歩く災害は倒していただきたいんですがねぇ』


 聖剣(レギア)がバチンとルドーの手の中で大きく弾けた。

 ゲリックの指摘にルドーがはっとして視線を戻すと、歩く災害が拘束した触手からずるりと抜け出してしまっていた。


 目の前の光景に気を取られて、ゲリックの手助けを無碍にしてしまった。


 歩く災害がまた自由になって、頭から黒い液体をぼたぼた滴らせながら近場の瓦礫に落下する。


 ドシャッとその場に佇んでいた、たった今起き上がった屍を、踏み付けるかのように押し潰し、周囲の屍を複数吹っ飛ばした。


 そのままわらわらと群がってくる生ける屍に、両手を握って高々と掲げ、振り下ろし、グチャッと叩き潰す。


 何度も、何度も、何度も。

 グチャ、グチャ、グチャ、と。


 原形のない肉片になっても、屍が復活して動いているのか、赤とピンクが混じり合ったスライムのように、ウゴウゴと蠢いている。


 地獄で見た、灰色のスライムのような何かを思い出す。


 紛れもなく死んでいるのに、死してなお、その身体すら弄ばれ、追撃をくらうというのか。


「うっ……」


「リリ……」


 エリンジの隣でリリアが堪え切れなくなって、その場で吐瀉物を吐き出し始めた。

 無理もない、ただでさえリリアは聖女で怪我人探知のせいで、この近辺の状況をルドーとエリンジ以上に把握していたはずだ。


 ルドーだって吐き出したいのを何とか堪えている状況。

 無数に起き上がってくる屍、そしてそれを無差別に叩き潰す歩く災害。


 もうなにをどうすればいいのか、ルドーにはなにも分からなかった。


「……こっちから注意がそれた。ルドー、リリア、一旦逃げるぞ」


「……エリンジ」


「でも、逃げても、こんな状況、どうすればいいの……?」


「逃げるんだ。今は情報が足りない。この数は俺達だけではもう対処しきれん、一旦体制を立て直すべきだ」


 真っ青な顔で、しかし冷静に、エリンジはリリアの背を支えながらそう言い切った。


 負傷した歩く災害一体だけなら、一度倒した経験もありまだ何とかなっただろう。

 それが周辺から無尽蔵にわき出す大量の、何千、何万の屍となるとまた話は違ってくる。


 彼らは周辺を渦巻く土石流のような川にも、抵抗なく入っていき、流れにその足が土砂に擦り切れ、瓦礫に潰され、破片が突き刺さり、時に千切れても、何の感慨もないように歩き続けている。


 避難経路にどんどん近付いて来る屍に、ルドーはリリアをエリンジと共に支えるように肩を掴む。


「ハハハハッハハァーン! これでようやくこの国は生まれ変わるのです! 魔力があってもこのような末路しか迎えない! 魔力があってもいい事などこれっぽっちも存在しない! その事実を、その身をもって皆がきっと受け止めてくれるでしょう!」


 事を起こしたパピンクックディビションが、演説台のような飛行魔道具に乗って、屍たちを先導するかのように、また別方向に飛行し始める。

 薄暗い雷雲が立ち込める中、キラリと光ったその胸元に、先程王宮に突撃する際には見かけなかった、金の装飾が施された、真っ黒な宝石が五つ付いた、大きな首飾りを付けている事に気付く。


 不気味に渦巻く漆黒の魔力が、ずっとその首飾りから放出され続けていた。


『ボーっとするな! 逃げろ! あれの攻撃受けて死んだら同類になっちまう!』


 歩く災害が一通り暴れたせいで、周囲に生存者はいない。

 バチッと頬を叩かれるように大きく雷が当たって、ルドーは呆然としながらも、なんとか逃げようと背後に視線を移す。


「……っ!? もう、囲まれてる!?」


 しかし振り返っても、動き出すのがあまりにも遅すぎた。


 この辺り一帯、いや、ウガラシは、ガリガリ女と包帯男のせいで、ほとんど壊滅したと言っていい状態だった。

 そこかしこから屍が立ち上がって、グルリと何も映さない瞳が、ルドー達三人の方に向けられている。


 作られた逃走経路をぐるりと囲むように、濁流の川の中から、這い出てきた屍に、逃走経路を塞がれてしまっていた。


 咄嗟に聖剣(レギア)を構えるものの、小さな子どもだった死体も混じるそれに、振り上げることも、振り下ろすことも出来ない。


「攻撃なんて出来ねぇ、出来るわけがねぇ……!」


 元々の姿を彷彿させるような、たった今亡くなったばかりの住民たちの姿。


 攻撃して道を切り開かなければならないのに、その姿に、ルドーは聖剣(レギア)を握る手の震えが止まらない。


 今対峙しているのは魔物じゃない、悪人でもない。

 理不尽な暴力で亡くなった、何の罪もないウガラシの住民たちなのに。


 それが恐怖なのか、拒絶なのか、はたまた同情なのか。


 ただただ湧き上がってくる気持ち悪さに、腕が震えて、攻撃しないといけないのに、脳がそうすることをひたすら拒んでいた。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」


 迫ってくる無数の屍に、リリアが頭を抱えてしゃがみ込んで泣き始めた。

 救えるはずだった住民が居たのではないかと、そんな後悔と絶望に打ちのめされている。


「どこか、なにかないか……なにか生き延びる方法は……!」


 エリンジも諦めないように必死に活路を見出そうとしているが、ルドー同様、攻撃を加えることは躊躇していて、退路も見えずに迫り来る屍たちに、構えるハンマーアックスが震えていた。


『切り替えろって言っても、土台無理な話か……だがこのままじゃ……』


『若干パニックになってますねぇ、仕切り直しとしましょうか』


 ゲリックの声と同時に三人は光に包まれて、気が付いたら武器を構えたまま全く別の場所に移動していた。


 襲い掛かっていた恐怖に息を荒くしたまま、何が起こったかわからず、状況を確認しようと働かない頭で周囲を見渡すが、何も情報が入ってこない。


『……転移魔法か?』


「ゲリック?」


『戦えない状態であそこにいてもしょうがないでしょう。それに私としてはこちらの方が問題ですし』


 荒い息をなんとか整えながら、冷静になってきた頭に響く声を聞きながら、ルドーはもう一度周囲を見渡す。


 薄らと瘴気の立ち込める、覆い茂った木々に薄暗い見慣れた森の中。


 どこか瘴気濃度の低い魔の森の中だ。


 胸を激しく打ち付ける心臓を何とか鎮めようと、ルドーは大きく息を吸って深呼吸する。


「……助かったゲリック、一旦落ち着こう。リリ、大丈夫か?」


「……ごめんお兄ちゃん、冷静でいられなかった……」


「……あの状況では無理もない」


『どこに移動したんだ?』


 歩く災害も、ピンクックディビションも、大量の屍も、何もかもそのまま放置してきてしまった。

 だが屍だらけの状況から脱したお陰か、ようやく三人とも冷静さを取り戻しつつあった。


 聖剣(レギア)の疑問に答えるよりも先に、少し離れた場所から爆発するような音と、上に向かって伸びる、例の魔力奪取犯の女性が使ったと思われる、巨大な魔力攻撃。

 同時に歩く災害が叫ぶ咆哮も聞こえる。


『ちょっと切羽詰まってます。助けてくれません? 彼女』


「……助けるって、さっき逃げてったあいつか?」


「カイムくんが追いかけていった?」


「どういう状況だ」


 右手でずっと淡く光っている蛇の紋様に向かって、ルドー話しかけた。


 ゲリックの声は右手の契約魔法を介して、ルドーにしか聞こえていない。

 呟くルドーの発言に、リリアとエリンジがなんとか話の内容を聞き取ろうとしていた。


 その瞬間、森の奥で轟音と共にライアの悲鳴が大きく響いた。


「なんだ!?」


「ライアちゃん!?」


『……まずい、状況がかなりまずい。急いで向かってください』


 ゲリックに言われるでもなく、ルドーとリリアとエリンジは、悲鳴が聞こえた方向に同時に走り出した。

 カイムが叫ぶような大声も聞こえ、大きな衝撃が響く。


「ほらいったじゃない、危ないって。それであなた、いい加減答えてくれないの? もう実力行使したほうが良いかしら?」


 例の魔力奪取犯の女性の声も、走る前方から聞こえ始めた。

 どうやら女神像破壊犯は逃げきれずに、今度こそ彼女に追いつかれたようだ。


 カイムがなんとか彼女と一緒に応戦していたのか、しかしこの衝撃音とライアの悲鳴。


 劣勢なのはその場を見ていなくても何となく理解できる。


 先程聞こえたライアの悲鳴に、ルドー達三人は焦りを募らせながら走る速度をあげた。


 薄暗い瘴気の漂う視界の悪い森の中を走っていると、その木々の隙間に、金髪青眼の美しい女性を視認する。


 同時にその前方が、薄気味悪く赤黒く光り輝き始めた。


『っ!? この魔法、まさか、やばいまずい急いで止めろぉ!!!』


聖剣(レギア)!?」


『あれは、あの魔法だけはダメだ! 取り返しがつかねぇ! 攻撃しろルドー! 早く!』


 ルドーの手の中の聖剣(レギア)が、強烈に周囲に雷を大量にバチバチ発し続ける。

 訳が分からず走り続けていると、不意に視界が開け、その光景にぞっと恐怖した。


「カイム!」


 激しい戦闘だったのか、木々が大量に薙ぎ払われ、その中心でカイムが頭から血を流しながら倒れている。

 ライアが泣きじゃくりながら、必死にカイムに両手を掲げて回復魔法を施していいた。


 リリアやアリアが使っていたのを、見よう見まねで真似しているようだ。

 ライアの回復魔法に、カイムが呻き声を上げ始めた。

 どうやらなんとか無事のようで、ルドーはほっと息を吐く。


 リリアがカイムとライアの方へと、血相を変えて走り寄っていく。


 咆哮が聞こえてそちらを向けば、歩く災害が拘束されるように、何十もの結界魔法に包まれて上空に浮遊していた。

 歩く災害はそこから出ようと、何度も何度も咆哮をあげて、結界魔法を両手で恐ろしい威力で激しく叩いているが、ギリギリ拘束が効く様子でなんとか食い止めている。


 魔力奪取犯の女性が手を伸ばして歩く災害の結界魔法に手を伸ばしたまま、反対の手を赤黒く光らせながら別方向に向けていた。


 その手の先にルドーが視線を向ければ、見たことも無い巨大な赤黒い魔法円が、青緑の大鎌を持ったままの女神像破壊犯を囲むように、中心に据えて大きく展開されていた。


 まるで何らかの魔法が今にも発動しようとしているように。


 魔法円の赤黒い光に拘束されて動けないのか、女神像破壊犯は拘束から逃れようと首だけ必死に動かしながら、その青い瞳が完全に恐怖に染まっているのが見えた。


『止めろぉ! あれぶっ壊せ!』


「分かったって聖剣(レギア)! 雷閃!」


 バチバチと大量に雷を迸らせながら、聖剣(レギア)に言われるがままルドーは魔法円に向かって大きく振り下ろした。


 渦巻くような大量の雷閃が瞬時に空中から出現して、グルグルと速度をあげて回転し始めていた赤黒い魔法円を大きく貫き、ガラスのように激しくバキンと打ち砕く。


 余程の魔力を使っていたのか、弾けた魔法円の破片が周囲に飛散していった。


 魔法円の拘束が解かれたのか、動くことが出来なかった女神像破壊犯が、破壊の衝撃に大きく吹き飛んでゴロゴロと地面を転がっていく。


「逃げろ!」


 遠くに転がっていく女神像破壊犯に、ルドーは叫んだ。


 転がりながらもなんとか体勢を整えた女神像破壊犯は、カイムのうめき声に一瞬気を取られるようにそちらを向いたが、すぐにルドーの叫びに従うように森に向かって走り出した。


 その様子を見ていた魔力奪取犯の女性は、不思議そうな表情でルドー達の方を振り返った。


「私は話をしたいだけよ? どうしてそう邪魔をするの?」


「あれのどこが話だってんだよ!」


 エリンジと二人で構えながら、ルドーはとうとう叫んだ。


 話をしたい、こいつはそう主張しているが、その話し方はずっと一方的だ。

 相手の話を聞こうとする姿勢がまるでない。


 そもそも女神像破壊犯は口を金属製のマスクで覆っていて、話す気は元からない様子だった。

 彼女の態度も問題だろうが、こいつは話をしたいといいつつも、相手の話を聞くつもりなんて更々ないのではないのだろうか。


 実際こいつはたった今、何らかの魔法を使って女神像破壊犯を害そうと動いていたのだから。


 指摘するようなルドーの叫びに、魔力奪取犯の女性は初めてスッと目が据わった。


「あらいやだ、話したいって言ってるだけなのに、どうしてそう否定するような言葉をかけるの? 私が嘘つきだとでも言いたいの? さっきの彼だってそうよ、急に攻撃してきて。どうしてだれもかれも、私を悪人みたいに扱うの? 私は貴方達になにもしてないじゃない」


「何がなにもしてねぇだ。おもっくそ攻撃魔法撃ってきたじゃねぇかよくそがぁ……」


 ライアとリリアの回復が効いたのか、倒れた樹木に起き上がりながら、カイムが軽く頭を振ってから、垂れていた血を手で拭い払った。

 間一髪で攻撃を躱したが、その余波だけでカイムはそれだけの負傷を負った様子だった。


 しかし魔力奪取犯の女性はカイムの言葉を無視するように、歩く災害を抑えていた結界魔法を維持する手をスッと収める。


 するとバキバキとまるでガラス玉のように結界魔法を破壊した歩く災害は、自由になったと大きく咆哮をあげると、逃げた女神像破壊犯を追うように恐ろしい勢いで走り去っていった。


 先程の魔法の後遺症が女神像破壊犯にどれだけあるか、ルドーにはわからない。


 さらに言えば、あの古代魔道具を模した青緑の大鎌は、最初の歩く災害の攻撃でヒビが入っていて、あとどれだけ歩く災害の攻撃を防ぐことが出来るか不明だ。


 ゲリックにとって彼女が死ぬことは都合が悪いらしい、ずっと助けてくれと一貫して主張している。

 右手に契約魔法の鎖を巻いたまま、ルドーは逃げた女神像破壊犯を追うべきかどうか迷った。


「どうしても私を悪者にしたいのね? どうしてそう傲慢な態度でいられるのかしら。きっと何も失ったことがないからだわ。その後ろの子の()()()()()、貴方達も少しは傲慢な態度を改められるかしら?」


 チラチラと歩く災害が走っていった方向を見ていたルドー達は、魔力奪取犯の女性が言い放った言葉に戦慄した。


 そうだ、ゲリックに言われるがまま動いていたが、こいつだってまだ対処ができない、能力が未知数の相手だったはずだ。


 ライアの傍に居たカイムとリリアが即座に庇うように動いたが、目にもとまらぬ速さで女性はカイムの背後に回り込むと、ライアの首を掴んで、二人を払いのけるように大きく手を振り払った。


「ライア!」


「手を放せ!」


 その手に吊り上げられて苦しそうにしているライアに、ルドーとエリンジが叫ぶ。


 女性の手払いに吹っ飛ばされたカイムとリリアが勢いに悲鳴をあげて地面を転がる中、ギリギリと首を絞められたライアに、女性はどこまでも美しく微笑む。


()()()()、全て断ち切らせてもらうわ。たくさんの魔力も、その可愛らしい容姿も、ぜぇんぶ贅沢な物よ。()()()()()()()()()()()()()、あの人たちにいかに自分たちが傲慢でいたのか、教えてあげないとね?」


『おい不味いぞ!』


「可愛らしい容姿も? それってまさか……」


 女性の言葉に、ルドーとエリンジは恐怖した。

 こいつはエリンジとネルテ先生の魔力を奪ったが、その後、ネルテ先生は空色の瞳が灰色に変わり、エリンジの白髪も灰色に変わっていた。


 魔力奪取の影響でそうなっていたのだと誰もが疑問に思っていなかったが、こいつはそれが美しい容姿だと感じて、それも一緒に奪っていたのか。


 こいつの魔力奪取の条件は、接触すること。

 ライアの首を掴んで吊り上げている今の状況は、もうその条件を満たしてしまっている。


 首を握っていた腕が、白く光り輝いて、ライアが苦しそうにうめき声をあげ始めた。


 ライアの膨大な魔力も、その愛らしい容姿も、全部奪うとこいつは断言した。

 断言の通り、エリンジやネルテ先生の時と同じように、ライアの魔力と容姿も奪われ始めたのか、その姿が見る見るうちに頭の髪から灰色に変わっていく。


「ライア!」


「手を放せ!」


「ライアちゃん!」


「やめろふざけんなぁ!」


 勝手な事ばかり並べてライアを吊り上げたままの女性に向かって、ルドーとエリンジ、そして倒れたカイムとリリア、全員が即座に女性に向かって魔法を放とうと構えた。




「いらないもん!」




 全員が構えた瞬間、ライアが大きく叫んだ。

 美しく微笑んでいた女性は、その叫び声に表情が真顔に変わる。


「魔力も、可愛いも、全部全部いらないもん! カイにぃが傍にいてくれればいいもん! レイルとロイズが一緒にいてくれればいいもん! ルドにぃとリリねぇとエリにぃが遊んでくれればいいもん! クロねぇが戻ってきてくれればいいんだもん! だから――――



 ――――だから全部全部いらないもん! 欲しいんだったら全部あげるもん!」



「……え?」


 ライアの叫びに、魔力奪取犯の女性が初めて動揺したように狼狽えた。


「いらないもん! あげるもん!」



「いらない? い ら な い ? なんで?」



「なんで?」


「なんで? なんで?」



「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?」



『なんだ!?』


 女性の手に吊り下げられていたライアが、バチンと大きく弾かれたように吹っ飛んだ。


 カイムが即座に髪を伸ばしてライアを受け止め、無事かどうかを確認するように両腕に抱いて、きょとんとしていたライアに安堵して抱きしめる。


 ルドーとエリンジは武器を構えたまま、頭を抱えて狼狽え始め、錯乱し始めた女性に、警戒しつつもひたすらに困惑した。


「いらない? なんで? 強力な魔力も? その愛くるしい容姿も? それ以上に価値があるものなんてないのに! 捨てる? あげる? なんでそんなことが言えるの? なんで無邪気にそんな裏表もなくはっきりと断言できるの? だったら私はなんなの? 私の今までの苦労は? なんでこんなことになってるの? 私は……私は……ああああああああああああああああ!」



 バキンッ



 空間が割れるような音が響く。

 目の前の女性が、真っ二つにひび割れた。


 ビシビシと、まるで陶器が割れるかのように、その頭から、美しい顔が真っ二つに割れて――――




 ――――中から大量の魔力が、一斉に逃げるように溢れ出てきた。


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